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ミタマタケハヤ ─ 玄慈霊域伝 ─

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6分

鬼と天狗 弐

   七  十一年前──戦廻暦四十六年、命眠季(めいみんき)。冬。  なつめは警邏の任務についていた。空をまわり、異変がないか睨みを聞かせる任務だ。  飛行型の化獣(ばけもの)に襲撃される危険もあれば、侵入してきた略奪者に撃墜される危険もある。特に夜間の見回りは危険であり、抜擢されるのは武の神使隊の中でも、撃剣上位者のみ。  なつめは狂飆天嵐流(きょうひょうてんらんりゅう)皆伝、鏡神冥智流(きょうしんめいちりゅう)中伝、狐閃流転流(こせんるてんりゅう)中伝という武の申し子。おまけに夜に強いフクロウの天狗である。  なるほど己ほど夜警に相応しい者もいない。  フクロウは音もなく飛ぶ。特殊な翼がそれを可能とする。  その日も油断なく、なつめは空を飛んでいた。三人一組で編隊を組むのが常だが、人手不足で、その時なつめは一人で飛んでいた。  ──まずい。  上空、悠々飛ぶ化獣がこちらを狙っている。  怪鳥ハバウチ──その、ゆうに三丈にもなる巨躯が迫る。  なつめは右に体を回して回避、飛びかかってきた恐ろしく鋭い鉤爪が、羽根を散らす。  右に握る杖を振るって、ハバウチの右翼を砕いた。枝が折れるような音が響く。  上に回って左翼の付け根を抉り潰して、関節を破壊。飛行能力を奪った。なつめはそのままハバウチの背を駆け抜け、うなじを五度突いて砕く。五月雨突きである。  必殺の打突が五度決まった。──頑健な化獣(ばけもの)の頚椎とて、これには耐えられず砕かれただろう。  絶命したハバウチが落下する。  下方に人里はないし、こんな時間に出歩く命知らずもいまい。  なつめは気を取り直して上昇軌道を取る。顎をついとあげて風を掴もうとして、  視界の端に、月光を跳ね返す小さな煌めき。  ──まずい。  そう思って翼を盾にする。羽根を硬化してそれを弾いたが、ぶん殴られたような衝撃が駆け抜けて体が傾ぐ。  飛行が阻害されて錐揉みするなつめを、銃砲炎のない弾丸が襲う。  ──蒸気鉄砲か!  なつめは、人間が最近開発した最新鋭の鉄砲を知っていた。故に舌打ち。  銃砲炎が見えないせいで、どこから撃たれたのか、いまいち掴みづらい。銃声も火薬のそれより、ずっと小さいのだ。  弾丸が、十秒に一発の間隔で襲いかかってくる。  複数人による三段撃ちか? そう思った。  綺州(きしゅう)に本拠を置く砕渦衆(さいかしゅう)という傭兵集団がある。その頭目・砕渦孫一(さいかまごいち)なる人物が発案した連射戦法が、三段撃ちだ。  一段目が射撃、二段目が控え、三段目が装填を行う。  これによって鉄砲隊は絶え間なく射撃ができる──恐ろしい戦法だ。  しかし──。 「弾幕ではないのに、この速度。三人で来たの……」  集団での運用ではない。せいぜい、数人? いや、下手したら一人か……。  銃砲炎さえ見えれば逆襲できる。だが、光はない。強いて言えば、鉄砲玉の微かな照り返しのみがなつめの味方だった。  非常に、まずい。  なつめは口笛を吹いて救援を要請。  しかし、次の瞬間。 「がっ──」  銃弾が腹を抉った。  翼に硬化術の妖力を割いていたせいで、肉を守るのが疎かだった。 「──くそ」  激痛、失血、衝撃による神経の錯乱。  墜落する──。    〓  跳ね起きた時、咄嗟に近くにあったものを掴んで構えた。  人間に撃たれて生きている──最悪の筋書きが浮かぶ。すなわち、奴隷として買われた。そういうものだ。  だが、そばにいたのは少年だ。  彼は短刀を手に木に何か彫っている。  人間ではないことは、左のこめかみから生えている黒い二股の角が物語っていた。 「起きたんだな。死んだと思った」  声変わりの真っ只中だろう。錆びたような掠れた声だった。 「……助けてくれたの?」 「うん。それ、置いたら」  なつめは咄嗟に手にしたものを改めて見やる。  それは、木の棒切れだった。杖は、どこかに落としたらしい。 「……ごめんなさい。私は、なつめ。あなたは? お名前は?」 「和平丸。子供に接するみたいに喋るな。腹が立つ」 「いかにも子供の反応ね……ここで何しているの」 「暮らしてる。獣狩(ししがり)だから」  獣狩(ししがり)。  文字通り、獣を狩ることを生業とする連中だ。  山の獣狩(ししがり)、海の獣狩(ししがり)、空の獣狩など、獣狩(ししがり)の種類は様々。  彼らは和深大陸において、龍脈の恩恵で力強い生命力を手にした動物……「化獣(ばけもの)」を狩り、その糧で暮らす。  しかし。こんな少年が──? 「師匠は?」 「いない。強いて言えば山が師匠だ」  本来獣狩は、師匠について数年から十年ほどかけて、狩りを学ぶ。多くの場合は、学ぶと言うよりは技術を見て盗むと言った方が正しい。 「そう。……ここで暮らしているのはいいとして、実家は?」 「ある。居場所はないけど」 「……よかったらお姉さんに話してみない?」  なつめは微笑んだ。  だがこの少年、なかなか怖いもの知らずであった。 「なつめはお姉さんって歳なのか?」 「…………」 「あっ、悪い、なんでもないです」  そうして和平丸はとつとつと語り始めた。  その、──家族からの残酷な仕打ちと、半生を。  どれくらいの時を経たか、外はまだ雨だったが、暗くなっている。 「……色々あったけど、正直つらいとか憎いとか、そういうのはあんまりない」 「それはどうして?」 「あいつらの都合と、俺の妖生には直接的な関係はないからな。こんな風に、嫌なら飛び出しちまえばいいんだ」 「……強いのね? いい獣狩になるわ、和平丸は」  鍋には山菜と獲物の肉が入っていた。そこに、味噌玉と干飯を入れて雑炊にするようだ。 「私にどうやって食事を?」 「口移し」 「……まさかこの歳になって子供から挿し餌されるとはね」 「子供じゃねえ。獣狩だ」 「はいはいわかった」  なつめは、和平丸のそばに寄って行った。  彼はまだ、色恋の「い」も知らないのだろう。顔を赤らめたりする様子すらない。それはそれで物足りないが、しかし、純粋な可愛らしさもある。 「ありがとう」  そう言って、なつめは力強い少年を、大きな翼で包み込むように抱きしめた。    〓  ──現在。戦廻暦五十七年、秋月季二十六日。 「それが私と和真の出会いね」  厨房で昼餉を作っている際、火蓑(かみの)は何気なく、和真となつめの出会いを聞いてみた。  すると、「隠すことでもない」といって、なつめは仔細に語ってくれた。 「和真は、そんな扱いを」  出会って時間が経っている。よそよそしい態度はやめて、火蓑も、仲間を呼びすてにしていた。 「それで世間に倦むことのない強さが、あいつのミタマの美しさね。だから、私は神使ではなく純粋な獣狩(ししがり)である和真を護衛に選んだ」  出会ってから十一年。  あのあと、なつめを捜索しに来た神使によって、二人は天嵐神社へ。  そこで和平丸は元服、和真と名を改めた。  親の名を捨てることもできる──そう進言する神使もいたが、和真は「腹は立つけど憎んじゃいない」と言って、和という、父から貰った字を使うことを選んだ。  和真の野生的な部分は殺さぬよう、天嵐神社で読み書き計算や、歴史学、自然、生物や植物について学んでもらい、また武芸も教えた。  彼は乾いた砂が水を吸うように教えたことを身につけていった。彼にとっては、勉学は一つの娯楽ですらあり、二、三日顔を合わせずにいると、驚くような成長をしていた。 「男子三日会わざれば刮目して見よ……よく言ったものね」 「なつめは和真のこととなると、恋人のようにお話しするんですね……ふふ」 「からかわないの。……でも、恋人というのは事実の側面にすぎないわ。そんなちゃちな繋がりじゃあないのよ」  まだ語っていないことがあるのだろう。  火蓑は、それについて聞き出すような野暮はしなかった。 「……死んでいい、って思ってたんだけれどね」  ぽつりとなつめは漏らした。 「……死にたくないわ。まだまだ……死にたくない」  それが、嘘偽りのないなつめの本心であった。  その時だった。  外から、地鳴りのような馬蹄の音と、雄叫びとが聞こえてきたのは。

初回投稿日時:2025年11月23日 10:08

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