憑依in実験体のアビドス生徒   作:改名

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今後もよろしくお願い致します!



目次にもあるように、絶対匿名さんから素晴らしい絵を頂きました!しかも2枚も!! 1枚目は目次に、2枚目は挿絵として貼らせて貰っています。

まさか自分の作品を絵にしてくれる人が現れるとは……! 感謝感激です。凄く嬉しいです。
本当にありがとうございました!!!


13.異変と定例会議

 

 

 

 

 

 先生と『顔無し(ノーネーム)』が滞在しているアビドス地区のホテルを、太陽の光が照らしていた。薄暗い霧のような夜空は、水色に変わりつつある。

 

 先生の部屋の中に少しだけ光が差し込む。それまで机の上の照明だけが光源だったので、眩しく感じて先生は少しだけ顔を顰めた。

 

 それでもタブレットから目を離すことはしない。ホシノに頼まれた通り、『二年前、キヴォトスで退学して行方不明になった生徒』をデータベースから探しているのだ。昨日の夜からずっと。

 

 

「もし見つかったら、私もその子のために頑張らないと……」

 

 

 画面上に並ぶ生徒一人一人の顔と、在籍状況を確認しながら、先生はホシノとのやり取りを思い返した。

 

 

『その子はさ、アビドスの子じゃないんだよね』

 

『なのに私達のために行動してくれてさ〜。そんな子が突然姿を見せなくなったわけ』

 

『心配で探したいけど、おじさんの力じゃ限界があるからねぇ。だから先生に、手を貸してほしいんだ』

 

 

 頼られたからには、大人として全力で応える。今のところ、それらしい人物は見つけられていないが、全ての生徒を見たわけではない。

 諦めるのは早いだろう。先生はそう自分を奮い立たせた。

 

 

「……その筈だったんだけど」

 

 

 いつの間にかベッドの上で仰向けになっていた自分に、苦笑する先生。どうやら眠っていたようだ。

 先生には机から移動した記憶もないし、する気もなかった。となると、これは他者によるものだ。

 

 自室のスペアキーを持っていて、眠る自分を気遣い、起こさないでくれる者は一人しかいない。先生はその者がいるであろう方向に視線を移す。

 

 

「やっぱり」

 

 

 そこには『顔無し』がいた。仮面を外し、壁に寄りかかる状態で目を閉じている。

 呼吸の仕方から寝ていることは分かるが、壁に寄りかかっているとはいえ、立ったまま寝て疲れが癒えるものなのか。

 そう思い、先生は『顔無し』を自分のベッドで寝かそうとした。

 

 

「うんっ……おお、結構くる。流石は男の子」

 

 身体に感じる固さと重さが、年下とはいえ彼が異性なのだと教えてくれる。

 少しの気恥ずかしさを抱きながら、抱き締めるようにして、一歩一歩後退していく。

 

 

「あ」

 

 

 だが、あと少しのところで足を滑らし、『顔無し』に押し倒される形で先生は倒れた。

 その時、ゴチンッと鈍い音がしたかと思うと、先生の顔に生暖かい液体が垂れる。

 

 『顔無し』の鼻から出血が起こっていた。さっきぶつけた拍子に、血管が切れてしまったのだろう。

 

 

「た、大変……! 鼻血がっ」

 

 

 先生は慌てて這いずり、ティッシュを取ると『顔無し』の鼻に押し当てる。

 

 少し経ってから外してみるも、血が止まる気配はない。

 

 なので、先生は再度ティッシュを押し当てることにした。『顔無し』の下腹部に跨ってそれをやってるので、見る位置によっては殺人の途中のようにも思える。

 

 

「んっ。んん……?」

 

 

 それを何度か繰り返した時、息苦しさを感じたのか『顔無し』が目を覚ました。

 彼がまず感じたのは下腹部の、柔らかいがしっかりとした重量感。そして目の前には、先生が口の端をヒクヒクさせながらこちらを見ている。

 

 『顔無し』はこれらの事態を総括した。

 

 

「事案?」

 

「違うからね!?」

 

「何が違うんだよ。生徒……ではないけど、大人が子供の上に跨って、鼻に何か押し当てようとしてるんだぞ」

 

 

 白けた目を向ける『顔無し』に、先生は顔を赤くして彼の上から降りる。そして弁明を始めた。

 

 

「これは、『顔無し』が壁で立って寝てたからベッドで寝させてあげようと思って、運ぶ途中に鼻血を出させちゃった挙句、止まらなかったから介抱してたんだよ!」

 

「……それ、本当か?」

 

「え? ……ああ。うん。ほら、そこのゴミ箱にあるでしょ」

 

 

 『顔無し』の様子がおかしいことに戸惑いながらも、先生はゴミ箱を指差す。

 その中には、赤い血で染まる箇所があるティッシュが何個も捨てられていた。 

 人間として当然のことだが、それは『顔無し』にとって予想外の出来事だ。

 

 

(どういうことだ……? まさか『修復しない条件』でもあるのか?)

 

 

 その心のうちは穏やかではなかった。好ましくない状況になったからである。

 つまりそれは、今まであった傷が修復される前提が崩されることになるのだ。

 

 『顔無し』はその条件が分からないまま、従来の戦いをするわけにはいかなかった。

 仮に攻撃を喰らい、それが修復しない条件に当てはまった場合、修復されず最悪死ぬ可能性が生じる。

 

 眉根に皺を寄せる『顔無し』に、先生は目尻を落とす。

 

 

「あの……ごめんね? 『顔無し』。余計なお世話だったかな……」

 

 

 『顔無し』は先生の表情を見て、頭を振った。これでは先生に怒っているようではないかと、態度を改める。

 

 

「そんなことない。世話かけたな先生……俺は大丈夫だ」

 

 

 そう言って、『顔無し』は先生の部屋に入ると同時に外した仮面を、再度付けた。そう言われれば、先生もそれ以上何も言えない。

 

 先生と『顔無し』。互いに心に靄を抱えながら、二人は今日もアビドス高等学校へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アビドス高等学校。廃校対策委員会の部室にて、ある会議が始まろうとしていた。

 

 

「……それでは、アビドス対策委員会の定例会議を始めます」

 

「本日は先生と『顔無し』さんにもお越し頂いたので、いつもより真面目な議論が出来ると思うのですが……」

 

 

 そう言って、進行を務めるアヤネは苦笑する。それは『顔無し』と先生が原因だった。

 二人とも、いつもと何か違う。『顔無し』からは張り詰めているような、先生はそんな彼を心配するような雰囲気が感じられた。

 

 

「は〜い☆」

 

「もちろん」

 

「何よ、いつもは不真面目みたいじゃない……」

 

「うへ、よろしくねー。先生と『顔無し』くん」

 

 

 ノノミ、シロコ、セリカ、ホシノは返事を返すが、先生と『顔無し』から返事はない。二人は心ここに在らずといった感じだ。

 おずおずと、アヤネは先生と『顔無し』に声を掛ける。

 

 

「あの、よろしいですか? 先生、『顔無し』さん」

 

「へっ? あ、うん! 始めていいよ!」

 

「ん……ああ。どうぞ」

 

 

 二人が答えたところで、アヤネは咳払いしてから議題に入る。

 

 

「コホン……では、早速議題に入ります。本日は私たちにとって非常に重要な問題……。『学校の負債をどう返済するか』について、具体的な方法を議論します。ご意見のある方は挙手をお願いします!」

 

 

 先生も『顔無し』も心の内を切り替える。せっかく参加しているし、議題が議題だけに、真面目に受けないのは失礼だと思った。

 

 

「はい! はい!」

 

 

 最初に大きな声と共に手と声を上げたのはセリカだった。

 

 

「はい、一年の黒見さん。お願いします」

 

「……あのさ、まず苗字で呼ぶの、やめない? ぎこちないんだけど」

 

「セ、セリカちゃん……でも、せっかくの会議だし……」

 

 

 セリカの指摘に顔を赤く染めるアヤネ。いつもの呼び方に戻っていることから、アヤネ自身も感じているようだ。

 それでも形式を守ろうとする姿勢に、真面目な子だなと先生と『顔無し』は感心した。

 

 

「いいじゃーん、おカターい感じで。それに今日は珍しく、先生も居るんだし?」

 

「ん、初めて」

 

「ですよね! なんだか委員会っぽくてイイと思いま~す☆」

 

「はぁ……ま、先輩たちがそういうなら……。とにかく対策委員会の会計担当としては、現在我が校の財政状況は破産寸前としか言いようがないわっ! このままだと廃校だよ! 皆、分かっているわよね?」

 

 

 それは周知の事実だ。この場にいる全員が頷く。

 ホシノも委員長としてか、セリカの問いに答えた。

 

 

「うん、まあねー」

 

「毎月の返済額は利息だけで788万円! 私達も頑張って稼いではいるけれど、正直利息の返済も追いつかない! これまで通り、指名手配犯を捕まえたり、苦情を解決したり、ボランティアをするだけじゃ限界があるわ! このままじゃ埒が明かないって事! 何かこう、でっかく一発狙わないと!」

 

「でっかく……って、例えば?」

 

「株でもするか?」

 

「マグロ漁船にでも乗るの?」

 

 

 アヤネが疑問の声を上げ、『顔無し』と先生は「でっかく一発狙う」というワードで出てきた、金になる行動を挙げた。

 

 

「ちっがーう! 『顔無し』のは、ノウハウがない私達じゃ無理! 先生のは、学校から長期間離れるから論外! その間にヘルメット団に学校占領されちゃうわ!」

 

 

 そうじゃなくて、とセリカは大きくチラシを掲げる。

 

 

「これこれ! 街で配っていたチラシ!」

 

「これは……!?」

 

「どれどれ……? 『ゲルマニウム麦飯石ブレスレットで、あなたも一攫千金』ねぇ……」

 

 

 ホシノの目が細まる。

 

 

「そうっ、これでガッポガッポ稼ごうよ!」

 

「この間、街で声を掛けられて、説明会に連れて行って貰ったの。運気を上げるゲルマニウムブレスレットってのを売っているんだって!」 

 

 

 嬉しそうにセリカが言葉を紡ぐたび、彼女以外の表情が抜け落ちていく。

 それは怒りによるものだ。勿論、セリカに対してじゃない。

 純粋な彼女を騙した者達に対してである。

 

 

「これね、身に着けるだけで運気が上がるんだって! で、これを周りの三人に売れば……みんな、どうしたの?」

 

「却下~」

 

「えーっ!? 何で? どうしてっ!?」

 

 

 ホシノが笑顔で却下する。それを見習い、セリカ以外の対策委員会も普段通りの自分を装った。

 

 

「セリカちゃん……それ、マルチ商法だから……」

 

「儲かる訳ない」

 

「へっ!?」

 

「そもそもゲルマニウムと運気アップって関係あるのかな……こんな怪しいところで、まともなビジネスを提案してくれる筈がないよ……」

 

「そっ、そうなの? 私、2個買っちゃったんだけれど!?」

 

 

 『顔無し』はホシノに近付き、小声で囁く。

 

 

「委員長……今からでも遅くない。マルチ商法防止教室みたいなの、年に一回くらいやったらどうだ? 見てられない」

 

「そうだねー……うん。結構、真面目に検討する」

 

 

 二人の視線がセリカに向いた。彼女は腕につけているブレスレットを涙目で睨みつけている。

 

 

「くぅ、悔しいぃ……!」

 

「全く、セリカちゃんは世間知らずだねぇー。気を付けないと悪い大人に騙されて、人生取り返しの付かない事になっちゃうかもよー?」

 

「そ、そんなぁ……そんな風には見えなかったのに……せっかくお昼抜いて貯めたお金で買ったのに……」

 

「大丈夫ですよセリカちゃん。お昼、一緒に食べましょう? 私がご馳走しますから」

 

 

 相当悔しかったのだろう。敵意が段々失われ、セリカは遂にぐずりだしてしまった。ノノミはセリカの頭を撫でて慰める。

 『顔無し』はセリカが持っていたチラシを手に取り、先生に見せた。

 

 

「先生、ご丁寧に販売場所が記されてるぞ」

 

「わぁ。気遣いが出来る業者さんだねっ」

 

「全くだ。これで手間なく」

 

 

 焼き討ちにいけるな。

 声には出さないが、先生と『顔無し』の心が一致した。

 

 先生は生徒が涙を見せたから。『顔無し』はセリカという秘密を守ってくれている理解者が不条理な目に遭うのが気に食わない。

 

 まあ、率直に言えば、そんな彼女を騙した奴等がのうのうとまだマルチ商法をしていると考えると、面白くなかった。

 

 

「えっと……それでは、黒見さんからの意見はこの辺で……他に意見のある方……」

 

 

 仕切り直すように、周りを見渡して意見を求めるアヤネ。

 次に手を挙げたのは、ホシノだ。

 

 

「はい! はい!」

 

「えっと……はい、3年の小鳥遊ホシノ委員長。ちょっと嫌な予感がしますが……」

 

「うむうむ、えっへん! 我が校の一番の問題は、全校生徒が此処にいる数人だけって事なんだよねー。生徒の数イコール学校の力。トリニティやゲヘナみたいに、生徒の数を桁違いに増やせば毎月のお金だけでもかなりの金額になるはずー」

 

「え……そ、そうなんですか?」

 

「そういうことー! だからまずは生徒の数を増やさないとねー、まずはそこからかなー。そうすれば議員も輩出できるし、連邦生徒会での発言権も与えられるしね」

 

 

 言いたいことは理解できる。

 流石は対策委員会の中で、一番の先輩だと思いながら『顔無し』は続くホシノの言葉を待った。

 

 

「鋭いご指摘ですが、でもどうやって……」

 

 

 アヤネの問いに、ホシノが答える。

 

 

「簡単だよー、他校のスクールバスを拉致すればオッケー!」

 

「はい!?」

 

「おっと。流れが変わったな」

 

 

 ホシノの提案にアヤネが驚愕の声を上げ、『顔無し』は冷静に呟いた。

 

 

「登校中のスクールバスをジャックして、うちの学校への転入学書類にハンコを押さないと、バスから降車出来ない様にするのー。うへ~、これで生徒数がグンと増える事間違いなーし!」

 

「――それ、興味深いね。ターゲットはトリニティ? それともゲヘナ? ミレニアム? 狙いを何処に定めるかによって、戦略を変える必要があるかも」

 

「お? えーっと、うーん……そうだなぁ、トリニティ? いや、ゲヘナにしよーっと!」

 

 

 シロコが乗り気を見せ、ホシノの拉致作戦が熱量を上げた。

 慌ててアヤネが止める。『顔無し』も見てられず、それに加勢した。

 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! そんな方法で転校とかありなんですか!? それに他校の風紀委員が黙っていませんよ!?」

 

「先生も追加で。な?」

 

「うん。私もちょっと、それは認められないかなー」

 

 

 困ったように笑う先生に、同じようにホシノが笑った。

 

 

「うへ~、やっぱそうだよねー?」

 

「やっぱそうだよねー、じゃありませんよホシノ先輩。もっと真面目に会議してもらわないと……」

 

 

 次に手を挙げたのはシロコだ。自信満々の表情であるのに対し、アヤネは微妙な表情を見せる。それは仮面の中の『顔無し』の表情も同じだった。

 

 

「いい考えがある」

 

「……はい、2年の砂狼シロコさん……」

 

「銀行を襲うの」

 

「はい!?」

 

「俺、書記ちゃんが不憫でならねぇ」

 

 

 『顔無し』はアヤネの胃を本気で心配した。

 彼の呟きを無視し、シロコは気にせずに進める。

 

 

「確実かつ簡単な方法。ターゲットも選定済み、市街地にある第一中央銀行。金庫の位置、警備員の動線、現金輸送車の走行ルートは事前に把握しておいたから」

 

「さっきから一生懸命見ていたのは計画書ですか!?」

 

「5分で一億は稼げる、はい、覆面も準備しておいた」

 

 

 鞄から覆面を取り出して机に並べるシロコ。黄色、ピンク、青、緑、赤と、色とりどりだ。しっかり番号もふられている。

 ナチュラルに先輩と後輩も巻き込むつもりらしい。

 

 

「ごめん……『顔無し』のはない。その仮面があるからいいかなって」

 

「俺にとって素顔だぞ、これ」

 

 

 覆面の意味がないだろう。別に欲しいわけではないが。

 『顔無し』は自分の分が用意されていないことに感謝した。

 

 避けるような姿勢を見せる彼と違い、対策委員会はその覆面を囲んだり、手に持つ者、被ってみる者もいる。

 

 

「いつの間にこんなものまで……」

 

「うわー、これシロコちゃんの手作りー?」

 

「わぁ、見て下さい! レスラーみたいです!」

 

「いやー、いいねぇ。人生一発でキメないと。ねぇ、セリカちゃん」

 

 

 流石に自分が加害者側に回るのは嫌なようだ。セリカは両手でバツを作る。

 

 

「そんな訳あるか! 却下! 却下―!」

 

「そ、そうですっ! 犯罪はいけませんっ!」 

 

「………」

 

「そんな膨れっ面しても駄目なものは駄目です、シロコ先輩! ……みなさん、もうちょっとまともな提案をしてください……」

 

 

 アヤネが頭を抱えて、俯きながらそう言う。

 まるで子供に振り回されるお母さんのようだ。若いうちから大変だな、と『顔無し』はぼんやりと思った。

 アヤネの苦労は終わらないようだ。次に手を挙げたのは、ノノミである。

 

 

「あのー! はい! 次は私が!」

 

「はい……2年の十六夜ノノミさん、犯罪と詐欺は抜きでご意見をお願いします……」

 

「はい! 犯罪でもマルチ商法でもない、とってもクリーンかつ確実な方法があります!」

 

 

 その言葉だけで、少し安心出来たような気がした。

 次に続く言葉を待つ。

 

 

「アイドルです! スクールアイドル!」

 

「ア、アイドル……!?」

 

「そうです! アニメで観たんですけど、学校を復興する定番の方法はアイドルです! 私達が全員アイドルとしてデビューすれば……」

 

「却下」

 

 

 ホシノが秒で却下した。そのことに『顔無し』は内心驚く。

 今迄ではマシな部類だし、こんだけ美少女がいるなら現実味もあると思ったからだ。

 

 

「あら……これも駄目なんですか?」

 

「なんで? ホシノ先輩なら特定のマニアに大ウケしそうなのに」

 

「うへーこんな貧相な体が好きって云っちゃう輩なんて、人間としてダメっしょー。ないわー、ないない」

 

 

 『顔無し』は黙ってそれを聞く。頭に斑目の姿が思い浮かぶ。

 

 もし斑目がこの場にいたら、どんな反応をするのだろうか。

 彼がホシノにそういう感情を向けていたのか分からないが、仮に好きだった場合、机の上に崩れ落ちると思った。

 

 流石に好きな人に、人間としてダメと言われるのは辛いだろう……。

 

 

「決めポーズも考えておいたのに……」

 

「ノノミ! 目線ちょうだい!」

 

「! 水着美少女団のクリスティーナで~す♧」

 

 

 先生がノノミに向けて、手で作ったカメラを向けると決めポーズともに名乗りを上げる。

 セリカはしばらく黙って、くわっと口を開いた。

 

「どういうことよ……。何が『で~す♧』よ! それに『水着少女団』って! だっさい!」

 

「えー、徹夜で考えたのに……」

 

 

 また会議そっちのけで、ワイワイと騒がしくなる。

 頭を押さえているアヤネに、『顔無し』はその肩に手を置いてやった。

 

 

「……心中察するぞ、書記ちゃん」

 

「ノ、『顔無し』さん……」

 

 

 癖のある解答の連続に律儀に返していたアヤネは、少しだけ涙を浮かべながら『顔無し』を見た。

 分かってくれますか、と。その視線に彼は頷きで応える。

 

 それに対し、むっとしたのはセリカだった。

 

 

「そんな反応してるけど、ならアンタ、良い案出せるの?」

 

「え」

 

「おー。おじさんも気になるなぁ〜。『顔無し』くんの意見」

 

 

 突然、案を求められ『顔無し』は答えに詰まる。

 そんな彼が面白かったのか、にへらと笑いホシノはセリカを援護した。

 

 『顔無し』への包囲はここで終わらない。

 

 

「ん。せっかく参加したんだから、『顔無し』も発言しないと」

 

「そうですねっ。私達、もう仲間じゃないですか☆」

 

「……マジか」

 

 

 セリカ、ホシノ、シロコ、ノノミと『顔無し』、アヤネ。中立に先生。

 この状況になれば、発言するしかないだろう。

 しかし負債を返済する方法なんて、すぐに思い浮かばない。

 

 移動しながら考えを巡らせ、『顔無し』は壁の隅に収まる。何か呟いているようだが、早口だし距離があって誰も内容は聞き取れない。

 というか、近寄りがたい雰囲気だった。

 

 そこに躊躇なく近付けたのはセリカだ。ニヤニヤしながら、彼に近付く。

 

 

「ほらほら、どうしたの? 良い案は? ほらほら」

 

「……内臓でも売るか? いや、でも再生するの見られたら実験台コースか。じゃあ自分で腹を切って、胃腸を取り出す……腹を割くのは初めてだけど、まあ大丈夫……いや、再生しない可能性が出てきたんだよな。それは流石にリスキーか。なら血液だな。傷も小さいし、でも個人で輸血パック作って売るとか出来るのか……?」

 

「チェストォォォォォ!!!!!」

 

「ごふっ」

 

 

 『顔無し』の脳天に、セリカの魂の手刀が打ち込まれる。

 全部は聞き取れなかったものの、『内臓を売る』、『腹を割く』、『個人で輸血パック作って売る』という物騒なワードは明確に聞き取れた。

 間髪入れずに、その襟を掴み凄んで見せるセリカ。

 

 

「却下。いいわね」

 

「わ、分かった」

 

 

 『顔無し』が解放される。二人は元の持ち場に戻った。

 アヤネが『顔無し』に寄ってきて、ひそひそと話しかけてくる。

 

 

「あの、大丈夫ですか? 何を提案しようと……?」

 

「ん? ……ああ。俺が死ぬ程働くことを提案しようとした。俺は男だし、体力に自信あるからな」

 

「……それはダメです。セリカちゃんに叩かれて当然です。『顔無し』さんは、もっと私達に頼ることを知ってください」

 

「悪かったよ、だからそんな顔するな」

 

 

 『顔無し』はアヤネの肩に手を置き、撫でた。彼女は満更でもなさそうな表情で俯く。顔にも熱が帯びていた。

 しかし、意見が出揃ったものの何を選択するか結論は出ていない。

 

 そもそも却下された意見が多過ぎる。この中から選ぶなんて、土台無理な話だった。

 にも関わらず、ホシノは先生に顔を向けてこう言った。

 

 

「もう先生に任せちゃおうー。先生、これまでの意見でやるならどれが良い?」

 

「えっ!? これまでの意見から選ぶんですか!? も、もう少し真面な意見を出してからの方がいいのでは?」

 

「大丈夫だよー。先生が選んだものなら間違いないって」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 何でそう言い切れるのですか!?」

 

 

 もう流れは止められない。止めるには遅すぎたのだ。

 全員の視線が先生に集まる。

 

 

「まさかアイドルやれなんて言わないわよね?」

 

「アイドルでお願いします☆」

 

「………ん」

 

「う〜〜〜ん……!」

 

 

 先生は目を見開き、机を叩く。

 

 

「アイドルで!!!」

 

「ええ!? 本気ですか!? わ、私、アイドルなんて……っ」

 

 

 アヤネは自分がアイドルになった姿を想像したのか、顔を赤らめて涙目で俯いた。フリフリな服を着て踊ってる自分が恥ずかしいようだ。

 

 

「先生……」

 

 

 『顔無し』が口を開く。その瞬間、アヤネに希望が生まれた。

 まともなこの人なら、止めてくれるのではないかと。

 

 

「それはアリだ」

 

「『顔無し』さん!?」

 

 

 希望は簡単に打ち壊された。彼は顎に手を置いて続ける。

 

 

「というか、それが多分一番イージーだ」

 

「そんなことないですよね!?」

 

「まず先生を含め、ここにいる全員顔が良い。体力もある、個性もある。お前ら全員、世界が違えばトップアイドルも夢じゃない。そんな逸材だ。だから大丈夫だと思う」

 

「あれ? さりげなく私もアイドルになる流れになってない?」

 

「『顔無し』さん。自分が男だからって、他人事に思ってませんか……!?」

 

 

 アヤネの怖さを感じない睨みに、『顔無し』は顔を背ける。図星であるようだ。

 先生は10代の少女達に混ざって、自分もアイドルになるのは心情的にキツく感じている。

 

 だから。

 

 

「『顔無し』がアイドルになるのもありだよ?」

 

「何だって?」

 

 

 安全なところから傍観している『顔無し』を、身代わりにすることにした。『顔無し』はまさかの提案に素で聞き返す。

 

 

「その筋肉。体力。そして仮面という個性。アイドルとして逸材なんじゃない? それに、男っていう付加価値もあるよね? 女子が殆どを占めるキヴォトスの需要にも合っていると思うんだ」

 

「……確かに。言われてみればそうね」

 

「ああ……男って性別を武器に、客寄せパンダになるわけね」

 

 

 その『顔無し』の呟きに反応したのはホシノだ。

 唸るような声を出し、渋々といった様子で『顔無し』は言う。

 

 

「……正直嫌だけど、この学校を救えるならまあ、やってやるよ」

 

「却下」

 

「え? ホシノ?」

 

「駄目。却下。認められない」

 

 

 笑みを消して、ロボットのように感情が伺えない表情で繰り返すホシノ。それに先生も対策委員会の面々も、戸惑いを浮かべた。

 唯一、『顔無し』はその理由を察す。そして先生に耳打ちした。

 

 

「先生、忘れたか? ユウカが言ってたろ……『この学校には男子生徒がいた』って」

 

「あ……」

 

「理由は分からんが、ここの5人がアビドス最後の生徒であることから、そいつはもうこの学校にいない。委員長がそいつと深い関わりがあったのなら、上手くいくかどうかは無しにして、アビドスの男子=俺という構図が成り立つのは面白くない筈だ」

 

 

 先生の顔から血の気が落ちていく。

 『顔無し』の言う通りだった。アビドスで過ごす生活が、激動かつ楽しくてそのことをすっかり忘れていたが、ここには男子生徒がいたのだ。

 

 そして今、彼はこの場にはいない。それはつまり、この学校から去ってしまったのだろう。

 なのに自分は、その存在を打ち消す可能性があることを提案してしまった。

 

 

「ご、ごめんホシノ。私……」

 

「……先生が何に謝ってるかは分からないけど、いいよ。悪気がないのは分かるからさ」

 

 

 そして、ホシノは『顔無し』に目を向ける。

 

 

「『顔無し』くんもさ。そう、簡単に自分を勘定に入れないようなこと言うの、やめよう? 君は強いんだから、身を粉にする必要なくない?」

 

「強いからこそ、すべきだとも思うけどな。それにこれでダメージを受けるのは、せいぜい俺の精神だけだ」

 

「……うへ、参ったな。もう」

 

 

 斑目も強くなったらなったで、同じことを言いそうだ。今迄自分に対して劣等感を抱いていた分、余計に。

 ホシノはふにゃりと笑いながら、俯く。流れそうになる涙を堪えた。

 

 やっぱり、どうしても『顔無し』といると彼の姿がチラつく。今すぐにでもその仮面を剥がしたいくらいだった。

 

 しかし、まだ先生の調査結果も出ていない。それまでは我慢だと思った。そして、もし自分が望む結果が出たその時は……。

 

 

「……ぱい。ホシノ先輩!」

 

「うへっ? あはは、ごめんごめん……おじさん寝ちゃうところだったよー。いやぁ、歳をとるのは嫌だねぇ」

 

 

 セリカに呼ばれ、ホシノは目を擦りながら顔を上げる。仮に涙で出てたとしても、これで跡は簡単に消せると思ったからだ。

 実際その想定通りに、周りから見てホシノはいつもと同じように思えた。

 

 

「大して歳、変わらないじゃない! それで、結局どうするのよ?」

 

「……分かった。私も覚悟を決めたよ」

 

 

 先生が静かに言う。そして宣言した。

 

 

「やろう! 私達でアイドルを!!」

 

「えぇっ!?」

 

「あはははー! よーし決まりー!」

 

「きゃあ~☆ 楽しそうです!」

 

「ほ、ホントにやるの?」

 

「やるなら徹底的に、でしょ、アヤネ?」

 

 

 部室内が和気藹々とする中、アヤネは口を閉ざして震えている。

 そして、その両手を机の下に添えた。

 

 

「…い……」

 

「いいわけないじゃないですかぁ!!」

 

 

 見事なちゃぶ台返しである。

 真面目な良い子は我慢の限界が来ると、何をするのか分からないものだ。

 

 飛んできた机を片手で受け止め、怒るアヤネとそれを宥める対策委員会の面々、転げて腰を摩る先生を順に見て、『顔無し』は溜息を吐くのだった。




次回、例の便利屋が出ます(絶対に出すという強い意志)

一つのイベントにつき、話数を使い過ぎ? 文字数とか内容を削った方がいい?

  • 使い過ぎ
  • 丁度良い
  • 寧ろ少ない!!
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