銀行はどうやって『無』からお金を作り出すのか?「円の支配者」の著者リチャード・ヴェルナーが語る
対談:リチャード・ヴェルナー(サウサンプトン大学教授・書籍「円の支配者」の著者) タッカー・カールソン
— Alzhacker (@Alzhacker) July 29, 2025
〜1980年代日本バブル、アメリカが仕掛けた経済破壊工作の全貌
「銀行は何もないところから貨幣を創造している。これは魔法のように見えるが、 実際に起こっていることだ」 ヴェルナー教授… https://t.co/w2Ge9Hqr1K
お金の仕組みを180度変える2時間のインタビュー
タッカー・カールソンの番組に出演したリチャード・ヴェルナー(Richard Werner)教授の話を聞いて、私の経済観が根底から覆された。これまで当たり前だと思っていたお金の仕組みが、実は巧妙に隠された別の現実だったとは。
ヴェルナー教授は、日本のバブル崩壊を的確に予測し、2001年に日本で出版された著書『円の支配者』がハリー・ポッターを抜いてベストセラー1位になった経済学者だ。しかし、その内容があまりにも既存の経済学を覆すものだったため、英語版の出版は執拗に妨害され、CIAから「監視している」と警告まで受けたという。
銀行は「無」からお金を生み出している——実証された衝撃の事実
「銀行がお金を創造している」——この言葉を聞いて、多くの人は首をかしげるだろう。私たちは政府や中央銀行だけがお金を発行できると教えられてきた。しかしヴェルナー教授は、これが100年以上にわたって隠されてきた最大の経済的秘密だと指摘する。
教授が行った画期的な実証研究では、実際に銀行で融資を受ける過程を詳細に記録し、BBCのカメラも同行した。その結果、判明したのは次のような事実だった:
銀行は他の預金者のお金を貸し出しているわけではない
銀行は中央銀行の準備金を使って融資しているわけでもない
銀行は融資の瞬間に、借り手の口座に数字を書き込むだけで新しいお金を創造している
「つまり、あなたが住宅ローンを組んだとき、銀行は既存のお金を移動させているのではなく、全く新しい購買力を経済に追加しているのです」とヴェルナー教授は説明する。
なぜ経済学の教科書には「銀行」が登場しないのか
驚くべきことに、主流の経済学モデルには銀行が存在しない。2008年の金融危機でリーマン・ブラザーズが破綻し、世界中がパニックに陥ったとき、記者たちがMITの経済学教授に説明を求めても、彼らは本来なら「申し訳ないが、私たちのモデルには銀行が含まれていないので答えられない」と言うべきだった。
なぜこんなことが起きているのか。ヴェルナー教授によれば、経済学は意図的に銀行の本質を隠すように構築されてきた。主流派経済学では、銀行は単なる「仲介者」として扱われ、預金を集めて貸し出すだけの存在とされている。しかし現実には、銀行こそが経済の中で最も強力な存在なのだ。
金利神話の崩壊——「金利を下げれば景気が良くなる」は嘘だった
「金利を下げれば経済が活性化し、金利を上げれば経済が冷え込む」——これは経済ニュースで毎日のように語られる「常識」だ。しかしヴェルナー教授が行った実証研究によれば、この関係は完全に逆だった。
実際のデータが示すのは:
経済成長が高いときに金利が上がる
経済成長が低いときに金利が下がる
因果関係は「成長→金利」であって、「金利→成長」ではない
「過去50年間で、金利が経済を動かすという主張は何千回、何万回と繰り返されてきました。しかし、これを実証的に証明した研究は一つも存在しません」と教授は断言する。
日本の「失われた30年」は意図的に作られた
1990年代初頭、ヴェルナー教授は日本の銀行が破綻し、日本経済が大恐慌以来最大の不況に突入すると予測した。当時、世界の銀行トップ20のうち日本の銀行が占めていた時代に、この予測は狂気の沙汰と思われた。
しかし教授の分析によれば、日本銀行は意図的にバブルを作り出し、そして崩壊させた。その目的は、あまりにも成功しすぎた日本経済システムを破壊することだった。
「1980年代、日本の銀行は不動産購入のために大量の信用を創造しました。これは新しいお金を不動産市場に注ぎ込むことを意味します。当然、不動産価格は高騰します。そして銀行が信用創造を止めた瞬間、価格は崩壊し、銀行システム全体が破綻するのです」
中国の奇跡——鄧小平が日本から学んだ「成長の秘密」
1978年、中国の鄧小平は日本を訪問し、高度経済成長の秘密を尋ねた。当時の中国には銀行が1つ(中国人民銀行)しかなかった。日本の銀行家たちは彼に何を教えたのか。
「彼らは言ったでしょう。『1つの銀行で5億人の経済を管理できると思いますか?何千もの小さな地方銀行が必要です』と」
鄧小平は中国に戻ると、即座に数千の地方銀行、村落銀行、信用組合を設立した。その結果、中国は40年間にわたって年率10%以上の経済成長を達成し、4年半ごとに国民所得を倍増させた。
アメリカで進行する「中流階級の破壊」
現在、アメリカでは小規模銀行の統廃合が急速に進んでいる。ヴェルナー教授の研究によれば、小規模銀行は小規模企業に融資し、大規模銀行は大規模企業にしか融資しない。そして雇用の65-70%は中小企業が生み出している。
「1969年には、グランドラピッズやデモインといった地方都市にも富が分散していました。しかし銀行の集中化が進むにつれ、富は大都市に集中し、地方は衰退していきます」
これは偶然ではない。中央銀行は意図的に小規模銀行を潰し、銀行システムを集中化させている。その究極の目標は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の導入だ。
CBDCがもたらす全体主義的未来
CBDCは単なるデジタル通貨ではない。それは中央銀行が国民一人一人の口座を直接管理し、すべての取引を監視・制御できるシステムだ。
「これはもはやお金ではありません。使用許可を申請しなければならない『潜在的なお金』です。炭素使用量を超過したら使えない、15分都市の外では使えない、政府を批判したら凍結される——そんな世界が現実になろうとしています」
戦争と中央銀行——第一次世界大戦の衝撃的真実
イングランド銀行の設立文書には、その目的が「戦争を遂行するため」と明記されている。連邦準備制度も1913年12月23日、議員の大半がクリスマス休暇で不在の中、秘密裏に設立された。そして翌1914年、第一次世界大戦が勃発する。
さらに驚くべきことに、戦時中のドイツ中央銀行の実質的支配者はマックス・ヴァールブルク(Max Warburg)、アメリカ連邦準備制度の創設者の一人はその弟のポール・ヴァールブルク(Paul Warburg)だった。
「兄弟が敵対する両国の中央銀行を支配し、兵士たちは塹壕で殺し合っていた。これが現実です」
私たちにできること——地方分権型銀行システムの構築
絶望的な話ばかりではない。ヴェルナー教授は、各州が独自の州立銀行を設立し、地域の小規模銀行を支援することで、中央集権的な支配から脱却できると提案する。実際、ノースダコタ州は州立銀行を持ち、地域経済の安定に成功している。
「私たちは豊かさと繁栄を手にすることができます。必要なのは、銀行の信用創造が生産的な事業投資に向けられることです。多くの小規模な地方銀行があれば、それは可能なのです」
日本の「第三の道」という可能性
歴史を振り返ると、日本は何度も西洋の圧力に直面し、そのたびに独自の解決策を見出してきた。黒船来航後の明治維新、敗戦後の高度経済成長、そして今、第三の転換点に立っている。
ヴェルナー教授が明らかにしたように、日本の「失われた30年」は偶然ではなく、意図的に仕組まれた経済破壊工作だった。しかし、皮肉なことに、この30年の停滞が日本に独特の強みをもたらした。アメリカ型の極端な金融資本主義にも、中国型の国家統制経済にも完全には染まらなかったのだ。
江戸時代の日本には、「頼母子講」や「無尽」といった相互扶助型の金融システムが存在した。これらは近代化の過程で「遅れたもの」として否定されたが、実は極めて洗練された分散型金融システムだった。参加者全員が出資者であり借り手でもあるこのシステムには、現代のP2P金融や相互信用システムの原型を見ることができる。
今、世界中でCBDCという名の金融全体主義が押し寄せる中、日本には第三の道を示すチャンスがある。それは、西洋近代の個人主義でも、中国の集団主義でもない、相互依存と自律性を両立させる新しい金融システムだ。
例えば、ある地方都市で始まった取り組みがある。地元の信用組合が中心となり、地域通貨と連動した新しい融資システムを実験的に導入した。大手銀行が見向きもしない小規模事業者に、地域の将来価値を担保にした融資を行う。返済は必ずしも日本円である必要はなく、地域への貢献度で一部を相殺できる。
ただし、これは明治維新や戦後復興のような上からの改革では実現できない。必要なのは、草の根からの静かな革命だ。地域ごとに、コミュニティごとに、それぞれの実情に合った相互扶助システムを作り上げていく。そこには統一された設計図はない。多様性こそが最大の強みとなる。
日本人の多くは、まだこの可能性に気づいていない。しかし、一度気づけば、その実現は案外早いかもしれない。なぜなら、相互扶助の精神は、失われたわけではなく、まだ日本社会の深層に眠っているからだ。
危機を待つのか備えるのか?
東日本大震災という未曾有の災害が起きたとき、私たちは忘れていた何かを思い出した。避難所で自然に生まれた助け合い、物資を分け合う心、見知らぬ人同士が肩を寄せ合う姿——それは教科書で学んだものではなく、日本人の魂の奥底に眠っていた相互扶助の精神そのものだった。
しかし、この精神を呼び起こすために、毎回巨大な災害を待つ必要があるのだろうか。答えは否である。むしろ私たちに必要なのは、危機を待つのではなく、日常の中で小さな相互扶助を実践することかもしれない。近所の高齢者への声かけ、地域の祭りへの参加、困っている人への手助け——これらの何気ない行為が、実は最も強固な社会基盤を作る。
とはいえ、歴史を振り返ると、大きな変革には確かに「良い危機」が必要だったことも事実である。明治維新然り、戦後復興然り。では、来るべき金融システムの大転換期において、「良い危機」とは何だろうか。それは、現在の中央集権的システムが限界を迎え、人々が代替案を真剣に求めるような状況かもしれない。
つまり危機があろうとなかろうと、やることは同じだ。地域のネットワークを強化し、相互扶助の仕組みを実験し、新しい価値交換システムについて学んでおく。危機が訪れた時に、私たちがどれだけ準備できているかが「良い危機」へと変貌させる鍵になるだろう。
あなたは、自分の地域で何から始めるだろうか。そして、来るべき変革の時代に、どのような社会を次世代に残したいと考えているだろうか。
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コメント
1良い要約ありがとうございます。これを広めてください。ヴェルマーさんに会って話を聞いたのはもう30年以上前ですが、相変わらずぶれない人ですね。