七
十一年前──戦廻暦四十六年、命眠季。冬。
なつめは警邏の任務についていた。空をまわり、異変がないか睨みを聞かせる任務だ。
飛行型の化獣に襲撃される危険もあれば、侵入してきた略奪者に撃墜される危険もある。特に夜間の見回りは危険であり、抜擢されるのは武の神使隊の中でも、撃剣上位者のみ。
なつめは狂飆天嵐流皆伝、鏡神冥智流中伝、狐閃流転流中伝という武の申し子。おまけに夜に強いフクロウの天狗である。
なるほど己ほど夜警に相応しい者もいない。
フクロウは音もなく飛ぶ。特殊な翼がそれを可能とする。
その日も油断なく、なつめは空を飛んでいた。三人一組で編隊を組むのが常だが、人手不足で、その時なつめは一人で飛んでいた。
──まずい。
上空、悠々飛ぶ化獣がこちらを狙っている。
怪鳥ハバウチ──その、ゆうに三丈にもなる巨躯が迫る。
なつめは右に体を回して回避、飛びかかってきた恐ろしく鋭い鉤爪が、羽根を散らす。
右に握る杖を振るって、ハバウチの右翼を砕いた。枝が折れるような音が響く。
上に回って左翼の付け根を抉り潰して、関節を破壊。飛行能力を奪った。なつめはそのままハバウチの背を駆け抜け、うなじを五度突いて砕く。五月雨突きである。
必殺の打突が五度決まった。──頑健な化獣の頚椎とて、これには耐えられず砕かれただろう。
絶命したハバウチが落下する。
下方に人里はないし、こんな時間に出歩く命知らずもいまい。
なつめは気を取り直して上昇軌道を取る。顎をついとあげて風を掴もうとして、
視界の端に、月光を跳ね返す小さな煌めき。
──まずい。
そう思って翼を盾にする。羽根を硬化してそれを弾いたが、ぶん殴られたような衝撃が駆け抜けて体が傾ぐ。
飛行が阻害されて錐揉みするなつめを、銃砲炎のない弾丸が襲う。
──蒸気鉄砲か!
なつめは、人間が最近開発した最新鋭の鉄砲を知っていた。故に舌打ち。
銃砲炎が見えないせいで、どこから撃たれたのか、いまいち掴みづらい。銃声も火薬のそれより、ずっと小さいのだ。
弾丸が、十秒に一発の間隔で襲いかかってくる。
複数人による三段撃ちか? そう思った。
綺州に本拠を置く砕渦衆という傭兵集団がある。その頭目・砕渦孫一なる人物が発案した連射戦法が、三段撃ちだ。
一段目が射撃、二段目が控え、三段目が装填を行う。
これによって鉄砲隊は絶え間なく射撃ができる──恐ろしい戦法だ。
しかし──。
「弾幕ではないのに、この速度。三人で来たの……」
集団での運用ではない。せいぜい、数人? いや、下手したら一人か……。
銃砲炎さえ見えれば逆襲できる。だが、光はない。強いて言えば、鉄砲玉の微かな照り返しのみがなつめの味方だった。
非常に、まずい。
なつめは口笛を吹いて救援を要請。
しかし、次の瞬間。
「がっ──」
銃弾が腹を抉った。
翼に硬化術の妖力を割いていたせいで、肉を守るのが疎かだった。
「──くそ」
激痛、失血、衝撃による神経の錯乱。
墜落する──。
〓
跳ね起きた時、咄嗟に近くにあったものを掴んで構えた。
人間に撃たれて生きている──最悪の筋書きが浮かぶ。すなわち、奴隷として買われた。そういうものだ。
だが、そばにいたのは少年だ。
彼は短刀を手に木に何か彫っている。
人間ではないことは、左のこめかみから生えている黒い二股の角が物語っていた。
「起きたんだな。死んだと思った」
声変わりの真っ只中だろう。錆びたような掠れた声だった。
「……助けてくれたの?」
「うん。それ、置いたら」
なつめは咄嗟に手にしたものを改めて見やる。
それは、木の棒切れだった。杖は、どこかに落としたらしい。
「……ごめんなさい。私は、なつめ。あなたは? お名前は?」
「和平丸。子供に接するみたいに喋るな。腹が立つ」
「いかにも子供の反応ね……ここで何しているの」
「暮らしてる。獣狩だから」
獣狩。
文字通り、獣を狩ることを生業とする連中だ。
山の獣狩、海の獣狩、空の獣狩など、獣狩の種類は様々。
彼らは和深大陸において、龍脈の恩恵で力強い生命力を手にした動物……「化獣」を狩り、その糧で暮らす。
しかし。こんな少年が──?
「師匠は?」
「いない。強いて言えば山が師匠だ」
本来獣狩は、師匠について数年から十年ほどかけて、狩りを学ぶ。多くの場合は、学ぶと言うよりは技術を見て盗むと言った方が正しい。
「そう。……ここで暮らしているのはいいとして、実家は?」
「ある。居場所はないけど」
「……よかったらお姉さんに話してみない?」
なつめは微笑んだ。
だがこの少年、なかなか怖いもの知らずであった。
「なつめはお姉さんって歳なのか?」
「…………」
「あっ、悪い、なんでもないです」
そうして和平丸はとつとつと語り始めた。
その、──家族からの残酷な仕打ちと、半生を。
どれくらいの時を経たか、外はまだ雨だったが、暗くなっている。
「……色々あったけど、正直つらいとか憎いとか、そういうのはあんまりない」
「それはどうして?」
「あいつらの都合と、俺の妖生には直接的な関係はないからな。こんな風に、嫌なら飛び出しちまえばいいんだ」
「……強いのね? いい獣狩になるわ、和平丸は」
鍋には山菜と獲物の肉が入っていた。そこに、味噌玉と干飯を入れて雑炊にするようだ。
「私にどうやって食事を?」
「口移し」
「……まさかこの歳になって子供から挿し餌されるとはね」
「子供じゃねえ。獣狩だ」
「はいはいわかった」
なつめは、和平丸のそばに寄って行った。
彼はまだ、色恋の「い」も知らないのだろう。顔を赤らめたりする様子すらない。それはそれで物足りないが、しかし、純粋な可愛らしさもある。
「ありがとう」
そう言って、なつめは力強い少年を、大きな翼で包み込むように抱きしめた。
〓
──現在。戦廻暦五十七年、秋月季二十六日。
「それが私と和真の出会いね」
厨房で昼餉を作っている際、火蓑は何気なく、和真となつめの出会いを聞いてみた。
すると、「隠すことでもない」といって、なつめは仔細に語ってくれた。
「和真は、そんな扱いを」
出会って時間が経っている。よそよそしい態度はやめて、火蓑も、仲間を呼びすてにしていた。
「それで世間に倦むことのない強さが、あいつのミタマの美しさね。だから、私は神使ではなく純粋な獣狩である和真を護衛に選んだ」
出会ってから十一年。
あのあと、なつめを捜索しに来た神使によって、二人は天嵐神社へ。
そこで和平丸は元服、和真と名を改めた。
親の名を捨てることもできる──そう進言する神使もいたが、和真は「腹は立つけど憎んじゃいない」と言って、和という、父から貰った字を使うことを選んだ。
和真の野生的な部分は殺さぬよう、天嵐神社で読み書き計算や、歴史学、自然、生物や植物について学んでもらい、また武芸も教えた。
彼は乾いた砂が水を吸うように教えたことを身につけていった。彼にとっては、勉学は一つの娯楽ですらあり、二、三日顔を合わせずにいると、驚くような成長をしていた。
「男子三日会わざれば刮目して見よ……よく言ったものね」
「なつめは和真のこととなると、恋人のようにお話しするんですね……ふふ」
「からかわないの。……でも、恋人というのは事実の側面にすぎないわ。そんなちゃちな繋がりじゃあないのよ」
まだ語っていないことがあるのだろう。
火蓑は、それについて聞き出すような野暮はしなかった。
「……死んでいい、って思ってたんだけれどね」
ぽつりとなつめは漏らした。
「……死にたくないわ。まだまだ……死にたくない」
それが、嘘偽りのないなつめの本心であった。
その時だった。
外から、地鳴りのような馬蹄の音と、雄叫びとが聞こえてきたのは。
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