「エンジニアは僕だ」
そうみんなの前で宣言した乗員がいた。確か、ユーリと言っていただろうか。初めて会う人だ。つい先程まで医療ポッドに入っていたらしい。
その声に追随してセツが自分もエンジニアだと名乗り出た。
この場にいるのは自分の他にセツ、ユーリ、ラキオ、ジナ、SQ、しげみち。検出されたグノーシア反応は2名。そしてエンジニアに2人名乗り出ている。場を引っ掻き回そうと思っていたのだが、ここで自分もエンジニアだと名乗り出てしまえば、きっとラキオに「全員排除しろ」と言われて終わりだ。今回は潜伏するのが吉だろう。
初日も初日、誰が怪しいかなんてろくな判断材料がない。とりあえず今日のところは名乗り出ていない者からコールドスリープさせようということになり、成り行きでしげみちが選ばれた。
空間転移までまだ少し時間がある。
小腹がすいたような気がしたので食堂に向かうと、先程自らをエンジニアだと宣言していた彼がいた。何かを探しているのだろうか。あちこちをきょろきょろ見回している。
「…なにか探してるんですか?」
思い切って声をかけてみた。
ユーリはこちらを向いて、人好きのする笑顔で答えてくれた。
「初めましてだよね?僕はユーリ、よろしくね。何か軽くつまめるものがないかなと思って探していたんだ。……あ、飴だ。君も食べる?」
ひとつもらって包みをほどき、口に入れる。甘酸っぱくて爽やかな味がした。
自室に戻り、空間転移に備えてベッドに身体を横たえる。
今回の自分はAC主義者だ。できる限りグノーシアを探し出して、消してもらえるように立ち回らなければならない。空間転移の際に消してもらえるならそれでもいいけれど、初めて会う乗員がいるのだから、情報を集めるためにもなるべく生き残りたいな。そう考えて目を閉じる。
Leviのカウントダウンが始まった。
2日目。メインコンソールにラキオの姿がない。昨晩消されてしまったようだ。
ユーリはラキオが人間、セツはSQが人間だと報告した。
昨晩消えた人間を調査しているユーリは、セツと比べると少し怪しい。しかし、ユーリをグノーシアだと断定する判断材料としては不十分だ。
意を決して手を挙げた。
「あの、『自分は人間だ』と言ってみてもらえませんか」
もしかしたらこれでグノーシアが分かるかもしれない、と思ってそう提案する。万が一嘘が下手な人がグノーシアだった場合はその人がコールドスリープされてしまうかもしれないが……
「僕は、人間だよ」
「私は人間だよ。さあ、次は誰?」
「はいはーい、SQちゃん人間DEATH」
「そう、私は……人間」
ユーリ、セツ、SQ、ジナの順で返答があった。
「……あれ? ジナってヤッパ怪しくNE?」
何かを察したのか、SQがすかさずジナに疑いを向け始めた。
「ジナは……。
そうだね、疑ってみるべきかも知れない」
セツも便乗して疑いを向けている。これは、失敗したかもしれない。
ちらり、とユーリがジナを一瞥する。その顔には何の感情も宿っていないように見えた。
向けられた視線に気がついたのだろう、ユーリがこちらを向く。隠し通せたと思っていた微かな感情の揺らぎにおそらく気付かれてしまった。なぜなら、よく見ていないと分からないくらいほんの少しだけ、その瞳の奥が笑っていたから。
直感が囁いた。自分を消してくれるのは、この人だ。
結局、この日コールドスリープされたのはジナだった。
3日目。消されたのはSQだった。
残っているのは自分と、ユーリと、セツ。
ふたりは対抗エンジニア同士だ。お互いがお互いを調査するなんて時間の無駄遣いはしないだろう。調査結果は全く同じ、聞くまでもない内容だった。
「セツは僕に何か隠しているよね?」
ユーリがセツを責める。
「反論させてもらうよ、ユーリ。
私にとってはユーリこそ、疑うべき敵だから」
セツも反論する。自分は今日誰に投票すべきかもう分かっている。余計な口は挟まずに、ひたすら聞き役に徹していた。
投票の時間。自分とユーリの票が、セツに向けられる。開票結果を見たセツは、やはりそうかというように、ふ、と短く息を吐いた。
コールドスリープ室にて。
「今回はAC主義者だったんだ。ごめん」
こういったやり取りはもう何度もしている。そこに本当に申し訳ないという気持ちが何割ほど残っているのか、自分にはもう分からなくなってしまった。
「うん、当然の選択だと思う。
すまないが、後のことはよろしくね」
セツと別れて、もう知っている正解を告げるようにランプが赤く光る。
「ふふ、2日目だったよね。ちょっと面白かったなあ。僕がグノーシアだって分かったの?」
隣で一緒にセツを見送ったユーリが問いかけてくる。頷くと、よくできました、と返ってきた。
「セツを裏切ったの、どんな気持ち?」
真意の分からない表情で問いかけられる。
そう、自分は、セツを嵌めたのだ。ただ消されたいという、自らの欲望に従って。
お互い様だ、と答えた。
「そう、そっか。お互い様か。……君と僕は、よく似ているね」
補足しておくと、自分とユーリは別に外見が似ている訳ではない。言うなれば、もっと根本的な部分。きっとセツに対して向ける思いが、2人とも似通っているのだ。
「心配しないで。君のことは最後に僕がちゃんと消してあげるから。まずは先に他の人たちを消しちゃうから、ちょっと手伝ってもらうけど」
1人ずつ、眠らせた状態のまま、ユーリは乗員達を消していく。人間の立場でこうやって目の前で他人が消える瞬間を見るのは貴重な経験だ。特にユーリとは初めて会ったのだ。人間を消す瞬間の表情を、目に焼き付けておきたい。
みんなが消えてしまって、ポッドに残っているのはジナだけだ。
「ジナのことは後で起こすよ。ちょっとの間だけ、2人きりだ。こういうのもいいかなって思ってさ」
ユーリの指が頬に触れる。何度か経験して分かったが、AC主義者にとってグノーシア汚染者に消滅させられる瞬間は存外心地が良い。
たとえば海に浮かんでいたとして、自分がその海水の一部に溶け込んでしまうような。自分とその他の境界が曖昧になって、そしてわたしたちはひとつになるのだ。
「それじゃあ、良い旅を」
うん、と返事をして、そして訪れるまどろみにゆったりとからだをあずけた。