「南海トラフ」で膠着の浜岡原発　中部電力、焦りが招いた機能不全

中部電力の浜岡原子力発電所（静岡県御前崎市）の工事で精算手続きなどに不正が生じていた問題で、原発再稼働に向けた「新規制基準」への対応などで社内の手続きが徹底していなかったことが明らかになった。南海トラフ地震への備えが急がれる中、原子力部門の判断でルール外の発注をするなど、ガバナンス（企業統治）不全が浮き彫りになった。

原発の再稼働の是非を判断する新規制基準は、想定される最大の津波高に対応できる防潮堤や、テロ対策設備の設置などを求めている。福島第1原発事故を受け、自然災害などへの追加対策が必要になった。

今回の精算金の未払い事案は、基準を満たすための契約変更にかかるものだった。「工事が長期化するなか、追加予算を上げることについて取締役会の承認が得られないとの判断が（原子力部門の現場に）あった」（佐々木敏春副社長）

中部電力によると20件の事案のうち判明した7件の総額が数十億円程度という。みずほ証券の新家法昌シニアアナリストは「業績や財務面での影響は限定的」と話す。

そういった案件で長期間にわたり報告を先送りしていたのは、原子力部門の状況を全社で共有できない風通しの悪さが一因とみられる。中部電力の林欣吾社長は「言い出せなかったのは非常に残念。何が障害だったか調べて不断の努力をしたい」と話した。

今回の不正発覚で、工事を受注した下請け企業に動揺が広がっている。御前崎市内に事業所を持つ建設会社は「27日のニュースで知った。不適切処理のあった時期に工事は手がけていたが、影響は未知数」と話す。静岡県内の中小同業は代金の未払いなどは足元でないとしつつ「昔のことで分からない」と漏らした。

中部電力が保有する唯一の原発である浜岡原発は、2011年の東日本大震災後に経済産業省の要請を受けて運転を取りやめた。中部電力は停止時に「津波に対する防護策などを完了し原子力の安全を確認したときは運転が再開できるとしたい」と定め、11年から自主的に対策工事を進めていた。

12年に、原子力規制委員会が発足し従来の安全基準が見直された。原発を再稼働するには新規制基準への適合審査が必須となり、中部電力はすでに始めていた工事の仕様変更に追われた。

浜岡原発は太平洋に面し、全国の原発の中でも特に南海トラフ地震に直面するリスクがある。そのため新規制基準への適合には他の原発よりも高い壁がそびえている。

24年12月から原子力規制委員会が3、4号機の再稼働に必要なプラント審査を始めたばかりだ。南海トラフ地震を想定した津波による浸水を防ぐための防潮堤のかさ上げ工事という最大の関門も残っている。

防潮堤は津波の高さの予想をより厳しく設定したことにより、現状の22メートルから6メートルかさ上げし、28メートルとする方針だ。15年にも4メートルかさ上げした経緯があるが、その部分を一度取り壊し、新たに10メートル分を既存の防潮堤の上につくる。

原発の安全対策設備は電力会社の収益にのしかかる。東京電力ホールディングスの柏崎刈羽原子力発電所（新潟県）の安全対策費は19年時点で約1兆1690億円と見積もられ、従来試算から2倍近くに増えた。再稼働を目指す6、7号機ではテロ対策設備の建設が遅れており、総額は上振れする公算が大きい。

全国3地点で原発を運営する関西電力も安全対策設備に1兆円超を投じてきた。中部電力は浜岡原発の再稼働に向けすでに実施が決まっている工事については4000億円と見積もっている。ただ安全対策の強化でさらなる積み増しが想定される。

今回の不正は原発の安全性に影響はないとしている。ただ原子力部門に端を発するガバナンス不全が露呈したことで、国民の原発に対する不信感が再び高まりかねない。