「内面の富」を見つめること
以上のように、あるひとがいかなる内面的性質をもっているのかが、幸・不幸を隔てる最も重要な要素となる。これをショーペンハウアーは「内面の富」と呼んでいる。
わたしたちはたいてい、財産や他者からの評価など、外面的なものに気を取られてしまいがちだ。だが、「内面の富」を持っている者は、「まったく輸入せずにすむ国がいちばん幸福であるように」、外からやってくるものを必要とせず、自らに満足できる。すなわち、
だれでも、自分にとって最良で肝心なことは、自分自身であることにちがいないし、自分にとって最良で肝心なことは、自分自身で成しとげるものだ。自分にとって最良で肝心なことが多ければ多いほど、したがって、自分自身の内に見出す楽しみの源泉が多ければ多いほど、それだけ幸福になる(邦訳48頁)。
もちろん、財産の多寡や他者からの評価などの外面的な富をまったく気にせずにいられるひとなどいないだろう。わたしたちは日々これらのことを気にかけ、神経をすり減らしている。だが、ショーペンハウアーは以下のように断言する。
およそ生あるものは、自分自身のために、何よりもまず自分のために独自の生を営み生存するほうがよい。──どんな在り方でも、自分自身にとって最優先すべき最も大切なことは、「自分は何者なのか」ということであり、もしも、たいした価値などありはしないというなら、そもそも、たいしたものではないのだろう(邦訳175頁)。
外からやってくるものよりも、内に備わっているものこそが、幸福の源泉なのである。財産や他者からの評価よりも、自分で自分を評価し、そうして見出した内なる本質を育て、開花させていく孤独な営みこそが、幸福につながっている。
もしも自分が「内面の富」なんて一つも持っていない、そんなたいした人間ではないというなら、そんなちっぽけな者がどうなろうと、そもそも気に病む必要などないだろう。
何をどれだけ手に入れたか、ひとからどう思われたか。こうした外面的なことがらよりも、自らの内にもともと宿っている「富」に目を向けることが重要なのだといえる。
たとえそれがいまだ種でしかなくとも、いつか花開いて実を結び、幸福という収穫をもたらすその日まで水をやり続けること。それがショーペンハウアーの教える、幸福への第一歩なのである。
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*本記事の抜粋元・梅田孝太『ショーペンハウアー』(講談社現代新書)では、「人づきあいは<仮面をつけた化かしあい>である」、「世界はにせものなのかもしれない」……など様々なトピックから、人生の悩みに効く哲学をわかりやすく解説しています。叱咤激励と小気味よいアイロニーに満ちた哲学者の言葉を、ぜひご堪能ください。