~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『クロス・ブレイク』A

 

 

 晴れ渡った空は、まるでいつもと変わらない一日の始まりを告げるかのように澄みきっている。

 ──だが、その美しさとは裏腹に、そこから流れてくる風、肌に感じる空気は重い。

 戦後、オーブ国防軍に身を置く道を選んでいたニコル・アマルフィは、このとき、同期に配属となった彼の友人であるトール・ケーニヒと共に、モビルスーツの中で祈りながら待っていた。彼らが搭乗しているのはそれぞれオーブ軍の主力機〝ムラサメ〟だ──ニコルのそれは緑に、一方トールの機体は赤に彩られている。

 

 ──朝日が空高く昇っていく。

 

 その刻限をもって、オーブ政府による大西洋連邦への正式回答は完了した。『要求は不当なものであり、自由の名の下に、オーブがこれを受け容れることは決して無い』──という。

 だからこそ、大西洋連邦もまた、これに対する明確な解答を寄越したのだろう。

 唐突なるミサイル斉射──沖に展開中の艦隊の悉くが砲門を押し開き、オーブ国土、ならびに国軍に向けた容赦なき攻撃を仕掛けたのだ。

 

「──くそっ!」

 

 国土全員に、改めてアラートが鳴り響く。

 市民の避難は間違いなく完了寸前であるはずだが、その攻撃によってオーブの防衛システムが作動。対空砲がオートマチックに迎撃を行い、砲火に晒されたミサイルがどっと撃ち落とされ、はるか上空に爆発の華が咲き誇った。

 ──その花火が、開戦の合図であるように思えた。

 大西洋連邦は問答無用で、やはり言葉の通じる相手ではなかったのだ。

 ニコルは歯噛みしながら、トールへ呼びかける。「ああ!」と呼応したふたりは、そのまま地を蹴って〝ムラサメ〟を変形させ、大空に羽ばたいた。

 

 このときをもって、オーブの戦争がふたたび始まってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 水上艦隊から、続々と空戦用の〝ウィンダム〟が出撃していく。

 旗艦〝スヴォーロフ〟でもまた、天上ハッチが押し開く。空から陽光が差し込み、内部に隠されていた悪魔達の全身を照らし出す。VPS装甲がオンになり、四機の〝G〟がスチールグレイのヴェールを脱いでゆく。

 その中で〝ダイモス・レムレース〟は血の固まったようなボルドーに色づいていく。フルフェイス化されたマスクの下、口元に歪な笑みを浮かべながら、そのパイロット──アウル・ニーダが、興奮した口調で叫んだ。

 

「──さァ、行くゼ、おい!」

 

 アウルはロアノーク隊の離脱後、母艦に戻ったところを拘束され、ジブリールが手にしていた『データ』による改造手術を受けさせられていた。

 その『データ』は第三者的監視機関(ターミナル)による検挙を逃れたものであり、従来の強化人間とは異なるアプローチを図った新型の強化人間についての製造法を記したものだった。従来とは異なる全く新しい強化人間を、悪しき研究者達は次のように呼称する──

 

 ──新型生体CPU『ニューロード』

 

 それは、モビルスーツに一般に搭載されている量子コンピュータに、パイロットの脳神経を直接結合させる(・・・・・・・)「人機一体」をテーマとしていた。

 端的に云えば、「人間の意志と機械反応の融合」──ニューロード達のまず代表的特徴とも云えるフルフェイス式マスクを通して信号を交わし、モビルスーツをより素早く、尋常な人間に出来る数倍以上のリアクションで動かしてしまおうという試みが為されたモデルだったのだ。

 

〈ハッハ──! 最高だぜェ、コリャア!〉

 

 共に出撃した〝カラミティ〟のパイロットから、興奮したような絶叫が聞こえてくる。薬物の影響を受けてか、寡黙だった彼らも戦闘に及んでは興奮状態に陥るらしい。

 次の瞬間、その〝カラミティ〟は全砲門を押し開き、凄まじい大火力砲撃を乱射した。

 随行する〝フォビドゥン〟と〝レイダー〟も、同じようにオーブのモビルスーツ部隊との戦闘へ突入。一方でアウルの所にも〝ムラサメ〟による迎撃部隊が飛んでくる。小物じゃん! ──アウルは子どものように、迫ってくる部隊を舐めて腐った。

 

「ハ! そンなンで、このボクをやろうッて!?」

 

 アウルは機体全長よりも巨大な戦斧を振り上げ、迫ってきた〝ムラサメ〟に振り下ろした。シールドで受け止める〝ムラサメ〟だが、アウルは次の瞬間、ガンアックスの斧頭部分に併設されたリボルバーガンを起動させた。巨大な斧に仕込まれた撃鉄(ハンマー)が作動し、一つの薬室(チャンバー)が火を噴いて、鋭利なナイフを凄まじい勢いで射出させた。

 〝アーマーシュナイダー〟──非常に原点的な武装であり、かの〝ストライク〟にも搭載されていたコンバットナイフだ。斧と競り合う姿勢から不意打ち的にコレを撃ち込まれた〝ムラサメ〟は、肩口から先が一瞬にして消し飛ぶ。

 

「そラァ──!」

 

 勝利の確信。それと同時にアウルのマスクに、量子神経接続(ニューロリンク)による青白い光が浮かぶ。コンピュータが叩き出した情報に脳をなぞられ、少年はまるで機械に支配されかのように、OSによって補正された通りに指先を動かす──否、動かされた。

 正確すぎる射撃が、慌てて退こうとする〝ムラサメ〟を追い立てた。シリンダーが回転し、容赦なく〝アーマーシュナイダー〟が乱撃され、串刺しにされた〝ムラサメ〟の機体が瓦解しながら海に落ちていく。

 迫撃は危険だ! ──そう判断した他の〝ムラサメ〟部隊が、中距離からビームの斉射を浴びせかけてくる。アウルはその射線を即座に読み切り、機体を凄まじく反応させる。逆にビーム砲を撃ち放って敵部隊を撃墜させ、迫撃だけではないことを誇示してみせた。

 

「ゴーメンんねェ、強くッてさァ──!」

 

 アウルは、鼻を明かしたように心の裡でも叫び続ける。

 

 ──見ろ! これでボクは強くなった!

 

 これほどの優越感は、生まれて初めてだった。

 ──今までの自分では、辿り着けなかった強さの境地!

 そこに今、自分は至った。自分だけが、そこに至れたのだ!

 

 ──僕はマチガッテいなかった!

 ──アイツラよりも、強くなれル道を僕は選んだんだ!

 

 不明瞭な心の叫び。大量に用いられた薬物のために、彼の人格と記憶は破壊されたも同然だった。

 彼の中には、すでにロアノーク隊として所属していた頃の記憶はない。抹消され、その後の空白に残されたのは、ケモノじみた破壊衝動と、己の強さに対する執着心だけだった。

 アウルはそのまま叫び続ける。

 自分で云っていて分からない。アウルはそれでも、「アイツら」よりも強くなった今の自分を褒め称え続けた。──その「アイツら」が、誰のことか思い出せもしないのに。

 

 

 

 

 

 

「──どうです!? 圧倒的じゃないですか、今度の我が陣営は!」

 

 それ見たことかと。

 そう云わんばかりの得意気な口調で、ジブリールはモニター越しのコープランドに云い放つ。

 すでに、オノゴロ上空はモビルスーツの入り乱れた混乱状態にある。その中でも、数で勝る大西洋連邦による侵攻は着々と進みつつあって、彼らはその様子をモニターしていたのだ。

 

〈たしかに、きみの用意した新部隊は凄まじい活躍をしているが……〉

 

 映像を見て判断する限り、たしかに新型の〝カラミティ〟、〝フォビドゥン〟、〝レイダー〟、〝レムレース〟の快進撃は見事なものだった。

 ──この様子なら、オーブの制圧は想像以上に手早く終わるだろう。

 いや、ひょっとすると午後には終わっているかも知れない……そんなことを思いながら、ジブリールは鼻高々に叫んだ。

 

「ええ、そうでしょうとも! この様子では、追加で〝ザムザザー〟を出す必要すらない」

 

 ──何を隠そう、ザフトの基地に攻め入った戦力と、ほとんど同じだけの戦力を派兵したのだ。

 しかし今回の戦闘目的は、ジブリール自慢の『新部隊』──そのデモンストレーションも兼ねている。いまだ経過観察中の強化人間だが、だからこそ、余計な友軍に彼らの戦いの邪魔をさせてはいけない。それでは、正確なデータというのも取れなくなるからだ。

 

「オーブは今度こそ思い知ることになるでしょう──世界を統べる本物の支配者が、誰なのかということを」

 

 ──所詮オーブの〝力〟など、この程度か!

 嘲笑を露わに、ジブリールは勝ち誇る。

 

「我らに従わない者は、地獄に堕ちるのだということを──ね!」

 

 しかしながら、その期待は、その後わずかに裏切られることになる。

 

 

 

 

 

 

「ニコル、あれ!」

「ええ、あの部隊を抑えなくては!」

 

 それまで〝ウィンダム〟部隊を相手取っていたニコルとトールの〝ムラサメ〟が、防衛ラインの異変を察して連合の〝G〟部隊の許へと駆けつけた。彼らの読みはイヤな方に当たった──前の大戦と全く同じ、面妖を浮かべた悪の新兵器が、そこでは暴れ回っていた。

 

「あの四機、また!」

 

 災厄、侵略、禁忌、亡霊。その名を冠する暴虐の使徒に、トールは苦い顔を向けるしかなかった。

 ──前の戦争では、キラとステラがふたり揃って(・・・・・・・・)ようやく抑え込んできた軍団だ。

 長きに渡る因縁があって、しかし、あのときの二人はもう居ない……。

 

「俺達でやれるのか? ──いや、やらなくっちゃな……!」

 

 ──オーブを守らなくては、今度こそ!

 その使命感が、彼らを奮い立たせる。

 この二年で、トールもパイロットとして訓練を重ねてきた。ニコルという良き同僚(元ザフトレッド)に恵まれたこともあり、今の彼も、オーブの中では充分に実力者だ。

 しかし、それでも相手は最新鋭のワンオフ機だろう。量産機程度の〝ムラサメ〟では性能差を明らかに感じるが、だからと云って、それを理由に尻込みするわけにはいかなかった。

 

「展開します、僕達で食い止めましょう!」

「──ああ!」

 

 ニコルの言葉に応え、トールも機体を高速巡航形態に変形させ、高度を上げて四機へ向かう。

 牽制の射撃を撃ちかけながら、現在戦闘中の〝ムラサメ〟部隊に通信回線を開いた。

 

「ババ一尉!」

〈む! よく来てくれた!〉

 

 対応中の〝ムラサメ〟中隊は、ババをはじめとするゴウ、ニジザワ、イケヤなどが所属する部隊だ。

 通信回線から、ババの忠告が飛んでくる。

 

〈やつらは普通じゃない! くれぐれも気を締めてかかれ!〉

「わかっています!」

 

 トールが答え、互いに連携してビームライフルを撃ちかける。

 が、〝レイダー〟は猛禽のようなモビルアーマー形態の高速機動でこれを回避し、一方の〝フォビドゥン〟も偏向シールドを用いて完璧に防御してみせる。見紛うはずもない、先の大戦で見た連中と同じ手口だ。

 ──そして、決して連携が取れているわけでもない。

 それもまた同じ要素だ。しかし、裏を返せば個々の技量が頭抜けているという意味でもある。

 禍々しいボルドーの機体──新型の〝レムレース〟が、ニコル機に向けて電撃じみた機動で迫ってくる。戦斧で殴りかかられるも、ニコルは距離を取って中距離からのビーム斉射に徹した。黒い〝亡霊〟はこれを交わし、ビーム砲を放った後、またしても叩き斬る勢いで斧を振り回して突撃してくる。

 

「この動きはナチュラルじゃない……! また、連合の強化人間か!?」

 

 ニコルは歯噛みする。戦後、その力を持て余していたアスランを〝ターミナル〟に送ってなお、ブルーコスモスを食い止めきることはできなかったのか?

 考えている間もなく、一方で〝フォビドゥン〟が高エネルギー砲を撃ち放っている。その一射に牽制された〝ムラサメ〟の一機に〝レイダー〟の鉄球が直撃し、跡形もなく爆散する。

 

〈──イワネ! クソォッ!〉

「いったい、いつまで繰り返すんだァ!?」

 

 トールが叫びながら、ミサイルを斉射する。だがこれは下方、海上でホバリング中の〝カラミティ〟による射撃に叩き落され、弧を描くよりも前に爆散した。

 ──まるで俺達の攻撃が、ぜんぶ読まれているみたいじゃないか……!?

 人間がやっているとは思えないほど、正確な反応。さしずめ自動砲撃装置とでもいうべきか? 一瞬にしてミサイルの弾道が計算され、そこに砲を撃ち込まれたかのようだ。

 その『計算』は、敵機の姿勢を読み切ることにも適用されるのか──? このとき回避運動をしているはずの〝ムラサメ〟だが、敵はその回避行動をさらに上塗るように砲火を浴びせてきた。次々に砲の餌食になる僚機を見、ババが〈冗談ではない!〉と声を上げる。

 

〈ヤツらは心でも読めるのか……っ!?〉

 

 そのような超人が現実にいてたまるかと恨む反面、そうでなくては説明のつかない動きもしている。

 ニコルは推認して返す。

 

「心というより、こちらの動きを読んでいるんじゃないでしょうか!?」

「計算している、ってことか……?」

「ええ……! おそらく、何か高度な演算処理(システム)か何かで──」

 

 心を読む人間──そのような超能力者集団が、この世に存在するとはニコルも考えてはいない。

 ──なら敵の照準にも、何らかの科学的根拠(トリック)があるはずだ。

 考えられるとすれば、量子コンピュータによる演算か。敵側から見た〝ムラサメ〟の機体──その傾き、姿勢、そして推力──それらの情報から割り出される『次の動き』をコンピュータが完璧に予測して行動を起こしているなら説明がつく。回避した先──これから回避しようとした先に、砲を撃ち込まれてしまう事にも。

 ──たしかに量子コンピュータには、そんな未来予知じみた演算を可能にするシステムもある……。

 だが、それは果たして人間にできる技なのか? 機械がいくら正しい演算を行ったところで、実際に反応するのは生身の人間だ。その間には必ず僅かな時差が発生するはずで──人間は決して、機械と合一にはなれないのはずなのに。

 

「くっ……!」

 

 しかし、そのような推論に頭を傾けている暇もないようだ。不気味とも云える四機からの猛攻に晒され続け、ニコル達は徐々に、しかしながら確実に追い詰められていったのだから。

 

「──ニコル、後ろッ!」

「しまっ──!」

 

 一瞬の隙を突かれた。視界の端で閃いた影が、気づけばすでに背後へ回り込んでいる。

 血色の悪魔──〝レムレース〟がビームアックスを振りかざしてくる。重力が胸を圧迫し、息が詰まる。回避するには態勢を崩しすぎており、ニコルの顔がハッとして蒼褪めた。

 そのとき脳裏に浮かんだのは、なぜか故郷においてきた母の笑顔と、古いピアノの音色だった。

 

(──母さん、僕のピアノ……!)

 

 だが、その一撃はすんでのところで回避された。

 強い光が〝レムレース〟の側面を叩き、爆炎がその巨体をよろめかせたからだ。

 

「……っ!?」

 

 ハッと巡らせた視線の先は、上空だった。

 太陽の光を背負うかのように、輝きを反射する機影が、一陣の風のように舞い降りてくる。その機体の放った攻撃が、背後から〝レムレース〟を強襲したのだ。

 

「黄金の──!?」

 

 異変を察知して、連合の〝ウィンダム〟部隊が次々に〝それ〟を目掛け、ビームの砲火を射かけた。

 その〝黄金〟は、それらの砲火を悉くかいくぐる。そればかりか、光背の翼を広げるようにして、凄まじい機動で飛び回りながら、反撃のビームを乱射していた。

 放たれた光の矢が、正確に〝ウィンダム〟の武装やメインカメラ──そしてメインスラスターを確実に吹き飛ばしていく。然し者の四機は反撃を回避してみせたが──その鮮やかな手並み、突然の闖入者に、誰もが事態を掴めていない様子で棹立ってしまう。

 

「降下部隊か……!?」

 

 そんな〝黄金〟の後に続いて、はるか上空より、いくつものポッドが降下してくる。ふわりと花弁が開くように、その中から合わせて数一〇にも及ぶ数のモビルスーツ隊が現れた。

 見紛うはずもない〝ムラサメ〟の部隊だ。だが、そのすべてが黒くカラーリングされ、国土を護っている防衛軍の白色とは、おおよそ対照的な色彩になっていた。

 ──白と黒……?

 そこから連想されるものは、光と闇──

 そして、地上と宇宙──?

 ニコルがそうして現れた新勢力を確信するのに、そう時間は必要ではなかった。

 

「まさか、サハク家──?」

〈こちらはロンド・サハクだ! これより、オーブ地上軍に加勢する〉

 

 男性の声に応じるように、黒い〝ムラサメ〟隊が上空より一気に戦場まで駆け抜けてくる。各地に散らばって応撃を始め、白い〝ムラサメ〟部隊の援護に入ったのだ。

 混乱に呑まれて、一時的に〝ウィンダム〟部隊の戦線に動揺が奔る。地球連合の勢いが、唐突な増援によって押し返されていった。

 

 

 

 

 

 

 オノゴロの国防本部でも、増援として現れた『漆黒の軍勢』はモニターされていた。

 

「来てくれたか……!」

 

 カガリは弾かれたように顔を上げている。

 ──その中でも、ひときわ目を惹くモビルスーツがあった。

 云わずもがな、先陣を切るように単騎で大気圏を突破してきた〝黄金〟である。司令部に詰める誰もが、今はこの輝かしい機体に目を向けていた。

 

「あれはまさか、ORB-01(アカツキ)──なのか!?」

「いや、しかし、あの外観は……?」

 

 戦時中に開発が進められ、しかしながら、ロールアウトされることなく封印された『オーブの伝説』について、士官たちは言及し始めていた。その存在は以前まで軍のトップシークレットだったが、地下深くに秘されてあった〝ソレ〟が消息不明となってからは、主に上級士官にも共有される秘密にもなっていたのだ。

 

 ──その『伝説』のモビルスーツが、いま、目の前に!

 

 だが、それでも士官達が素直に感動できなかったのは、その風貌が、どこか刺々しい──否、禍々しい変貌を遂げていたからだろう。

 大振りな翼を象った新型バックパック。その中に古式な火縄銃風のライフルに、長槍まで据えた戦国武士のようなデザイン。装甲は鎧兜然とした厳めしいものに一新され、中でも特徴的なのは──斬馬刀でもモチーフにしたような──腰部から下げる形で佩用(はいよう)されている豪刀だった。

 全体的に東洋的な古めかしさすら感じさせる風貌は、しかし、全身の〝黄金〟という煌びやかさとは真っ向から衝突しており、それ故に歪で異様──どこか妖しげな、鬼武者然とした気圏を放っている。オーブ軍将校のソガはこれに対し、明確に抗議の声を上げた。

 

「おのれサハクめ……! アレは──アレはウズミ様の!」

 

 本来の〝アカツキ〟は、オーブの護神たる神々しき存在のはず! ソレを彼らは、まるで(よこしま)な偶像にまで貶めている!

 ──護神と云うより、鬼神のよう。

 ──オーブにも伝来する、その名を〝夜叉〟と云う。

 それが浮かべる狂相は、おおよそ「国を護る」という崇高な意志よりも、絶対に「敵を討つ」という害意に取り憑かれた、怨霊の面妖に違いなかったのだ。

 

「あんなものが、オーブの護り神であるものか!」

「──構わない!」

 

 そうして憤るソガだったが、隣からカガリが声を掛けていた。

 ソガは反論する。

 

「しかし!」

 

 何を隠そう〝アカツキは、生前のウズミがカガリ──〝愛娘の為に〟と用意させた機体なのだ。

 その正当な受け取り手は、その機体が他者によって運用されている現状を容認するという。それがソガには許せなかったのだが、当のカガリは強い口調で云い募る。

 

「今はそんなことより、増援として来てくれた彼らと連携し、防衛網を立て直す方が先決だろう!?」

 

 金の瞳の奥に滲む複雑な感情を、誰も指摘しなかった。

 カガリは他の士官達に鋭く命じる。

 

「守備軍全軍に通達! これよりサハク──オーブ宇宙軍と戦術リンクを構築し、連携して国土を防衛せよ! 前線を引き上げ、これ以上、本土への侵攻を許すな!」

 

 各隊に指示が飛び交い、白と黒──異なる〝ムラサメ〟による混成部隊が再編された。

 一方、黒い〝ムラサメ〟隊を指揮する〝(アマツ)〟のギナは個人的に通信回線を開き──〝黄金〟のパイロットに呼びかけている。

 

「──カガリ・ユラ・アスハは我らの参陣を認めたか。であれば手筈通り、貴様の仕事は明快だ」

 

 呼びかけた先、〝アカツキ〟からは少年のものらしい声が返ってくる。

 

「その四機、貴様に任せても良いのだな?」

〈ああ、おれがやる!〉

「──アア?」

〈あっ、いや……! やりますよ(・・・)、御当主サマ〉

 

 〝アカツキ〟のパイロット──

 シン・アスカが、慌てて云い直していた。

 

 

 

 

 

 

 この二年の間、シンをパイロットとして教導してきたのはギナだった。

 教導役としての彼は、どちらかと云えば不親切な側の人間である。肉体派とでもいうのか──言葉で教えるというよりも、痛みや体感をもって叩き上げる方針を嗜好しており、その過程で、二人には複雑な愛憎入り混じった奇妙な師弟関係が横たわっていた。

 そのように、敬意と隔意の間で、少年の心は揺れ動いている。

 ギナとの通信を切り、シンは〝アカツキ〟のコクピッドで独語する。

 

「分かってる。俺にだって、本当は分かってるんだ……!」

 

 サハク家の参陣──

 その戦陣にシンがみずからの意思で加わったのは、ミナからの一言がきっかけだった。

 

『オーブがまた灼かれる』

 

 大西洋連邦による侵攻を教唆し、ミナは、今後のオーブの未来について正確に予知していた。

 言葉にすれば簡単な一言だったが、それ故に重みがあって、シンにあの日の地獄を思い起こさせるには十分だった。

 

『知りませんよ、あんな国っ!』

 

 始めこそ、シンは首を横に振った。

 気が進まない。彼の心理はその一言で説明できるものであり、自分達を見捨てた国のことなんて、今さら気にすべきものではないという意地があった。そんな彼を宥めるように、ミナは云い募っていた。

 

『だが、実際に侵攻が始まれば、そこで蹂躙(じゅうりん)されるは、そなたと同じオーブの無辜ぞ』

『……! だからって、アイツらのために戦うなんて──』

『ならば、その『アイツら』──アスハに尋ねたように、我はまた、そなたに同じ問いを繰り返そう』

 

 方法こそ違えど、オーブの未来を案じる者として、彼女は真摯に問う。

 

『そなたもまた〝力〟を手にした者──故に問う。そなたはその〝力〟を以て、いったい何を為したかった? そなたが(・・・・)()を欲した理由(・・・・・・)──その原初の思いは、果たして何処にある?』

 

 シンは返答に詰まるが、その質問から逃げることは許されなかった。力を手にした者としての責任──いいや、彼に力を持たせてくれた者達への恩義から、そのような不義理を通すことは出来なかったからだ。

 ──オレの、思いは。

 あのとき自分に力があれば──そう願った。当時の自分に力があれば、あのとき家族を失わずに済んだのではないか──もっとずっと大切な家族……妹と、長い時間を一緒にいられたのではないか、と。

 

 ──戦争なんて起こらない、やさしくて、あったかい世界にするために……。

 

 そのために力は欲しかったのだと、シンは確信した。

 ──あの頃から、思いは変わってなんかいない!

 オーブ。もう二度と自分には関係のない国と思い、すべての繋がりを断ち切ったつもりでいた。だが、そのじつ断ち切れてなどいなかったのだ。戦火に包まれ、業火と黒煙に覆われた母国をまたしても目の当たりにしたとき、シンの胸にくぐもって浮かんできたのは、正義感や喪失感に起因する強い怒りだった。

 シンの中で、敵に対する憎しみが膨れ上がる。美しき祖国を守るため、そのために、自分は歴史の舞台に戻ってきた。だから──!

 

「──アンタら全員、このオレが叩き斬ってやるッ!」

 

 そう、敵は地球連合──その代表格たる、四機の〝悪魔〟をギロリと睨む。

 シンはそうして、後背に佩刀していたビームオーダチ〝霹靂(ハタタガミ)〟を抜き放った。絶大な刃渡りを誇る斬馬刀──発心された高出力のビーム対艦刀が、バチバチと迸るような火花を散らす。刃先から燃え盛る灼熱は、まるでパイロットの闘志に連動しているかのようだ。

 

 ──嗚呼、そうか。

 

 その様子を見て、カガリは改めて思ったという。

 ──まさしく、金色の夜叉。

 その狂相は、絶対に「敵を討つ」という衝動に突き動かされた、悪鬼羅刹の面妖に違いなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ギナの〝アマツ〟が数機の〝ムラサメ〟を率い、託したようにその場を離れていく。別の防衛線に飛んだのか、その場に一機だけ残された〝黄金〟を見、アウルが叫ぶ。

 

「はあ……ッ? なんなンだよ、テメェはよ!」

 

 増援か何かは知らない。

 ──でも、ザコが一匹残ったところで、形勢に変わりはない!

 同じことを、他の連中も思ったらしい。

 先陣を切ったのは〝フォビドゥン〟だった。振り上げた大鎌〝ニーズヘグ〟で殴りにかかったが、敵機は圧倒的な機動を見せて回避。その背後に回り込んだ〝レイダー〟だったが、それが放ったレールガンすらも、完全に見切られて避けられてしまう。まるで後ろに目が付いているようだ。

 

 ──はッ、なかなかやるみたいじャん!

 

 たしかな手応えを感じながら、アウルは例によって照準を付ける作業を行った。

 身も心も〝レムレース〟に委ねる。と、顔のマスクがまたも青白く発光し、量子神経接続(ニューロリンク)による機械的なターゲットカメラが起動する。胸部プラズマ砲〝スキュラ〟の発砲先を求め、アウルは〝黄金〟が次に逃げる先──次に向かう先を計測し、割り出そうとした。

 

「…………!?」

 

 だが、見つからない。

 敵機のあまりのスピードに、量子コンピュータの演算──未来予測が間に合わないのだ。

 アウルは戸惑いながら後退した。

 

「なッ、なんなンだよ、コイツ!?」

 

 その一瞬の間に〝黄金〟は、その背の翼を広げて突っ込んでくる。

 ──〝ハバキリ〟ストライカー。

 それは〝アカツキ〟の独創的バージョンアップに伴って開発された新型装備だ。〝アカツキ〟の機動性を格段に向上させる役割を担い、パイロットを務めるシンが得手とする、大型武装を多数運用するための専用装備。

 

 ────ところで、現在の〝アカツキ〟は機名から改称され、サハク家においては〝イカヅチ〟と呼ばれる。

 

 雷──雷だ。形式番号、ORB(オーブ)-01(ゼロワン)E〝イカヅチ〟──

 曙光を意味する名ではなく、雷光を冠する名が意図して付けられているのだが、それは本機に施された、数々のマイナーチェンジに由来していた。

 シンの頭の中にも、本機のスペックは既に叩き込んであった。M2M5DE12.5mm自動近接防御火器を頭部に内蔵し、背に負った長槍はビームジャベリンだ。甲冑を思わせる肩の鎧も分離してビームブーメランとして活用可能になっており、携行武器は〝ムラサメ〟とほぼ同等の72D5式ビームライフル、そして対艦刀〝ハタタガミ〟が主武装になっている──

 

「ちっ、舐めンなよ、コラぁ!」

 

 その大太刀を翳して突っ込んでくる〝黄金〟を、アウルは巨大な戦斧で迎え撃っていた。

 次の瞬間、重量級の刃同士が激突し、拮抗する。

 得物の強度は互角──だが、頭数ではアウル達の方が有利だ。そうして鍔迫り合いを行っているところに、下方から〝カラミティ〟の狙撃ビーム砲〝シュラーク〟が入った。

 しかし〝黄金〟は、この横槍さえ退いて躱す。それで態勢が崩れたのか──その隙に付け入るように、またも〝フォビドゥン〟が大鎌を振りかざして、一方的な追撃に及んだ。敵機が握る対艦刀というものは、その規格ゆえに取り回しが悪く、態勢を崩した状態では、万全に構え直すこともままならないのだ。

 

 ──これで終わりだ!

 

 そう確信した次の瞬間、〝イカヅチ〟は、なぜか得物を持っていない左腕を掲げていた。ぎりぎりの機動で大鎌を躱した後、逆撃とばかりに、目にも止まらぬ速度で〝フォビドゥン〟にボディに組み付いている。

 〝イカヅチ〟の掌の接着面から〝光球〟が膨れ上がる──次の瞬間、強烈な光の爆発! ほとんど零距離で繰り出されたエネルギーの爆熱が、どうと〝フォビドゥン〟の頭部を体ごと吹っ飛ばした。

 

「なッ……!?」

 

 光雷球〝ママラガン〟──〝イカヅチ〟の掌底基部に増設されたビーム砲である。

 砲塔を構える動作無しに攻撃を行えることから、組み合っての迫撃に秀で、対艦刀の取り回しの弱点──近接戦闘における絶大な隙をカバーする役割を担っている。シンの戦闘スタイルを考慮して追加された武装だ。

 ──そして、ソレによる反撃はまだ終わらない。

 光雷球とは、云ってしまえば〝イカヅチ〟の掌から漏電させた電力を帯電させて出来上がる球体だ。ミラージュコロイドの磁場形成技術を用いてエネルギーを球状に固定させているに過ぎず、そのようなエネルギーの〝球〟は、出力の調整次第で形状変更が可能になっている。

 ──あるいは〝矢〟や〝槍〟のように、投擲武器として行使することも可能になっているのだ。

 力強く捏ねるような動作を見せた後、だからこそ、このとき〝イカヅチ〟の左腕に生じた巨大な光雷球は、長大な槍のように殺傷を目的とした鋭利な形状に変化してゆく──! 神をも殺す巨槍、ロンギヌスのそれのように。

 

「──〝万雷(ママラガン)〟」

 

 文字どおり、万の武具に変化する雷。掌底に浮かび上がった〝雷槍(ママラガン)〟を、そいつは次いで、逃げ惑っていた〝レイダー〟に投擲していた。

 まるで異質な中距離攻撃──! 驚きで動きが一瞬鈍ったか、この雷槍に〝レイダー〟の尾翼が貫かれる。鋼鉄の猛禽が、一時的に制御を失って地上へ墜落していく。

 

「こイつ……ッ!」

 

 ──間違いなく……。

 そう間違いなく、コイツは『ホンモノ』だった。こっちは四機がかりで掛かっているっていうのに、そんなオレたちを、コイツはたったひとりで簡単に超えていきやがる!

 アウルは確信づきながら、その事実に愕然とした。

 ──コイツもまたそう(・・)なのか?

 この世に生み落とされた、一握りの『例外』──生まれついたそのときから、特別な側に属する〝天才〟だとでもいうのか……!?

 

 

 

 

 

 

「──凄い」

 

 凄まじく活躍する〝黄金〟の戦いっぷりに、ニコルは思わず見惚れてしまっていた。

 さっきから、援護に入る気すら起こさせない──いや、援護に入ってしまえば、却ってそれが『彼』にとって邪魔になるのではないかと、そう感じさせるほどの独壇場だ。

 

 ──いったい、どんなパイロットが乗っているんだ!?

 

 通信回線を開こうにも、そのコードを知らなければ、ニコル達も接触は図れなかった。

 だが現時点で分かっているのは、あの〝黄金〟の戦い方が、ニコルやトールの心当たりには全くなかったということだ。

 

 ──たしかに、不殺を信条とする戦法なら知っている。

 

 三隻同盟では、主にキラとカガリが心掛けていたものである。しかしそれにしたって、そのパイロットから感じる気配は別だ。

 さっきから横槍を入れてくる量産機(ウィンダム)に対しては、たしかに『彼』も命こそ奪ってはいないものの、報復として確実にスラスターを破壊し、海に突き落とすことを徹底していた。

 タダでは帰さない! ──そういう敵意、ともすれば、強い憎悪の顕れだ。

 そのような人物だからこそ、ニコル達も迂闊に援護ができず、その空域に足踏みをする破目になっていたのだ。これは断言でもあるのだが、あんな戦い方をする者は、少なくとも三隻同盟にはいなかったから。

 

「で、でもこれで、俺達にも希望が見えたってことじゃないのか……?」

 

 どこか確信しきれていない様子のトールだが、実際は正しいのだろう。

 少なくとも、例の四機を〝金色〟が単機で抑え込んでいるおかげで、両軍の戦力のバランスは帳消しになっている。いや、結果としてオーブ軍の戦線は、徐々に建て直されつつある。

 ──なら、自分達もできることをしよう……!

 増援として現れた黒の〝ムラサメ〟隊も、よく訓練された兵士であるらしい。ニコル達も負けず劣らずという風に、遊撃の任務を再開させた。空域の〝ウィンダム〟を掃討する動きにシフトし、オーブの団結の力が、間違いなく地球軍の勢いを押し返していった。

 

「第八機甲大隊から入電。第三地区の敵部隊撃滅を確認!」

「よし! では、そちらの余剰戦力は、イザナギ海岸の支援に回してくれ!」

「押し返せる、押し返せるぞ!」

 

 国防本部でも、喜ばしい報告が各所から集まってきていた。

 ──間違いなく、あの〝黄金〟のおかげだ!

 士官のひとりはごちる。

 ──アレが四機を抑えているから、方々の戦力が己の持ち場に集中できる!

 このまま、何事もなく戦闘が進めば──

 オーブの逆転は、火を見るより明らかなものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 火力支援機として、後衛を担当するはずの〝カラミティ〟が突出している。〝フォビドゥン〟と〝レイダー〟の被弾によって、パイロットが動揺しているのか? 単にパイロットが譫妄し、己の立ち位置がよく分からなくなっているだけなのか──? 

 そうして突出する〝カラミティ〟だが、そのことを誰かが注意するには、連合の強化人間(ニューロード)達は互いのことを知らなかった。彼らなどは所詮、同じ部隊に配属されただけの赤の他人だったからだ。

 

〈ハーハッハっ! 最高だナ、オイ……っ! オマエに、この火力、撃てるだけ撃ってヤるよォ!!〉

 

 GAT-X131B〝イオ・カラミティ〟に施されたカスタマイズは、至ってシンプルだった。ベース機である〝カラミティ〟の武装数を単に倍加させる強化で、モビルスーツ一機には過剰な火力と攻撃性能を獲得している。

 ────ニューロード達は、脳と神経系を量子レベルでネットワーク接続されている。

 だが、その強化の試みにも相応の代償があった。

 コンピューター側から逆流してくる情報量が膨大すぎるあまり、パイロットの脳に負荷が掛かり、長期戦闘には向かないということ。そしてその弊害として、パイロットの精神汚染のリスクが高まる、という点である。

 結論から云えば、彼は精神汚染が進んでいたのだろう。だからこそ〝カラミティ〟と連結(リンク)中、彼の頭には凄まじい攻撃性──加虐性が逆流し、もはや正常な判断を下せない頭になっていた。

 ニューロード達は薬物によって筋肉も神経も強化されているから、その負荷にも〝耐えうる〟と考えられていたのだが──そんなものは所詮、研究者達が詭弁として用いる、誤った理想に他ならなかったのだ。

 

〈まだだ──! まダ!〉

 

 そんな中、海上でホバリング中の〝カラミティ〟が、またしても上空の〝イカヅチ〟に砲門を開いた。背部のリニアキャノンが唸りを上げ、両腕のビーム砲も青白い光条を吐き出し続ける。

 連射に次ぐ連射──! 周囲の空気までもが焼けつくように、そのとき機体のコクピッド内、センサーに熱量警告が引っかかった。

 

『熱量限界を超過、砲身の冷却を推奨します』

 

 警句として、計器上にその旨の文字が浮かび上がる。

 その瞬間、彼は肉薄してきた〝イカヅチ〟の大太刀を間一髪で受け流すが、それでも完全に避けきることは出来ず、背嚢への被弾を許してしまった。ビーム砲〝シュラーク〟が破損し、巨大な砲身がバチバチと看過できない火花を散らす。

 ──チガウ!

 パイロットの男は、それでも構わず、笑いながら〝シュラーク〟の砲を撃ちまくった。火花ではなく、空に打ち上がる花火こそを、彼はその目で見たかったのだ……。

 

「なんなんだよッ、こいつら……!?」

 

 欠損に構わず砲を乱射しまくる敵機の気配に、さすがのシンも、このときばかりは動揺した素振りを見せていた。正常ではないとでもいうべきか、敵の行動は常軌を逸していたのだ。

 それからも、思考停止で繰り出される大火力砲撃。シンはその全てを回避していくが、射撃の反動を堪えきれず、じき〝カラミティ〟は射撃のたびにガクンガクンと態勢を崩し始めてゆく。

 

「あいつ、なに考えて──!」

 

 連射速度が限界を超え、砲身が赤熱化──

 機体の関節部からは、バチバチと焦げたような黒煙も吹き上がり始める。

 

『──推力制御限界。機体姿勢、維持不能』

〈マダ! マダ撃てる! マだ──撃てル──ッ!〉

 

 憑りつかれたような欲望のままに、男が叫んだ次の瞬間、背嚢のビーム砲──その砲身が裂けた。噴き出したエネルギーが〝カラミティ〟に覆い被さる。爆熱の余波で機体は大きく横転し、上半身が一瞬で吹き飛ぶと、男の欲しがっていた花火──爆炎の華が、彼のすぐ足許に膨れ上がった。

 

〈マ──ッ〉

 

 通信に残ったのは、短い断末魔だけだった。

 対峙していた〝ムラサメ〟部隊──ならびにシンは言葉を失い、オーブ側は何が起きたかを理解することもできなかったという。

 

「〝カラミティ〟、シグナルロスト! 自壊したようです!」

「は!?」

 

 満を持して投入した連合の最新鋭機の一角は、たったの一戦でその出番を終えたのだ。

 これには連合側の将校からも抗議の声が上がった。

 

「また〝カラミティ〟が最初か! ええい、だからっ、あんな実験動物どもには頼るなと云った!」

 

 ──まったくもって、不良品を掴まされた気分だ!

 将校のロロは、自分達の『飼い主』へと恨み言を飛ばす。すぐさま部下達に振り返り、まるで想定していなかった事態への対応を急がせた。

 

「已むを得ん、デモンストレーションとやらは終わりだ」

 

 憤懣やるかたない表情で号を飛ばす。

 云ってしまえば、連合はこれまで手加減をしていたのだ。上層部からの余計な通達に従って、出せる秘蔵戦力を控えたままにしていたのだから──

 

「〝ザムザザー〟はどうしている? 全機、発進させよ!」

「──了解!」

 

 彼らにとっては、やはり〝ザムザザー〟こそ力の証明だった。

 ──初めから、こうしておけばよかったのだ!

 開幕から〝ザムザザー〟を含めた全戦力を投入し、一気にオーブを圧し潰してしまえば良かった。資産家達の余計な見世物(デモ)に付き合ったせいで、そのタイミングを逸してしまった! けれども、今度こそは──

 

「──思い知るがいい、オーブ!」

 

 ロロの号令に合わせて、そんな〝スヴォーロフ〟後方の二隻より合わせて二機の〝ザムザザー〟が姿を現した。ヤシガニを思わせる巨大モビルアーマーが、水しぶきを吹き上げながら空中に浮きはじめる。

 そしてその〝反応〟は、オーブでもすぐに観測された。

 

〈ババ一尉、新たな熱紋反応が!〉

 

 戦闘行動中の部下からの声を受け、ババもハッとして海洋上に目を向けた。ジブラルタル沖の戦闘でも実戦配備されていたという、巨大モビルアーマーが目視できてしまったのだ。二機も。

 ──あんな連中に来られたら、オーブは!

 ババはちらりと〝黄金〟に目を向け、状況整理を行う。海上の〝カラミティ〟が勝手に爆装し、頭数はひとつ減ったとはいえ、その〝黄金〟はいまなお〝レムレース〟をはじめとして〝フォビドゥン〟と〝レイダー〟の三機にかかりきりになっている。

 

(いくら()といえども、アレにまで来られたら流石にマズいか……!?)

 

 思わず忘れそうになってしまうが、あの新型を、複数機同時に相手にしているだけでも上出来すぎるのだ。

 だというのに、そのうえ二機の巨大モビルアーマーまで彼に押し付けるのか? いや、誇り高きオーブ軍人として、そのように情けない真似はできない!

 即座に判断したババは、自身の隊を率いてオーブ海洋上へ──例のモビルアーマー部隊まで──の進撃を開始しようとした。しようとした──次の瞬間だった。

 

 ──地球軍水上艦隊の戦線を、巨大なビーム砲が貫いたのは。

 

 海中──それは海中から発射されたビーム砲だった。エネルギー砲に貫かれた艦船が被弾し、機能を停止し消沈する。

 だがオーブの正式採用機に、水中戦用の機種など無いはずだ。それに、モビルスーツの出力ではなく、明らかに艦砲射撃級の威力を持った射撃──?

 

「ゴウ、今のは!?」

〈ババ一尉、私が云いたかったのは、こちらです!〉

「むっ……!?」

 

 つまりゴウは、新たに見えた連合のモビルアーマーではなく、海中に現れたその熱紋についてを共有したかったのか?

 たしかに、モニターから見えているゴウの顔は、どちらかと云えば嬉々とした様子だ。それは敵の増援を認めたときの反応ではなく、むしろ──

 唐突に背後から強襲を受け、対応に追われる地球軍艦隊でも、その反応はすでに捉えられている。

 

「背後からの攻撃……ッ、なんだ!?」

「別動隊の船影!? いや──まさか……!」

 

 次の瞬間、凪いでいた海面が、不意に低く震えた。

 白い飛沫が大気を裂き、巨大な影が海中から押し上がってくる。泡の帳が崩れ落ち、そこから姿を現した艦影に、誰もが言葉を失った。白鯨のようなその戦艦を、誰もが見紛うはずもなかったのだ。

 

「〝アークエンジェル〟──!?」

 

 遅ればせながら──

 白い鯨──悠大なる大天使が、戦場に辿り着いたのだ。

 

 

 

 

 

 

「ありえない! あの艦が、なぜ!?」

 

 士官の誰かが口にするが、目の前にある現実が全てだ。

 伝説のように扱われ、すでに解体されたと噂された艦が、まるで甦った神話の獣のように、蒼い海を割ってその姿を顕したのだ。

 ロロにとって、このとき最も問題なのは、位置関係である。

 連合軍艦隊はオーブ沖に展開し、敵国の退路を断つつもりでこれを取り囲んでいるが、まさか外洋から現れた敵に、背後を突かれる形になるというのは想定外だったのだ。

 

「こうなっては仕方がない、〝ザムザザー〟を迎撃に向かわせろ!」

「え……っ!」

 

 云っている場合ではない。既に〝ウィンダム〟や〝ダガー〟などのモビルスーツ隊は出払っており、今から呼び戻すよりも、その方が早い。

 何より、敵はあの〝アークエンジェル〟! ──用心するに越したことはないではないか? 先の大戦でも、連合はそれらの活躍によって痛手を負ったのだから。

 

「〝アークエンジェル〟より、モビルスーツの発進を確認!」

 

 管制官が声を上げ、ロロもそちらを見遣る。

 右舷と左舷、それぞれにハッチが押し開き、その中からモビルスーツが飛び上がるのを認める。

 

「〝アリアドネ〟──! それに、〝クレイドル〟だと……!?」

 

 二機共に似た、白い四肢を持ったモビルスーツ。

 まるで呼吸を合わせるように、一緒に飛び立った一対の女神達は、見ようによっては姉妹であるかのよう。いや、それも比喩としては妥当なのだろう。もとより〝アリアドネ〟は、先代に当たる〝クレイドル〟の後継機でもあるのだから。

 だからこそ、真なる意味において、現れた白銀の〝それら〟は、最早姉妹といっても過言ではなかったのだ。

 

「まさか、あの連中なのか……!?」

 

 空母〝タケミカヅチ〟の艦橋から様子を捉えていたトダカが、思わず感嘆していた。オーブ陣営にとっても、それらは想定外の出来事だ。

 けれども、心情としては、大いに歓迎していたに違いなかった。

 トダカ達にとって〝クレイドル〟は、まさしく『オーブの護神』と呼ぶべきモビルスーツだ。先の大戦において、この国を救うために舞い降りた自由の戦士であり、今は亡きウズミが蒔いたという未来への萌芽──彼がその理想の未来を託した、英雄の内の一人に他ならないのだから。

 

「くッ、ミサイル斉射だ! 今度こそ、あの忌々しい白い悪魔を叩き落とせェ!」

 

 血走ったロロの命により、事態に焦った連合軍艦隊から、突発的にミサイル攻撃が行われた。

 空をも覆う噴弾の雨が〝アークエンジェル〟に迫ろうというそのときに、艦前方へと躍り出た〝クレイドル〟が、難なくこれらをロックしていた。

 〝クレイドル〟に搭載されている、マルチロックオンシステム──その全てを動員し、あらゆる火器が次の瞬間に火を噴いた。〝リンクス〟ビームライフル、〝エンドラム・アルマドーラ〟ビームキャノン、そして〝リノセロス〟レールキャノン──全てを合わせた六つの火線がミサイルの悉くを叩き落とし、爆発の閃光が上空を薙ぎ払う。蒼い海に朱い光を反射させるには充分で、地球軍の攻撃は、一瞬にして全て無力化されたのだ。

 

「──ああ……っ」

 

 その鮮やかすぎる手前を目撃し、トダカでさえも確信したという。

 ──間違いない、パイロットもまた『彼女』だ……!

 まるで熟達の操縦士のように、かの機体を手足のように操ってみせる、その技量──!

 

 ──戻ってきた! 今度こそ『伝説』が、我々の前に……!

 

 先の大戦でも、この国を護るために舞い降りた白銀の天使──翅翼を広げた神々しいまでのその威容は、まさしく守護天使と形容するに相応しい。

 ──あの輝きは、まだ失われていなかった!

 このとき、オーブの者共が素直に歓喜して声を挙げるには、それは充分すぎる理由だったのだ。先の〝黄金〟に見せた反応とは、対照に。

 

 

 

 

 

 

 ────そう……対称に。

 伝説の再現であるかのような〝白銀〟の参入。これにより、オーブに仕えるほぼ全ての人間が、歓喜と尊崇の念を抱いて、大いに打ち震えたという。

 ────たった一人を、除いては。

 

「あいつ、は……っ」

 

 雷が止まる。

 黄金が輝きを失う。

 シンの胸を、冷たい刃が斬り裂いた。

 見ている景色が、赤黒く軋んだのだ。

 

「────ッ!?」

 

 激情に揺れる視界の中、白銀の天使は、ただ静かに光っていた。救いの象徴として。

 どこか俗世離れした、異様な気高さを宿した姿だった。

 黒煙と爆発が吹き荒れる戦場に、そこだけ天界の造形を無理やり落とし込んだような。

 ──何もかも、あの頃のままだ。

 あの頃──?

 前の戦争で、シンの前から、植えられていた花が吹き飛ばされた、あの時と。

 シンの前から、大切な三人の命の灯が消えた、あの時と──?

 

「──ハ……ッ!」

 

 喉が灼ける。鼓動が壊れたように脈打つと、あの日の地獄が蘇る。

 ──燃え上がる街、砕け散る花……。

 ──母の怯えた表情、それを励ます、懸命な父の声……!

 ──そして、まだ幼かった妹の、細い指先の震えた感触……。

 その全てが、まるで昨日のことであるかのように、克明に思い出せてしまう。

 

 ──そなたは〝力〟を以て、いったい何を為したかった?

 

 そんなとき、ミナの問いかけが頭に響いた。

 

 ──そなたが〝力〟を欲した理由。その原初の思いは、果たして何処にある?

 

 力が欲しかった。

 誰にも負けないように、誰にも奪わせないように。

 いつの日か、この胸に秘めた本懐を遂げるために。

 

(ああ、そうだよ……! 答えなんて、最初から決まってたんだ……っ)

 

 あの頃の自分が持っていなかったもの。

 願っても、泣いても、どれだけ叫んでも──届かなかったもの。

 それは愛する家族を奪った者から、今度は奪い返すための力だった。

 

「オレは妹の──マユの仇を討ってやりたかったんだ……ッ!」

 

 今のオレには有るんじゃないのか? それを為すための、強大な力が。

 ──仇討ち。もう死んでしまった家族への、それが最大の弔いになるのなら!

 ──オレは、あの死の天使を高みから引きずり下ろす、夜叉にだって成ってなる!

 喪失の痛み、悲しみ、後悔──それら全てが、仇への憎しみに収束する。怨念に取り付かれた鬼武者であるかのように、血色の瞳は光の輝きを失ってゆく。

 

「ようやく──」

 

 ──原初の想いは、復讐だ。

 ──憎しみだって、生きる力だ。

 

 

 

ようやく見つけたぞ(・・・・・・・・・)、〝クレイドル(・・・・・)〟──ッ!」

 

 

 

 かつて少年は力を望み、この地に哭いた。

 そして今、少年にはおぞましい程の力があった。

 

 黄金の悪鬼羅刹が、目を醒ます。

 

 地獄の景色が、少年の魂を霊障に突き落とす。

 ────シンの中で、なにかが弾けた。

 彼はもう、あの時の無力な子どもではなかった。

 

 

 





【新型強化人間、ニューロード】
 原作のブーステッドマンより「脳の処理速度と機体同期」を極端に強化しているイメージのオリジナル設定です。フルフェイス式のマスクを通して疑似的にMSと量子神経接続を行っているため、照準計測や運動速度が並ではないという設定をやりたかったのですが、カラミティが真っ先に乙ったように。完成度としてはイマイチで諸刃の剣です。名前は「量子」を意味するニューロから取ってます。

【ORB-01E〝イカヅチ〟】
 『影に沈んだ黄金の意志』で登場したハバキリストライカーを装備させたアカツキの別称で、サハク家による数々のマイナーチェンジが施された機体。そのため、別に正式名称ってわけでもなく、名前自体は呼ぶ人の「好み」で分かれます。
 詳細については次話投稿時に追記予定ですが、アカツキに備わっていた防御スキル(ヤタノカガミなど)を全部攻撃力に転換してツリーに突っ込んだような機体をイメージしています。この小説では暫定的にシンに与えられた専用機という扱いになっています。
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