四
戦廻暦五十七年の秋月季十九日目。
なつめ率いる百人組が、行軍距離一日の出城へ向かって進軍し始めた。
一行は強行軍で山を西へ進む。皆、この額狩岳になれた猛者だ。脱落者はなく、夜を迎えて、化獣に警戒しつつ見張りを立てて休んだ。
あくる二十日目。
「かかれ」
フクロウ天狗・なつめが率いる百人組が敵部隊・三二〇人からなる血風衆の横腹を抉るように攻撃したのは、巳の刻の頃であった。
不意を打つような形で突っ込んできた妖怪の部隊に、敵略奪軍・血風衆は混乱。しかしすぐに態勢を立て直し反撃に転じたのは常日頃の訓練の賜物か。
初撃で二十ほど散らすが、すぐに乱戦の様相を呈する。
通常の戦ならば大将首を奪れば敵は壊乱、この時点で勝敗は決する。
しかし玄慈は敵の異様な高揚と指揮の高さを見て、すぐに、
──殲滅せねば止まらない。
と悟った。
人間が妖怪を恨む気持ちは、実のところよくわかる。なぜなら玄慈もまた、母を奪った人間を憎んでいるし、ここへくる道中に見た厨村の惨状を思い出すだに、人間への憎悪が膨れ上がる。
しかしここまで明確な憎悪を、常に燃やし続けることができる物なのだろうか?
これが人間の美徳である「野心」、「諦めぬ心」というなら、それはもはや醜悪そのものであった。
形こそ違えど同じ命を持つ者をここまで憎めるのは、もはや天賦とすら思えた。
玄慈は短弓に矢をつがえて撃つ。鋭い風切り音と共に飛翔した矢が、人間の兵が背負う蒸気背嚢を抉った。
激しい蒸気圧の爆発が、人間の背骨をへし折って吹っ飛ばす。
「させんわ!」
二射目を撃とうとした時、蒸気の唸るような音が響いた。玄慈は咄嗟に弓を離して背中の鉄鉤に引っ掛けている長巻を掴むと、素早く鞘を取り払った。
上段から迫る斬撃を刀身で弾いて、凄まじい威力に玄慈は独楽のように回りつつ勢いを殺す。
脛当てと鉄の下駄が地面を擦り、土が焼ける音がジュゥと鳴る。
(あれが蒸気倍力強化骨格ってやつか)
またの名を「手力衣」ともいう。
目の前の男が備えているのは、金属で編み込まれた強化骨格──否、外骨格であった。そこに、排熱効率を考慮した装甲が施されている。
事前になつめから聞いたところによると、あれは蒸気圧と油圧を利用しており、人間の膂力を数倍、あるいは十数倍に跳ね上げるものだという。
さらに妖術対抗装甲を施しており、妖怪狩りを生業とする連中が好んで用いる兵装らしい。
「手力兵だっ!」
味方が悲痛に叫んだ。どよ、と悪い空気が広がる。
戦において士気の喪失は極めて悪い流れである。
玄慈は怒鳴った。
「狼狽えるな! 俺が仕留める! お前らは他の敵を近づけるな!!」
人間が生んだ、錬金カラクリ技術の粋を集めた、最高最悪の個人携行装備──手力衣。それを纏う、手力兵──。
「尻尾を巻いて逃げるなら今だぞ小僧」
手力衣を着込んだ男は大薙刀を握っていた。元々の人間は、せいぜい、五尺三寸ほどの身丈だろう。しかし手力衣のせいで、今の見てくれはゆうに八尺を超えていた。
来る、と思った次の瞬間、相手は蒸気を噴射して急接近。
玄慈は長巻に結界を纏わせつつ、大薙刀の柄を用いた打撃を凌いだ。
「がっ──!」
激しい衝突音が響き渡る。
玄慈は掌が痺れるのを感じた。肘のあたりまで骨がじんじん痛む。
長巻には幸い歪みはない──結界を纏わせて衝撃を殺したことが功を奏したらしい。
「面妖な……仕留めきれなんだか」
和真は敵の兵に撹乱を受けており、木々を飛び回りつつ弓で応戦。なつめは指揮をとりつつ、迫る人間を杖で仕留めている。
火蓑はそんななつめを支援術で守りつつ、結界を張り、味方の壁を作っていた。
この手力兵は己が仕留めるしかないことは明白。よもや、他の兵に手柄を取られるというのも悔しいものだ。
玄慈はまなじりを決し、咆哮。守りに回ってジリ貧になる前に、攻める。
手力兵は装甲を軋ませながら走ってきた。一歩一歩進むたびに積もった腐葉土を舞い上げる。
城まで五町の距離。こんな鉄塊じみた兵が突っ込めばかなり危ないだろう。ここで仕留めるのが最善と見る。
玄慈は迫る大薙刀を左に体を開いて避けると、長巻に纏わせる結界を鋭利になるよう調整。斥力を発する結界を意図的に刃に変えて攻撃に転ずる、高等技能をしれっと見せつつ、それで切り掛かる。
大薙刀はしかし、当然だが妖術対抗処理が施されていた。
ばちぃっ、と雷が弾けるような音がして長巻が押される。
玄慈は諦めずに刺突を繰り出した。鋭く、五回。
──天嵐神社式とも、狂飆天嵐流とも言われる武術流派を教えているのがこの山岳郷の特徴であるが……。
槍・薙刀・長巻術がその一つ、五月雨突きを見舞う。
鋭い刺突の連打はさしもの手力兵をして押した。
相手の声は、特殊な伝声管越しに響いてくる。
「鬱陶しい餓鬼めが」
「大人は都合が悪くなるとみんなそういう。人間も変わらないのだな」
手力兵は低く擦り上げるような軌道で薙刀を振り上げた。玄慈は後ろへ宙返りしつつ、切先が鼻先を掠めるほどの紙一重でかわす。
着地と同時に、今度は振り下ろしが迫った。
玄慈は結界纏いした長巻で、相手の大薙刀を右回りに受け流した。
「ち──石火流しか」
石火流しとは、武術・妖術技法の一つ。相手の攻撃の出に合わせて妖力を僅かに発してそれを逸らしたり流したりする技を合わせる。
そうすることで攻撃を無効化し、やり過ごす技法だ。
これは妖術師と呼べるほどの水準でなくとも、僅かな妖力量で誰でもできるため、人間の中でも一度の戦闘で二、三回は使ってくるものがいるのだ。
妖怪である玄慈は無限──と言いたいが、そうは問屋が卸さない。
(技を読み違えれば首が刎ねられる……危険な賭けだ)
と、こう言うわけである。
敵手力兵は、再び蒸気噴射を行った。
弾丸のような速度で突っ込んでくる──玄慈は右に飛び退いて回避。
大木に突っ込んだ手力衣はそのまま生木を粉砕しつつ、右足の制動杭を地面に刺して勢いを殺すと反転し、再び蒸気を噴射した。
玄慈はハッとして、左義手の鉤縄を頭上の枝に投射して突進を避ける。
「!? どこへ行った!」
敵からしてみれば玄慈は消えたように思えただろう。
玄慈はあることを思いついたのだ。
(速度も重量も桁違い。とはいえ、止めてさえ仕舞えばどうということはない)
玄慈は鉤縄を巻き取ると、左手義手の機能を切り替える。脳味噌から送られる神経の信号が義手の機能を切り替えた。
──鉄鋼糸。
玄慈はかけだした。
樹上を走り回り、地上へ錘を仕込んだ鉄鋼の糸を投げ飛ばす。
「そこか!」
手力兵は左腕に備えていた蒸気鉄砲をぶっ放してきた。
幡ッ幡ッ、幡ッ、と音を立てて、感覚的には三秒に一発という恐るべき速度で連射してくる。
枝が弾け飛び、木っ葉が舞う。
狂飆天嵐流が教えるのは武器の扱いだけではない。
緊縛、投網術などの捕縛術もまた然り。倒した敵を捕える術がなければ、みすみす逃してしまう。
故にこの鉄鋼糸の技もその一つ、
──巣編みの術。
それだった。
蜘蛛が巣を使って己の知覚範囲を広げ獲物を待ち伏せるように、巣編みの術は鉄鋼糸で巣を作り、敵を絡めとる技。
土蜘蛛と呼ばれる者たちがもたらしたとも言われる術を模倣したものだ。
「ぐ──」
手力兵も異変に気付いた。その金属の衣に、同じく強靭な鉄鋼の繊維が絡んでいることに。
「くそ、なんだこれは!」
玄慈は龍神の子である。しかし、いまだ特別な術はない。
せいぜい、能う能力は結界術と雷撃術であり、その雷撃術は触れていなければたちどころに空気に拡散してしまう。
とても、放電したそれを遠方の相手に狙ってぶつけることなどできない。
当てるには、触れるしかない。そう。
──触れてさえ、しまえば。
「龍角閃電の術!」
バヂィッ、と浅葱色の電撃が弾けた。
触れているのは──鉄鋼糸。その巣網に、電撃が駆け抜ける。
当然それは手力兵に注がれ、直後、耳をつんざく轟音が響き渡った。
絶叫が上がり、金属の手力衣が黒煙をあげてくずおれる。
「手力兵奪ったり! 城を救うぞッ!」
玄慈が長巻を掲げて怒鳴った。
にわかに悪い流れが漂っていた百人組に、再び指揮が甦る。
樹上から敵を射掛けつつ、和真は舌を巻いていた。
(接触前提の雷撃をああやって流し込むとはな……玄慈め、なかなか化けるかもしれん)
なつめが杖をかざして叫ぶ。
「このまま押し上げろ! 城兵と共に挟撃し、敵を殲滅する!」
彼女が額に巻いた鉢金には、すでに返り血が飛び散っていた。
味方は咆哮し、一気呵成に城へと戦線を押し上げていった。
コメント投稿
スタンプ投稿
このエピソードには、
まだコメントがありません。