たった1枚のスライドで数億円の案件が決まる、アクセンチュアで学んだ「大きな絵」の描き方
僕は新卒から5年間、アクセンチュアにいました。
当時学んだことはいろいろありますが、なかでも印象に残っているのが「提案の作り方」です。とくにマネージャーになってからは、自分で案件を受注しなければいけない機会も増え、
「どうすれば大企業の役員相手に、伝わる提案ができるのか?」
「どうすれば、もっと大きな案件が取れるのか?」
と考えるようになりました。
アクセンチュアは「スライドに命をかけている」といってもいいほどこだわっている会社でした。実際、たった1枚のスライドがお客さんに響いて、数億円規模の案件が決まってしまうこともありました。
当時学んだ提案のノウハウは、今でもすごく活きています。
今回はそんな「いいスライド、いい提案の作り方」について書いてみます。
なぜアクセンチュアは美しいスライドを作るのか?
そもそも「今更スライド?」と思う人もいるかもしれません。「スライドなんて、AIで作れるじゃん」と。
それでもアクセンチュアでは、美しい(これは審美面だけでなく、ロジックの美しさも含まれます)スライドを書くことに命を懸けていました。
それは、スライドを「お客さんとのコミュニケーション」だと捉えていたからだと思います。
コンサルが作った提案書は、多くの場合、担当者が上司や役員に対して施策を説明するときに使われます。
そのときに、どんな資料だったらうれしいでしょうか? AIで適当に作ったようなスライドよりも、誰が見ても「いい提案だ」とわかる美しいスライドのほうが、自信を持って説明できるはずです。
スライドの美しさは、相手への「思いやり」なのだと思います。
効率化は大切ですが、お客さんとのコミュニケーションには効率を持ち込むべきではありません。
もちろん、AIでスライドを作ることを否定はしません。AIを使うとしても「こういうふうに伝えたらわかりやすいだろうな」という意図がしっかりと反映されていることが重要です。
大企業への提案は「スライド1枚」にまとめよ
では、美しいスライドとはどのようなものでしょうか?
アクセンチュア時代、上司に口酸っぱく言われたのは「キースライドを作れ」ということでした。
特に、大企業のトップに対して提案をするとき。彼らはつねに時間に追われているので、情報量の多い提案をしても忘れられてしまうのだ、と。
ギリギリ覚えてもらえる上限は「1枚のスライドと、3つのキーワード」まで。
だからどんなに伝えたいことがあっても、考え抜いてなんとか3つに絞っていました。
もちろん詳細は後ろのスライドに書くのですが、提案ではキースライドだけをじっくり説明し、とにかくその1枚を覚えて帰ってもらうのです。
キースライドの基本フレームワーク
アクセンチュアでは、スライドのレイアウトは⼤体20パターンくらいに集約されていると⾔われていました。
ただ、全部覚えてもほとんど使わないので、キースライドを作る際に私が最も多⽤している型を紹介します。
これがキースライドの基本の型です。全体のコンセプトを示す絵と、3つのキーワードを1枚にまとめます。
具体的な内容を書いてみると、以下のようになります。
口頭での説明だけだと、その場にいるすべての人にきちんと伝わるとは限りません。そのためキースライドは時に、視覚的にわかりやすく、目で覚えてもらえるように意識しています。
基本の型は「Why→What→How」
提案全体の論理構成は「Why→What→How」の順で書くのが基本です。
どうしてやらなきゃいけないのか。何をやるのか。実際どうやってやるか。これは例外なく、この順番で書いたほうがいいと言われてます。
提案資料は、ものによりますが最大でも30枚くらい。提案の時間は、質疑も込みで1時間ほどしかもらえないので、30分ぐらいに収めます。
Why、What、Howの中身も少しだけ話します。
Whyには「Why you?」「Why now?」という2つの要素があります。なぜあなたの会社でやるのか。なぜ「今」これをやらなきゃいけないか。そういう話を書きます。
「これをやらなきゃいけない理由」だけでは不十分なんですね。「なぜ3年後ではなく、今やらなきゃいけないのか」を伝える。
伝え方にも2つあって、ひとつはホラーストーリーという「これをやらないとこんな大変なことになっちゃうよ」という伝え方。もしくは「他の会社もみんなやってるよ」「遅れてるよ」というアプローチです。
「What」では、まず抽象度の高い大きな話をして、そのあとで具体を伝えます。
Whatの1枚目のスライドを、先述の「キースライド」にすることが多いです。1枚のスライドに、磨き上げた3つのキーワードを詰め込む。次のスライドで、その3つについて「具体的にはこうで、こうで……」という話をしていきます。
ここまで伝えたうえで、施策を進めるためのスケジュールや体制といった「How」の話をします。
聞き終わった頃にはもうすべての疑問が解消されて、やらない理由がなくなっている……という構造です。
Howの話ばかりしてはいけない
ちなみに、よくやりがちな失敗が、Howの説明に終始してしまうこと。
「自社のツールを使って課題を解こう」「自分の得意な技術分野を活かして提案しよう」と思っていると、ついHowが強くなりがちなんですよね。
僕もこれは何度かやってしまったことがあり、気をつけています。
しかし、クライアントが知りたいのは「Why」や「What」の話です。そもそもなぜやるのか? そもそもこの施策でいいのか? そこをきちんとすり合わせてからでないと、Howの話は上滑ってしまいます。
「大きな絵を描け」
ここまではスライドの「伝わりやすさ」の話をしてきました。
ただ、これだけではまだ「数億円単位の大きなプロジェクト」を受注できるとは限りません。
アクセンチュアでマネージャーをしていたとき、僕はずっと500万〜1000万ほどの、コンサルとしては小さめの案件ばかり受注している時期がありました。
それを見かねた上司から言われたのが「大きな絵を描け」ということです。
「小さい提案をして、小っちゃいことをいっぱいやったところで、変革は起きない」「そうじゃなくて、大きい絵を描け」「そのほうが案件も広がるし、本質的な変革を起こせる」と。
その後、このアドバイスを思い出して提案をしました。すると、DX案件としてはかなり大きい、年間で数億円規模のプロジェクトを受注することができたのです。
お客さんの要望をそのまま聞いてはいけない
「大きな絵を描く」とはどういうことか?
実際に僕が経験した案件を例にとって話します。
アクセンチュアにいた時、僕はある大型ECサイトの案件を担当していました。
ある日、担当者の方から「EC会員のなかで、優良顧客になりやすい人を分析してほしい」という依頼をされたんです。
この課題をそのまま解くと「こういう属性の人は、こういう動きをしやすいです」みたいな分析結果を納品して、終わりになります。
しかし、それだけではちょっと微妙だなと思いました。
お客さんが本当にやりたいことは「優良会員の特徴を知ること」ではなく、「顧客エンゲージメントを高め、ECの売上を伸ばすこと」のはずです。
であれば、分析をしたうえで、打ち手まで実行したほうがいい。
そこで、もう少し視点を広げた提案をしてみることにしました。
制約を取り払って、大きな絵を描く
顧客エンゲージメントを高め、ECの売上を伸ばす。
では、そのためにやるべきことは何か?
これを、すべての制約を取り払って考えました。「今のリソースでできるのか?」「それって自分の業務範囲なのか?」みたいなことは一旦忘れて、お客さんにとってのベストを考える。
大きな絵を描くうえで、一番重要なのはこの思考だと思います。
誰とやるか? どうやってやるか? そういったHowの話は、あとから考える。大きな絵を描いたあとで、それができる人をプロジェクトに巻き込んでいく……という順番なのです。
データを軸にした、ECの大規模リニューアルに
ECの売上を伸ばすには、次のような取り組みが必要でした。
データ分析によって「優良会員が増えるメカニズム」を解明する
その結果に応じて、レコメンドエンジンのアルゴリズムを変える
サイト上のユーザー体験で、離脱されやすいところや、ボトルネックになっている箇所を改修する
つまりデータ分析だけではなく、それを受けてシステム開発からデザインまでやったほうがいい。データを起点にして、よりよいプロダクト開発や、UI・UXの設計まで、一気通貫でやれる体制を作れたらいいんじゃないか。
この構想をキースライドとしてまとめ、役員もいる場で提案をしました。
すると役員の方が「だったら、ちょうどECサイトのリニューアルを考えてたから、このやり方でやってみようか」と言ってくれたんです。その後、役員の方と一緒に経営層にも提案して、正式に取り組みが決まりました。
最初の依頼は、小規模なデータ分析案件でした。
それが結果的に、システムや組織まで巻き込んだ、大規模な改革がスタートすることになったのです。
「この人の上司はどう考えるか?」を考える
提案で最初にお話しする人は、現場の担当者であることも多いです。
現場の担当者には上司がいて、その上司にもまた上司がいます。
「優良顧客の分析をしたい」という言葉の奥には、「上の人がECの利用者を伸ばせと言っているから」といった背景があるかもしれない。もっと上の執行役員の人は、「そもそもECサイトの仕組みが古くなっているから、全面的に見直したい」と思っているかもしれません。
大切なのは、各レイヤーの人が、何を思っているかを想像しながら提案することです。
提案を作るときに、メッセージを伝える人のレイヤーを、仮想的に上げていく。「この人はこう言ってるけど、その人の上司はどう考えるかな?」と。そうすると自然に目線が上がっていきます。
多くの会社は、現場の人が言っている課題に対してのソリューションを提示して、それで終わりです。
でもいちばん大事なのは「この人たちとやれば、自分たちが描きたい世界に近づけるな」「自分たちの事業成長に繋がるな」というイメージが、お客さんのなかに湧くことです。
そのイメージを可視化したのが、大きな絵。いわゆるグランドデザインなのです。
コンサルの仕事は、クライアントの視座を上げること
絵を大きくすれば、そのぶん、費用も上がります。
もちろん、お客さんもすぐに「OKです」とはなりません。まずは小さくスタートして、信頼を獲得してから大きくしていくことが多いです。
でも、最初から「あくまで大きな絵の中の、この部分です」という話をしておかないと、その先の広がりをもって提案していないように聞こえてしまいます。
コンサルタントの重要な仕事は、お客さんの視座を上げることです。
だから多くの場合、お客さんの言っている課題をそのまま解いてはいけないのです。お客さんも最初は視野が狭くなっていて、限定的な部分しか見えなくなっていることはよくあります。
そこで、より俯瞰して物事を捉えられるように手伝いをするのが、コンサルの役割のひとつだと思います。
まず理想を掲げるのが大事
大きな絵を提案したとして、100%実現できるかどうかはわかりません。
わからないことを提案するのは、心理的に抵抗がある……という人もいますよね。僕もずっとそうでした。「大きな提案をするコンサルって、なんかお客さんを騙してない?」とモヤモヤしていたんです。
でも、上司に言われた話で、腑に落ちたことがあります。
それは「コンサルで一番よくないのは、小粒な提案をいっぱいして2年3年経って、お客さんの状態が何も変わってないことだ」ということ。
新規事業は「売ってから作る」ほうがいいと言われます。コンサルもそれに近いような気がしています。まず提案を売って、ある程度の予算がつけば、実現のための人やリソースを調達できる。
だから、理想の状態をまず掲げるべきなのです。
理想状態に対して予算が出てくるのであれば、あとはこちらのエグゼキューションの問題です。「この予算でやる」と言ったのなら、一時的に赤字になったとしても頑張って人を採用する……といったことをやるべきです。
最初から小粒な提案をしていると、そもそも予算がないので、できる範囲のことしかやらなくなります。実現したところで、大したインパクトは出せません。
まず大きな絵を描き、もし予算が出てこないなら、スコープを分けてやっていく。理想を見据えたうえで、責任をもってできることを実行する。それがベストだと思います。
絵の大きさは覚悟の強さ
結局、プロジェクトを成功させるために重要なのは「誰が『全体の成果』に責任を持つか」だと思います。
大きな提案をするというのは「自分がその会社の成功に、100%責任を持ってコミットする」ということです。
その決断ができる人は、そう多くありません。
たとえば大きい絵の中の、一部分だけを実行したとします。それで結局「本当はあれも課題だったんだけど……」というところを放置すると、やっぱりうまくいきません。
事業者がばらつくのもよくないです。「ここはアクセンチュアが取ります、ここは別の会社に委託します、ここは別の会社に委託します」となると、全体としての連動がないから、うまくいかない。
何より、バラバラにやっていると「うまくいかなかったのは、あっちの施策がうまくいってないからでしょ」と、人のせいにできてしまうのです。
僕は、大きい提案をすることは「覚悟」に近いと思っています。
絵の大きさは、覚悟の大きさです。だからなるべく大きいほうがいい。覚悟をもって大きな絵を描ける人のところにしか、信頼も予算もついてこないのだと思います。
*
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。XでもコンサルティングやAIについて発信していますので、よろしければフォローもお願いします🙏



人間は理屈ではなく感情で買うということですよね。クルマも家も洋服も、食事も雰囲気もふくめての情報を食っていると言われますので・・・ とはいえコンサルは匙加減で客を丸め込んでしまえるのが怖いところで、個人としての良心をどこまでキープできるかですよね 客としても、企業内なのに権限者の…
はじめまして! 覚悟の大きさの話が刺さりました!まさしくその通りだと思います!
勉強になります!!!