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この"時間軸"における先生の人生は、決して恵まれたものではなかった。
ある日、外宇宙からの侵略者が地球に襲来した。
人類は必死の抵抗も虚しく、その侵略者"ラダム"の手によって地球人の多くが素体テッカマンとして作り変えられてしまったのだ。
外宇宙開発機構スペースナイツの手によって先生は救助され、寄生したラダム虫の駆除こそされたものの、先生がラダム樹の花に捕らえられ、助けられるまでの間に世界は大きく変わっていた。
そこから、先生は素体テッカマンとして様々な体験をした。
初めの内は奇異の目で見られることもあったが、オービタルリング再建などの重要な職を任され希望の星として扱われていた。
先生はテッカマンとしての姿が好きではなかったが 、それでも必要とされる事が救いでもあり先生はオービタルリング再建の作業に従事していたのだ。
しかし……
ー第二次ラダム戦役ー
再び現れたラダムによって地球にいた素体テッカマンは暴走。
地球滅亡……いや太陽系滅亡の危機こそ免れたものの、その出来事がきっかけで素体テッカマン達は一転、その存在を恐れられ危険視されるようになっていく。
その恐れはやがて差別心へと繋がり、素体テッカマン達は迫害されていくようになった。
先生もまた迫害と弾圧を経験し、その後第二オービタルリング建造の為の労働力として強制徴用され、過酷な扱いを受けることになった。
素体テッカマンを迫害する者
それに反発する者
素体テッカマンと人類との諍いは日々大きくなっていった。
先生は翻弄され続けるテッカマンとしての人生に嫌気が差し、各地を転々としていた。
そんな中でも友人と呼べる存在も出来た。
その友人も素体テッカマンだったが、ある時その友人とも袂を分かつこととなる。
いつの日か、友人はクーデターに参加することを先生に呼びかけた。
テッカマンミハエルと呼ばれる指導者がプラハの地に素体テッカマン達を集めて大規模な反乱を起こすのだ、とそう聞かされた。
しかし、テッカマンとしての力を嫌い、人としての人生を望む先生とその友人は対立。
友人が民間人を襲うのを、自らもテッカマンとしての姿を晒し止めた。
友人は先生を裏切り者と糾弾し、その足でテッカマンミハエルの呼びかけに応じてプラハの地へ赴き、クーデターに参加した。
素体テッカマンである事を知られた先生も当てもなく彷徨い続けた。
そして……
テッカマンミハエルは倒され、プラハの地にいた友人も、多くの素体テッカマン達も…多く命が失われた。
『プラハの黒い九月』と呼ばれたその事件は地球の歴史に深い爪痕を残した。
プラハの地に打ち込まれた反応弾は、すべてを消し去ってしまったのだ。
そのプラハの景色を見た先生は、心にポッカリと穴があいたように虚しさに取り憑かれ、生きる希望もなく延々と彷徨い歩き続けた。
行き場所も友も無くし、"虚しさ"を感じながら。
"彼女"と出会ったのはそんな時だった。
キヴォトスという地の連邦生徒会 会長を務めているという彼女と出会い、そして彼女に救われた先生はある願いを託される。
キヴォトスの地で先生になって欲しい、と───
「どうして自分なんかが…」と思った先生だが彼女の説得もありキヴォトスの……
シャーレの先生としての第二の人生を歩み始めたのだった。
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日が傾きかけたオレンジ色の空の下で、先生は海の家のテラスの一席に座りながらかき氷を食べていた。
砂浜ではアリウス・スクワッド達の楽しそうな声が聞こえてくる。
それを見守りながら、先生はかき氷を食べすすめる。
キヴォトスでは様々な事を教えて、様々な事を教えられた。
それは先生の虚しさを埋めてくれた。
そして、先生として生きることの意思をあの子達は与えてくれたのだ。
「……御一緒していいだろうか?」
落ち着いた声が聞こえ、先生は顔を上げる。
「やぁ、サオリ」
そこにいたのはアリウス・スクワッドのリーダー、錠前サオリだった。
エデン条約の時に出会ったかけがえのない生徒の一人だ。
先生に促され、対面の座席に座る。
どうやらアリウス・スクワッドのみんなからもらったであろう大きめのパフェを片手に持っていた。
「…………先生のおかげだな」
暫しの沈黙の後、サオリが静かに語る
どこか申し訳ないような声音で。
「全てが全て解決できたわけじゃないが…
それでも…こんなひと時が過ごせるのも
全ては先生のおかげだ。
…改めて、ありがとう先生」
「お姫様を助けるのは、騎士の役目だからね」
サオリの言葉にどこか冗談めかして応える先生。
お互い暫く笑った後、サオリは真剣な表情で聞いてきた。
「……先生、あの時……、マダムとの戦いで見せたあの姿のことなんだが……」
サオリはどういう風に触れていいのか分からず、どこかに割れ物を触れるように慎重に尋ねていく。
一度、目を逸らしてから先生に向き直りサオリは言う。
「知りたいんだ…、私たちを救ってくれた先生のことを……」
サオリの声を聞きながら先生はエデン条約の時の事を思い出していた。
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アリウス分校を支配し、己が野望のために生徒達を道具として使い潰そうとしたゲマトリアの一員…ベアトリーチェ。
その魔の手からアツコを、サオリ達を、
みんなを守る為に、
ベアトリーチェとの決戦時、先生は初めて…
自発的にテッカマンの姿に変身した。
ベアトリーチェのサオリ達への扱いは非道極まりないものだった。
その醜悪さはラダムそのものだ。
子供を支配し、搾取し、道具として利用し尽くす……。
先生は教師として、大人としての怒りを滾らせた。
あの時、先生は…………
「貴様を新しい生贄として捧げましょう!」
異形の怪物と化したベアトリーチェの巨腕がサオリに迫る。
何かを決心したような表情で前に出ようとするサオリを、先生は制止する。
「先生…?」
サオリは戸惑いの表情を見せるが、先生はサオリの行く道を腕で遮る。
その手には…大人のカードが。
(先程私は言った
私は大した存在ではないと…
私は審判者ではないと…
だが…大人として、先生として、
生徒に課せられた呪縛を解かなきゃいけない。
私が、この手で…!!)
大人のカード、これまで様々な奇跡を起こしてきたカード。
それは 生徒達を助ける形で力を発揮した。
そこで先生は思った。
この奇跡は…果たして自分にも効果を及ぼすのだろうか?
それならば…
やってみる価値はある。
「サオリ、ここは先生が何とかする。
君たちはアツコを助けるんだ。
よく頑張ってくれたね。
ここからは…大人として戦わせてもらうよ」
「先生…?一体何を…」
サオリの疑問に、先生は言葉では答えずに
大人のカードを高く掲げ、叫びで応えた。
「テェェェェーーーーーッックセッタァァァァァァァァァァアーーーーーーーーーッッッ!!!!!!」
次の瞬間、大人のカードが眩い光を放ち同時にお守り代わりに持ち歩いているテッククリスタルが呼応するように光り輝く。
その光が先生の身体を包み込み、先生の体を変化させていく。
その姿は素体テッカマンのそれではなく、完全な武装フォーマットを施された…
完全なテッカマンとしての姿だった。
先生は大人のカードを使い、本来はされなかった、武装フォーマットを施したのだ。
「先生…!?」
サオリが言う後ろで、ミサキとヒヨリが息を呑む音が聞こえる。
ベアトリーチェの異形の巨体がたじろぐ。
「ッ!?……なんなのですか!?その光は!?その姿は!?先生!!あなたはいった……ガァァアッ…!!!」
ベアトリーチェの胴にテッカマンと化した先生の拳がめりこむ。
そのあまりの衝撃にその大樹のような巨躯が揺らぐ。
ベアトリーチェが怯んだその一瞬で、状況は既に動いていた。
「先生っ!」
サオリの声、振り向くとそこにはアツコの体を抱きかかえるサオリの姿があった。
その姿を見た先生はサオリに対して静かに頷いた
「クラッシュ…イントルゥゥゥゥゥーーーーーーードッッ!!!!」
ベアトリーチェの胴体に拳を握り込んだ体勢のまま叫ぶと、先生の装甲が変化し青いエネルギーを纏い、そして飛翔する。
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!?????」
その衝撃を全身で受け止める形になったベアトリーチェの巨体が浮き、凄まじい勢いで吹き飛び、
ベアトリーチェの本性を象ったと思わしきステンドグラスぶち抜いて、さらに勢いを増し彼方へと飛んでいく。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!!!
先生ッッッ!!!!!!」
獣のように吠えるベアトリーチェ。
「なぜ分からないのですっ!?生徒達は道具に過ぎない…!!
大人の手により支配され!!そして大人の手より搾取されるべき存在なのですっ!!!それが…!!」
「………それがあの子達の…子供達の運命なら…!
私がこの手で打ち砕くッ!!!」
ベアトリーチェの言葉を遮るように先生は力強く叫んだ。
「てりゃぁぁぁぁあーーーーー!!!!」
先生は拳を突き上げるようにベアトリーチェの体を大きく弾き飛ばす。
「!?」
ベアトリーチェが気がつくとそこは…辺り一面が青い空。
「……お望みの"高み"だよ、ベアトリーチェ」
テッカマンと化した先生の生体装甲が展開し、そこにはレンズのような器官が見える。
やがてそのレンズ状の部位が光を放ち始める。
「その光はなんなのですか!?お前は一体………何者だと言うのですか…!!!???」
その光からただらぬものを感じ取ったベアトリーチェは怯えた様子を見せる。
光が強まり、空気が振動する。
先生の脳裏によぎるのは、このエデン条約での様々な記憶、
そして、補修授業部たちの、アリウス・スクワッドの、愛おしい生徒達の顔。
「ボルゥ……テッカァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!」
先生の身体から青い光の本流が迸る。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあーーーーーーーっ!!!!!
せ、先生ッ!!!!!よくもぉ…よくもぉおおおっ…!!!!」
青い光の柱に貫かれ、青い光の本流にのみ込まれ、このキヴォトスの空にベアトリーチェは散った。
「………………………」
ベアトリーチェが消滅した後の、その透き通るような青い空を先生は静かに見上げていた。
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最初で最後、先生がテッカマンとして戦った瞬間。
その瞬間をサオリは思い返しながら語る。
「先生が、時折どこか遠い目をしている事がある。
心ここにあらずというのか…
先生はどこか悲しそうだ……
だから…その…出来ることなら…私も…」
「……サオリ」
ふと、サオリの名を呼ぶ。
「なんだ……先生…」
その呼びかけをサオリも真剣な面持ちで聞いている。
「お礼をしたいのは私の方だよ。
ありがとう、サオリ」
「…?何を…言うんだ先生?
私は…まだ、先生に何も恩を返せていないのに……」
突然の先生の発言に、サオリは戸惑った。
「Vanitas vanitatum et omnia vanitas……………
かつて サオリはそう言っていたね。
アズサもだったけど……
私も外の世界にいた時は同じ気持ちを抱いたことがあるよ」
「先生が!?」
先生の発言に思わず立ち上がりそうになるほどに驚くサオリ。
「……意外だった。まさか、先生がそう思っていた時期があったなんて……」
「聞いてくれるかい、サオリ。
決して気分のいいものじゃないけれど」
サオリの目をまっすぐと見つめて、問いかける。
「………聞かせてくれ、先生」
サオリもまたまっすぐと、先生の目を見つめ返した。
…………………………
それから先生はサオリに話した。
外の世界が侵略者によって襲われたこと、
自身がその侵略者の手によって兵器として作り変えられたこと、
そのテッカマンという力に翻弄され続けたこと
その全てを……
「………これが私の話せる全てだよ」
「………ッ!そんな…事が………」
サオリは凄く辛そうな顔をしている。
やはり彼女の本質はとても優しい子なのだ、と先生は改めて思った。
「すまない……先生……、そんな貴方のことを、私は……この手で……」
サオリは自身の手を見つめて、その体を震わせている。
先生はそんなサオリの手を優しく包んだ。
「良いんだよ、サオリ。それにね……
さっきも言った通り、サオリにはお礼を言いたいんだ。
……私は、ここに来てからも何処か自分が先生になった事について自覚がなかった。
もちろん、手を抜いたり、投げやりな気持ちで先生の職務をしていたわけじゃない。
でも…何処かその実感がわかなかったんだ。
そんなとき、サオリ達に出会った。
サオリ達に出会って、一緒に戦って…
その時ようやく
私は思えたんだ。
私は、シャーレの先生なんだって
その時強く自分が先生である事に自信と誇りを持つことができたんだ。
だからね、サオリ」
優しく語る先生は、頭に下げた。
「本当に、ありがとう」
「………!」
その姿に、サオリは驚愕し身体が強張るのを感じた。
そして次の瞬間には、その瞳に涙が溜まっていくのがわかる。
「……これまで…誹りを受ける事も、憎まれる事も数多くあった。今でもそうだ。
でも……でも…」
そしてその涙はサオリの瞳から零れ落ちていく。
「そんな言葉……言われたことなんて…なかったから……。すまない、先生……、私は、どうしていいかわからなくて……」
嗚咽し涙を流すサオリ、
先生は少し、サオリの手を包む力を強めた。
「出会いは決して、幸せなものではなかったかもしれない。
でも、決して全てが虚しいわけじゃないんだ。
私はここに来て、君達と出会って
そう信じられたから」
「………!せん、せい……っ!」
震えるサオリを落ち着かせるように静かに語る。
「……確かに、私も完全に吹っ切れたわけじゃない。
サオリのいうように、私も何処か遠い目をする事もあったかもしれないし、今でも時折胸が痛む事がある。
それでも、私はこれからも君達に教えて、
そしてこれからも君達から教えられて生きていく。
それが……今の私の、先生としての生き方だからね」
「………やはり、先生は立派な人だ」
サオリはそう言うとすっと目を閉じた。
「私からも、ありがとう先生」
先生の手の温もりに応えるように、サオリも優しく言葉を紡いだ。
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アリウス・スクワッドとの一時の安らぎの時間を終えた先生は再びシャーレのオフィスで先生としての業務に勤しんでいた。
書類の整理があらかた終わり、先生が伸びをしていると先生以外は誰もいないはずのシャーレの執務室に先生以外の声が響く。
「………お久しぶりですね先生」
そこにいたのは……
「……黒服」
先生が彼の名を呼ぶ。
そこにいたのはゲマトリアの一員、黒服だった。
黒いスーツに、影のような身体から白いヒビのようなものが入っている。
「……何の用だ」
先生は座ったまま、鋭い視線で黒服を睨みつける。
「それにしても、驚きましたよ先生。
大人のカードやシッテムの箱だけでなく、まさかあのような"切り札"までお持ちだったとは。
クックックッ……そう怖い顔をしないでください先生。
私がここに来た理由は一つ、先生にお聞きしたいことがあったのです」
「……………」
黒服の言葉に先生は無言のまま黒服を見据えている。
沈黙を肯定と捉えたのか黒服はさらに言葉を続ける。
「……先生、貴方は教師として生徒達の自主性を尊重する方だ。
生徒達の成長と結束を何より重んじる。
それ故に、貴方は生徒達に対しての 自らの行動を基本的には"手助け"をする範囲に留めている。
そして貴方は決して自身の力を誇示するような事をしない方でもある。
その貴方が、マダム…ベアトリーチェとの戦いにおいては直前の自身の発言を反故にしてまで、
そして大人のカードを使ってまで、貴方はあの姿になり、ベアトリーチェを倒してみせた。
その理由をお聞きしたかったのですよ。
生徒達が消耗していたから…とも考えられますが
あの状況でなら 生徒達の勝利は揺るぎないものだったでしょう。
それなのに貴方は変身し、自らの手でベアトリーチェを倒すことに意味を見出していたように思えるのです」
黒服のその言葉を聞いた先生は一度大きくため息をついて、観念したように語りだす。
「………ベアトリーチェが残した爪痕は大きい。
きっと今でも、サオリ達は…そしてアリウス分校の子達は心のどこかでベアトリーチェの残した傷やベアトリーチェ自身の影を感じ続けているはずだ。
そして、それは"呪い"のようにあの子達の心を縛りつける。
苦しむことを、絶望する事を、心のどこかで受け入れてしまおうとする。
だからこそ…私は大人として、それを直接壊したかった。
悪い大人が生徒達を食い物にするのなら、別の大人がそれを正して、子供達を守るべきだと……。
大人というものを見限って、未来を恐れてほしくない。
この世界に苦しみしか、虚しさしかないなんて、思ってほしくない。
だから、私は大人としてベアトリーチェの支配を崩す必要があった。
悪い大人の呪縛を断ち切るために。
あの子達が、大人を頼ってくれるように」
先生は静かに、それでいて強い決意を持って語った。
そして、最後にバツが悪そうに
「今思えば、出しゃばった真似をしたかもしれない」
と続けた。
「……………クックックッ……
やはり貴方は面白い
ありがとうございます先生。
実に有意義な答えでしたよ」
現れたときと同じく、黒服は忽然と姿を消した。
相変わらず神出鬼没な奴だ、と思いながら先生はデスクから立ち上がり、窓からキヴォトスの夜景を見つめた。
自身の"虚しさ"が完全に消えたか、と言えば嘘になる。
だがそれでも、先生はこれからも生きていくつもりだ。
大人として
そして、先生として……