いまさら聞けないMLBの話〜『テンダー/ノンテンダーと年俸減の話』
MLBにおいて、この時期になると頻出する『テンダー/ノンテンダー』という用語。
解説記事や動画をよく見かけるが、いつもある前提条件の説明が欠けている気がしていた。
ノンテンダーの話題が出るたびに、
「日本みたいに大幅減俸で残留させればいいんじゃないの?」
という疑問を耳にすることがあるが、ここが意外と解説されない。
今回は、その“抜け落ちがちな前提”について解説していく。
テンダー/ノンテンダーとは
「テンダー」とは、年俸調停権を持つ選手に対して、来季の契約を提示することだ。
「ノンテンダー」とは、年俸調停権を持つ選手に、来季の契約を提示しないことである。当該選手はFAとなる。
ノンテンダーになる選手はたいてい、当年の活躍に対して年俸が見合わない、と球団が判断した場合が多い。年俸2000万ドルの選手のOPSが.600程度だとしたら、どう思うだろうか。おそらく、大半の人がもらいすぎだと感じるはずだ。
だが、ここでこう思う人がいるのではないだろうか。
「大減俸を提示して残ってもらえばいいんじゃないの?」と。
日本でもこの時期はよく見かける、「◯◯(選手名)、◯千万円減の年俸◯億円で契約更改」という、アレである。
しかしMLBでは、この“日本的な解決方法”がほとんど行われない。
実は、これには制度面と調停の構造による理由がセットで存在している。
では、MLBでは大減俸の提示は可能なのだろうか?
これが私が冒頭で書いた、”とある前提条件”となる理解だ。
減俸は制度上可能なのか
結論から言うと、可能。ただし、減額制限があり、前年度年俸の20%を超える減額はできない。また、2年前の年俸から30%を超える減額はできない。
ここまでは「制度上の話」だ。
だが、重要なのは “制度上は可能なのに、実務でほぼ起きない” という点である。
このギャップこそが、今回のテーマの本質だ。
以下がその根拠だ。
2022年に締結されたCBA(労使協定)より
“A Club may not … provide a salary to a Player that constitutes a reduction in excess of 20% of his salary for Major League service in the previous season, nor in excess of 30% of his salary for Major League service two seasons prior.”
「クラブは、選手に前年度年俸から 20% を超える減額となる給与を提示してはならず、また 2 年前の年俸から 30% を超える減額を提示してはならない。」
Collective Bargaining Agreement 2022–2026.
Article VI, Section B.
だが、実際に前年度より低い額で合意した選手は非常に稀だ。一説には、1994年のランディ・ミリガンの例が最後だとされている。
ベースボール・プロスペクタスの記事より
https://www.baseballprospectus.com/news/article/3732/the-arbitration-process-the-basics/
“The last case where someone walked out of an arbitration hearing with less money than they made the previous year was Randy Milligan, in 1994.”
「前年の給与よりも少ない金額で調停を終えた最後の例は、1994年のランディ・ミリガンである。」
彼は年俸635,000ドルから600,000ドルとなり、35,000ドルの減額(約5.5%)となっている。
ここで一つ重要なのは、
「20%以内なら減俸提示できるのに、なぜ実務ではほぼないのか」
という点だ。
この答えは、年俸調停制度そのものの構造にある。
年俸調停制度について
テンダーされた選手は球団との間で来季の年俸を決めることになるが、これが揉めに揉めた場合、(たいていは和解するが)年俸調停まで持ちこまれることになる。
年俸調停ではMLBが選手と球団の間に入り、お互いの希望額でどちらが適正か判断する。重要なポイントとしては、
“どちらかの希望額に確定する”という点だ(妥協案はない)。
この“二者択一”方式こそが、減俸提示が実務で避けられる最大の要因になる。
● 球団の提示額が低すぎると、逆に“選手案がそのまま通る”
減俸提示とはつまり、球団は“前年より低い金額”を提示するわけだが、
その提示が審査官に「不当に低い」と判断されると、
→ 選手側の主張額がそのまま採択されるリスクが跳ね上がる。
ここが、日本のように“とりあえずダウン提示して交渉する”という手法が使えない根本理由だ。
● さらにコスト・精神的負担も大きい
お互いが弁護士や代理人を立て、自分の主張が正当だとする根拠を綿密に準備する必要がある。お金、資料づくりに要する時間、さらには選手側からすると精神的な負担も大きい。
2023年に年俸調停まで持ちこまれた、コービン・バーンズ(当時ブルワーズ所属)の例を見てみよう。
“They basically put me at the forefront of why we didn’t make the postseason last year. Things that probably don’t need to be said were said.”
「実質的に、昨年チームがポストシーズンに行けなかった理由の最前線に自分を置かれた。おそらく言う必要のないことまで言われた。」
球団にとっても、調停は時間もコストもかかるうえ、選手との関係悪化・イメージ低下というリスクがつきまとう。
たとえ削れても数百万ドル程度。そのせいで悪評が立つ可能性がある。
そのため、
「減俸提示は“制度上はできる”が、“調停制度の構造上やるべきではない”」
というのが実務での判断になる。
まとめると、MLBで実際に年俸の減額提示がされないのは大きく以下の理由があると考えられる。
まとめ
1. 制度の問題 — 二者択一方式のため、球団案が“低すぎる”と選手案が丸ごと通るリスクが大きい
2. 選手との関係悪化への懸念
3. 時間、お金といったコスト的問題
以上だ。
これを読んでくれているあなたの疑問を解消する一助になっていれば幸いである。


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