まず、県の要綱は法律の上に乗っかっているものであるため、不正の目的を不問とするわけではありません。
また是正措置を講じた=公益通報である、とはなりません。例えば、外部通報と認められなくとも「誤認しかねない事案だ」と当局が気づいた場合に対応する行為は通報によって生じる是正措置ですが「是正措置を講じたのだから公益通報であった」とはなりませんよね。保護法上、そんなルールは存在していません。
つまり「是正措置を講じた=公益通報が認められた」にはなり得ません。公益通報が認められれば、是正措置を講じる必要はありますが、今回のケースで言えば、物品受領に不正はなかったがルールが不明瞭であったから是正措置を講じた、という上記の例の通りです。
加えて、内部通報であれば保護要件の緩さから、曲解し、あるいは簡単に悪用されかねない事案を防ぐためにも、内部通報による争いが生じた場合には、結局のところ「通報内容が事実か否か」が確実に争点になります。
なぜそう言えるのかについては、制度の捉え方で法の枠組みの見え方が全く異なるケースが、この公益通報制度には存在するからです。
具体的には、「保護要件を満たす=公益通報」という考え方と「保護要件を満たすことと、それが公益通報であることは別物」という考え方の2つです。
内部通報と外部通報、これらを総称して公益通報と呼ぶわけですが、例えば、全く同じ事案を外部・内部からそれぞれ通報するケースを想定してお話しすると、
事実認定されなくても、A)内部通報であれば「公益通報に該当し」、B)外部通報であれば「公益通報には該当しない」という全く同じ通報でありながら、全く異なる結果が生じるケースが考えられます。
この結果に、おそらく多くの方が違和感を覚えるはずです。同じ通報なのに、片方は公益通報で、片方は公益通報ではない?という矛盾が生じるからです。これでは安心して通報できませんよね。
これは「保護要件を満たす=公益通報」という考え方で公益通報を捉えている場合に『のみ』起こります。そう断言できる理由は「保護要件を満たすことと、それが公益通報であることは別物」という考え方であれば、決して矛盾しないからです。
先ほどの例でお話しすると、
内部通報の場合:①保護要件は満たすが②公益通報には該当しない
外部通報の場合:①’保護要件を満たさず②’公益通報に該当しない
という事例のように、それぞれを独立した考えで検証すれば、同じ通報内容が手段(外部・内部)によって左右されることがないのです。つまり「保護要件を満たすことと、それが公益通報であることは別物」という考え方でなければ、公益通報を正しく解釈することはできないという結論が生まれます。
その観点で見た場合、今回の兵庫県の事案は事実認定がされていませんので①内部通報の保護要件を満たしてはいるが②通報そのものは公益通報ではない、と解釈するのが妥当であり、この場合においては、論理的な矛盾は一切生じえません。
無論これは私の見解ではありますし、左翼に毒された法曹界にも一切の期待はしていませんが、少なくともこの見解を崩せる法律家は、この世にいないのではないかと思われます。