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ミタマタケハヤ ─ 玄慈霊域伝 ─

14 / 18

8分

赤く散る

   五  人妖(ひと)人妖(ひと)が戦う時、闇の間からじっとこちらを見つめるものがある。  そいつは、決して自分からは仕掛けてこない。けれどひとのこころに喰らいつき、弱った者が闇の中へと逃げ込んでくるのを、静かにずっと待っている。  その闇の間で息を潜める「魔」の名前を、ひとは、「恐怖」という。  弥兵衛は城主の首を落とす前に刀をすん、と止めた。  刃先がうなじの皮一枚裂いて止まる。 「…………」  空気が微かに変わった。  なるほどこれは妖気だ。濃密で鋭い妖気。殺気を滲ませているが、不細工な殺気ではない。研ぎ澄まし内に飲み込んだ、いっそ美しいくらいの殺意である。  妖怪にも英邁な者がいる。弥兵衛はそれを知っている。  来る。そう思った。  直後、天守閣の窓の木枠ごとぶち抜いて、一人の天狗が突っ込んでくる。  テンランオオフクロウ──その形質を継いだ大天狗か。小麦色の髪、青い目。山伏装束。 「宵張子(よいっぱりのこの)梟福殿(きょうふくでん)なつめ……」 「知っているのね」  弥兵衛は大太刀を振るって、なつめの杖を弾いた。ただの木を打ったにしては硬質な音が響く。  おそらくは鉄杖。狂飆鋼(きょうひょうこう)で作られた杖だろう。ガワに化獣(ばけもの)の皮を巻いて滑らないようにしているが、打った感触は明らかに鉄鋼である。  長さは七尺。なつめ自身長身で、その分腕が長い。間合いは相当だろう。 「五十年前の戦で大暴れした女がいると聞いたことがある」 「妖怪なら女でも戦に出るのが普通。私たちは強いものがそうでないものを守るのが決まりだから」 「……ふん。戦場(いくさば)という我らの独擅場(どくせんじょう)を穢して回るな、糞女(くそあま)」  睨み合う。城主はなつめに目配せし、家臣に庇われつつ逃げていく。  ここから先、言葉は不要。  曲がりなりにも互いに武人──であれば、あとは武技をもって語るのみ。  好都合。  なつめの妖術は、基本的には「大砲」である。技の出が遅く、連発はまずできないようなものである。  武で語る相手はむしろ、与し易い。  なつめは杖を槍のように構える。切先をやや下向き、相手の脛へ。びたりと、まるで元々そのように彫られた木造のように止まる。  弥兵衛は大太刀を蜻蛉に構えた。やはり、置物のようにしかと停止。  けれども両者には見えている──互いの呼吸の律動が、毛先の揺れが、まつ毛の震えさえも──。  (せん)を取ったのはなつめ。  下段、足を狙って刺突を打つ。連撃である。刺突は秒間五発──五月雨突きだ。  弥兵衛はしかし、それを大太刀という取り回しが悪いはずの武器を巧みに用い、水車の如く回転させて撃墜する。  彼は後ろへ一足飛びのきつつ、板の間を踏み抜くように足を鳴らした。  めくれた板を蹴り砕いて、木片を礫にして飛ばしてくる。 (悪知恵の働くこと)  なつめは目を閉じた。  弥兵衛はここぞとばかりに猿叫。(ひとつ)の太刀、蜻蛉の構えから切り下ろさんと迫る。  ──勘違い。  弥兵衛含め、多くのものが勘違いをする。  フクロウが優れるのは目だけではない。耳もまた、優れる。  なつめの──フクロウ系天狗は、実はよく見ると左右の耳が上下にずれている。これは、音が聞こえる範囲に差を作ることで音響索敵能力を底上げする工夫である。  まず、殺気。鋭いそれは、確実に己を狙っている。  風切音。猿叫で紛れているそれも、しかしフクロウの耳を持ってすれば聞き分けられる。  なつめは目を瞑った状態から杖を跳ね上げ、その先端で弥兵衛の大太刀の(はばき)を押さえて斬撃を止めた。 「な──」 「妖怪という括りだけで、私たちの全てを知った気になるのは、お前たちの悪癖だ」  なつめの杖がぐんと突き出される。  刀が上へ押し上げられて、弥兵衛はたたらを踏んだ。なんという怪力──妖力を用いた強化術であろうが、その上昇幅は並の妖怪を優越する。  刺突、──喉を守る蛇腹状の(たれ)を杖の先端が抉り込んでくる。  一度目の打撃で垂の、鱗状の鉄板が歪む。 「げぇ──あぁあああああああッ!!」  ただで死んでたまるか! 弥兵衛はミタマを燃やさんばかりに怒鳴り上げる。  怒り、気魄──それはなつめをして震わすほど。 (慄くな)  なつめは己に言い聞かせる。二度目の刺突は、右の手首に。関節を砕く確かな手応え──刀が落ちる。 (ためらうな)  三度目の刺突は胸へ。肋骨が折れる乾いた手応え。折れた肋骨が、肺を刺した感触。  弥兵衛が吐血。  黒ずんだ血が舞う。 (苦しめるな)  なつめの目から光が消える。  冷徹な──武の神使としての目。 「命をいただく。よもや恨むまい」  なつめは杖を腰に引いた。  弥兵衛は一言、「見事」と言い残した。  命を抉るような鋭い角度で、杖が突き出された。 「なんで今のが避けられる……」  和真は戦慄した。  明らかに死角──距離は、四町あった。鬼の剛力と、獣狩(ししがり)和弓の強靭な力を持って放った矢は、鉄砲玉の数倍は速く威力もある。  それを、赤い大鎧の男は首を振ってかわし、続く二射目を大太刀の柄頭で鏃を打ち砕き撃墜した。  人間の中には超越者というとてつもない怪物が生まれることがあるというが、こいつがそうだろう。  名は知らぬが、敵の高すぎる士気の一つにこの男の存在があるように思う。  玄慈は長巻の繊細かつ大胆不敵な扱いで雑兵を蹴散らしていく。  城主保護に向かったなつめの代わりに、副組長の若い女が指揮をとっていた。  火蓑は味方の援護──分身術を使った伝令と、結界を使った防御。化け狸は縁の下の力持ちで有名な妖怪だが、火蓑はまさにそれを体現している。  と──なつめが天守閣(設計上は鉄櫓ということになっているが)の廻縁に出てきた。  その手には、敵の兜首がぶら下がっている。 「略奪者に告ぐ! 貴様らの切込隊長の首を奪った! 退くというのなら今だぞ!」  戦場の隅々まで響き渡る鶴声でなつめは告げた。  これには略奪軍も「バカな!」「そんな、弥兵衛殿!」と動揺している。  中でも特に、兜首と同じ大鎧を着込んでいる男──和真の矢を悉くいなしたそいつの動揺は尋常ではない。 「兄上ッ! き──っ、さまぁああああああああああ!!」 「太兵衛殿、お気を確かに!」  火の玉の如く飛び出さんとする。だが、そこに敵将の声。 「撤退だ! 索道搬器(ごんどら)は破壊している! ここまでやれば充分運搬機能を麻痺させられた! 無駄な損耗は控えよ!」  太兵衛と呼ばれた男は、なおも食い下がらんとしたが──しかし武士である。まるで怨念を可視化したかのようにも思える、どす黒い殺意を滲ませつつも、おとなしく後ろへ下がる。 「殺してやる……皆殺しじゃ、貴様ら」  その声が、ひどく滑りのある質感で、その場にいる者たちの耳をぬるりと撫でていった。    〓  戦廻暦五十七年の秋月季、二十五日目。  出城での戦から数日が経っていた。  城兵の犠牲はおよそ四十八名、百人組の犠牲は十七名に達した。合わせて六十五名の落命である。  敵軍の指揮が異様に高かったことと、超越者が二人もいたこと、そしてその超越者が妖怪に対して並々ならぬ憎しみを抱いていたことが双方の甚大な損耗に繋がったと見られる。  一方で敵──血風衆にも百を超える損害を出した。  互いに全体の三割以上の損耗である。通常、戦は一割でも損耗すれば負けの線引きである。それが双方三割という有様。  これは事実上、部隊の壊滅的な被害と言える。  なつめは反省と、そして、人間への恐れを──素直に武吉に語った。 「死闘だな。半妖兵のための女を攫うのはついでと見える。奴らの目的は妖怪狩りそのものだ」  武吉はそう言って、ため息をついた。  本来戦には必ず「勝利条件」と、そこに付随する「戦略的・政治的勝利条件」とがある。  あの支城を落とそう、というに目的には、「補給を断つ」という戦略的な勝利条件が設定される。  本根城を陥す最終的な目的(政治的な勝利条件)は、城や土地に利用価値があるからである。  その土地が次なる布武への布石となる要害になるから、あるいは武具の元となる資源を持つ国だから、穀倉地帯を有するから……だからこそそれを手に入れる──というわけだ。  つまり、「最終的な目的があって、中間の障害を潰す」のが、戦仕事の基本である。  決して、「殺し」が目的の戦などない。  なかった──はずだった。 「なつめ、お主は龍穴に向かうのが目的と言ったな」  頷いたなつめの周りには、玄慈たちはいない。彼らは心身ともに疲弊し、今は休んでいる。 「ならば一旦、この山岳郷を出た方が良い。……血で血を洗う戦になる」 「……総力戦ってこと」 「身を守るためのな。それに、……我らにも堪忍袋の緒というものがある。このまま泣き寝入りなど……理由もない戦、快楽のために殺された同胞が浮かばれぬ」  まず、獣同士が出会(でくわ)した場合、恐ろしい顔で威嚇をする。  力を持つ者はみだりにそれを振りかざすことはない。  強者ほど本能的に戦いを避けるものだ。  威嚇し、威圧し、時に説得して下がれば良い。しかしそれでも物分かりが悪ければ戦う。  だが、今回の戦では少々違っていた。  敵は威嚇も何もなく、突如として攻撃を開始。城兵側はてっきり睨み合いになるものと思っていたから後手にまわり、大きな打撃を喰らった。  あと一寸でもなつめが遅れていれば、姫城主──紅葉子(もみじのこの)上米良日菜(かんめらひな)の首は飛んでいた。  出城にいた連中は、一旦本根城──鬼賊村へ退避させている。理由は明快で、略奪軍の異様な士気を考えると、後詰が皆殺しに来る可能性があるからだ。  索道搬器の修繕に関しては、隣接する山──大石岳に鳩を飛ばして打診している。状況が状況ゆえ首を縦に振るだろうが、時は要するだろう。  一時的に鬼賊村は守りおおせても、万が一人間が本気であの規模の軍勢を、数万単位で送ってきた場合──そこにあるのは阿鼻叫喚の地獄絵図である。 「天慈颶雅之毘売(あまじくがのひめ)様は、だから私たちを郷から遠ざけようと……龍の鼓動に耳を欹てよと……?」 「ありうる。最終的にどう転ぶかはお主ら次第とはいえ、天慈颶雅之毘売様は後のことを見越し、そのような言い回しを選んだのやも知れぬ」  なつめは唇を巻き込むようにして噛み、 「せめてこの村だけでも守らせて。……お願い」 「……仲間と話し合って、それから決めるのだ。良いな」  小さく、なつめは頷いた。

初回投稿日時:2025年11月22日 10:00

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