今回の記事はジオラマ制作でもテーマとしている「世田谷の郷土」と、私のもう
一つの趣味であるロードバイクを組みわせたものです。
ライドテーマは「次大夫堀と世田谷筏道を巡る庚申ライド」。それぞれ世田谷の歴史や
郷土を象徴するもの。1つずつご紹介していきます。
①次大夫堀(じだゆうぼり)
1500~1600年代、干害に苦しむ農民の実情をみた時の代官小泉次大夫が、徳川家康に
人工用水路の設置を進言し、約14年の年月を経て完成させたもの。
現在の狛江市付近の多摩川から取水し、世田谷区~大田区を経て六郷に至るルートで、
六郷用水とも呼ばれます。この用水路が完成したおかげで、農業だけでなく、生活用水
としても活用され、地域の大きな発展に貢献したといわれています。
しかし硬い地盤や人手不足により、大変な難工事だったそうです。
②筏道(いかだみち)
江戸時代、度々火災に見舞われた江戸では大量の木材が必要でした。
木材は青梅の山奥で伐採されますが、1本1本を馬の背に頼って陸送するのでは効率が
悪いため、木材で筏を組み、それを筏乗りが操って多摩川を一気に下る方法が取られます。
筏乗りたちは青梅から数日かけて多摩川を下り、木材の引き渡し場所である羽田で
代金を受け取り、今度は徒歩で数日かけて自宅のある上流に戻りました。その際に筏
乗りが通った道を筏道と呼び、現在でも世田谷区にはいくつかの痕跡が残っています。
③庚申塔
江戸時代の人々の間で広く信仰されたといわれる庚申という教え。健康長寿を祈り、
村に邪気が入り込まないよう、庚申塔と呼ばれる石像が作られました。
世田谷区内には多くの庚申塔が残っており、筏乗り達も道中の安全祈願をしたそう。
それぞれの概要をご説明したところで、今回設定したライドルート(青線)。
右下がスタート地点の大田区鵜の木。次大夫掘(六郷用水)の記念碑があります。
そのまま六郷用水沿いに遡上、世田谷区に入り筏道と思われるルートへ。
二子玉川、砧、大蔵を抜け、ゴールに設定した喜多見には庚申塔と念仏車があります。
全長約14km。当時の筏乗りとは異なりロードバイクですが、その気分を味わいます。
【スタート地点 次大夫掘・六郷用水・女掘の碑】
まずスタート地点に選んだ女掘の碑。所在地は大田区西嶺町。次大夫掘は六郷用水、
また女掘とも呼ばれています。男衆だけでは工事のスピードが遅く、女性達が料理
を振舞い踊りを披露したところ、男衆の士気が上がったという言い伝えもあるそう。
最終的には女性達も掘削作業に従事し、一気に完成にこぎつけたようです。
付近は当時を思い起こさせる用水路が再現されており、実際に下流へと流れています。
親水公園のようなイメージですね。六郷用水沿いにどんどん上っていきましょう。
【嶺西向庚申】
早速道中に庚申塔を発見。嶺西向庚申というようです。西嶺町には4基の庚申塔が
あり、これはその1つで西をむいているそう。邪気を踏みつけている様子もくっきり。
筏乗り達も、きっと帰り道を急ぎながらも手を合わせた事でしょう。
【東光院近くの水車】
※紹介が遅れましたが、筆者のBianchiと同行してくれた妻のTREKです
更に上ると川幅も立派な堀になってきます。そしておそらく復元されたレプリカだと
思いますが、水車を発見。電気がなかった当時、水力は大事な動力源。
各地域では水車を設置し精米・製粉を行う、水車稼ぎが登場。その水車稼ぎにより
生産された精米や製粉を扱う問屋も存在し、江戸のそば屋や菓子屋が客先でした。
そして幕末には火薬の製造や大砲の製造にも水車が用いられるようになります。
1854年には焔硝製造中に爆発事故が発生。上沼部村(現大田区)が被害を受けました。
さらに近代になると、水質環境の悪化や宅地化の影響により、用水路のほとんどが
暗渠になり姿を消してしまいました。
【六郷用水の跡】
中原街道をくぐるあたりに、六郷用水の跡の碑が建っていました。
浅間神社を超えて、いよいよ世田谷区に入ります。
【筏宿だった池田屋酒店さん】
筏乗り達は数日かけて徒歩で青梅方面に帰っています。そのため、筏道には筏乗り達が
寝泊りをした数軒の筏宿がありました。世田谷区野毛の池田屋酒店さんはその1つ。
当時は50人?程の宿泊者でにぎわっていたそうです。
現在は地域の酒屋・コンビニエンスストアとして、お店を営まれています。
せっかくなので補給用のドリンクを買おうと入店したところ女将さんが「自転車で
どちらから来たんですか?」と気さくに話しかけてくださいました(^-^)
自転車で筏道を巡っていることを話すと、とても喜ばれた様子で当時の貴重な情報を
お話頂けました!大田区や狛江市あたりでは、今でも筏道の話をよく聞くそうですが、
世田谷区ではすっかり聞かなくなってきたそう。これは悲しいですね…。
池田屋酒店さんオリジナルの多摩川筏流しラベルの純米酒も販売されているとの事。
蓑笠に一本の竿、これが筏乗りのスタイルです。
次回はこの限定酒を買うお約束をして退店。地元の方から生きた話を伺う、これこそが
フィールドワークの醍醐味です。ありがとうございました!
※池田屋酒店様のHPはコチラ↓
【玉川諏訪神社】
玉堤通り沿いにある玉川諏訪神社。ここには筏道の石柱がありました。
ここからはライドも後半、喜多見方面を目指すべくまずは大蔵・岡本エリアへ。
【大蔵氷川神社の石像】
大蔵氷川神社の石像。右二つが庚申塔で、柱状の文字塔と駒形?の青面金剛像でした。
こちらは仙川。野川よりもう一回り小さい印象です。
そして筆者のバイク、今回ある坂に挑戦する為にカーボンホイールを投入!
カンパニョーロのシャマル最新モデルです。軽量で転がりもスムーズ!
ある坂とは・・・
【富士見坂/岡本三丁目の坂】
滅多に見ることのない、まるでそびえ立つ壁のような坂!最大斜度は22%もあります!
妻は颯爽と挑みますが、半分ほどで足つき。一方、筆者は・・・
体を壊しそうだったので、最初から登るのを諦めました(;'∀')
頂上からの景色。多摩川の流れが長い年月をかけて作り出した国分寺崖線。
絶景と共にそのスケールの大きさに圧倒されました。
またこのあたりに伝わる民話として、「岡本のすねこすり狸」という話が有名です。
続いて東名高速を超えて大蔵総合運動場・砧公園方面へ。
【座頭ころがし坂】
都内とは思えない鬱蒼とした雑木林。大昔は成城から三鷹方面まで森だったそう。
ここにもきつい坂があり、大昔はキツネが人を化かしたり、追い剥ぎが出るため、
坂を転げ落ちるように逃げた、という伝説が由来となっているらしいです。
昔の人々がここを超えるときは大きな声を上げ、提灯で明るくして通ったそう。
坂の入り口には堂宇と石像群が。中央は笠付きの庚申塔。さっと確認して出発。
そして最後の目的地である、喜多見の庚申塔に向かいます。
【喜多見の庚申塔と念仏車】
筏道と思われる細い裏道を進むと三叉路が現れます。そこにあるのが庚申塔と念仏車。
念仏車とその説明です。
庚申塔も見学させて頂きました。筏乗り達も、またここで手を合わせたと思います。
筏道はこの先、狛江市に向かいます。今回は世田谷区内がテーマなのでゴール。
途中通過した、次大夫掘公園 民家園の入り口で記念撮影。こちらは園内に六郷用水や、
茅葺屋根の民家が移築・再現され、江戸時代の世田谷の暮らしが体験できる公園です。
最後にもう一度、六郷用水が果たした役割と功績に思いを馳せ、旅の締めくくりとしました。