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@pha
新刊『パーティーが終わって、中年が始まる』 / 著作 📘 amzn.to/3WupBTI / 蟹ブックス🦀で店番しています

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なんでもいいから応募してください!
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Web小説サイト「カクヨム」
@kaku_yomu
【カクヨムコンテスト11】 phaさんインタビュー! 「面白いエッセイ」とは一体どんなもの? kakuyomu.jp/info/entry/kky いよいよ12/1(月)より始まるカクヨムコン。 短編のエッセイ・ノンフィクション部門で特別選考委員を務めるphaさんに、エッセイの書き方や期待する作品像について聞いてみました。
若さは本当にいろいろなことをごまかしてくれて、若さが去ったあと、本当にどうしようもなくしょぼい本質だけが残ってしまう
20代の頃なんてみんな基本的に頭がおかしい 30代から人間らしくなっていく
回転寿司、マンガ喫茶、スーパー銭湯、コメダ珈琲に全部行く「だらだらフルコース」をやった
昔は検索をすると、どこかの詳しい人が読ませる文章で書いた個性的な記事がヒットしたのだけど、今はどこかのメディアが作った「調べてみました」みたいなのしか出てこなくなった。それが儲かるからそうなったのだろうけど、経済が回るようになると面白いものが消えるのは本当につまらない
自炊を「めんどい」と感じる理由がすべて論破されてしまう、恐るべき本だった
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こないだ20代くらいの若者に、「2000年前後、ツイッターが登場する前はどうやってネットで同じことに興味のある仲間を見つけていたんですか」と訊かれた。mixiの開始が2004年なのでまだSNSもなかった頃。あるのは2chくらい。
若い頃は「生活につかまりたくない、そんなつまらない生き方をしたくない」って思ってたけど、中年になると、何を食べるかとか、洗濯物を乾かすとか、眠りの質とか、生活だけが人生なんだな、と思うようになった
どこにもたどり着けずにみんな死んでいくということを、中年になったら受け入れていかないといけないんだよな
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日記に「だるい」とかは書くけど「今日は絶好調」とかは書かない、そのほうが読者の共感を得られるから(ずるい)、という話をしたけど、穂村弘とかがよく言う「短歌は夕暮れの台所のさびしさとか塗装のはげた看板とかばかり詠んで、タワマンでいい暮らしとかは詠まない」みたいなのとも似ている
自分にとって、寿命を捧げてもいいと思える時間、なんだろうな
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自分はゲームとか甘いものとかSNSとか、ドーパミンが高濃度で出るものに耽溺しやすい癖があるので、学びの多い本だった。ドーパミンは出せば出すだけ幸せになるものじゃないんだな…
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谷川俊太郎展行ったら器が違いすぎてちょっと自分で文章を書いていく自信をなくしかけた
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なんか昔どっかで「凡人が特別ぶろうとするとき決まって性と死をおもちゃにする」みたいな文を読んだ記憶があるのだけど何だっけ
他人に認められたいとかお金を稼ぎたいという欲求が少なくて自分の中の好奇心や衝動だけで動いてると、何かが形になる前に初期衝動が尽きると飽きて辞めてしまうので世俗的な欲求もあったほうがアウトプットが出やすい、みたいなことを話した
若い頃は単純に疲れたときに「回復」するためにスーパー銭湯に行っていたけど、中年になるとスーパー銭湯に行くのにも「体力」が必要で、疲れすぎていてその「体力」がない、ということが多くなってきている…
楽しいことだけひたすらたくさんやりまくって面白おかしく生きていきたい、とずっと思ってきたけど、あまり高濃度で楽しいことだけやり過ぎるのもよくない、と、うすうすは気づいていたことを知らされてしまったな
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@pha
自分はゲームとか甘いものとかSNSとか、ドーパミンが高濃度で出るものに耽溺しやすい癖があるので、学びの多い本だった。ドーパミンは出せば出すだけ幸せになるものじゃないんだな…
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若い頃はどこにでも行けて何にでもなれる気がしていたけど、年をとるにつれてそうじゃないことがわかってきて、でもそうなってからが人生は本番なんだよな
普通の人はツイッターを精神の不安定さのはけ口にしないということがだんだんわかってきた
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「とりあえずホームページを作って、いろいろなところから相互リンクを張ってもらったり、あとはCGIで掲示板を置いてそこでコミュニケーションをするとかかな」と答えたんだけど、今ではイメージしにくいかもしれないのが、「昔は今よりも検索エンジンが役に立っていた」ということだ。
若い頃から無を愛する訓練をしておかないと四十歳くらいで巨大な虚無に飲み込まれる
個人の「社会にうまく適応できない」みたいな話、90年代だったら「人間にやさしくない社会環境が間違っている→変えよう」、みたいな社会変革系の話とも繋がっていたけど、今だと「発達障害」の一言で終わってしまうようになったな
ꘐはリベリアで使われているヴァイ文字で、読み方はファで、意味は死です
中年の問題、肉体的とか社会的な立場の変化もあるけど、もっと単純な話として10年か15年に一度くらい生き方を変えないと飽きるor行き詰まる、というだけの話である感じもしています
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昔はサイトの数も少なく、広告もあまりなかったので、専門的な内容のページを作るとわりとすぐに検索エンジンの上位に来ることができた。だから、サイト経由で同好の士と知り合うのはそんなに難しくなかったのだ。
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今そういう読み応えのある文章に出会えるのは結局ツイッターなんだけど、それもツイッターに投稿しても金にならないから熱意で回ってるからで、でもマスクとかがシステムを変えてもっとお金が回る感じになると、ツイッターもゴミみたいな「調べてみました」ツイートばかりになるのかもしれない
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ネットの存在がメジャーになっていくにつれて、広告やスパムが増えて検索エンジンが使えなくなっていき、SNSからの流入がメインになっていった。そうした変化が起こったことすら、今ではつい忘れてしまいがちだな、と思った。
こないだドトールで「デカフェのコーヒーありますか」って聞いたら、店員が首をかしげながら「こういうのでいいですか?」ってLサイズのコーヒーカップを見せてきて、「それは"でかめ"や!」って突っ込みそうになった(デカフェはなかった)
恋愛感情や性欲が入り混じったほうが人間がアクティブになって場が活性化する効果はあるけど、恋愛感情や性欲に突き動かされると人間は単純になるのがつまらないとも思う。あんな複雑で面白かった人がこんなベタなことやるのかみたいな。
最近みんな「ツイッターがしんどい」という話をしてる気がする。しんどいけどやめると失ってしまうものも多いのでやめられない。何の罰でこんなことになってしまったんだろう。
90年代に青春を過ごしたせいで、頭では「時代遅れだ」とわかっていても、心の底に「危険なものが面白い」という90年代的感性がある。そういう感性がうっかり表面に出てこないように気をつけていないといけない。そういうときに歳をとったということを感じる。
推しとかを語るのも相手を人間扱いしないから楽しいところがある。写真をSNSに載せまくったり、勝手な妄想を繰り広げたり、そういうことは実際の知り合いにはやってはいけないけれど、アイドルなどにはやっていいことになっている。相手を人間扱いしないことで満たされる欲求というのはあると思う
『ニセコ化するニッポン』、単にインバウンド客が増えたという現象を扱うのではなく、昔は一般的な対象を相手にした店や観光地が多かったけど(ファミレスやデパートなど)今の時代は絞った対象に特化しないと成立しなくなってきていて、だけどそのとき排除されるものがある、という話が繰り広げられる
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実業家がお札に載るの経済至上主義みたいでなんか嫌だなと思ったけど、政治家とか文学者とかも微妙かもしれないし、もう全部動物とか山とかにしてほしい
生きがいなんて結局人生が虚無であることから目を背けるためのドラッグに過ぎないしドラッグに頼らず虚無に向かい合うことが大事だ
ヤクザとか半グレとかについての本を読むと、アウトローだけどタテ社会の関係を厳格に守らないとだめだし、非合法だけどビジネスをちゃんとやっているし、社会が苦手な自分から見ると社会をすごくちゃんとやっているな……と思ってしまう
多分駐車禁止と書こうとして途中で何もかも投げ出してしまったやつ
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世の中のいろんな面倒臭いことを「ミニマリストなので」って言って断れるのは便利そうだなと思った。「だるいので」って言うより角が立たなさそう
『庭の話』、自分がずっとやってきたことが書かれているような本だ、と思った。 共同体に属するのでもなく、資本主義に乗っかるのでもなく、実感を持って何かを制作することが自分自身を支えるということ。
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マスクしてるだけで社会に参加してる気持ちになれて楽しいな
『10代からの文章レッスン』、少しずつ読んでるけど、ランジャタイの国崎和也さんの文章がめちゃめちゃいいな。文章は苦手だ、文章では大事なことを伝えられない、という内容のすごくいい文章を書いてる。
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