TKM-69が静まる日

2025年gooブログより引っ越し。赤帯東急車両中心の模型鉄&撮り鉄。新玉川線沿線生まれ半蔵門線沿線育ち。最近は玉電や世田谷線をテーマにしたジオラマを作成し、TMSレイアウトコンペに入賞することが出来ました。模型製作記事等を載せていきます。

次大夫掘と世田谷筏道を巡る庚申ライド

 今回の記事はジオラマ制作でもテーマとしている「世田谷の郷土」と、私のもう

一つの趣味であるロードバイクを組みわせたものです。

 

ライドテーマは「次大夫堀と世田谷筏道を巡る庚申ライド」。それぞれ世田谷の歴史や

郷土を象徴するもの。1つずつご紹介していきます。

 

①次大夫堀(じだゆうぼり)

1500~1600年代、干害に苦しむ農民の実情をみた時の代官小泉次大夫が、徳川家康

人工用水路の設置を進言し、約14年の年月を経て完成させたもの。

現在の狛江市付近の多摩川から取水し、世田谷区~大田区を経て六郷に至るルートで、

六郷用水とも呼ばれます。この用水路が完成したおかげで、農業だけでなく、生活用水

としても活用され、地域の大きな発展に貢献したといわれています。

しかし硬い地盤や人手不足により、大変な難工事だったそうです。

 

②筏道(いかだみち)

江戸時代、度々火災に見舞われた江戸では大量の木材が必要でした。

木材は青梅の山奥で伐採されますが、1本1本を馬の背に頼って陸送するのでは効率が

悪いため、木材で筏を組み、それを筏乗りが操って多摩川を一気に下る方法が取られます。

筏乗りたちは青梅から数日かけて多摩川を下り、木材の引き渡し場所である羽田で

代金を受け取り、今度は徒歩で数日かけて自宅のある上流に戻りました。その際に筏

乗りが通った道を筏道と呼び、現在でも世田谷区にはいくつかの痕跡が残っています。

 

庚申塔

江戸時代の人々の間で広く信仰されたといわれる庚申という教え。健康長寿を祈り、

村に邪気が入り込まないよう、庚申塔と呼ばれる石像が作られました。

世田谷区内には多くの庚申塔が残っており、筏乗り達も道中の安全祈願をしたそう。

 

 

それぞれの概要をご説明したところで、今回設定したライドルート(青線)。

右下がスタート地点の大田区鵜の木。次大夫掘(六郷用水)の記念碑があります。

そのまま六郷用水沿いに遡上、世田谷区に入り筏道と思われるルートへ。

二子玉川、砧、大蔵を抜け、ゴールに設定した喜多見には庚申塔と念仏車があります。

全長約14km。当時の筏乗りとは異なりロードバイクですが、その気分を味わいます。

 

【スタート地点 次大夫掘・六郷用水・女掘の碑】

まずスタート地点に選んだ女掘の碑。所在地は大田区西嶺町。次大夫掘は六郷用水、

また女掘とも呼ばれています。男衆だけでは工事のスピードが遅く、女性達が料理

を振舞い踊りを披露したところ、男衆の士気が上がったという言い伝えもあるそう。

最終的には女性達も掘削作業に従事し、一気に完成にこぎつけたようです。

付近は当時を思い起こさせる用水路が再現されており、実際に下流へと流れています。

親水公園のようなイメージですね。六郷用水沿いにどんどん上っていきましょう。

 

【嶺西向庚申】

早速道中に庚申塔を発見。嶺西向庚申というようです。西嶺町には4基の庚申塔

あり、これはその1つで西をむいているそう。邪気を踏みつけている様子もくっきり。

筏乗り達も、きっと帰り道を急ぎながらも手を合わせた事でしょう。

 

東光院近くの水車】

※紹介が遅れましたが、筆者のBianchiと同行してくれた妻のTREKです

 

更に上ると川幅も立派な堀になってきます。そしておそらく復元されたレプリカだと

思いますが、水車を発見。電気がなかった当時、水力は大事な動力源。

各地域では水車を設置し精米・製粉を行う、水車稼ぎが登場。その水車稼ぎにより

生産された精米や製粉を扱う問屋も存在し、江戸のそば屋や菓子屋が客先でした。

 

そして幕末には火薬の製造や大砲の製造にも水車が用いられるようになります。

1854年には焔硝製造中に爆発事故が発生。上沼部村(現大田区)が被害を受けました。

さらに近代になると、水質環境の悪化や宅地化の影響により、用水路のほとんどが

暗渠になり姿を消してしまいました。

 

【六郷用水の跡】

中原街道をくぐるあたりに、六郷用水の跡の碑が建っていました。

浅間神社を超えて、いよいよ世田谷区に入ります。

 

【筏宿だった池田屋酒店さん】

筏乗り達は数日かけて徒歩で青梅方面に帰っています。そのため、筏道には筏乗り達が

寝泊りをした数軒の筏宿がありました。世田谷区野毛の池田屋酒店さんはその1つ。

当時は50人?程の宿泊者でにぎわっていたそうです。

現在は地域の酒屋・コンビニエンスストアとして、お店を営まれています。

 

せっかくなので補給用のドリンクを買おうと入店したところ女将さんが「自転車で

どちらから来たんですか?」と気さくに話しかけてくださいました(^-^)

自転車で筏道を巡っていることを話すと、とても喜ばれた様子で当時の貴重な情報を

お話頂けました!大田区や狛江市あたりでは、今でも筏道の話をよく聞くそうですが、

世田谷区ではすっかり聞かなくなってきたそう。これは悲しいですね…。

 

池田屋酒店さんオリジナルの多摩川筏流しラベルの純米酒も販売されているとの事。

蓑笠に一本の竿、これが筏乗りのスタイルです。

次回はこの限定酒を買うお約束をして退店。地元の方から生きた話を伺う、これこそが

フィールドワークの醍醐味です。ありがとうございました!

 

池田屋酒店様のHPはコチラ↓

 

noge-ikedaya.jimdofree.com

 

 

続いて第三京浜東急大井町線のガードをくぐり二子玉川へ。

 

【玉川諏訪神社

玉堤通り沿いにある玉川諏訪神社。ここには筏道の石柱がありました。

ここからはライドも後半、喜多見方面を目指すべくまずは大蔵・岡本エリアへ。

 

【大蔵氷川神社の石像】

大蔵氷川神社の石像。右二つが庚申塔で、柱状の文字塔と駒形?の青面金剛像でした。

 

こちらは仙川。野川よりもう一回り小さい印象です。

そして筆者のバイク、今回ある坂に挑戦する為にカーボンホイールを投入!

カンパニョーロのシャマル最新モデルです。軽量で転がりもスムーズ!

ある坂とは・・・

 

【富士見坂/岡本三丁目の坂】

滅多に見ることのない、まるでそびえ立つ壁のような坂!最大斜度は22%もあります!

妻は颯爽と挑みますが、半分ほどで足つき。一方、筆者は・・・

体を壊しそうだったので、最初から登るのを諦めました(;'∀')

頂上からの景色。多摩川の流れが長い年月をかけて作り出した国分寺崖線

絶景と共にそのスケールの大きさに圧倒されました。

またこのあたりに伝わる民話として、「岡本のすねこすり狸」という話が有名です。

続いて東名高速を超えて大蔵総合運動場・砧公園方面へ。

 

【座頭ころがし坂】

都内とは思えない鬱蒼とした雑木林。大昔は成城から三鷹方面まで森だったそう。

ここにもきつい坂があり、大昔はキツネが人を化かしたり、追い剥ぎが出るため、

坂を転げ落ちるように逃げた、という伝説が由来となっているらしいです。

昔の人々がここを超えるときは大きな声を上げ、提灯で明るくして通ったそう。

坂の入り口には堂宇と石像群が。中央は笠付きの庚申塔。さっと確認して出発。

そして最後の目的地である、喜多見の庚申塔に向かいます。

 

【喜多見の庚申塔と念仏車】

筏道と思われる細い裏道を進むと三叉路が現れます。そこにあるのが庚申塔と念仏車。

念仏車とその説明です。

庚申塔も見学させて頂きました。筏乗り達も、またここで手を合わせたと思います。

筏道はこの先、狛江市に向かいます。今回は世田谷区内がテーマなのでゴール。

 

途中通過した、次大夫掘公園 民家園の入り口で記念撮影。こちらは園内に六郷用水や、

茅葺屋根の民家が移築・再現され、江戸時代の世田谷の暮らしが体験できる公園です。

最後にもう一度、六郷用水が果たした役割と功績に思いを馳せ、旅の締めくくりとしました。

九品仏駅ジオラマ①

前回の宮の坂駅ジオラマも完成し、続いて着手したジオラマは…

 

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・100均展示ケース

・KATO 島式ホームエンド4

・KATO ジョイント道床

・KATO PCフレキシブルレール

TOMIX 踏切(キットタイプ)

を用意。

 

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このように配置。レールの片方はKATO複線幅で固定。

両端にジョイント道床を使いフレキを配線。

この道床を使ってみたかったのですが、とても便利ですね。

 

さて途切れたホームに車掌用お立ち台、どこがモデルでしょうか?

 

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今回は大井町線の名所、九品仏駅を作ります(^-^)

1929年の開業以来、輸送力増強に伴いホームが延伸されますが、

踏切に隣接する立地の為、現在も有効長は20m車×4連分。

溝の口駅寄りの1両は、このようにホームからはみ出し扉非扱いとなります。(ドアカット)

 

現地取材も終え、Nゲージサイズに特徴を落とし込む作業へ。

現地の雰囲気を違和感なくジオラマ化する為のポイントを決めていきます。

 

なんといってもこの駅の最大のポイントはドアカット。

車両とホーム終端の位置が重要になります。

 

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実際に上り線に列車がいる様子。ホーム終端はちょうど4号車妻部付近。

ホームドア位置から、下り線も同じ位置関係になりますね。

 

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下り線側に車両を置いてみましたが、おおよそこんな感じ。

 

上り線のホームに沿ったカーブは、カント無しとしました。

 

続いて次回は、お立ち台と踏切の位置決定に進みます。

9000系の退役が始まった今、慣れ親しんだ光景を模型で残したいですね。

東急世田谷線 宮の坂駅ジオラマ【完成記事】

~東急世田谷線宮の坂駅ジオラマ完成記事~

 

〜完成写真〜

 

久しぶりに小サイズで気楽にジオラマを制作したくなり、東急世田谷線宮の坂駅を題材に選んでみました。

完成報告として、下記の4つの項目に分けて記事を書こうと思います。

 

 

世田谷線宮の坂駅とは

②保存されている緑の旧型車について

③制作について

④感想等

 

 

世田谷線宮の坂駅とは

世田谷区宮坂にある東急世田谷線宮の坂駅は1925年に開業、招き猫で有名な豪徳寺世田谷八幡宮の最寄り駅です。

下高井戸方面ホーム側に宮坂区民センターが隣接され、敷地内にはかつて玉電を走った緑色の旧型車が保存・展示されているのが特徴です。尚、地名である宮坂の由来は近くの世田谷八幡宮内に存在する坂との言い伝えがあるそうです。

 

宮の坂駅・下高井戸方面ホームと隣接する宮坂区民センター及び保存車両(右側)~

 

~同駅近くの世田谷八幡宮 地名の由来にも関係しているそう~

 

②保存されている緑色の旧型車について

~同駅に保存・展示されている東急デハ87号こと元江ノ電601号~

 

近年では豪徳寺に訪れる海外からの旅行客の姿が目立つ宮の坂駅。歴史的な観光スポットが立ち並ぶ地域ですが、展示されている緑色の旧型車もまた歴史的な存在です。この緑色の旧型車の歴史を辿ると製造は1925年。なんと今年で100歳!世田谷線のルーツとなった東急玉川線・下高井戸線(通称玉電)において、1969年まで活躍したデハ80形104号(後に2代目87号に改番)なのです。

 

同車は玉電の廃止に伴い廃車となりますが、引退後は江ノ島電鉄に譲渡され、江ノ電601号として第二の人生を歩みます。やがて1990年に江ノ電からも引退しますが、ちょうど当時建設中だった宮坂区民センター敷地内での保存が決まり、同年世田谷の地に里帰り。現在まで静態保存されています。

 

かつては世田谷線でもこの緑色の旧型車が多数活躍していましたが、2001年までに全車が引退。玉電時代を知る車両が1両丸々保存されているのは、電車とバスの博物館の200形204号と、この宮坂区民センターの元江ノ電601号のみなのです。残念ながら正面は江ノ電時代に受けた更新工事で2灯化されており、オリジナルの玉電顔とは異なりますが、それでも車内は東急時代の雰囲気を色濃く残しているそうです。

 

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~保存車両の車内にて 玉電時代はこのようなツートンカラーでした~

 

③制作について

 

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〜制作初期の配置決めの様子〜

 

このように世田谷の歴史を語る上で欠かせない車両が保存されている、大変感慨深い同駅をジオラマ化したいと思ったのが制作のきっかけです。今回は100円ショップのジオラマケースをベースとし、TOMIXの線路、ジオコレの踏切、グリーンマックス路面電車ホームを素材とし、不足箇所はスチレンボード等でスクラッチしました。

 

~完成写真より、1990年代の緑の世田谷線並び~

 

制作で一番気を遣った点は、やはり実在する風景を破綻することなくNゲージの世界に落とし込む事です。ホーム長や屋根及び地面の高さ、それぞれを入念に調整しました。おかげで実際の同地の写真と比べても、違和感の無いジオラマに仕上がったと思います。

 

~車両展示の様子~

 

主役となる元江ノ電601号こと旧デハ87号の再現ですが、運よくモデモ社製の江ノ電600形模型を入手していましたので、これをそのまま東急グリーンに塗り替え。フレキシブルレールとプラ板から作った展示レールに載せて完成。乗降用の階段や案内板も実物通り設置しました。

 

~正面側の様子~

 

~自作の世田谷線開通100周年ヘッドマーク付き300系との並び~

 

④感想等

制作にあたっては数度の現地取材を敢行。全国的に見ても数少ない、引退した車両と現役の車両の並びを見ることが出来る構造の宮の坂駅を再現でき、やはり題材に選んでよかったと思いました。

 

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駅名標は取材時に撮影した実物を印刷して使用~

 

いかがでしたでしょうか?保存車両の車内も区民センターの開館時間に合わせて解放されていますので、当時の玉電の雰囲気を知ることができます。

 

冒頭で述べたように保存車両以外にも、近隣には世田谷の歴史を学ぶ上で欠かすことのできない名所が数多くあり、かつての世田谷城の敷地の一部だった豪徳寺はすぐ近くです。

 

またお隣の上町駅近くには、その世田谷城城主であった吉良氏に仕えた大場氏の代官屋敷も残されています。

 

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〜少しお疲れの様子ですがまだまだ元気な601号が出迎えてくれます〜

 

世田谷線開通100周年イヤーの今年、様々な世田谷の歴史に触れてみるのもよいかもしれません。

皆様も是非、宮の坂駅や沿線に足を運んでみてください(^-^)v

宮の坂駅ジオラマ⑤【保存車両の制作】

続いては本ジオラマの主役といえる保存車両の制作。

 

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玉電の廃止後、1990年まで江ノ電で活躍した601号こと元東急デハ87号。

ライトの移設や雨樋設置、サッシの変更など、江ノ電独自のスタイルです。

 

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Nゲージ模型ではモデモ社より、同仕様でモデル化されております。

カラーリングはもちろん江ノ電時代のツートンですが。

今回はこれを東急グリーンに塗り替えます。

 

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塗り替え後、たまたまGMストアで入手できた江ノ電ステッカーを貼り付け。

 

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せっかくなので車内も簡単に着色。

 

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昇降台や説明の看板を設置してこの通り~。

これにて制作記は完了。次回、完成写真を掲載します(*^-^*)

宮の坂駅ジオラマ④【階段と手すりの制作】

宮の坂駅ジオラマ、続いて階段と手すりの製作。

 

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ホームの裏側、保存車両の正面前に出入り口があります。

3mm厚のスチレンボードを重ね階段状に。

 

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ホーム壁の手すり?柵についてはプラ板から自作します。

 

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それぞれを仮置きしてこんな感じに。


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本物とは形状が異なりますが手すりも設置。

手すり越しに覗く元江ノ電601号のお顔!

 

さすがに階段の高さや段数までは揃えられません。

しかし予め高さや位置の基準点を設けておけば破綻する事はありません。

今回は300系車両の扉下部に合わせたホーム面の高さを基準にしてあります。

 

お次は主役となる元江ノ電601号の手直しです〜。

宮の坂駅ジオラマ③【タイルの制作】

前回高低差を設定したので、続いてタイルの制作です。

 

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私の場合ですが、パソコンの表計算ソフトでマス目を作ってタイル風の用紙を作ります。


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点字ブロック部分も同様に表計算ソフトで制作。

それぞれを切り出して貼り付け。

道路部分はタミヤの情景テクスチャーペイントを重ね塗り。


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ホームはGM路面電車用を使用、お気に入りです。

ホーム部は津川洋行さんのシーナリーペーパーのレンガを貼り付け。

 

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こちらは実物。駅名標は取材時に撮影したものを印刷して使用。

 

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主役となる元デハ87号は、江ノ電カラーから東急グリーンへ。

この車両があるだけでグッと実物感が増します!

 

展示場エリアもタイル貼り付けを始めていきます。

 

宮の坂駅ジオラマ制作②【ホームの制作と高低差の設定】

宮の坂駅ジオラマ制作②は、やはり欠かせない現地調査から。

 

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嵩上げされた現代の標準的な世田谷線ホームの形態です。

高井戸駅方面ホーム側に、宮坂区民センターと保存車両が存在。


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高低差を出すために、3mmスチレンボードを使います。

区民センターの敷地は周囲の道路より一段低い地形。

バラスト散布量を減らす為に、線路間にもスチレンボードを敷きます。乾燥が早くなりますね。

 

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ホームはグリーンマックス製の路面電車用。愛用しています。

ホーム下部は3mmスチレンボードをもう一枚重ねて嵩上げ。

 

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ホーム中心線上に2本の屋根柱が存在し、左がスロープ、右が階段。


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仕切りとなるコンクリート壁も設置。


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階段の段数やスロープ長は現物通りとはいきませんが、雰囲気を寄せてます。

また車両に対するホーム長、保存車の位置はなるべく現物に揃える事に注意。

 

続いて屋根に着手できたらと思います(^-^)

 

 

こちらはTMSコンペ2024で努力賞を頂いたレイアウトの世田谷線風ホーム。

今回もこんな雰囲気を再現できたらいいな〜。