中指と薬指を少し曲げて 重い荷物、楽に運ぶコツ
脚や背中の力も使って
ふだん働いている場所で、床に置いた荷物を持ち上げ、階段10階を上ったあと、机や椅子で入り組んだオフィスを約40メートル進む難コースを設定した。1回運ぶのにかかる時間は5、6分。運び方に工夫を加えながら1日4、5回運び、体の疲れ具合をみる。
最初は力任せ 腰がズキズキ
主に運ぶのは段ボール。単行本25冊、約10キログラム分を詰め込んだ。このほか、ひもで縛った雑誌7キロ(20冊分)を片手ずつ持ったり、10キロの丸テーブルや椅子を運んだりした。
最初は力任せで試す。実は力に自信が無いわけではない。会社では草食系と思われがちだが、学生時代にアメリカンフットボールをたしなんだ隠れ体育会系。最近は運動不足だが、問題なく運べるはず。
しかし甘い予想はすぐに崩れた。1回運んだだけで腕の力こぶの部分が疲れ出す。2、3回目になると握力が無くなり段ボールの横側をつかんだ手が滑り、階段上りで膝もガクガク。荷物の上げ下ろしが雑になり腰はズキズキする。結局4回目でギブアップ。「なんて運びにくい段ボールなんだ」と八つ当たりした。
一番つらかったのは持ち上げる時の腰の痛み。そこで、吉祥寺整体みやびカイロプラクティック療院(東京都練馬区)院長の冨士本英昭さんに会いに行った。冨士本さんは「腰を下げ、片方の膝をついてから荷物を持ち上げましょう」と助言。脚の力を利用して、腰への負担を減らす。ぎっくり腰や椎間板ヘルニアのリスクを抑えられるという。
次の日、今までの中腰姿勢を改めて、片膝をついて段ボールを上げ下ろしした。少し面倒くさいが、確かに効果あり。前回と同じく4回荷物を運んだが、腰の痛みは半減した。
ただ力こぶや前腕はまだ疲れる。持ち手が弱くなり、運ぶ途中に段ボールがズルズル下がってくる。
効率的な持ち方は無いだろうか。そこで、居合や合気道に通じる古武術の動きにヒントを求めた。介護現場では、小さな力で人を動かす古武術の動きが多く取り入れられている。
段ボールはカド付近を持つ
理学療法士の岡田慎一郎さんを訪ねると「腕や手先ではなく背中の力を使って持ちましょう」との説明。胸を少しくぼませ、肩甲骨の位置を左右に広げた状態で荷物を持つという。
言葉では少し難しい。戸惑っていると、中指と薬指を少し曲げて持つと良いというコツも教わった。
こちらの方が記者の感覚には合い、2本の指を意識して持つと段ボールを運ぶとき背中に張りを感じるようになった。その分、腕の負担も小さくなり、疲れて手を持ち替えたりすることなく運べるようになった。
縛った雑誌も中指・薬指に引っかける要領で持つとずいぶん楽だ。
コツをつかむと荷物運びが楽しく感じられるようになった。「自分より段ボール運びの上手な人は身の回りにはいないだろう」。友人には偉そうに語った。
しかし、調子に乗った罰はすぐに下る。次の日、膝をつくのをサボり、中腰のまま荷物を持ち上げようとすると腰がグキリ。荷物運びは2日間のお休みに。
休み中、東京・神田駅周辺の酒類卸売店へ相談に立ち寄った。重さ十数キロのビールケースを運ぶ男性店長は「春先までは寒いから腰を痛める人が多い。次は注意しなよ」と記者を慰めた。優しさが身に染みた。
痛みが治まると日本通運の引っ越しインストラクター玉川和憲さんを訪れた。
段ボールはカド付近を持つと滑らない。その際、片手は手前の下側、もう片手は奥の上側のカドに置くと荷物を揺らさず運べる。
階段を上る時、顔は正面を向いたまま少し体を横に向けて進むと、進行方向が段ボールに遮られずに見られて安全だ。
玉川さんの説明からは「なるほど」と納得できる知識があふれていた。
会社に戻り学んだ動きを実践する。狭い道を進むときや、階段で人とすれ違うときなどでも焦らず安定して運ぶことができた。
荷物運びのコースを5回こなしても疲れは少ない。「もはや円熟の域だな」。そうつぶやいて缶コーヒーで休憩。椅子に座って脚を組もうとすると、段ボールが足に当たった。少しずらそうと座ったまま手を伸ばし持ち上げようとすると再び腰がグキッ。また調子に乗って痛めてしまった。
玉川さんの「慣れたと思って油断した時が一番危ないんですよ」という言葉が頭によみがえる。荷物を持ち上げる時は膝をついて慎重に。これに尽きるなと腰をさすりながら思った。
引っ越しの経験は3回ほど。就職や結婚などどれも人生の節目だった。1人で準備を済ませ、レンタカーに荷物を詰め込んだ記憶が懐かしい。
春に新生活を迎え、大量の段ボールを前にする人もいるだろう。期待や不安をギュッと詰め込むと、荷物は自分が思うよりも少し重め。足腰を痛めないよう、運ぶ時は慎重に。
(武田健太郎)
[日経プラスワン2013年3月2日付]