やりたければやればいい。
あらゆる「べき」から自由になる。人としてどうなのと他人を責めるのは、自分が「人として」の固定観念に苦しめられているから。自分が苦しめられているものを他人に押し付けるのは暴力。悪いのは自分。自分が変わればすべてが変わる。問題が起きたら、自然が「ズレていますよ」と教えてくれている合図。クレームを入れたり、できるだけ多く賠償金を取ってやろうと思うとズレる。注文と違うものが来たり、注文したものの中に変なものが混ざっていた時、悪いのは自分。自分の選択に問題があったことを知り、選び直す合図。
誰もが、やりたいことをやっている。苦しんでいる人は、苦しみたいから苦しんでいる。変わりたいと言いながら変わらない人は、変わらないをやりたいから変わらないまま苦しんでいる。やりたいと言いながら何もやらない人は、やりたいのではなくやりたいと言いたいから。実際にやってしまったらやりたいと言えなくなるからやらない。言いたいだけの人にやらせようとするとズレる。他人は他人。自分は自分。やりたければやればいい。やりたくなければやらなければいい。やりたいけれど家族や子供がいるからやれないと愚痴るのは、やりたいのではなくて他人のせいにしたいから。他人のせいにするために愚痴る。愚痴はエネルギーを奪う。私の中に「愚痴を聞きたい」という思いはないので、そう言う人からは離れる。
憂国論は愚痴。最近の若者はとか日本の政治家はとかみんな◯◯だからとか愚痴。愚痴る人からは離れる。正論を盾にして、盾を押し付けて攻撃してくる人からは離れる。ジョイ一択。自分の心が喜びを感じることをやり、なんでそんなことをやっているのですかと聞かれたら「やりたいと思ったからやっています」と言えることだけをやる。本当はやりたくないけど生活のためには仕方ないんですと言うのは愚痴。愚痴の中には嘘がある。文句が多い人からは離れる。怒ってばかりいる人からは離れる。自分のご機嫌を自分で取れずに、他人にご機嫌を取ってもらうことを要求してくる幼稚な精神の人とは距離を起く。見殺しにする。
やりたいと思ったらやる。やりたくないと思ったらやらない。人の真似をしない。誰かに聞いたり誰かに頼ったりしない。自分で勉強する。自分で実践する。狩猟採集型の世界では、自分の領地を知ることが大切。他人の領地は他人の領地。自分の領地は自分の領地。他人の領地に混ぜてもらおうとすると、貰いが減る。自分の領地を知る。やっておいた方がいいことではなく、やりたいことをやる。第一希望を取りに行く。第一希望を口にしないで第二希望や第三希望に甘んじていると心が死ぬ。心が第一希望を語るのをやめてしまう。やりたいことにはやりたいと言う。やりたくないことにはやりたくないと言う。イエスとノーをはっきり言う。イエスに近付く。ノーから離れる。
やるべきことは一つもない。やりたければやればいい。やりたくなければやらなければいい。やりたいことをやっていると、それを面白がる人たちが現れて、化学反応が起きて、とんでもないわっしょい状態になる。宇宙の摂理として、新しいことをやっている人は死なない。類は友を呼ぶ。この人を死なせてしまってはいけないとなり、絶滅危惧種に認定されて、保護される。やるべきことがあるとしたら、心の声に従うこと。自分の気持ちに忠実であること。自分の純度が高いほど、純度の高い友達ができる。人と人との繋がりには翼があり、一人では行けない場所に運んでくれる。
今日は、ありがとうございました。
お会いするなら、戦いの場でなければ意味がなかったのに、圭吾さんの言葉でやっと気づくと言う失態をおかしてしまいました。
圭吾さんが相手でも社会性を纏ってしまっていたと気付かされました。
すこしでも薄っぺらい時間にならないように、してくださったこと
ありがとうございます。
私にとってとても意味のある時間でした。
良いお天気ですね
って挨拶が本当に嫌いで、
意味が無い!と思ってた頃の自分を
少しだけ思い出せました!
"纏った社会性"という指摘で。
これから自分が言ってることは
本当に自分が言いたいことかをみながら、進んでみます。
今日は2枚くらい服がぬげたかも。
服がぬげたと言う表現も借り物の急場凌ぎの言葉で少し違うかもしれません。
分厚く重なり硬くなった角質(垢)に覆われた私に、圭吾さんは遠慮なく爪を立てて下さった。愛ある真剣を抜いて下さった。
意味のある時間にするために。
あの瞬間、次元がガラリと変わった。私は刺された事に気づくと
そのめくれのお陰で、自分に堆積した厚い垢にも気付かされた。
そしてその下の奥の方にある自分の真皮を一部で良いから、もう一度見てみたくなっていた。
殺し合って行きましょう!!
の意味、真剣で渡り合う、真っ向勝負、真心で向かい合う
と理解してみる
分厚い鎧を着込んでいて
反応が緩慢で鈍い自分にも一撃を
真剣を差し込んで貰ったこと
翌朝になってさらに
名人の凄さを体感している
心の底があたたかい
私はわたしの真皮の部分を
もう一度見れるように生きようと思った
圭吾さんには失礼な態度を
(帯刀せずに出向いてしまい)
して時間の無駄をさせてしまったことを申し訳なく思っている
息子に「お母さんは嘘つきだから、尊敬できない」と言われたあの日から
この数年、私的には昨夜の行動はやっとそこまで来れたかという出来事で、びっくりするほどその道では初歩的なことなのに
出来たことを喜んでいる
刺された後、取り繕う言葉でなく、遠慮なく沈黙の時間の中で自分のめくれる場所を探してみれたこと
気をつかわず、やりたいようにやれた事
良い人になろうとしないでいれた事
は、
微小でも進めたと思おうと思う。
また後戻りするかもしれないが
一度は自転車に乗れた経験のように
坂爪圭吾さんと会えて話せた夜を事あるごとに思い出して、
垢を削って行きたいと思う
おおまかな予定
11月30日(日)東京都台東区界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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