「令和人文主義」に異議あり! その歴史的意義と問題点
【評論】小峰ひずみ
〇「令和人文主義」とは?
「令和人文主義」という言葉が最近、注目を浴びています。哲学者の谷川嘉浩さんが提唱された言葉だそうです。谷川さんは朝日新聞に「深井龍之介、三宅香帆…新世代が再定義する教養「令和人文主義」とは」という関連記事を寄稿されてもいます。この「令和人文主義」は「読書・出版界とビジネス界をまたいだ文化的潮流」であるとされており、その担い手としては、株式会社COTENの深井龍之介さん、株式会社baton(QuizKnock)の田村正資さん、文芸評論家の三宅香帆さん、広告会社勤務で大阪大学招へい准教授の朱喜哲さん、哲学者の戸谷洋志さん、元スクウェア・エニックスのシナリオライターで、作家・書評家の渡辺祐真さん、漫画家の魚豊さんが挙げられるそうです(注1)。
その特徴として、以下のような点が挙げられています(注2)。
・文体が上の世代と全然違う
・受け手は学生よりも会社員(新しい知の観客を意識した語り方)
・多メディア展開
・反アカデミズムではない
・教養主義から単なる人文知へ
・SNSやポストトゥルースを意識した自己論や社会論
・言葉への強いこだわり
たしかにポッドキャストで活躍していたり、ビジネスパーソンに向けていたりと、上の世代とは異なる人文学の風潮があるように思います(そうすると、東浩紀さんや宇野常寛さんの位置づけは「令和人文主義」の先駆けということになるのかなと思います)。
そこで、この令和人文主義がどのような時代の兆候であるのか、検討していこうと思います。その際、私が特に取り上げたいのは、次の四つの特徴です。
・受け手は学生よりも会社員(新しい知の観客を意識した語り方)
・反アカデミズムではない
・教養主義から単なる人文知へ
・SNSやポストトゥルースを意識した自己論や社会論
これらは、「令和人文主義」のスタンスが最もよく表れている特徴であるように思います。「文体が上の世代と全然違う」「多メディア展開」「言葉への強いこだわり」といった特徴は大なり小なり、いままでの人文学的風潮(ポップカルチャー雑誌に登場した浅田彰や中沢新一らが率いた「ニューアカデミズム」(一九八〇年代)やニコニコ動画で活躍した東浩紀が率いた「ゼロ年代批評」(二〇〇〇年代)など)にも見られたものでしょう。なので、私はこの四つこそ「令和人文主義」を特徴づけるものだと思っています。
では、これらの特徴をもつ「令和人文主義」は歴史的にどのような経緯で現れ、また、どのような意義があるのでしょうか。一九九三年生まれの私は「令和人文主義」の世代に該当する書き手で、先ほどの記事で列挙されていた戸谷さんや朱さんとは対談させていただいたり、三宅さんには拙著『平成転向論』を書評で取り上げていただいたり、「令和人文主義」の担い手として括られた方々にはお世話になっています。ただ、「ビジネス界」とはちょっと距離があるので、「令和人文主義」には該当しないでしょう。なので、少し遠くから見た「令和人文主義」について述べたいと思います。
〇そもそも人文学にとって「会社員」とは何か?
谷川さんが提唱された「令和人文主義」というキーワードで私が面白いと思うのは、受け手が学生ではなく(かといって市民でもなく)「会社員」だとされているところです。これはもともと「会社員」に向けて書いたのか、たまたま書いたら「会社員」からのウケがよかったのかはわかりません。ただ、いずれにせよ、谷川さんは「会社員」が主なターゲット層であることを肯定している、少なくとも「新しい知の観客」として是認しているようです。これは非常に大きな変化であると思います。なぜなら、
いままでの人文学では「会社員」という存在は未熟なものだとして相手にされていなかったからです。
会社員が未熟? 学生の方がよっぽど未熟じゃないか? どういうことなのか? と思われる方もいるかもしれません。たしかに学生は年齢的にも精神的にも未熟です。それに対して、会社員の方はビジネスの第一線で活躍されているのですから、年齢的にも精神的にも成熟しているように思います。
にもかかわらず、なぜ人文学は学生を相手にしていたかというと、学生は大人になって国家や社会を構成する「市民」になることが期待されたからでした。「会社員」ではありません。「市民」です。たしかに「会社員」は企業に働きに出て実際に上司や顧客と対峙しているのですから、立派な大人です。しかし、「市民」ではない。
では、どう違うのか。
単純に言えば、「市民」は自分がやったことの法律的な責任がとれる存在です。事故を起こせば損害賠償を払わなければならないし、逆に事故を起こされれば賠償責任を相手に問い、裁判を起こすことができます。選挙で良い首相を選べば恩恵を受けるし、悪い首相を選べば害を被るでしょう。そして、自分が利益を得ようと損害を被ろうと、すべて「あなたの責任です」と言われるし、「そうです。私の責任です。なぜなら、私が自分の意志に基づいてやったことだから」ということが求められる存在です。自分の行為に法律的な責任を問われるのが、「市民」です。少し難しく言えば、市民は法律を主体的に運用することが求められる人たちのことです。だから、どんなに精神的に未熟でも「市民」にはなれる。逆に、どんなに立派でも外国人だと「立派な市民」とはみなされないこともあります。たとえば、投票ができなかったりするのです。
「会社員」は、この意味では「市民」ではありません。会社員は企業という「法人」に勤める「履行補助者」という位置づけになります。要するに、業務命令を下す企業経営者の手足なのです。手足は「メンバー」とも訳されます。なので、会社員は会社員として経営者に与えられた権限をはみ出ない限り、法律的な責任を問われません。業務上のミスを犯せば、上司から怒鳴られて鬱になるかもしれませんが、法律上の責任を問われる可能性は非常に低くなります。損害賠償請求は勤めている企業(法人)に対して行われるからです。選挙での投票も「会社員」として行うことは建前上避けるべきだとされています。つまり、会社員という存在は、企業という「大きな市民」(法人)の手足という位置づけであり、市民社会や国家を構成する主体とはみなされていないのです。
このような点から、いままでの人文書は読書を通して学生を「市民」に成熟させることを促してきました。法人の手足ではなく、市民社会の主体であることを求めてきたのです。これがいわゆる「教養主義」です。誰もが「市民」であることを自覚して法律的な主体としてふるまうことで賢い国家による良い統治がもたらされる、という考えが近代主義の前提です(ちなみにこの考えを体系化したのが、哲学者のフリードリヒ・ヘーゲルです)。
ここでの「統治」とは、自分自身を含めた世の中全体を回すための支配のあり方(支配形態)のことを指します。たとえば、近代社会で前提となっているのは、法律による統治です。法律という支配形態(法の支配)を守っておけば、自分も公正に扱われるだろうし、世の中も公正に回っていくだろうという前提で、近代は動いてきました。そのため、人文学は、労働者の「会社員」ではなく「市民」としての側面に重点を置いて育もうとしてきたのです。たとえば、人文学は一時期まで経営学ではなく労働運動との関係が緊密でした。これは「会社員」は、労働運動によってはじめて、企業内部で法権利主体である「市民」として活動できたからです。たしかに人間は一日のうち会社員としても市民としても生きるのですが、人文学は、その選択に際して、「市民」として生きるという側面を重視してきたのです。だから、「市民」に向けて書く、というのは自明の前提でした。
この「向けて書く」という行為は、中立的な行為ではありません。それ自体が、実践的な行為(パフォーマティブな発話)です。読者をある主体(市民)として想定することで、逆説的な話ですが、読者はそのような主体(市民)として育っていくのです。「市民に向ける」というのは、読者を自覚的な市民にする(読者の市民的な側面を強調する)という側面もあります。だから、人文学者は「市民」に向けて書いてきた。
しかし、この「市民に向けて書く」という前提は難点を抱えています。そして、この難点を対処する(対処している書き手を括る)ために、谷川さんが用いたのが「令和人文主義」という言葉だと思うのです。
では、次はその難点を簡単に見ていきましょう。
〇歴史的経緯① グローバル化
私は良い市民・良い国家・良い統治を目指すのが、「教養主義」だと述べました。しかし、この三つの項目を突き崩す事態が生じます。
グローバル化です。
グローバル化とは、簡単に言えば、企業や人の活動が国境を越えて広がることをいいます。もともと企業や人間は国境など関係なく世界中を動きまわるグローバルなものなのですが、一九九〇年代にコンピューターが普及し、そのスピードや規模が格段に飛躍します。また、郵便制度や電線網や鉄道という国家が主導して整備したインフラを用いることなく、直接的に海外の友人や取引先とコミュニケーションが取れるようになりました。企業や人々が国家制度を介することなく活躍する余地が格段に増大したのです。
二〇一〇年代には、GAFAMと呼ばれるグーグル・アップル・フェースブック・アマゾン・マイクロソフトといったIT企業が、新たな通信インフラを普及させました。それまでは企業が国家の統制下にあった通信インフラに依存していましたが、いまや企業は国家に依存する必要がなくなったのです。たとえば、テレビは国家の統制下(免許制)にありますが、そのテレビを介さずとも、企業は有効に広告を打つことができるようになりました。むしろ、国家がIT企業に業務を委託するなどして、その力を借りるようになっていきます。企業が国家に代わり、「統治」(支配)の担い手となり始めるのです。
多くの政治家・法曹・官僚を育成してきた東京大学では、最近、学生たちが法学部ではなく経済学部を積極的に選ぶようになったと聞いています。官僚・政治家・弁護士の人気は落ちるいっぽうです。むしろ、エンジニアやコンサルタントといった「会社員」が注目されつつある。その歴史的経緯は、まずは、この企業と国家の力関係が変わりつつある、というところに原因があると言ってよいでしょう。
〇歴史的経緯② 新自由主義
もうひとつ、良い市民・良い国家・良い統治を目指す「教養主義」を崩す風潮が出てきます。
新自由主義です。
新自由主義とは、「統治」の担い手を国家(自治体)そのものではなく、企業に任せる(委託する)ことを肯定する思想です。「統治」を、市民が税金で雇った公務員が担うのではなく、企業の「会社員」に担わせる。なので、グローバル化の進展と新自由主義の普及は同時に訪れます。これは「民間活力の導入」と言われて肯定されますが、他方で、市民が「統治」に携わる領域(公共領域)が縮小されやすくなります。その先兵となっているのが、広告代理店やコンサルティング企業です。
例えば、選挙にマーケターが入り込み、結果を左右しているのは周知の事実でしょう。また、コンサルティング企業は自治体や国家の仕事を請け負い主導しています。
これは苦々しい実体験なのですが、行政は公園の管理を企業に任せ、その見返りに、企業は年間四十万円という格安で好立地にレストランを建てることができたりします(豊中市の事例)。その内情を探ろうと、市民が情報公開請求を行っても、行政が大企業(コンサルタント会社)に公園管理を委託し、その大企業が小企業(レストラン)に公園管理を委託するという下請け構造を盾にして「その情報は民間の契約のことなので(民民なので)公にできません」と、資料を真っ黒に塗りつぶして出してきます。市民が関わる余地がない。その代わりに企業が公園という公共の場を牛耳っているのです。経営者が陣頭指揮を行っているわけではないでしょうから、それはある意味で、その企業の手足(「会社員」)が牛耳っているのと同じことです。
新自由主義とは、しばしば「ネオリベ」と呼ばれて、人文学者から嫌われます。それは自らの貧困を自己責任とみなすよう追い込むものだと非難されています。しかし、その根本は「統治」に関する思想なのです。法や権利で世の中を動かすのではなく、市場の論理で世の中を支配することを当然と見なすのが、新自由主義です。市場の論理で世の中が動くことが当然だとすれば、貧困に陥った人々もまた、市場の論理の上で動かざるを得なくなります。三宅さんの言葉を用いれば、「個人の誰もが市場で競争する選手だとみなされるような状態」(注3)です。その結果として、「自分が貧困に陥ったのは、自分に商品価値がないからだ」「失敗しても、それは自分のせいだ」という自己責任論が蔓延するのです。
〇歴史的経緯③ インターネット
また、良い市民・良い国家・良い統治という考え方に基づく「教養主義」を支えたのが、新聞社や出版社であったことに異論はないでしょう。新聞社や出版社は、知識人を起用して議論を展開させ、「良い市民」が行うべき議論や姿勢の範を示しました。かつて知識人はアカデミアに依存しながらも、それらが「専門領域」に閉じこもっていることを批判し、「反アカデミズム」の姿勢を鮮明にしていました。つまり、「アカデミシャンは「人々がどう生きるべきか」や「社会はどのように統治されるべきか」に関心がない」と、知識人は批判していたのだと思います。谷川さんは「反アカデミズム仕草」(注4)と揶揄していますが、それは理由のないことではないのです。
この「良い市民」を必要とする国家(特に議会)と、メディア産業は補完的な関係にありました(一九八〇年代まではかろうじて維持されます)。しかし、一九九〇年代に入り、これらの力を削ぐ事態が生じます。
インターネットの出現です。
出現というよりも、大衆化と言った方がいいかもしれません。コンピューターが一九九〇年代になって普及し、多くの人が自分の意見を表明できるようになりました。二〇一〇年代に入り、SNSの登場によって、インターネットによる発信者は激増します。もはやIT企業の通信インフラや、そこで行われるコミュニケーションを無視しては、議会の議論が成り立ちません。
しかも、そのようなIT企業は、議会での審議も何も通さずに、人々のコミュニケーションの形を勝手に決めてしまうのです。イーロン・マスクがツイッター社を買収して、その通信のあり方を一瞬で変えてしまったように、選挙結果をも左右する通信インフラが、企業によって一瞬で変えられてしまいます。たくさんの投稿の中の一人にすぎない知識人よりも、エンジニアにこそ圧倒的に影響力があります。国家が巨大IT企業の「会社員」によって左右されるようになってくる。
ここで、良い市民・良い国家・良い統治という三つの項目の最初の部分である「良い市民」という前提が崩れます。その中で〝知識人〟という存在も古びたものになります。「良い市民」が崩れた結果、そのような〝知識人〟的なふるまいは、許されなくなるのです。むしろ、研究者の方がたくさんのユーザーから、知識の点で、頭一つ抜けることができます。谷川さんは令和人文主義の特徴のひとつを「教養主義から単なる人文知へ」とまとめていますが、「人生」や「社会」を偉そうに語る教養主義ではなく、単なる知識に還元された人文「知」が重視されるようになった理由を、私はこのように考えています。
〇歴史的経緯④ 二〇一〇年代の言論状況
グローバル化・新自由主義・インターネット。
大まかですが、「令和人文主義」の下地となった歴史的経緯を見てきました。国家が力を失い、企業が「統治」(システム)を担うようになった社会が到来したのです。その結果、市民が没落し、エンジニア・マーケター・コンサルタントなどの「会社員」が統治を担うようになっていく。多くの「会社員」も、これらを模範とするでしょう。だとすれば、受け手を市民の卵である学生ではなく会社員に絞った「令和人文主義」は、人文学の生き残りを賭けて、この時代兆候に適した戦略を打っていると言えそうです。その担い手が経営者(深井さん)や(元)マーケター(三宅さん・朱さん)であるとされているのは当然です。谷川さん自身も「企業からヒアリングを受けたり、コンサルティングや調査を引き受けたり、研修を提供したり、コーチングのようなことをしたりすることもあります」と述べておられます(『増補改訂版 スマホ時代の哲学』六頁)。
では、国家が没落すれば企業の力だけが残るのかというと、そういうわけではありません。企業が実質的な「統治」を担うようになり、市民と国家が教養主義とともに没落した後に生まれてきた存在があります。
群れ(マルチチュード)です。
これは左派の思想家であるアントニオ・ネグリが創った言葉です。議会や裁判を通さず、直接的に企業や行政にぶつかっていく抵抗運動の担い手を指します。二〇一一年にアメリカのウォール街を人民が占拠したオキュパイ・ウォールストリート運動が代表的な事例です。スペインでは、パレスチナの人民を虐殺するイスラエルが出場するスポーツ大会の会場に抗議団体が直接入り込むこともありました。日本でも、行政と癒着した吉本興業への抗議運動が展開されています。市民はすべて議会や裁判などを通して、間接的に自分たちを統治しようとします(間接民主主義)が、それが機能不全に陥ったときに、市民の権限を縮小された人々は、群れ(マルチチュード)となって直接的な抗議行動に打って出ます(直接民主主義)。
国家や法に依存した市民が凋落した後に、越境する企業(会社員)と世界中の群れが「統治」のあり方をめぐって抗争を行っているのが、現代社会です。具体的に言えば、イーロン・マスクをはじめとした実業家と、グレタ・トゥーンベリをはじめとした活動家たちが火花を散らしている(ドナルド・トランプは、群れから企業の財産を守る鉄砲玉にすぎません)。だから、令和人文主義が受け手とした「会社員」と、ネグリが依拠している「群れ(マルチチュード)」は、市民が凋落した後に出てきた点で、表裏一体の存在なのです。
日本の言論界では、二〇〇〇年代に入り、新自由主義とグローバル化で国家が機能不全に陥ってから、この「群れ」を基点とした抵抗運動を理論づける思想がよく語られるようになりました(「ストリートの思想」と呼ばれます)。しかし、世界の中でも珍しく日本では非暴力直接行動が行われにくい。なので、こういう左派の思想家は徐々に元気を失っていきます。それを決定づけたのが、SEALDsが主導した二〇一五年の安保法制反対闘争で、そこで人々が「市民」として街頭に出て国会前で抗議運動を展開し、小熊英二や内田樹をはじめとしたリベラル派の思想家が言論界の覇権を握ります(私はその覇権に反発して出てきた書き手です)。
〇「令和人文主義」の歴史的意義
二〇一〇年代は市民運動の時代でした。もし令和人文主義が「市民」という法的主体ではなく、「会社員」に向けて書いているなら、その動きは、二〇一〇年代の「市民」主義者の覇権に抗して出てきた、とみることもできます。
しかし、「令和人文主義」と谷川さんが括った人の本を実際に読めば、谷川さんの『スマホ時代の哲学』にせよ、三宅さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』にせよ、いずれも基盤にあるのは、他者への共感(感情の再活性化)を重視するリベラリズムです。他者の文脈を知ることであったり、孤独になって感情を復興させることであったりと、その戦略はさまざまですが、共通するのは感情の重視です。また、三宅さんと谷川さんは「会社員」であることから逃れる契機を、人文知(文学や哲学)の中に見出そうとする点で共通しているように思います。スマホを介して私たちの注意力を奪う現代経済の構造(アテンションエコノミー)や、自己啓発本を介して「会社員」であり続けるよう強迫する思想潮流に対して、自分自身の内面や思考を守ろうとするのです。
そして、そのような「会社員」(手足)であることを一時停止するキッカケを人文学に見出し、思考や内面を固守し、他者への共感を呼び覚ますことで、現況の支配的な経済とはズレて自分たちに変化を起こすことを肯定するのが、この二人に共通する思想なのではないかと私は思います。踏み込んだ解釈をすれば、令和人文主義の思想は、そのような他者への共感に基づいた「良い統治」を形作るものでもあるでしょう(朱さんの『〈公正〉を乗りこなす』を参照)。令和人文主義は、その点で、やはり、理念的には教養主義の系譜にあるように思います。それが私の見る「令和人文主義」の歴史的意義です。
ただ、その「統治」を企業が担うのか、国家が担うのか。
私たちはその「統治」を会社員として担うのか、それとも、市民として担うのか。
それとも時と場合に応じて、どちらにもなるのか(そんなこと可能なのか)。
そこが最大の問題であると思います。
定式化すれば、
教養主義は「良い市民・良い国家・良い統治」を前提とし、
令和人文主義は「良い会社員・良い企業・良い統治」を前提とする。
と、まとめられるように思うのです。異論はあるでしょう。そもそも谷川さんの論考には、「良い会社員になれ」なんて一言も記されていません。だからといって、「市民になれ」とも言われていない。ただ、いま時代が「良い会社員・良い企業・良い統治」を目指す方向に流れている以上、そちらに抵抗しなければ、そちらに流されてしまうのです。令和人文主義は、この流れへの抵抗を欠いているように思います。
そして、それは「穏やかな専制」への加担ではないか、と思うのです。
〇問題点① 知識人の抹消
ここからは問題点を見ていきましょう。
谷川さんは令和人文主義の担い手は「ビジネスに役立つ」と銘打っているわけではないと述べておられます。かといって読書を通して良い統治を目指そうと声高に訴えているわけでもなさそうです。「人生の中に小説や評論や人文知がある暮らしになるとうれしい」というスタンスを採り、「別に専門家養成や学問分野の成熟に直接繋げようと思っていない」、と。
ここで注目すべきは、谷川さんの記述には、〝知識人〟という古めかしい言葉への言及がないことです。
それに、読み手が大学生ないしそれに近い貪欲さで教養を求める読者を想定すると、「自分たちのようになること」を自然と求めるような文体になるわけですが、令和人文主義の担い手たちは、別に研究者を育てたいとは思っていないはずです。(注5)
谷川さんは読者が書き手に近づくことを「研究者」になることだと記述しています。しかし、かつての大学生たちは研究者ではなく知識人になりたいと思ったんじゃないか、と思います。本を読みつつ、発言し、行動するジャン=ポール・サルトルのような知識人に。東浩紀さんくらいまでの人文学の担い手は読者に〝知識人〟になるように求めたのだと思います。その〝知識人〟へのこだわりが、谷川さんには見受けられない。むしろ、積極的にそのマチズモを消そうとしているように見受けられます。
そもそも知識人とは何なのでしょうか。私の認識では、知識人とは、統治の言葉(統治の言語ゲーム)を習得した人物たちのことです。「こういうルールで世の中を動かせばうまくいくのだ」と語る存在です。たとえば、統治の言葉の代表格は法律です。それを学んだ法曹は知識人とみなされテレビに出ます。哲学者や文学者は、その法律による統治に異議を唱える形で、存在感を示しました。かつての〝知識人〟の問題は政治と文学だったといわれます。統治(政治=法律)とそれに反抗する自我(文学)のバランスをどう取るかが大きな問題だったはずです。
ただ、現代はグローバル化と新自由主義を直接的な原因として、国家の統制力が弱まり、法学の地位は失墜しました。哲学と文学もそれに伴い失墜します。その代わりに、IT企業を率いるエンジニアや、市場の論理に習熟したマーケターやコンサルタントが、統治を担います。プログラミング言語やマーケティング理論こそ、法律に代わる新たな統治の言葉なのです。弁護士や官僚だけではなく、エンジニアやマーケターやコンサルタントが統治者の中に入りました。
いまや、このような「会社員」こそ「良い統治」を担う特権的な階級(知識人)です。かつて市民派議員や市民派弁護士がいたように、令和人文主義が創り出そうとするのは、市民派会社員なのではないか、と私は思います。褒めているのではありません。会社員は市民の代弁者ではなく、企業のメンバー(手足)なのですから、いくら市民派であるとはいえ、最後には経営者の決定に従い、資本を活かして物事を強引に前に推し進めます。市民からの声を「聴くな」と言われたら、すべて黒塗りで返してきます。もし良心を発揮して公開してきても、それは恩情です。統治の問題が、法や権利ではなく、力と恩情として解決される。
はっきり言って、資本の装いをした「専制」です。
極中道(エキストリーム・センター)と呼んでもいいかもしれない(文学+の読者のために言えば、私が民事法に着目するのは、いまや専制が民事法レベルで始まっているからです)。
その代表格であろうイーロン・マスクはSFが好きだそうですが、政治と文学の代わりに、いまはITとSFの時代が到来したと言える(東浩紀が現代日本で唯一無二の〝知識人〟である理由は、ITとSFの問題を『サイバースペースはなぜそう呼ばれるか』や『一般意志2.0』で担ったからです)。谷川さんの文章を読む限り、令和人文主義では、(統治を担う)「会社員」の「暮らし」を人文知で補完(?)する役割を果たすそうです。もしかしたら、令和人文主義は、マーケターやコンサルタントにとっての「文学」(自我)を担おうとしているのかもしれません。
と同時に、その専門知は「会社員」として仕事をする上で役にたつでしょう。実際、私の周りでも人文知を修めた学生がコンサルタントやマーケターとしていい給料で就職していきます。大学の中で人文学の肩身は狭くなっても、人文知は「売れる」のです。現代のキャリア組の「会社員」の多くが、知識を用いる業務に従事している以上、その知識をまとめた上で新たな知識の生産を行う人文知の素質が求められるのかな、と素人ながら苦々しく見ています。そして、令和人文主義はそれに「待った!」をかけませんよね。谷川さんが提唱する「令和人文主義」では、法と権利が問題にならない。それが不満なのです。
〇問題点② 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の歴史観
では、令和人文主義は、資本の装いをした「専制」(エキセン)に、いかにして加担しているでしょうか。
谷川さんはラジオで令和人文主義の典型的な作家として三宅香帆さんの名前を挙げておられます。実際、三宅さんは「いま批評は存在できるのか」というトークイベントで「ビジネスパーソンを観客として意識せねばならない」と語っておられたと記憶しています。そこで令和人文主義の傾向を考えるにあたって、三宅香帆さんの出世作『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(以下、『なぜ働』)を検討したいと思います。なぜなら、三宅さんの歴史観は新自由主義に基づくものであり、教養主義の歴史を「会社員」向けに都合よく編纂したものだと私は思うからです。
たしかに三宅さんは新自由主義の問題点を指摘しておられます。新自由主義の思想が、個人に競争を強いるあまり、「自己決定・自己責任」の過剰な内面化をもたらし、社会問題に目をつぶらせてしまうと批判されています(注6)。しかし、「教養主義」の近代主義的な側面(良い市民・良い国家・良い統治)を切り捨ててしまい、新自由主義思想を相対化できていません。新自由主義が過去を解釈する唯一の思想になってしまっている。結果として、過去の読書家もまた市場の論理で動いていたという解釈が提示されるのです。たとえば、三宅さんは人々が教養を身に着けることを「階級上昇の運動」(注7)と一言で表現しています。
読書や教養とはつまり、学歴を手にしていない人々が階級を上がろうとする際に身につけるべきものを探す作業を名づけたものだったのかもしれない。(注8)
たしかに大学出のエリート層が労働者階級と差別化を図るための営みという側面が、教養主義には間違いなくあったと思います。教養を身に着けた方が、自分が労働市場に出て就職活動をした際に、いい会社に就職しやすいでしょう。要するに、労働力商品としての価値を高める側面が、教養主義にはたしかにあった。
ただ、それだと、どうして多くの学生たちがマルクス主義や共産主義思想に魅了されたのか説明できません。たとえば、一九三〇年代の言論界のスターは三木清や戸坂潤というマルクス主義者です(後に獄中死しています)。マルクス主義も「教養」の一種だったとも言えるかもしれません(教養主義的マルクス主義)。ならば、なぜ学生たちは貧困地区に赴きセツルメント運動(社会改良運動)を担い、警察による激しい弾圧の中でもマルクス主義を勉強し続けたのか。それがわからないのです。もちろん、そういうマルクス主義を学んだ〝アカ〟は、就職先からも嫌がられたのです(阪急電鉄創業者の小林一三は大の〝アカ〟嫌いでした)。三宅さんの歴史観からは、そのような部分がすべてカットされています。
私の認識では、当時の学生たちは「市民」の一員として、「統治」を担おうとしていたのだと思います。その「統治」は民族差別的・性差別的であったでしょう。しかし、彼ら(当時の学生はほとんど男でした)なりに、「良い統治」を目指そうとした。その結果、資本主義体制とは異なる「統治」のあり方であるマルクス主義に惹かれたのだと私は考えています。もし「教養主義」が統治を担う市民であろうとする人々の間に広まっていた文学や哲学を指すならば、マルクス主義が教養のひとつであったことは、何ら不思議ではありません。なぜなら、それは「統治」に関する新たな考え方そのものだったからです。
三宅さんの歴史観は、人々の読書という営みを「階級上昇」と端的に結びつけています。読書を自分自身の商品価値を高めること(スキルアップすること)を目指すものだとしているのです。教養主義の営みを市場の論理に回収しています。だとすれば、同書は、読書を市場の論理において捉える点で、新自由主義に基づくと言えるでしょう。『なぜ働』は、新自由主義批判を行いつつも、新自由主義の考え方を無意識のレベルで広める本だと思います。三宅さんは教養主義の歴史から市民的な側面をカットすることで、「会社員」たちに「誰も市民などではなかった」と甘言を弄しているのです。
〇問題点③ キャリア組のための哲学
三宅さんの歴史観が典型的であるように、「教養主義から単なる人文知へ」という令和人文主義は、法学に連なっていた人文学を「知」へと還元することで、コンサルタントやマーケターを範とする「会社員」が利用しやすいように、人文学を改変しているように思えます。たとえば、「令和人文主義」について語ったラジオで谷川さんと相手の渡辺祐真さんは民俗学についてお話しされていました。お二人がおっしゃっていたように、民俗学は私たちがふだん用いている言葉の由来や古来の用法などを紹介している点で、それ自体とても面白い「知」であります(注9)。しかし、創始者である柳田國男は民俗学を日本に「民主主義」を根づかせるために創りました。そして、後続の批評家である大塚英志が、民俗学を「公民の学」であると声高に言い続けなければならなかったのは、まさに民俗学が「知」としてあまりに面白く役に立つために、それが「市民」(公民)を形成するために創られたことを、誰もが忘れてしまうからではないでしょうか。
たしかに、まずは人文学に興味を持ってもらわなければなりません。ただ、入門しなければならないにしても、果たして何人がそこまでたどり着くのか。むしろ、私は読者に対して「市民」になるよう、押し付けがましく口酸っぱくいわなければならないと思います。どんなに嫌がられようとも、その結果として人文学が見捨てられようとも、押し付けがましく口酸っぱく反復して言うべきだと考えています。そうしなければ、現代の人文知は時代の趨勢に流されるままに「良い会社員・良い企業・良い統治」のためのツールになりましょう。たとえば、コンサルタントの勅使河原真衣さんは、まさに「良い会社員」「良い企業」をつくるために、教育社会学の知見を活かしておられます。
それが悪いとはまったく思いません。人文知を仕事に活かすのは素晴らしいことですし、私も活かしています。ただ、その政治的な結果が市民の権利縮小につながるのではないか、と懸念しているのです。時代に流されるのがいけないのです。何がいけないか。それは「階級」の問題を隠蔽することになるのです。実際のところ、「市民」とならずに「会社員」として社会の「統治」に参加できるのは、法人から統治能力を与えられた「手足」(メンバー)であるキャリア組(正社員)だけです。ノンキャリア組(非正規社員)は、その権限を持ちません。だから、ノンキャリア組はいまだに「市民」という立場で「統治」に参加しうるだけなのです。たとえ本人が主観的にはマーケターやコンサルタントのように社会を動かしたいと思っていても、実際に関与できるのは「市民」か「群れ(マルチチュード)」としてだけです。
谷川さんは「会社員」という一言を書きつけることで、「会社員」(手足)の間に走る階級的な亀裂を隠蔽しておられます。もしノンキャリア組を眼中に収めるならば、人文学が「会社員」に向けて書かれ、その担い手が経営者やマーケターであることを、このように素直に肯定しないはずです。なぜなら、ノンキャリア組は、この社会の統治に、「市民」か「群れ(マルチチュード)」として以外に関わることができないからです。だから、人文学者が、もし、強きにおもねらず、長い物には巻かれないという矜持を持つならば、「市民」あるいは「群れ(マルチチュード)」に向けて書くという一線を絶対に揺るがせてはなりません。だから、谷川さんの言う「令和人文主義」を、私は次のように表現したくなります。
正社員様の哲学
もちろん、この表現に私は悪意を込めています。しかし、甘言を弄するだけではなく、読者を不快にさせることもまた人文学の任務でしょう。特に谷川さんは哲学者の鶴見俊輔について一冊の本を書き上げておられます。ただ、鶴見はフリーターの困難を語ったロスジェネ世代の論客・赤木智弘の登場を衝撃的に受け止めていましたよね。その鶴見なら「令和人文主義」をどう思うでしょう? 何らかの形で自らの哲学を引き継ごうとする若い哲学者が、「会社員」に向けて書くということを素直に肯定するに至っては、鶴見も天国で苦笑いを浮かべているとは思いませんか? 谷川さんの言う「令和人文主義」は格差の隠蔽を前提としています。私はそこにごまかしを感じざるを得ません。そのようなマーケティング用のネーミングなど、撤回したほうがよいのではないか。これは谷川さんへの提言です。
〇学生に訴える
エンジニアがもたらすITの覇権とマーケターやコンサルタントがもたらした市場の論理の専制に対して、人文学は抵抗の牙城となっています。いまや、人文学はカウンターカルチャーに他ならない。それには歴史的な経緯があります。令和人文主義は、その歴史的な経緯に蓋をすることで、人文学から「カウンター」性を抜いてしまうでしょう。
しかし、いまは、抗争の時代です。ITエンジニア・マーケター・コンサルといった市場の論理と、弁護士・官僚・政治家といった市民の論理、そして群れ(マルチチュード)の論理が覇権をめぐって抗争し/協力し合っている段階だと思います。むろん、ここで最も劣勢なのは、(この数世紀人文学が依拠していた)市民です。そして、群れとならず、とはいえ、市民となることも避けたいけど、人文知は生き残らせたいという、現在の窮状に対する保身的な動きが、「会社員」に依拠した「令和人文主義」なのではないかと思います。これは出てくるべくして出てきたものです。
令和人文主義の規定と異なり、私の著作は主に市民、群れ、そして学生に向けられています。それは読者に法を主体的に運用する「市民」や抗議運動を担う「活動家」にもなってほしいからです。人文学は、マーケティング理論や経営理論やプログラミングではなく、法学に連なる学問であってほしいからです。そうでなければ、「市民」として平等に担保された権利(少なくともその建前)に基づいて論理を組み立てることができないのです。誰にでも向けられているというのは、文体の問題だけではなく、拠って立つべき基盤の問題だと思います。法や権利は誰もが拠って立つことができるという建前になっています。市場の論理はそうではありません。「会社員」をターゲットにするとき、そこで扱われる人文知は誰もが利用可能なものなのかどうか怪しいと思います。
そこで最後に、人文学を担う学生のみなさんに訴えます。
たしかに人文学は厳しい状況に置かれています。その理由は先に述べました。そこで、もし人文学ではやっていけないなと思ったら、研究歴や業績をすべて投げ捨てて、法律を勉強してください。法の支配を立て直してください。もちろん、マーケティング会社やコンサルティング企業はみなさんの若さと人文知を高値で買い取るでしょう。しかし、安易に企業の側に入らず、ゼロから出発するべきです。そのうちの何人かは法務につくことができるでしょう。こちらは私がいま現在選んでいる道です。
しかし、令和人文主義にせよ、法律の勉強にせよ、いずれも対症療法にすぎません。邪道です。王道は、人文学者として、統治を担う企業との抗争関係にはいることです。企業に人文知を「売る」のではなく、企業の統治に対抗できるような新たな統治理論・新たな主権理論を模索すべきです(注10)。なぜなら、人文学が「解釈」によって統治に貢献する以上、ITや市場の論理による統治ではなく、法による統治の幅をどれだけ広げるかが重要だからです。誰もが「法によって統治されている」という感覚を持つこと(を目指すこと)ができれば、おのずと人文学の立場も向上する、と私は考えます。
私も法学部に入って法哲学や政治哲学を勉強すべきだったのですが、なぜか臨床哲学研究室という意味不明な道に入り込んでしまったので、遠回りをしてしまいました。しかし、これからの人文学を担う学生のみなさんには、勝手に無責任なことを言いますが、私たちのような邪道を行くのではなく、あくまで王道を歩んでいただきたいと思います。私も後から頑張って追いつこうと思います。
(注1)谷川嘉浩「深井龍之介、三宅香帆…新世代が再定義する教養「令和人文主義」とは」(https://www.asahi.com/articles/AST982GY9T98ULLI001M.html?msockid=2693f638627165502081e27463a364eb)
(注2)谷川嘉浩「 時代の兆候としての「令和人文主義」。あるいは、なぜ突然そんな用語をつくったのか。」(https://note.com/houkago_kitsune/n/nbcbfb7d7a339)
(注3)三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』、集英社、二〇二四年、二一三頁
(注4)谷川、前掲論考
(注5)谷川、前掲論考
(注6)三宅、前掲書、二一二頁~二一五頁
(注7)三宅、前掲書、一〇五頁
(注8)三宅、前掲書、一六二頁
(注9)Ink andThink#24「『令和人文主義』とは何か、その範囲・世代・特徴を問う」(https://open.spotify.com/episode/37ethVQADBSYpiVdvYcdrp?si=KvV1o_WcSFKsN7rJqumjLg)
(注10)具体的に言えば、東浩紀の『一般意志2.0』、あるいは、ユク・ホイの『機械と主権』などが参考になる。
▶小峰ひずみ 1993年生 大阪大学文学部卒 「平成転向論 鷲田清一をめぐって」で第六十五回群像新人評論賞優秀作。著書に『平成転向論 SEALDs/鷲田清一/谷川雁』(22年5月)、『悪口論 脅しと嘲笑に対抗する技術』(24年8月)、評論に「人民武装論 RHYMESTERを中心に」(『ことばと』vol.6、22年10月)、「大阪(弁)の反逆 お笑いとポピュリズム」(『群像』、23年3月)、「議会戦術論 安倍晋三の答弁を論ず」(『群像』24年7月)、「炎上と音楽」(『群像』25年11月)などがある。
※見出し画像は、けんいち「ワークショップの企画を練り進行台本を作成しました」


