どこもかしこも、エーテリアスばかりだ……(涙目) 作:bbbーb・bーbb
狩人の縮地が、時間を飛ばしたような錯覚を引き起こす。イゾルデが瞬きをするまで、彼女は確かに彼の間合いの外だったのだ。それがもう、互いの顔が触れそうになっている。
イゾルデが右足で狩人を蹴り上げ、縦に回転しながら跳び上がる。横に薙がれた血の刃が彼女の眼前で空を切る。回転しながらの斬撃で狩人を斬りつけるイゾルデ。着地と共にまた距離を詰める狩人。
縦振りを躱し、イゾルデが銃を向ける。消える。想定済みである。振り向きざまに回し蹴りを繰り出すと、金属の凹む音が聞こえた。怯んだ隙に膝を撃ち抜く。
膝を撃ち抜かれ回避を封じられる狩人。狩人が懐に腕を突っ込む前に全力で攻撃を畳み掛けるイゾルデ。ここで殺し切る。その魂胆であった。
「死ねっ!」
刀での連撃をなんとか躱した狩人が間合いから外れると、イゾルデは銃を向けた。短銃のようなそれは、しかし連発が可能なのだ。
もう、狩人に避ける力は無い。輸血液も間に合わない。絶対絶命のその状況で、狩人は遂に賭けに出た。
撃鉄が振り下ろされる。爆音と共に飛ぶ銃弾が狩人の顔面目掛けて飛んでいき──血に濡れた刀に切断された。
刀で弾丸を斬る。弾く。かつて映画で見た技を、狩人は見様見真似で再現してみせたのだ。防御などいつぶりだろうかと狩人は考えていた。
構うものか。イゾルデの連射。狩人は刀をやたらめったらに振り回し、きんきんと音を立て銃弾を弾いている。
……なんか結構な頻度で肉を貫通する音が混じっているのは気の所為だろうか。連射しながら、イゾルデも怪訝な顔を浮かべている。
やがて、軽い音が弾切れを伝える。飛び道具を使えなくなったイゾルデに、しかし狩人が飛びかかることは無かった。狩人の鎧を見るなり呆れて溜め息をつきながら顔に手を当てるイゾルデ。
「痛い……」
軽い息切れを起こしながら呟く狩人の鎧には幾つもの穴が空き、そこからぴゅうぴゅうと赤い血が噴き出していた。どさりとその場に倒れ込む狩人。やはり防御は性に合わぬのだ。
……勝った気がしない……。イゾルデは微妙な顔を浮かべていた。勝てたのは良い。目の前の男はもう倒れたまま動く様子を見せない。
まあ良い。早く儀式を行わねば。出血に少しふらつきながらイゾルデが広場へ向かって歩き出す。幸い、司教としての力で生命力は底上げされている。この程度では死なないだろう。
──破裂音。一瞬、何が起こったのかイゾルデには分からなかった。胸元から飛び出す血によって、ようやく背後から撃たれたのだと気がついた。
馬鹿なっ。イゾルデが振り返る。狩人は既に起き上がり、至近距離に居た。その刀、千景はもう振り上げられていた。
死んだふり。ヤーナムではやったことが無いが、こっちでは意外に効くな。そんなことを狩人は考えていた。
飛んでくる刃を、咄嗟にイゾルデは受け止めた。互いに一歩も譲らぬ鍔迫り合い。互いの顔はこつんとぶつかりそうな程近かった。いつの間にか狩人の鎧、その顔面部分はところどころが剥がれ落ち、口元は露出していた。
「──!? ぐぅっ!」
突如として目に入り込んだ液体にイゾルデが思わず瞼を閉じる。狩人の唾である。吐きかけられたのだ。思わず構えを崩した隙に狩人に押し切られる。飛び退くイゾルデ。
決闘などとは、狩人は一言も言っていない。誉れなどヤーナムでは鼻で笑われて終わりである。彼は騎士である以前に狩人なのだ。姑息な手段に手を出すことに今さら抵抗など無かった。
イゾルデが目を開けた時、既に千景は鞘の中であった。後ろへ跳ぶ。顔を逸らす。間に合わない。
彼女の左手、その薬指と小指が空を飛んだ。激痛に怯んだ隙に狩人が血の刃を浴びせる。一撃、二撃。ひとつひとつが彼女の命を削っていく。
力無く膝をつくイゾルデ。もう瀕死である。狩人は歩いて彼女の後ろへ回り、大きく刀を振り上げた。
せめて、苦しまずに死ぬが良い。心中でそのようなことを思いながら狩人が千景を振り下ろしたその瞬間、しかし衝撃が彼の体勢を崩した。
なんだ。何が起こった。斬られる寸前に振り返ったイゾルデが指の足りない左手で無理やり銃を放ったのだと狩人が気付く頃には、彼女はもう右腕を後ろへやっていた。
「まさかっ」
「
そのまさかであった。全身の力を込めたイゾルデの拳が狩人の腹に突き刺さる。温かい内臓を引っ掴む感覚に彼女は顔を顰めた。
「死ね」
掴んだものを思い切り引き摺り出しながら、右肩で狩人を吹き飛ばす。腹を抉られ、遂に狩人は動かなくなった。夢の中へと溶け消えていく。エーテルに侵食されたのだろう。消える狩人は、イゾルデにはそう見えた。
あの時は「できるか」と叫んだが、メヴォラクとしての力をもってすれば不可能ではなかったな。再び広場へ向かって歩き始めるイゾルデ。流石にもう死にそうである。早く「儀式」を遂行せねば。階段を降りていく。
「イゾルデ!」
やっとのことで広場の中心につくと、鬼火の叫び声が響いた。イゾルデが階段の上を見てみれば、アキラ達が居た。狩人もである。何故だと目を見張るイゾルデ。既にいつもの狩装束に身なりを戻していた。
「戻ってこい、イゾルデ。彼らはもう戻ってこないんだ」
これ以上失ったら、私は。そう言う鬼火の声は震えていた。
「私だって、もう来るところまで来てしまったよ……」
イゾルデの顔には悲しみが浮かんでいた。もう、ありきたりな言葉や胸を打つようなセリフが役に立つことは無いのだ。
「本物の兵士らしく、銃と剣で決着をつけよう」
イゾルデの顔が険しさを帯びる。気づけば、イゾルデの後ろに伸びる下りの階段には列を成した数多の兵士たち──ミアズマで作り上げた紛い物だが──が。
「作戦開始」
イゾルデが高く翳した刀を振り下ろすのを合図として、紛い物の兵士たちが空へと銃を向ける。放たれる弾丸はミアズマであり、それは空へ不自然にへばりついて広がった。まるで、空に見えない天井でもあるかのようだった。
「もはや道は分かたれた……」
ミアズマが空を赤く染める。それはちょうど、秘匿の破れたヤーナムのそれに似ていた。イゾルデが空へと刀を掲げ、ミアズマを吸収していく。
「今さら戻れるものか!」
イゾルデは刀の先を自らに向けたと思えば、なんと自身の左肩を貫いた。一滴二滴と滴る血は燃えていた。イゾルデの全身が禍々しい炎に包まれていく。
赤紫の竜巻が彼女を覆って数秒、一閃。霧となった竜巻が消え皆が視界を取り戻したとき、そこは文字通りの別世界であった。
冒涜的な赤い触手が円形の広い足場を囲み、その回りでは無機質な海が水平線を形作っていた。どこまでも黒い空は偽物の星空で覆われていた。
馬鹿な。狩人は戦慄した。これは、これほどの力は人の持ち得るものではない。これは、まるで──。
「君は、滾る炎にはほど遠い……」
声につられるがまま見上げる狩人の瞳に映ったものは、ホロウに侵された月を背に空中より君臨せし”偉大なる者”、それを模した何かであった。啓蒙が狩人の頭を埋め尽くしていく。
それは「冒涜者」であった。傷は全て癒えていた。腰から生えた悪魔のような細長い尾の先は斧頭となっており、手足は黒い鎧で覆われていた。胸元はピンク色の悍ましい液体の詰まった袋と化していた。
「その名が泣いているぞ、『鬼火』!」
槍を突き付ける「冒涜者」、上位者と化したイゾルデの宣戦布告が、異空間に響き渡った。
「みんな、気をつけ──狩人……?」
呆気にとられるアキラの前では、狩人が右腕を空に、左腕を横に伸ばしていた。上位者擬きを前に「交信」を試みたのだ。なんかカレル文字とかもらえないかなの精神である。
「あっなんか貰えた」
「言ってる場合か! 構えろ!」
Yes,sir! 鬼火に返される覇気のある声とは裏腹にのろのろと腕を降ろす狩人。この男、ジェスチャーを中断するのがやけに遅いのだ。
狩人が動く頃には、既に戦闘が始まっていた。イゾルデは狩人そっちのけでシードや鬼火相手に槍を振り回し、偶像の兵士たちを呼び出しては銃撃を放たせている。全てを避けきるのは不可能だった。傷が増えていく一行。
が、流石に相手は精鋭、「オボルス小隊」である。ビッグ・シードの拳が腹を打つ。毒メスが刺さる。鬼火の炎が皮膚を焼く。毒メスが刺さる。
儀玄の墨汁が身体を蝕む。毒メスが刺さる。トリガーの銃弾が肉を貫く。毒メスが刺さる。アキラの声援が士気を上げる。
……毒メスが刺さる。
「いい加減にしろ!!!!!!」
ブチ切れるイゾルデ。狩人が遠間から延々と毒メスを投げてくるのだ。ずっとである。ただでさえ狙撃手に狙われているのに毒メスなど投げられてはたまったものではない。
彼女は知らない。毒を蓄積させることにおいて、彼は不死人の中ではトップクラスにまともな方法をとっていることを。文字通りの糞団子を素手で投げつけてくるようなのすら居るのだ。
「待て!!!!!!」
「アッハハハ! Oh! Majestic! 衛非地区でも上位者擬きとは! けれど、けれどね……」
高らかに笑いながら全力疾走する狩人は、イゾルデに追われながらぽいぽいと紐付き火炎瓶を投下していた。怒らせて冷静さを失わせるのも戦略の内である。
「妨害は巡り、そして終わらないものだろう!」
が、狩人は失念していた。すぐ背後の地面へ落ちる紐付き火炎瓶は空中に浮いているイゾルデには全く効かないことを。そして、ステップはともかく走りの速度では上位者擬きであるイゾルデに完敗していることを。
「うがぁっ」
「狩人っ!」
アキラが叫ぶ。槍で殴られ上半身だけを吹っ飛ばされる狩人を見てのことであった。ビッグ・シードが受け止める。地面へ下ろされるなり輸血液を使う狩人。
「なんというか……大変そうですね」
アキラの隣で呟くトリガー。混沌を前にして呆然と立ち尽くしているのだ。突如異空間に攫われるわ上位者による上位者擬き煽りを見せられるわで散々なのである。
毒メスが切れたことを察知し鉈を展開する狩人。彼女は空中に浮いている。打点の高い攻撃は鉈の得意とするところなのだ。
次々と飛んでくる赤黒い光波を右、左とステップを繰り返して避けていく。空中で槍を構えての突撃をすれ違う様にして躱す。縦振りがイゾルデの背中に突き刺さった。
乱暴に鉈を引き抜かれると同時に振り向きざまの刺突をお見舞いしようとしたイゾルデが見たものは、彼女を覗く散弾銃の銃口であった。
圧倒的な衝撃力。水銀製の散弾が突撃の勢いと真正面からぶつかり、イゾルデの体勢を崩す。料理が差し出されるように、彼女の腹は狩人の眼前に晒された。
「そう簡単に、仕返しはさせないぞ!」
叫ぶイゾルデ。内臓に腕を突っ込まれると同時に、狩人の胸元に槍を突き刺した。異常に横幅の広いそれは、容易に狩人を両断した。
「GWAAAAAAARRRRRR!!!!!」
血を吐いたのも束の間、狩人が彼女の臓物を握り締める。あまりに無理やりなリゲイン。回復する肉体が狩人の身体からちゅぽんと槍を弾き出した。そのまま当て身でイゾルデを吹き飛ばす狩人。
が、この程度で死ぬほど「始まりの主」の加護は生温いものではない。生命こそ削られたものの、腹の穴はすぐさま塞がれていった。
「もういい、荒波に呑まれろ!」
遥か上空に飛び上がったイゾルデが巨大な刃を生成し、地面へ飛ばす。すんでのところで避けるオルペウス。視界を上げれば、高層ビルを丸ごと呑み込めそうな大きさの赤いミアズマの波が迫っていた。
あんなものを喰らえばまず即死だろう。対処法を見破ったアキラの指示に従い、飛ばされた刃を集団リンチに遭わせる一行。
「行くぞシードっ」
「僕に任せて!」
油壺を投げる狩人。いつの間にかパイルハンマーを握っている。シードを乗せたビッグ・シードと同じタイミングで右拳を握り締め、ぐっと力を込めていく。
「パイルッッッッ」
「シードッッッッ」
「ハンッッッッッッマアアアアァァァァアア!!!!」
「パアァアァァアアアァァアアァァアアンチ!!!!」
全く噛み合っていない掛け声を同時に叫びながら二人が全出力で刃を殴ると、それは荒波から身を守る壁へと姿を変えた。
急いで全員が後ろへ隠れるのと殆ど時を同じくして、圧倒的な赤黒い質量が壁の外を埋め尽くした。あれを耐えられる生物は、恐らくこの星の地上には居ないだろう。
「……なぁ」
「うん? どうしたんだい、鬼火隊長?」
アキラが聞き返す。それに鬼火が言葉を返すのは、波が去った直後のことであった。
「狩人居なくないか?」
「えっ」
全員が辺りを見渡す。居ない。あの小さな壁が守れる人数には限度があった。どうせ不死だしいいやと自分の代わりにアキラを壁へ放り込んでいたのだ。
彼が不死人であることは、鬼火たちは既にアキラから聞かされていた。先程出くわしたのも死んだからだと狩人自身が言っていたのだ。今だ受け止めきれているわけではなかったが。
しかし、ここは異界。戻る方法があるのか定かではない。対処を講ずる暇を与えず、イゾルデの急襲。盾を構えた兵士たちの列が襲い掛かる。
避け、受け止め、弾き返す。連携の力で耐え抜いていく。それは、イゾルデが遂に得られなかったもののようで──。
「何故だ、何故阻むんだ!」
業を煮やしたイゾルデは空へ飛び立つと、ミアズマを極限まで凝縮したものを光線としてオルペウスにぶちまけた。
「私の邪魔をっ、するな!」
イゾルデの慟哭が空へ消えていく。当然それを黙って見ている鬼火たちではない。オルペウスが鬼火を尾から外し、銃として持ち熱線で応戦する。
押され気味であった。尾にナイフを取り付け、地面に突き刺し、オルペウスは両足で必死に踏ん張っていた。
「復讐の炎は、私の中にも燃えている……」
鬼火の声は大きくはなかった。それは独白に近いものだったが、今や人を辞めたイゾルデの聴覚にははっきりと聞こえた。
「だが、その火に……っ」
鬼火の声が、力を増していく。押されていた熱線が優勢となっていく。イゾルデの顔に浮かぶ焦燥は一層強まった。
「呑まれては駄目です!」
叫んだのはオルペウスだった。「呑まれちゃ駄目だ」とシードもビッグ・シードから光線を放ち加勢している。儀玄もである。途端に劣勢となるイゾルデ。
イゾルデは歯を食いしばった。誰か、誰か助けてくれ。誰でもいい、何でもいい。それが、例え人でなくとも。
「『始まりの主』よ……私に……どうか祝福を……」
遥かなる者への祈り。上位者のなり損ないである彼女の心からの呼びかけであった。
そして上位者とは、得てして呼ぶ声に応えるものであった。
初めに、そこには光があった。赤い、しかし柔らかい、ミアズマのそれとは全く異なるそれがオルペウス達の背中を包んだ。
次に音であった。光線を放っているという時に、突如全員が音を感じなくなったのだ。ただ一つ、背後より忍び寄る、異形を成した硬質の声を除いて。
そして最後に、匂いであった。漂う月の香りは、いつの間にか変化を遂げていた足場から放たれていた。真っ白な花の咲き誇る中に、十字架に似たオブジェが乱立する庭園であった。あるいは、墓場であった。
イゾルデは既に地に足を着け、目の前の「それ」を眺めていた。
彼女の視線に釣られ皆が振り返る。だが、その内の誰も、これから自らが何を迎えようとしているのか、想像すらできていなかった。
──蒙が、啓いた。
痛みにも似た、しかし本来人間の感じ得る筈のない感覚が、一瞬の内に全員の脳を焼き尽くしていった。だが、動けるものは居なかった。
それは、人の理解を超えていた。ホロウに侵されていない赤い月、それを背に君臨する「それ」は、およそ人の言葉では形容し難きものであった。
理解など、不可能だった。暗黒なる宇宙より飛来せし「偉大なる者」、紛い物などではないそれを前に、彼らの脳はとうに限界を超えていた。
だが、発狂はしなかった。出来なかった。発狂することすら「許されていない」のだ。ただ恐怖と絶望と錯乱の中、ぼうとそれを眺める皮膚の内側に閉じ込められた魂が悲鳴を上げていた。
トリガーにも、それは視えていた。真っ黒に染まった視界の中、「それ」と赤い月だけが、紙に乗せた切り絵のように浮かんでいたのだ。
「あれは、神なんかじゃない……」
儀玄が呟いた。彼女でさえ、それが限界だった。その声は恐怖に震えていた。見開かれたその目からは涙が溢れ出していた。
ただ、怯えていた。慄くことしか出来なかった。祈りが無意味であることは本能で分かっていた。
「あれは……」
それを形容する言葉が、儀玄には分からなかった。誰にも分からなかった。
それは何も語らなかった。皆、必死に武器を構えようとした。が、力が入らなかった。心の何処かから、仄暗い深淵から声が囁くのだ。人の抵抗など、と。
一人、また一人とナイフを落とし、銃を落とし、膝をついてその場に崩れ落ちた。鬼火はただ「それ」を眺めていた。視線を逸らすことなど出来る筈も無かった。
師匠、隊長、兵士、「パエトーン」。全ての矜持は、もはや意味を失っていた。そこにあるのは、理解を超えた冷たい恐怖に押しつぶされる、ただの人間であった。
イゾルデも例外ではなかった。目の前のあれは、「始まりの主」などではなかった。ある筈が無かった。あんなものが、存在していて良い筈が無い。
膝をつく人間の中、「成り損ない」がそれを眺めていた。
赤い月は、未だ美しく輝いていた。
イゾルデ下げで怒りそうな人はちょっと次回まで待って下さい。お願いします。
イゾルデさん私にもモツ抜きして……