2025-11-28

美容師に下心を持ってしま

美容院が怖い。入った瞬間にカラカラと鳴るドアベルの音で、冷や汗が背中を駆け降りる。

名前を聞かれて、答える声は上擦るし、「ロッカー荷物を預けてください」と渡された鍵をさす向きは間違える。

そして荷物をもたつきながら入れる時点で心拍数マックスであり、椅子に案内されるとき、もちろん店員の目など見ることができない。

しかし9ヶ月も髪を切らないと、どうセットしてもボケみたいな仕上がりになるため、美容院に来た。

そこは道の角に静かに佇んでおり、割とこじんまりと構えている。しかし街の中心地なのでそれなりに洗練された空気を纏っており唾を飲み込んだ。

深く落ち着いた緑色の取っ手は、幾分か自分の緊張ゲージを下げた。心の中で「グゥ!」と気合を入れながら右手を引く。

想定していたドアベル存在せず、なんの音も鳴らない。しかしこれだと来店に気づかれず黙って立ち尽くす恥ずかしいやつになるかもしれない。

一瞬で駆け巡る被害妄想は、女性客の髪をアイロンで巻いている一人の店員によって打ち消される。

「いらっしゃいませ」

静かで優しそうな声だ。店内、奥にもうひとりいるくらいで人数が少ないため視線も集中しない。安堵していると、ロッカー荷物を預けてくださいと言われる。

ポシェットを外し、コートを脱いで中に入れる。

「そこの椅子に座って待っていてください」

はい

「服、おしゃれですね」

「あ、あ、ありがとうございますあはは...」

何もおもしろくないのになんで笑ったのか自分でもわからない。

そして題名リップサービスと書いたがこれはただの「こんにちはである。もはやリップサービス未満だ。

しかし、都会的なスパイキーショートに、太い黒縁眼鏡の素敵な男性に褒められ、私は心の底からキドキしてしまった。

そして心底ドギマギした自分にかなり引いた。

そして何よりも一番怖かったのは「彼女いるのかな」という思考に瞬時に繋がったところだ。

「服おしゃれですね」の一言だけで恋に落ちかける化け物が爆誕した瞬間である

カウンセリングシートに、来店のきっかけや、髪の状態記載しながら自分人生を振り返る。

多分、自分がこんなにも気持ち悪く育った理由は、恋愛要素のあるゲーム現実混同しているところにある。

正確に言えば、牧場経営しながら、村の住民恋愛できるゲームだ。そのゲームでは、毎日好きな異性に話しかけ、好きなものを貢げば、親密度が上がり、恋人になれるし、結婚もできる。

そのゲームを一時期やりこんでいたとき現実の異性も同じような対象として見ていた。好きなものをあげる、というようなことはしないが、話しかければ話しかけるほどきっと好きになってくれるとどこかで本気で思っていたし、なにより怖いのは、どんな異性もある程度好みであれば「恋愛対象」の枠に入れてしまうことだった。

人は人を簡単恋愛対象に入れてはいけないと思う。あなたのことをそういう目で見ています、と開示することは必ずしも素敵なことではない。

しろ両思いでない相手好意を向けて近づくことは暴力的なんじゃないかとさえ思う。

話が逸れたので戻すが、カウンセリングシートを記入し終えて、鏡の前に座らされ、待っていると指名した美容師が登場した。

ところどころメッシュが入っているフェザーショートでこの人もまたおしゃれだった。ここで、彼を指名した理由の一つに、「かっこいい」が含まれていることを思い出して激しく恥ずかしい。

美容院ホストクラブではない。もちろんインスタで入念に調べ、載せている髪型センスがどれもよかったため選んだのだが、プラスで彼自身をかっこいいと思ったのも事実だった。かっこいいから、で美容師指名することは罪なのだろうか?小さじ一杯ほどの下心がバレなければセーフだろうか?

彼はテンポよく、丁寧に、どんな髪型にしたいか聞いてくれた。

大体イメージが固まり、髪にはさみを入れていく。

自分キモポイントその2だが、どうも手に目が吸い寄せられる。人間の一番好きな部位が手、というか長くて綺麗な指であり、美容師はなぜか美しい手の持ち主が多かった。

彼も例外ではなく、自分の髪に触れているその指が、はさみの二つの円に通された2本の指が、洗練された手つきがどうにも魅惑的に映ってしまい、自分欲求不満具合に辟易とする。

自分ニートであり、新卒で入った会社を早々にやめてから半年以上引きこもっており家族以外の異性と全く接触していない。そのためか久しぶりに異性と同じ空間存在するのは、刺激が強かった。美容師にドキドキするとか”終わり”すぎている。

髪をひととおり切り終え、別の人にシャンプーしてもらい戻る。頭を洗ってもらうとき重力に逆らわず、だらんとしていたほうがいい、と聞いたことがあるのでそのようにした。

マッサージまでしてもらった。五千円以上出すとマッサージしてもらえることが多いのはそういうルールなんだろうか。

最後アイロンしてもらい、ちょっとヘアオイル営業もかけられつつセットが終わった。

似合ってますか?と褒め言葉カツアゲをしたら、「可愛いですよ」と言ってくれた。

終始丁寧な接客をしてくれた。街まで行かずに、近くの田舎美容院に行ったときは、最初からタメ口全開で要望通りに切ってもらえず勝手アレンジされ、田舎イキリダヤンキーにされた酷い思い出がある。

やはり髪は街で切ってもらったほうが、そして五千円くらいは出したほうが良い。

そしてやはり、この髪を切ってくれる美容師の彼は恋をしたらどうなるんだろう?とか考えてしまった。もうオワコンである

どうかこの気持ち悪い下心が滲み出していませんように。

この気持ち悪い思考から抜け出すにはどうしたらいいんだろうか。オワコンかもしれない。

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