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ムミョウヨルカミ

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【逸】キンモクセイ ノ ヒメミコ

ダンショウ

 やみにかくれて生きる。おれたちゃ妖怪人間なのさ。  ──ひとにすがたを見せられぬ。けもののようなこのからだ。    第一動画文芸部      妖怪人間ベム 主題歌    〓  何かに追い立てられるように、僕は逃げる。逃げて、逃げながら、どうにか毎日を生きている。  僕は新幹線の絵を描くのが好きだった。小学生の頃は、ポケモンの絵を描いていた。  十四歳になって久々に絵を描いた。  たくさんの目玉を描いていた。  たくさんの目玉と、口は、多分僕が恐怖するものだったのだと思う。  世間の目から。意見から。批判から。評論と銘打った罵倒から。  世界から。社会から。空気から。  そして、人間から。  僕は逃げ続ける。逃げるのを辞めたら、僕は死ぬと思った。  僕のような弱者でも、死ぬのは怖い──いや、弱いからこそ、死というものの解像度がちがう。  底辺で泥を掬って生きている連中にとっての死と、高いところでバカをカモにして飯を食っている人間とでは、死の意味も、生の重みも、まるでちがう。 「これ。如月のとこの親だろ」 「うわ、ヤリマンじゃん。えろ」「見せろって。まじ? 見せもんじゃん、お前の親」 「こっちは姉ちゃんじゃねえの? うわ、ヤりてぇ」  中学に上がってすぐ、ある虐めが起きた。周囲が虐めというのだからそうなのだろう。僕にとっては立派な殺人未遂、暴行、恐喝、名誉毀損の類だった。  僕の母と姉が親娘モノの個人撮影のAVに出ていたらしく、それを目敏く察知した同級生が、変な噂を流した。  厄介だったのは母と姉がその事実を認めたことと、父が発狂し、頭の病院に入ったこと。  心理学的に、子どもにとって、家は世界で、家を支配する親は神だという。そういう小さな「環世界」が、人間にはあるらしい。  その環世界が破壊された。他人の、頭の悪い、ちんぽでしかものを考えないカスによって。  僕は施設に入れられた。児童養護施設というらしい。  実際は、珍獣の見本市だ。僕にはそう思える。たまに金を持った大人がやってきて、珍獣(ぼくら)を一瞥し、勝者の立場を確認して満足して去っていく。  僕たちが動物園で、猛獣を安全な場所から眺めるように。命に値札をつけるように。  あからさまに僕を蔑む大人の目。僕の体を舐めるように見つめる男。  吐き気がした。ああなるほど、他人を値踏みし、美醜で値をつけるのが人間なのかと。  ──なら、とびきり美しく着飾って、貪ってやる。  高校に入るかどうか──僕はその決定を実行できる精神力がなく、曖昧に「施設を出る」ことを最優先に動いた。  バイトの掛け持ち。僕は築うん十年のボロアパートに住み、家賃二万八千円と光熱費をやりくりしている。  バイト──そうさ、僕は母親似で見た目がいい。つまりはそういうこと。同じ穴の狢だ。  僕の主な収入源は男娼。いわゆる、パパ活というやつだ。  金はあるが惨めな男というのは存外に多い。僕はそいつらから一回の「デート」で数万、十万近くを巻き上げ優雅に暮らしている。  ねぐらは見窄らしいが、暮らしは、真っ当に働く奴らよりずっとずっと豊かで、そして驚くほど惨めだった。  僕は……如月真鶴(きさらぎまなづる)は、十七歳にして、社会のお荷物となっていた。  夕方、男と待ち合わせてデートする。ファミレスで大して美味くない、冷食の温め直しをぼったような値段で提供してくる飯を食う。機嫌を悪くしたくないので、「美味しいですね」とか、嘘ついて。  ローン返済後も乗り潰す気満々の、軽の安い車の中で(たまに、凄くいい車に乗っている男もいる)そいつの愚痴につきあう。  男の車には、奥さんとのツーショット写真や、丸っこい子供向けのぬいぐるみなんかが置いてあることもあった。  そうしてホテルでヤッて、終わったら少し休んでまたヤッて、帰りは二十四時間営業のスーパーで食糧と日用品を買ってもらい、送ってもらう。  そうして僕は、世間様が目覚める朝に寝る。  十年したら、鼻がもげたりするんだろうな。性病検査行かなきゃとか。そんなことを考えながら。  にんげんじゃないくせに、一端の悪夢を見て、夕方に起きる。  カーテンはずっと閉じたままだった。目張りのマスキングテープが剥がれかかっている。隣の部屋からは、爆音でエーペックスだかなんかのゲーム音が響いていた。  空気を浴びたくなる。こんな生活をしていると、体が穢れるのを感じるから。  適当な靴を履く。  見た目がいいというのは本当に都合がいい。だらしない格好でも許される。大枚を叩いて体をイジってでも美しくなりたい人間が多い理由が、よくわかった。  しかし、どんなにイジりまわそうが、心までは美しくならない。  道を歩くときに、学校帰りの同世代とすれ違うと、すごく罪悪感を抱いてしまうのは、こんな生き方だからだろうか。心が汚いからだろうか。  彼らの純粋──とは言い難い、けれども僕よりも綺麗な目が怖くてたまらなく、道の隅で縮こまるように、心の中で不要なくらい卑下してへりくだって謝り、こそこそと通り過ぎる。  ただただ怖くてたまらない。人間が、真っ当に人間をやっているようなやつらが。  わからないものはこわい。僕が理由もなく「絆」という言葉を恐れているのと同じだ。  僕と同い年なのに、人並みの幸せを享受しているあいつら。あいつらの親父と、僕はデートしたのだろうか。  そう思った時に罪悪感を抱ける僕は、正常なのだろうか。それとも、ほんの少し、ざまあみろと思った時点で、僕は妖怪の類なのかもしれない。  救急車が走っていく。どこかで事故があったらしい。道端にカメラを向ける野次馬がいる。  世間は血に飢えている。他人が傷つくと、川に生肉を投げ込まれたピラニアのごとく群がる。そして、その口で、戦争が起きると悲惨だのと喚く。  身内が同じ目に遭うと嘆き悲しむふりをして、SNSに身内の死を嬉々として報告し、承認欲求を満たすための餌にする。  そして、血に飢えた下魚がそれによってたかって、攻撃を加える。  僕たちが二百年ほど前に失ってしまった「おろか」という鷹揚さが、いかに美しい人間的美徳であったか。僕はそれを。常々思って、考える。  昔の方が良かった。  江戸時代は、平均寿命が四十年だったとか、科学が未発達だったとか……それが、なんだっていうんだろう?  長生きが増えた結果の不幸、ストレス、科学が解き明かした残酷さが、僕らから、先人の愛してきた「やわらかいじかん」を奪っているじゃないか。  夕暮れ。鴉が叫ぶ。がァ、がァ。濁音。ハシボソガラス。  血肉を喰らわんとするかのように。人の穢れに呼びつけられた「魔」が、路地の闇からこちらを見ている。  周囲の叫びが聞こえる。ちがう──幻聴だ。また始まった、くそ。  前をゆく人の影が渦を巻いて僕に迫り、首を締め上げてくる。悪意という影が、僕を喰い殺さんとする。  みんな笑っている。目が縦に吊り上がり、口がぐにゃぐにゃに曲がって、僕を追い立てるように足をガンガン踏み鳴らして迫る。  くそ。くそ。にんげんめ。僕に何の恨みがある。  喘ぐように息をする。逃げなきゃ。殺される。  どけ、どけ、邪魔だ! 詫びろ、詫びろ、詫びろ!  僕はお前たちとは違う──日々を必死に生きている!  お前たちみたいに、他人を食いものになんか……。  ちくしょう。  同じ穴の狢なのに。そんなことは、僕が誰よりもわかっている。  闇色の大蛇はぐるぐるととぐろを巻いて、うしろで赤酸漿(あかかがち)の如く目をきらめかせ、炎のような舌をちらつかせている。  やつも、ここに入って来れない──僕の日常が終わったあの日以来の付き合いである幻覚は、幻聴は、なぜかこの神社には入って来られない。  だから僕は、この街を離れられないのだ。他所にいって、同じような目にあった時、逃げ場がないから。  僕が逃げ込む先は、決まって地元の廃れた神社だった。  落ち着きを見出すのに時間はかからない。  四年前の冬、僕は初めて魔を見た。  何がどうなってここへ来たのかは覚えていないが。魔は、ここには入ってこれないのだと、その時知った。  朽ちた拝殿に手を合わせて、夕刻、鴉が鳴く空を背負って嗚咽しながら頭を抱える。  自分で選んだ生き方だ。他人にしがみついて、ゴミのように生きることは。  こんなはずじゃなかった。  こんなはずじゃあなかったんだ。 「やあ少年」  しばらくすると、この神社に住み着いているのか、僕に決まって声をかけてくるお姉さんがいる。  真っ黒な髪、真っ黒な目。香木のような、お香のような、漢方のような、お酒のような──神社とかそういうところの特有の匂いをまとうお姉さん。 「嫌なことがあったんだね」  お姉さんは、柘榴を割ったように口を裂いて、笑った。目は一切笑わない。仏像のようなアルカイックスマイルで。 「話してごらん」

初回投稿日時:2025年11月25日 10:59

最終更新日時:2025年11月26日 9:33

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