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ムミョウヨルカミ

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トリシラベトリック

 蒲浜警察署で取り調べを受けていた。バーストしたトラックが二人の女子高生を巻き込み即死させた交通事故と、スマホの発火に伴う人体焼失という悲惨極まる事件現場にいたのだから、当然だ。  実際は灼宵さんが術を使ってやった「いたずら」なのだけど。  いずれにしても、傍目には「現場の凄惨さに呆然としていた二人の若者」である僕らは、「悲劇の場に居合わせた恋人」という間柄で通した。 「では、如月さんと……ええと、八十淵(やそぶち)さんは学校には通われていないと」  なんで事件の取り調べで僕らのプライバシーを暴き立てられなくてはならないのか。  うんざりしていると、二十代半ばくらいの女性警官が入ってくる。ただでさえ長引いている取り調べを、余計に長たらしくしてくれるのかと思うと、吐き気がした。 「ざっと見たところ、経年劣化と空気圧の異常で──あ、すみません」  なるほど、トラックのバーストはそういうことになっているのか。  ということはスマホの爆発も、バッテリーの膨張とかそういうことにされているんだろう。 「あのう、気分が悪いので……帰りたいんですけど」  かれこれ数時間、狭苦しいところに雪隠詰めである。  僕たちと事件を結びつける証拠など出てくるはずもない。少なくとも僕がうんざりしていることと、疲弊していることは演技ではない。 「……すみません、お時間を取らせました。後日、事件についてお聞きしたいのですが連絡先をお聞きしても構いませんか?」 「いいですよ。彼女の両親に迷惑はかけたくないんで、ワンコールで出られはしませんが」 「ええ、結構です」  僕は口頭で携帯の番号を告げた。若い警官はボールペンで手帳に書き込むと、頷く。 「よかったらお茶を」 「結構です」  僕は終始マスクをし、トイレにも行っておらず、飲食物に手をつけていない。  寒い、悴むという理由で手袋もしている。なるべく、唾液と尿と指紋を取らせないようにしていた。たかだか取り調べで、理由もなく指紋を取ったり唾液をよこせとは、国家権力でも言えない。だから偶然を装い、情報を掠め取ろうとしている。  世知辛いのは、国の番犬も同じだ。 「今日はありがとうございました」  僕はスツールから立ち上がる。取調室を出る直前、警官の、「生意気なガキだ」という舌打ちが聞こえた。  別の部屋で取り調べを受けていた灼宵さんは、すでに終わらせていて、自販機で買ったココアを飲んでいる。  いくらでも体液の情報をイジれるのだろう、口をつけていた缶を、平然と署内のゴミ箱に捨てている。  警戒──というよりは、職場見学に来たような様子できょろきょろしていた。周囲への認識の阻害は働いているのだろうが、僕はひやひやした。  灼宵さんは「真鶴、お家に帰ろう」と、如何にも異常事態に恐怖して心細い女性を演じている。  僕は顎を引くくらいの頷きに留めて、手を繋いだ。その健気な態度と、それを信じきっている周囲に、笑いが止まらなかった。 「古本かゲームでも見ていこうよ、気は紛れる」僕はそう言い聞かせ、警察署を出た。  敷地を出て、信号を渡り、ブックオフに入る。  文庫本のレーンに入った灼宵さんは、してやった、という無邪気な笑みを口に浮かべていた。 「楽しかったね、ケーサツ。お姉ちゃん、殺すのはどうにか我慢したよ」 「うん。でももう夕方だよ。腰が痛い」  僕は小説を一冊手に取る。又吉直樹の人間。この本は、僕は、新品で買いたかった。理由はよくわからない。けれど、表紙の不気味なバストアップのイラストを見た時にそう思った。  作家を気取っている芸人は嫌いだ。充実している人間が、敗北者の皮をかぶっているのはもっと嫌いだ。だから又吉直樹のことは大嫌いだった。  そんな大嫌いな「人間」が描く、「人間」の虚像を、見てみたくなった。 「灼宵さん、精文館に寄っていいかな」 「うん、タクシー呼ぼうか」  灼宵さんは、ソフトバンクと契約している(らしい)スマホでタクシーを呼ぶ。  外に出て待っていると、タクシーが泊まった。  行き先を告げて走ってもらう。夕暮れ時。今日は朝から起きている。けれど長年の生活習慣が、僕に夜に寝るリズムを許さない。  スマホにメールが入っている。「デートのバイト」をしているお得意さんからだった。見るのも面倒で、閉じる。  精文館でタクシーを降りる。ぼられているような値段を、灼宵さんがなんでもないように支払った。  それから灼宵さんは、「新しい携帯を契約しないと」といい、僕のスマホをポケットからつまみ出すと、一瞬にしてどろりと黒く染まった異形の腕で握りつぶし、墨を塗りつけたような黒い炎で、跡形もなく消し去った。 「くびきが一つ断ち切られた気分だ」 「よかった」  蒲浜市に何軒かある精文館のなかで、ここは一番大きい。  しかし大きいと言っても書店は一階部分だけで、二階はスポーツジムになっている。  うろ覚えだが──ひょっとしたら、これは伝聞系だったかもしれないが、記憶が曖昧である──もともと二階はTSUTAYAだったと思う。  今ではレンタルビデオはサブスクという悪魔の商売で駆逐され、一階の売り場も、半分くらいがカードゲームの遊戯場になっている。  その遊戯場に、頭の悪そうな連中が入り浸っていた。いちいち癇に障るような、濁った汚らしいガチョウめいた声のガキが、ずっと喚いている。  立ち読みしている連中が多い。実際には買わないのだろうか。ああいうのは、泥棒ではないのか? 本という物理的な資源の方が、作家の、何ヶ月、何年、何十年という経験の末弾き出された十数万文字よりも重要なのだろうか。  資本主義とは素晴らしいものだ。くそったれのキャピタリズム。今日も命を喰らって金が踊っている。  僕は又吉直樹の人間と、東京百景というエッセイを手に取った。 「それだけでいいの? 私は東京喰種大人買いするけど」 「じゃあ、僕ももう少し買ってもらっていい?」 「うん」  僕はネットフリックス──には契約していないから、映像作品自体は見ていないが──で話題の、今村翔吾のイクサガミの全四巻を選んだ。なんの偶然か、カバーイラストは石田スイが担当していた。  それから文具コーナーで、ハンディサイズのスケッチブックとシャープペンシルと、3Bの替え芯を買う。  セルフレジで会計を済ませている間、並んでいるおっさんが、灼宵さんの尻をずっと見ていた。気持ち悪いことに精を出すくらいなら、もう少し、マシな趣味を持てばいいのにと望むべくもない改善案を胸に浮かべる。  物価高。  頭が痛い。賃金は上がらないが、物価と税金は鰻登り。売春や詐欺でもしなきゃ、食っていけないという主婦とか会社員が多い理由がよくわかる。真っ当な生き方で食っていけない僕らをなじる前に、真っ当な社会を食い物にしている連中をどうにかしてくれと、常々思う。  灼宵さんの金の出所は一切不明だが、気にしても仕方がない。  レジに万札を突っ込んで精算すると僕らは店を出る。  ここから神社まで歩こうとしたら、余裕で一時間半以上かかる。  さすがに二度もタクシーを使うのも気が引けるし、最近運動できていない。 「歩いて帰ろうよ」僕はそういった。  灼宵さんも「そうだね」と返事をする。  灼宵さんが胸の間に開いた「黒い穴」に荷物を入れた。  余計な荷物を手放すだけで豊かになる。仏教とかでよく言われるアレは、あながち、嘘ではないと感じた。  まあ、系統としては、僕らは神道なんだろうけど。  夜に沈んでいく。無粋で無様なヘッドライトの乱反射が、美しい闇を切り取っていく。

初回投稿日時:2025年11月26日 9:34

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