「俺のせいや」 山上被告を変えた兄の自殺 絶望の果ての復讐か 妹の証人尋問詳報
弁護人「具体的に覚えていることは」
妹「家の前から私の腕にしがみついて、50メートルくらい引きずって歩いた。私に関心はないくせに、無心するときだけ親の顔をしてきて本当に腹が立った。母の皮をかぶった統一教会の信者。でも母の顔をしているから突き放すことはできなかった」
当時の思いが胸にこみ上げたのか、おえつを漏らしながら言葉をつなぐ。その後、27年に長男は飛び降り自殺。被告は普段感情を表に出すタイプではなかったというが、当時の尋常ではない様子をよく覚えているという。
弁護人「葬儀や通夜での徹也さんの様子は」
妹「徹也は遺体から一晩中離れずに『俺のせいや』と、本当に辛そうに悔しそうに泣いていた」
弁護人「それ以降は被告と疎遠になった」
妹「はい」
被告は翌年以降、気にかけていた妹と会うこともなく、平成30~令和元年には来日した教団幹部の襲撃を計画。手製銃を作ると令和4年7月に安倍氏に向けて発砲した。
弁護人「安倍元首相が襲われたことは不思議に思わなかったか」
妹「思わなかった」
弁護人「なぜか」
妹「母の部屋に安倍元首相が表紙の統一教会の機関誌があった。母の妹も統一教会の信者だが、選挙の時に自民党候補者に入れてほしいといわれたことや、(安倍氏が教団の友好団体に寄せたビデオメッセージ)映像も素晴らしいからぜひ見てほしいといわれたこともあった」
■「復讐できるならしていたかも」
弁護人「山上家の子供はどうすれば事件は起こさなかったと思うか」
妹「統一教会に破壊された被害者だが、法的には被害者ではない。合法的にはどうすることもできなかった。徹也は絶望の果てにこんなことになってしまった」
弁護側は妹の証人尋問を通して、被告が身を置いていた「宗教的虐待」といえるような家庭環境を詳細に立証。一方で検察側は反対尋問で、妹が逆境にありながらも、アルバイトに励むほか、親族の援助や奨学金も得ながら、人生を切り開いてきたことを明らかにした。ただ、その中でも教団に対する妹の本音が漏れる場面もあった。