大メディアのあり方も問われている(時事通信フォト)
朝日新聞が、高市早苗首相の答弁報道について、”しれっと修正”したのではないかと疑惑が浮上している。
発端は11月7日の衆院予算委員会における高市早苗・首相の答弁を報じた当日付の記事だった。立憲民主党の岡田克也氏の質問に「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と答えた高市発言について、朝日は同日午後4時前、デジタル版で〈高市首相、台湾有事「存立危機事態になりうる」 認定なら武力行使も〉との見出しを付け配信。同記事は〈高市氏の答弁は、台湾有事の際に状況によっては自衛隊が米軍とともに武力行使に踏み切る可能性を示したものだ〉と書く。ところが同日午後10時前、朝日は記事の見出しを〈高市首相、台湾有事「存立危機事態になりうる」 武力攻撃の発生時〉と、後段を“しれっと”入れ替えていたのだ。
この修正について11月21日、朝日新聞の公式Xアカウントは、〈時間の前後関係からもご理解いただけると思いますが、批判を受けて見出しを修正したものではありません〉と投稿。あくまでも誤った見出しではなかったと主張し。訂正記事は出ていない。
日中の対立を招いた「高市答弁」だが、大新聞の報じ方にも疑問の声が噴出している。【前後編の後編。前編から読む】
1985年の靖国参拝報道
朝日は“しれっと修正”を否定するが、そうした疑いが浮上するのは、過去に朝日が中国を慮った“ご注進報道”で外交問題に発展したケースがあったからだろう。北京特派員などを務めた元朝日新聞編集委員の峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所上席研究員兼中国研究センター長)はこう指摘する。
「なかでも一番目立つのは靖国参拝報道でしょう。首相や閣僚が就任する際、会見でわざわざ全員に尋ねるようなことをしています」
総理大臣として初めて「公式参拝」した中曽根康弘・首相(当時)が1985年の終戦記念日(8月15日)に閣僚らと参拝すると、朝日は反対キャンペーンを展開。翌月には北京で反日・反中曽根デモが起き、中国外務省は「中国人民の気持ちを深く傷つけた」と非難声明を出した。
「それ以前にも南京事件を『大虐殺』としてクローズアップした記者の本多勝一氏の存在などがありました」(峯村氏)
そのルーツとも言えるのが、1966年から1976年まで続いた「文化大革命」への対応だという。
「毛沢東が仕掛けた中国共産党内の権力闘争に端を発する革命の嵐が全土を覆うなか、体制に批判的な外国メディアは次々に国外退去となりました。そうしたなかで、最後まで北京に残ったのが朝日新聞。当時の社長は『中国共産党に批判的なことは書かず、我が社だけでも踏みとどまって歴史の証人となれ』と指示したと伝わっています」(同前)