銀翼の残光 その6
東京都港区六本木。
某TV局の本社があるこの巨大ビル地区に私はやってきていた。
22時から始まる看板ニュース番組のゲストとして。
「今日は日本の貴族の中でもひときわガードが堅かったこのお方に来ていただきました。
今をときめくお嬢様。
桂華院瑠奈公爵令嬢です」
「こんばんは。
今の日本を切り取るこの番組に出させていただいた事に感謝を」
「その割には、我々のアプローチを断っていたじゃないですか?」
「一応学生ですので。
今回はこちらのアニメ番組に絡んで……」
ここのスタジオが今の日本を左右している。
正確に言えば、この番組を見る視聴者たちの空気が。
彼らに私はどう映っているのだろうか?
「ありがとうございました」
収録終了。
私の出演シーンは録画として放送される。
だからこうして撮影に出向いた訳なのだが。
「私、TV局に入るの初めてなんですよ」
ついてきた秘書の時任亜紀さんがきょろきょろしている。
ここの人間たちは末端までが日本を動かしていると自負している。
だからこそ、その自負が傲慢に変わった際に凋落してゆくのだが。
「お疲れ様。瑠奈ちゃん。
貴方もさっさとデビューしたらいいのに。
そしたら、メインを開けて待ってあげるから」
「考えておきますわ」
楽屋でのプロデューサーとのなれなれしいトークも終わり、居るのは身内ばかりなり。
という訳で、盗聴などのお掃除を終えたメイドのエヴァがOKのサインを出したのを確認して、被っていた猫を脱ぐことにした。
「エヴァの言う通り当たり前のように盗聴器が仕掛けられてたわね」
「あの連中がこんなチャンス逃す訳ないじゃないですか」
エヴァの言うあの連中がTV局なのか、今回わざわざ探りに来た月光帝都興産の連中なのか、はたまたその両方なのかは尋ねなかったかわりに、私は知りたかったことを質問する。
「で、わざわざ私を囮に使って敵の本拠地に出向いてきたのだから、何かつかめたんでしょうね?」
「ええ。
オフィスはありましたよ。空の」
「からの?」
私が首をかしげると、エヴァが苦笑する。
淡々というより、してやられたというかある種の納得感の混じったなんともいえぬ顔で。
「月光帝都興産の事務所はこのビルのオフィス棟にあるのですけど、パーティールームとして使われているようですよ。
そこが事務所という事を知らない人もいたぐらいです」
「岡崎もペーパーカンパニーって言っていたから、本体は別の所にあると?」
「ええ。
その本体も多分このビルのどこかに居るんでしょうけど」
無駄足というなかれ。
この手の無駄足を現地で確認する事に意義があったりするのだ。
こんな風に。
「事務所の電話番号は転送されて、ペーパーカンパニー専用の受付会社に繋がっていました。
向こうからすれば、この月光帝都興産は見つかるべくして見つかる会社なのでしょう」
その月光帝都興産の動きだが、岡崎の報告で買い漁っていた東横鉄道株も報告義務が出る5%前でぴたりと止まっており、怪しい事この上ない。
という訳で、TV出演にかこつけて彼らの前に出向いて反応を見ようという訳である。
「あくまで勘なんですが、こいつら、私たちよりなんですよ」
「私たちより?」
時任亜紀さんが首をひねりながら繰り返すと、エヴァが感想を漏らす。
手には仕掛けられていた盗聴器が乗っていた。
「たとえばこれですが、お嬢様の近辺に我々が居ると知って仕掛けているのならば、意味が違ってきます。
ばれるのがわかっている。つまり、ご挨拶であると同時に警告でもある訳です。
冷戦華やかなりし頃の諜報系の日常ってやつですね」
「たしか、月光投資公司って共産中国政府の息がかかった会社でしょ?
ある意味、当然じゃないの?」
私の質問にエヴァが苦笑する。
「ええ。
たとえば、アンジェラがわかりやすいのですが、ウォール街出身者は手を変え品を変え策をめぐらしても、最終的には『お金儲け』という目的にたどり着くんですよ。
ところが、この手の連中はその最終目的が違うんです」
「具体的には?」
口を挟んだ時任亜紀さんにエヴァが指を折りながら答える。
顔がいまだ疑問形なあたり、彼女もこれだという確信を掴んでいるという訳ではないみたいだ。
「政治だったり、面子だったり、お役所仕事だったり。
だから最終的な目的が見えにくいんですよね。
申し訳ございません。
アンジェラが居ればもう少し説明ができたと思うのですが……」
「そればっかりはしょうがないわよ。
気にしないで」
アンジェラは今でもウォール街を離れられない。
樺太銀行マネーロンダリング事件の捜査の中心人物の一人でもあるし、今年上場する桂華金融ホールディングスの役員として、その上場作業もやっているはずなのだ。
まだ、私への攻撃かどうかを判断するために彼女をニューヨークから呼ぶのは躊躇いがあった。
「車回せ!
官邸と国土交通省の番記者を全員集めさせろ!!
今日のトップで夕方にねじ込むぞ!!」
「金融庁と大手金融機関に記者を走らせろ!
他局に抜かれるなよ!急げ!!」
何か外が騒がしいなと思ったら、さっきのプロデューサーがカメラを連れて大慌てで戻ってきた。
開けっ放しのドアから局員が走り回るのを見ながら、プロデューサーはカメラとマイクを私に向けてその理由を告げた。
「瑠奈ちゃん。よかったらコメント頂戴!
たった今、官邸から『政府は帝興エアラインについての特別な支援はしない』って声明が出たわ。これで間違いなく帝興エアラインは民事再生法を申請して破綻に追い込まれる。
負債総額三兆を超える戦後最大級の倒産よ!!」
喜色満面のプロデューサーの後ろにあった楽屋の鏡に映っていた私の顔が、それは見事なまでに真っ青だったのは言うまでもなかった。
ニュース番組
ちょうどメインキャスター交代がこの時期で、4月からはメインキャスターが別の人になる。
アニメ番組
『ふたりはプリキュア』
この年スタート。
悪役として出演予定。プリキュアVSヤンマーニ夢の対決である。
5%
5%ルール。
https://www.nomura.co.jp/terms/english/other/5percent.html
5%を超える株式を保有すると報告義務がある。
という訳で、TOBをする場合は複数の会社で5%弱買い進めて一気に一本化する手段が必要になり、その手段の一つがこれから出てくる時間外取引である。
JAL破綻
現実では2010年破綻。
負債は二兆三千億円。
負債の増えた分は樺太航空がらみ。