「ありがとう、おかげで妹と再会できた」
「私からもありがとう。兄さんが生きてたなんて信じられないけれど、会えたのは皆のおかげよ」
モス達町の住民には意外と快く見送られながら町を後にした一行は、ホロウにあるシェルター付近までやってきていた。
町を出る際、妨害の一つでもあるかと警戒していたものの、散発的なエーテリアス襲撃以外は起こらなかったことは拍子抜けしてだった。そんな彼らは、出会ったばかりとはいえ兄妹の再開を喜んでいた。
「良かったねベンジャミンさん」
「本当に何て言ったらいいか……大した手持ちはないが、もし帰ったら礼をさせてくれ」
「いいよいいよ、せっかく兄妹そろったんでしょ?」
兄を持つリンとしては、この兄妹が出会えたことで純粋に満足していた。
しかし、ある一つの問題が発生していた。
「でも残念だよ。まさかイドリーさんがホロウから出られないだなんて……」
「ああ……」
そう、イドリーは何の要因かこのホロウへと囚われ、出られなくなってしまったのだ。一緒に出ようとしたリンも、全く出口から進めなくなる始末。
どうにか別の場所で落ち着くため、この旧時代のシェルターまでやってきたのだった。
「じゃあ、私達は一度澄輝坪に戻るね」
「俺はドリィと一緒にいよう。せっかく会えた妹を一人にするわけにはいかない」
「分かったよ。けど……侵蝕は大丈夫?」
「大丈夫だ、俺だってシリオンなんだ。侵蝕には強い」
「兄さん……」
(ベンジャミンさんもタコのシリオンなのかな? それにしてはタコっぽくないけど……体が軟体とか?)
リンが、イドリーを励ますベンジャミンを見ている時だった。
『美しい兄弟愛に感動しております』
「そうだよね、そう思――えっ」
ガ シ ッ
ねっとりとした声と共に、リンの肩が強く掴まれた。
痛みこそないものの、どこかツボを押さえられてるのか、身体が動かない。
「な……なんだあっ」
「何奴!?」
全員がその方向を見る。
今の今まで、誰も気づかなかったのだ。
武術家として高い実力を誇る盤岳でさえも気づかなかった。
「マネモブ……!!」
「まさかリンちゃんを人質に!?」
『あれエ? 武道家は“常在戦場”でしょ? そんなこと言っちゃダメダメエ』
それは盤岳の実力が劣ることを意味しない。
なぜなら、マネモブの操る灘神影流および幽玄真影流は暗殺拳……気配を消すことにかけては右に出る武術など存在しない。
殺気を含まないマネモブの動きが、盤岳の感知を上回ったのである。
「い、イドリーを連れ戻しに来たんだね……?」
『ご名答』『よくわかったね』
「も、モスさん達は割と穏当に送ってくれたんだけど……」
『ふうん』『ああそう…』
マネモブはリンから手を離し、イドリーがいる方へ進む。
もう身体は動くようになっている。すぐ開放するなら動きを止めた意味は? リンは訝しんだ。
イドリーに近づこうとするマネモブだが、その前にもちろんベンジャミンが立ちはだかった。
「おい、イドリーを連れてこうってのかマネキン野郎? なら俺が相手になってやるよ」
『お――っ』『それは
「安心しなよ、股の代わりにケツ穴をガバガバにして垂れ流しにしてやるよ」
「待たれよ。ここはこの盤岳がお相手を仕ろ――」
『ボケ――ッ』『ペラ(私語)まわしてんじゃねえ―――ッ』
フッ、とマネモブが四人に増えた。
ノーモーションの四人霞だ。その内の三人がベンジャミン、盤岳、真斗の元へと向かう。
残る一人、つまり本体はリンの横だ。
「ゲェーッ!? 何でオレまで!?」
「マネモブと闘えるなんて真斗君ずるい!」
「だったら手伝ってくれよリュシア!」
「あっ、あたしはスケッチがあるから……戦闘には参加できないでやんス」
「クッソォ、なんて日だ!」
とばっちりでマネモブ分身体の相手をする真斗と、それを見ながらスケッチを行うリュシア。
彼らの横では、激闘が繰り広げられていた。
Now Loading......
「この指は爪も指紋もなく丸く変形してるだろ」
『それがどうした』
「指の皮が剥けても、肉が裂け骨折しても……突いて」
マネモブが貫き手を避ける。
速い突きだ。しかし、マネモブを捉えるには至らない。
「突いて」
『ほう…』
鍛え抜かれた指だ。
それこそ、硬いエーテリアスですら穴だらけにするだろう。
「突いて」
『しゃあっ』
部位鍛錬の中でも特に、指という精密なマニピュレーターを極限まで鍛える奴は狂っている。
マネモブにもその心得がないわけではないが、ベンジャミンのそれは度を越している。
「突きまくって作り上げたもの」
『いいねぇその一途さ』
マネモブにはその鍛錬の激しさと、込められた情念が手に取るように分かる。
ふざけた言動や間抜けに見える行動をしていても、マネモブは武術家としては空恐ろしいほどの観察眼を持っているのだ。
『美しい兄弟愛に感動しております』
「じゃあ、なおのこと引き離すんじゃねぇって思ったねっ」
マネモブは突きを全て打ち払う。
恐らくは総合格闘技などの立ち技系格闘技をベースに、より突きに特化させた体術だ。
それでいて関節技、締め技などの対処も怠っていないのだろう……正直なところ、格闘技がホロウで役立つという場面は少ない。
人間を相手に作られた武術は、人型でない者も多いエーテリアスには効かず、それなら武器を持った方がいいはずだ。
それでも、この男は鍛えてきたのだろう。
今のベンジャミンの身なりは、お世辞にもいいと言えるものではない。
金もない状況では、妹を探すために身一つで戦わなければならなかった。
『幻魔拳ッ』
この男を傷つけるには忍びない。
ゆえにマネモブが取ったのが、幻魔拳だ。
「ッ」
気づいた時には意識は闇の中。
幻魔を植え付けられ、苦しむが後遺症はない……そのはずだった。
「
『なにっ』
だが、幻魔はベンジャミンの手によって掴まれた。
そして……
「悪いけど攻撃の軌道を読むの得意なんだよね」
『う あ あ あ あ』
マネモブは頭部を貫かれ、消えた。
「兄さん!」
「大丈夫だ、ドリィ……ああいや、ちょっとムカつくなぁ。明らかに手加減しやがって」
ベンジャミンには分かった。
マネモブの分身体が、何一つとして本気を出していなかったことを。
Now Loading......
「我輩は盤岳! このような形で相まみえるとは誠に遺憾であるが、いざ尋常にィ!」
『ゴングを鳴らせっ』『戦闘開始だっ』
お互いの間合いを図っている。一撃で相手を仕留めるために。
『なんだよ格闘技やってんのかよ』『すげー
「そなたのような武人から褒められるとは至極恐悦。しかし分からんな、なぜ町の住民と違い我々を追う?」
『終わったことだ』『もう忘れたよ』
「何、忘れたと言うのか!? それはいかん。では荒治療となるが、殴って思い出させるまでよ!」
『あざーす』
天然な盤岳が、一刻も早くマネモブの記憶を取り戻さんと構えを取る。
一方のマネモブは、分身なことを良いことに自身の発言に何の責任も抱いていない。
「ハァッ」
『えっ』『なにっ』『な…なんだあっ』『う あ あ あ あ』『あ あ あ あ』
盤岳の背に、七つの金の玉が浮かび上がる。
あまりにも驚愕したマネモブが放ったのは、驚愕の一言だった。
『俺なんて手を使わずに金玉を自由に動かす芸を見せてやるよ』
「なにっ」
マネモブの手からもフワリと金の玉が浮かび上がる。
それは盤額のと違いガチの純金の玉だったが、何故かマネモブの周りを動いていた。
「ぬぅ……金の玉を操るとは面妖な」
これにはさすがの盤岳と言えども手が出せずにいた。
一方のマネモブも金玉の暴走を食い止めるための制御に必死で何もできないでいた。
そして、金玉による静寂が破られた。
『う あ あ あ あ』
「なにっ」
『な…なんだあっ』
マネモブの内の一体が吹き飛んでいき、消滅した。
飛んできた方向に目を向けると、そこにいたのは膝をつく真斗と、白い真斗だった。
「ったく、この程度の相手に苦戦してるってのか? 話になんねぇなぁ」
『貴様ーッ』『先生を愚弄する気かぁっ』
「愚弄だぁ? 分身で仲間割れしかしねぇ奴が何言ってやがる。テメェみてぇな奴はすっこんでな」
『こら龍星俺に指図するのか』『お前誰のおかげで生きてると思ってんだあん?』
「少なくともテメェのおかげじゃねぇなぁ。あと龍星って誰だよ」
『ククク…ひどい言われようだな』『まあ事実だからしょうがないけど』
どうやら、白真斗が真斗と闘っていたマネモブの分身を吹き飛ばしたらしい。
何の意図があってのことかは分からないが真斗は警戒した。
「クソッ、何しに来やがった」
「ああ? テメェが苦戦してっから見物に来てやったんだよ。それがこのザマか?」
「あー? 分身なんざオレ一人で勝てたっつーの」
『いいや』『お前が死ぬことになっている』
「え、オレ殺されるんスか?」
『ククク…』
「テメェも含み持たせてんじゃねぇよあーっ」
「テメェこそマネモブに翻弄されてんじゃねぇかよ」
「物理的に翻弄されるよかマシだわ。精々その貧相な腕を磨いとくんだな。決着の時は近ぇぞ」
「んなこと分かってる。テメェも鈍らないように気をつけな。いつでもブッ飛ばしてやるよ」
『はいはいもうええやろ…ったく血の気の多いオッサン達やで』
「「誰がオッサンだ」」
険悪な雰囲気になりそうな二人の真斗は、マネモブの介入によって和んでいる。
しかし、その和やか? な会話に予期せぬ来訪者がやってきた。
「んだぁ? 鈴の音?」
「……おい、マネモブ。連中が来た、帰るぞ」
『バイバイ』
「え、ああ、またね……?」
白真斗とマネモブ(盤岳と闘っていた分身)が帰っていく。
残されたのは、一行とリンの側にいた本体……
「いや帰りなよ」
『ククク…』
マネモブは本当に去って行った。
そうして入れ替わりで現れたのは……ワンダリングハンターとランタンベアラーだ。
「なんだってこんなぶっつづけで来るんだよえーっ」
「仕方あるまい! 我らが相手だ!」
そして一行はワンダリングハンターと戦ったり、ランタンベアラーの正体がリュシアそっくりだったりすることがあったものの、澄輝坪へと戻った。
Now Loading......
「こうして二人で話すのは久しぶりね、兄さん」
「そうだな……あの日以来だ」
マーフィー兄妹は、シェルター内でゆっくりと話をしていた。
「積もる話はあるが、何から話せばいいか……」
「そうね……ああ、そういえば。兄さんのお気に入りだったあのカウボーイみたいな衣装、どうしたのかしら?」
「あの衣装か……家、というより活動拠点に置いてきた。今は仕事用にしてるんだ」
「へぇ、あの兄さんが仕事……妹として喜ぶべきかしら?」
「よしてくれ。金が必要だったんだ……お前を探すのにはもちろん、生きるためにもな」
「……ごめんなさい。私は、兄さんが生きているなんて思わなかったわ」
「……実を言うと、俺も何度も諦めかけたよ。だが、あるサイトを見つけたんだ」
「それって?」
「怪啖屋だよ。そこで投稿されてた怪談を見て確信した。あれは小さい頃、ドリィが語ってくれた怖い話そのものだってな」
「そんなことも、覚えててくれたのね……」
「忘れるわけないだろ。もうたった一人の、家族だぞ……ゲホッ、ゴホッ!」
ベンジャミンが、突然せき込んだ。
「に、兄さん! 侵蝕が……」
「だ、大丈夫だドリィ……お、俺が昔から頑丈なのは知ってるだろ」
「限度があるわ! 私を探して長時間ホロウの中にいたのね! ……兄さん、私のことは心配しないで。今は帰ってちょうだい」
「お、お前を一人にさせる訳には……」
「一人になるよりも! ……二度と会えなくなる方が嫌よ……」
「……」
涙を浮かべた妹の姿を見ては、ベンジャミンも黙ってしまった。
「……分かった。今日の所は、一旦帰ることにする」
「ええ、そうして。また元気に会いに来て」
「絶対だ。ドリィも、頼むから元気でな……」
「またね、兄さん」
「ああ……今度はこんなホロウじゃなくて、日の当たるところで……」
ベンジャミンは、シェルターを出て行った。
一人残されたイドリーは、外でホロウの夜風に当たる。
そこへやってきたのは、モスだった。
「先ほどの方は、お兄さん?」
「……ええ。自慢の兄さんだわ」
「そうか。ああ、その……」
「似てない、かしら」
「……」
モスは言い淀んだ。
町一番とも言える功労者の家庭事情に首を突っ込むべきではないと考えたからだ。
だが、その思いとは裏腹にイドリーは笑って答えた。
「本当に血は繋がってるのよ」
「だが、君のようなタコのシリオンどころか、シリオンにさえ見えなかった」
「ああ見えてタコのシリオンよ……それで、私を町に連れ戻しに来たのかしら」
「そうだ」
「でも、兄さん達と約束してしまったわ。ここで待ってるって」
「だが、ホロウからは出られない。なぜなら、ホロウから出るのを拒んでるのは君自身だからだ」
「……どういうことかしら?」
モスの言葉に、イドリーが訝しむ。
「町は完成した。ギアコインで経済も回ってる。後は……俺達の問題なんだ。それが解決するまで、少しだけでいい。町にいてくれないか。そのために見せたいものもある。君とも関係しているものだ」
「それは……?」
「俺達は“ゆりかご”と呼んでる」
モスが見せるのは、ミアズマの繭……!
湿度…高ぇ
何かめちゃくちゃ高いし