長夜月(偽) 作:四末説最後の一つは均衡ってマジ?
これを観測しているのは一体誰なのだろうか。
記憶の星神? メモキーパー? もしくは次元を飛び越えてプレイヤーなのかもしれない。
何処の誰かも知らないし、自分の内心が果たして覗かれる事があるのかすら分からないけれど、一応は自己紹介をしておこう。
「とは言っても、この存在に名前なんてものは無いのだけれどね。けれど、敢えて名乗るのなら長夜月になるのかな?」
目の前に漂う赤黒い海月の形をした記憶の精霊「長夜」へと語りかけるも、反応は返ってこない。
自分が一体何なのかについては凡そ理解しているが、何故どうしてが分からない。けれども情報だけを纏めてみれば意外と簡潔で、私は崩壊スターレイルの世界の中の一つの惑星――と呼んで良いのかは分からないけれど――永遠の地オンパロスにいつの間にか存在していた。
身体は長夜月、或いは三月なのかのそれと同じ。けれどこの身を構成するのは暗黒の潮である。
どういう訳か暗黒の潮が形を得て、三月なのかの姿を成したのが自分である。この世界に唐突に発生したにしてはメタの視点と知識を持っているが、それらの発生源も自分という存在が織り成す記憶との齟齬も、分からない事の方が多い。
「もしくは貴方が記憶の力でこの姿を形取った、とも思ったのだけど……どうやらそうでは無いみたいだね?」
オンパロスにおける暗黒領域、つまりは暗黒の潮に呑み込まれて元の形を失った海の上、忘却の力によって生み出された観測を阻害する空間で目の前の長夜へと独り言ちる。
レスポンスが無い以上、自分に出来るのは思考を回す事だけ。であるのならば、オンパロスについて自分の知っている事を整理するべきだろうか。
崩壊スターレイル、そのバージョン3.Xで語られるシナリオの舞台こそがオンパロス。そこはタイタンと呼ばれる12の神が支配し、人間達へと恩恵を与える神話の世界。けれど押し寄せる暗黒の潮にタイタン達の奮戦も虚しく彼等の領域は削られていき、黄金裔達による再創世でもって新たな時代を築き上げる……というのが舞台設定である。
その実、オンパロスと呼ばれる地は一つの巨大なセプターであり、開拓者達が観測していた土地と人間や動物達は全てただのデータであり、ある一人の天才が絶滅大君を作り出す為の実験場である。
初めは無機生命体や原始的な生命体等から始まった、生命の第一原因を探るワールドシミュレーション。そこから人間達を生み出し、世代を経て壊滅のナヌークからの一瞥をデータの存在が受けるに至った。
そこから再創世という形を取ったシミュレーションは、ある世代でついに完成へと至る。
それこそがカスライナ達が成し遂げる再創世であり、それをもってセプターは生命の第一原因に対する解を出す。
しかし、カスライナ達が再創世を成し遂げてしまえば、オンパロスという地を演算しているセプターは絶滅大君「鉄墓」へとなり、知恵の星神を壊滅させてしまう――その顛末を知ったカスライナとキュレネは、再創世をせずに自分達の世代で回帰し続ける事によって完成を阻止し、いつか天外からオンパロスの問題を解決出来る救世主が到来する事を願い永遠にも続く徒労を続ける事になる。
それこそがオンパロスにおける永劫回帰であり、開拓者達が訪れる時点で既に33550336回もの回帰が為される事になる。
そして、まず三月なのかがメモスナッチャー達の悪意によって意識だけをオンパロスへと飛ばされ、97日の後に長夜月へと存在を明け渡し、彼女の力によって開拓者と丹恒がオンパロスへと入る事が出来た。
「つまり、普通に考えてこの姿の私がいる時点で完全数の回帰……という事になるんだけど」
三月なのかがどの時点でオンパロスへと送り込まれたのかは明らかになっていない。オロニクスの下に隠れ守られていたとして回帰を越える事は不可能だろうと考えれば33550336回目の時点で侵入しているのだろうが――
「97日は、あくまでも三月なのかの主観。その後の長夜月が果たしてどれだけ居たのかについては明かされていない」
つまり、カスライナが回帰して来るよりも前の可能性すらある訳だ。少なくとも、暗黒の潮がある時点で黄金期は終わりを告げている。そして三月なのかがトリスビアスの補助をしていた事も考えれば黄金裔達による火追いは始まっているのだろう。
「貴方が色々と答えてくれれば話は早いんだけどね……でも、いくら現状を整理した所で私のやるべき事は変わらないか」
暗黒の潮の造物で、壊滅の血が流れる怪物。それが自分である。しかし、その意思は驚く程に自由でもある。
であるのなら、この身が為すべきはしたい事。自分が何をしたいかを考えてみよう。
「そうだね……開拓の旅路を、この目で見てみたいかな」
黄金裔達との関わり合い、目的へと進み続ける歩み、そして彼等の輝き。見て、焦がれて、手を伸ばしてみたい。それが自分の本音、望む事。
けれど、恐らく自分に与えられた役割は、そうでは無いのだろう。
確かに列車組は開拓の道を歩み、33550336回目の輪廻を越えて、337回目へと歩みを進め、再創世を成し遂げてオンパロスの悲劇にケリを付けるのだろう。
カイザーを始めとした黄金裔達が群星へと旅立てるのかは知らない。けれど、黄金裔達全員の徒労と評された行いの全てが報われる時が必ず来るのだろう。
しかし、それは三月なのかが見付からず、長夜月が忘却の陰に身を潜められればの話である。
この地で鉄墓を創り、ヌースを滅ぼそうとしているライコスは、数ある二つ名の示す通りの存在で、セプターの管理者ですらある。
いくら長夜月の力が使令級であろうとも、彼もまた知恵の使令である。ライコスの用意した舞台である事も考えれば、絶対は存在しなくなる。
「つまり長夜月、貴方は私に影武者になれと言いたいのでしょう?」
目的を達成しようとする相手に、別のゴールを与えてしまえば良い。相手が三月なのかと気付いているかまでは分からないが、ライコスは変数となり得る侵入者の存在には勘づいていた。
いくら忘却の力で隠れようとも、天才の得た情報全てを消せるとは思えない。つまり、何かしらに勘づいたと言う事実は消せない事になる。
だからこその影武者。
偽物の長夜月という存在を敢えて晒す事によって、忘却の果てに消えた本物の存在を抹消してしまうのだ。普通であれば天才は騙せなくとも、使令級の忘却があれば可能となる。
「良いよ、長夜月。今日から私が三月なのかで長夜月だ。私達二人の力で三月なのかを守り抜こう」
目の前から長夜が消える。辺りを覆っていた記憶の潮が取り払われ、私は一人暗黒の潮の上に取り残される。
神秘の力は私に無い、記憶の精霊を呼び出す事も出来はしない。けれどこの身に流れる壊滅の血潮が、備わっていた知識と記憶が、戦う力を与えてくれる。
オンパロスに黎明が齎されるその時まで、私は全てを騙し続けてみせよう。
♭
「さて、貴方の所属と目的は一体どのようなものなのでしょうか」
人生開始十秒で管理人に見付かった。目敏すぎるだろリュクルゴス。
と、心の中で文句は言ってみても驚きや意外性は皆無である。ライコス、或いはリュクルゴス、もしくはザンダー・ワン・クワバラ。彼はこのδ-me13というセプターにおける管理者であり、知恵のヌースの生みの親にしてオンパロス編における黒幕とも呼べる存在。
セプター内部と神話の外側の二箇所に同時に存在する事によって、現実世界の時間の流れとオンパロス内部の時間の流れを正しく理解し、さらにはオンパロス内部であっても彼の操る無機生命体は複数存在している描写がされている。
情報へのアクセス権限と、実際に探し回れる複数の目、それによってセプター内部を隅々まで知り尽くしている彼の目を欺く事は殆ど不可能と言って良いだろう。
なればこそ、オンパロスへと侵入した異分子を、本来誰にも認識出来ない三月なのかを見つけ出す寸前まで行けたのだ。
血眼になってまでかは知らないが、探していた存在が突然現れたとなれば直ぐにでも接触をするだろう。殆ど排除を目的としてではあるが。
「どうも管理者さん。何日も随分と私を探し回ってたみたいで大変だっただろうね?」
「御冗談を。私からすれば異常の知覚とは容易い事であり、例えるのならば身体の何処かに痒みが走るようなものです。脳で知覚し、目で視認し、実際の患部を判断する……貴方という存在は、たまたま視認出来なかった程度のもの。見えないのならば、見えるようにしてしまえば良かった」
尤も、そうする必要は無かったようですが。と、何処か得意げに彼は続けた。
「それで、私の質問に答えて頂けますか?」
「勿論構わないよ、管理者さん。貴方は大方ガーデンの手の者だとか、そう言った認識をしているんだろうけど、事実は大きく異なるからね……きっと私達は手を取り合い、仲良くやって行けると思うからね」
「ほう……?」
「正しく現状を認識してもらう為には、ある一人の少女の話をするのが手っ取り早いと思うんだけど、聞いてくれるかな? 多分少し長くなると思うけど」
「ふむ、構いません。時間とは私の味方でありますからね。例え貴方が私の邪魔となる存在であったとしても、貴方が行う時間稼ぎは尽くが徒労に終わるでしょう」
徒労、徒労か。彼からすれば、カスライナ達の行いと開拓のそれは、全て無駄な徒労に感じるのだろう。ただ自分以外を見下している訳では無く、データに保証された絶対的な優位性があるからこその自信。例え他の天才達が敵に回ったとしても、それらに対処する為の準備すらしているのだろう。
静寂の主に関しては、知覚されないように全力を出す事が対処のようだけど。
「開拓の運命を歩む、星間旅行を可能にする列車がある事は知っている?」
「ええ、存じております。開拓のアキヴィリ、其と志しを同じくとする者達の事ですね」
「そう。そして現在の星穹列車に乗って星々を開拓している一人の少女がいるの。彼女の名前は三月なのか、天真爛漫って言葉が似合う少しデリカシーの無い女の子」
「ふむ、察するにそれが貴方であると?」
「……彼女達は少し前に、ある星での開拓を終えた。そして次の目的地を決めようとしている時に、ガーデンの人間の提案でオンパロスへと来る事になった。そこはガーデンの鏡でしか映す事が出来なくて、開拓をするのに相応しいだろうからってね」
オンパロスは三つの運命が交錯する地だ。壊滅と知恵と記憶、それぞれの使令級の存在が居るだろうとされていた。
鉄墓、ザンダー、そしてあと一人は――
「彼女の甘言に乗せられて、列車はオンパロスへと向かい……そして、突入前に三月なのかの精神はガーデンによって誘拐された。メモキーパー達はなのかに選択を迫ったの。オンパロスに行くか、行かないか。実質的な一択を迫る脅迫に、なのかは従うしか無くて、開拓の力でオンパロスへの侵入口を開く為の槍先にされた」
果たしてライコスは何を思っているのだろうか。無機生命体の彼の身体に表情は存在せず、そこから読み取れる感情も無い。けれど、長い事盗人として忍び込んでいたガーデン達の、ついに有効となる一手を打たれた彼は、きっと快くは思っていないだろう。
「悲しい事に、三月なのかを認識出来る存在はこの世界にいなくてね? たった一人、それでも開拓の為にと自らを鼓舞しながら出来る事を探し続けていたけれど、異常を認識した管理者に追い詰められ、三月なのかは絶体絶命に陥った。そして――」
「――暗黒の潮に、呑み込まれたと」
「……ふふ、やっぱり分かるんだ?」
「ええ、存じておりますとも。貴方を構成するのは暗黒の潮そのものであると。ですが、暗黒の潮に意思は無く、また肉体を構成するような要素も持ち合わせておりません。ですから聞いたのですよ、貴方の所属と目的を」
頭が良い存在との会話は、無駄を挟まなくて良くなる。だからこそ時短になるし、同時に時間稼ぎが難しくもなる。
けれど彼等には、往々にして弱点が存在するものだ。尤も、その弱点を突く必要性すら今回に関しては無いのだが。
「そう、ただの意識体が暗黒の潮に呑み込まれたとして、形を得る事は無いし、肉体やアバターを持っている存在が呑み込まれたとしても、その姿は壊滅の造物と似た様なものになる。けれど、三月なのかは特別だったの」
「……まさか、無漏浄子だと言うのですか」
「残念だけど、そうでは無いかな。勿論メモキーパー達が利用しようとする程度には記憶の運命の力も強いんだろうけど、それだけじゃないの。三月なのかには、他にも複数の運命が関与していて、記憶以外のものについては私ですら把握していない」
「……なるほど、そこに壊滅の影響を受ける事によって、相互に干渉した結果起きた不具合という事ですか」
「バグ扱いされるのは悲しいけれど、そういう事だね。さて、前提条件を理解して貰えた上で、改めて答えようか管理者さん。三月なのかを利用しようとしたメモキーパー達の目的は記憶の種を得る事と、鉄墓の完成。一方で、私を構成する暗黒の潮の目的は再創生の完遂……でも、この身を流れる黄金の血が望むのは、新たな太陽が昇ること」
「なるほど、しかし貴方はそのすれ違いを起こしている三つの目的の、一体どれを目指すと言うのですか?」
「じゃあ改めて、自己紹介をしようか管理者さん。私の名前は長夜月、壊滅の運命に属するものにして、新たな壊滅の誕生を望むものだよ」
何一つとして嘘は言っていない。だからこそ、見抜ける真実もありはしない。
ほぼ明言されているとは言え、三月なのかが無漏浄子であるとは断言されておらず、神秘の運命に属しているのは長夜月だ。三月なのかには隠された別の運命も絡んでいるだろうと推測されるのも事実である。
そしてこの身を構成するのは暗黒の潮であり、それは黄金裔に流れる壊滅の血と何も変わらない。私という存在は壊滅の手先としてしか判断されなく、私自身は新たな壊滅……つまりはカスライナの誕生を望むものだ。
全身を構成する壊滅の因子の一つ一つが、カスライナの齎す壊滅を夢見ていいねをし続けているのだから。
「ついでに言えば、私の敵は記憶。記憶の壊滅を求めている」
許せないよなぁ? 勝手に三月なのかを誘拐して利用して、その果てに望むのが記憶の種の入手と鉄墓によるヌースの死だなんて。それが計り知れない程の大義の為だ、と言うのならばまだ納得のしようもあるだろうが、知り得ている知識の範囲内で考えてみても、それらに共感の余地は無いのだ。
無漏浄子同士での殺し合いも、メモスナッチャー達の悪行も、焼却人達の記憶の取捨選別も。クソ喰らえだ。やり合うのは勝手だが三月なのかを巻き込むのはやめてくれ。
血潮が熱を持つ。記憶の勢力の事を考えるだけで憎悪が沸騰し、この身を内から焼き尽くさんと炎を上げる。
奴らに壊滅をくれてやりたいと心が叫ぶのだ。
「なるほど、理解しました。貴方が私の邪魔をしない限り、排除をするのは辞めておきましょう。加わる変数が壊滅のそれならば、或いはカスライナの徒労も終わりを告げるでしょうから」
魅せてくれ、黄金裔。焦がれる程の英雄譚を。
謳わせてくれ、カスライナ。喉が枯れるほどに人間賛歌を。
そして、切り開いてくれ開拓者。この世界が迎えるべき真の明日を。
それら全てと三月なのかの為だけに、この身を炎と焼べるのだから。
ファイノン復刻をずっと待ってます