シンボリック相互作用論(Symbolic Interactionism)とは、1960年代の後半に、アメリ
カの社会学者である、ハーバート・ジョージ・ブルーマー(Herbert George Blumer,
1900-87)が創始した、社会学的・社会心理学的パースペクティブの一つである。それ
は、「人間間の社会的相互作用、なかでも、シンボリックな相互作用(symbolic
interaction)を主たる研究対象とし、そうした現象を『行為者の観点』から明らかにしよ
うとするもの」である(桑原 2003: 11[a]=2019:[b] 34)。
シンボリック相互作用論は、まず何よりも、「 社会学のシカゴ学派」(Chicago School
of Sociology)を母体として誕生した。社会学のシカゴ学派とは、1892年、シカゴ大学の
創立と同時に開設された社会学科の歩みのなかで、そのスタッフとそこに集った大学院生
らと、彼らの「研究スタイル」を総称して使われるようになった言葉である(中野・
宝月 2003: 4[c])。 通例、シカゴ学派は4つの世代からなるとされ、その第1世代と第2
世代を「初期シカゴ学派」と、第3世代と第4世代を「第2次シカゴ学派」と呼んでいる
(中野正大・宝月誠 2003: 9-11)。 ブルーマーは、第3世代と第4世代にまたがって活
躍した社会学者である。ブルーマーが創始したシンボリック相互作用論は、第4世代のシ
カゴ学徒である、タモツ・シブタニ、アンセルム・ストラウス、ハワード・ベッカー、ア
ーヴィン・ゴフマンなどに継承され、現在に至っている。
ブルーマーの数ある業績の中でも、彼の名を一躍社会学界に広めたのが「シンボリック相互作用論」に関する定式化の表明である。ブルーマーは、当時のアメリカ社会学界(そして世界の社会学界)で支配的な位置づけにあった、構造-機能主義社会学および操作主義に対抗する「パースペクティブとメソッド」を大々的に表明するために、1969年に『シンボリック相互作用論:パースペクティブとメソッド』を公刊した(Blumer 1969=1991[d])。
この著作において、最も注目を浴びたのが、周知の「シンボリック相互作用論の三つの前提」である(Blumer 1969=1991: 2-3)。すなわち、第1に、人間は種々の物事が自分にとって持つ意味に基づいて行為する、第2に、そうした意味はその人間が他者たちと行う社会的相互作用から発生する、第3に、そうした意味はその人間による解釈の過程(=自己相互作用)によって吟味され修正される可能性がある。
この三つの前提の中でもブルーマーが最も強調したのが第3の前提である(Blumer 1969=1991: 5-6)。 すなわち、社会的相互作用からもたらされた物事の意味は、そのまま自動的に適用されたり活用されたりするわけではない。それは「一つの解釈の過程」を通して様々な吟味にかけられることになる。この「解釈の過程」は「自己との相互作用」(self-interaction:「自己相互作用」「自分自身との相互作用」)とも呼ばれ、二つのステップから構成される。すなわち、「第1に、行為者は、それに対して自分が行為している物事を、自分に対して指示indicateする。つまり行為者は、意味を持つ物事を、自分に対して指摘しなくてはならない。・・・・第2に・・・・解釈は、意味をあつかうということの問題になる。行為者は、自分が置かれた状況と自分の行為の方向という見地から、意味を選択したり、検討したり、未決定にしたり、再グループ分けしたり、そして変形させたりする」Blumer 1969=1991: 6)。
ブルーマーによる三つの前提の表明、その第3の前提の重視の表明により、「解釈の過程」あるいは「自己相互作用」という概念が一躍注目を浴びることになる(船津 1976[e])。
海外においては、当初「シンボリック相互作用」といえば、それは「イコール『ブルーマー』」という時代がしばらくの間続いた。「とはいえその後・・・・シンボリック相互作用論を担う新しいリーダーとして、N・デンジン、A. L. ストラウス、S・ストライカー、G・ファインなどが登場し、この理論の新たな方向が模索されると当時に、ブルーマーの理論化に対する種々の批判が展開されるに至った」(桑原 2003: 11[f]=2019:[g] 34)。
ブルーマーの登場後、シンボリック相互作用論の国際的な動向は、「人間の主体的あり方を理論的に解明しようとする『シカゴ学派』、自己の経験的・実証的研究に取り組んでいる『アイオワ学派』、ミード理論をワトソン流の行動主義との関連において再検討し、独自の社会的行動主義の展開を目指す『イリノイ学派』、人間の行為や社会のあり方を演技やドラマとして捉え、それを具体的な相互作用場面において解明しようとする『ドラマ学派』など」に分岐した[1]。しかしそれでもなお、ブルーマーの理論化はその中にあって中心的な存在として認識され続けた。とはいえ、中心的な存在であるが故に、シンボリック相互作用論に対する批判も、自ずと、ブルーマーの理論化に対して集中的に向けられることになってしまった。なかでも、ブルーマーの「自己相互作用」概念に対しては、繰り返し「主観主義的」であるとする批判が投げかけられ続けた。
ブルーマーの自己相互作用概念に対する主観主義批判の内実とそれに対するブルーマー自身の反論の詳細については、既に桑原(2000)[2]において詳細な検討がなされている[3]。その詳しい紹介は割愛するが、そこで桑原は、自己相互作用という営みが「定義の諸図式」と「一般化された諸々の役割」という二つのパースペクティブに常に方向付けられているものと考えなければならないことを強調している。すなわち、自らを取り巻く外界を定義する手段である定義の諸図式と、そこにおける自分自身を定義するための手段である一般化された諸々の役割という二つのパースペクティブを使わなければ、人間は社会的相互作用を行うことも、その社会的相互作用が内在化されたものとしての自分自身との相互作用(=自己相互作用)を行うこともできない、と桑原は考えている(王 2025[h]: 30-31)。
自己相互作用は、定義の諸図式と一般化された諸々の役割という二つのパースペクティブに方向付けられながら展開されるものと考えなければならない。こうした考え方に基づいて、ブルーマーのシンボリック相互作用論(そして、その中核に位置づけられる自己相互作用概念)に対する主観主義批判は斥けられなければならない、と桑原は主張する。しかし桑原(2000)において展開された議論では、自己相互作用という営みが「いつ」「どういう切っ掛け」で発動するのか、そのことが明らかにされていない。
ブルーマー自身はどう考えているのか。ある箇所では「起きてから寝るまでの、人間の意識された生活とは、自己指示--つまり自分があつかい、また考慮のうちに入れるものごとに気をとめること--の絶え間ない流れなのである」(Blumer 1969=1991: 103)と述べ、少なくとも「指示」と「解釈」のうち、前者は常に介在していることを強調している。しかしその直後で「いかなる行為においても・・・・個人は、自分自身にいろいろな対象を指示し、それに意味を付与し、自分の活動にとってのその適合度を判定し、その判断に則って決定を下す。解釈、つまりシンボルを基礎とする行為ということで意味されているのは、こういうことなのである」と、「解釈」までもが人間の行為に常に介在しているからのように描写している。しかし、周知のように、ブルーマーは、人間間の社会的相互作用を「シンボリックな相互作用」と「非シンボリック相互作用」に分け、後者の相互作用を「解釈」の介在しないものとして説明している(Blumer 1969=1991: 10)。
一方で、「ハーバート・ブルーマーのシンボリック相互作用論の展開可能性」と題する論文において、桑原・木原(2010:[i] 242)は、人間の行為において自己相互作用が「必ず」(=いつでも)介在するという考え方について「大いに議論の余地があろう」とし、その議論にとってブルーマーが1931年に執筆した「概念なき科学」における「知覚」(perception)と「認識」(cognition)の議論が示唆的であるとしている(Blumer 1931=1991: 203)。
自己相互作用、特に「解釈」は、人間の日常的な行為において「常に」行われているものと考えるべきなのか、それとも、ある条件が生じたときにのみ発動するものと考えるべきなのか。この点については、最終節で。
日本におけるシンボリック相互作用の動向=片桐(2004)
船津(1976)←船津・越井論争を使え!
片桐編(1989)
船津・宝月編(1995)
船津ー片桐論争
主導権が船津から離れてゆく(詳細については、次節で展開する)
船津のミード理解への疑義
伊藤・徳川の戦略
片桐雅隆による構築主義的SIの展開
船津衛:2000年以降→詳細については、桑原による同書書評を参照のこと。
マーティン・ハマーズリーの邦訳の出版:哲学と社会学の架橋→詳細については、桑原による同書書評を参照のこと。
自己相互作用に関する経験的研究の不在。海外では、L. H. Athens。
自己相互作用を使った経験的研究(王ウカンM論)。→自己相互作用が「常に」「四六時中」行われているように考えられている。しかし、そのような自己相互作用把握をまさに論難の対象としているのが、上述のハマーズリーの邦訳(124-5ページ+その脚注)である。
機能主義心理学とブルーマーのSI。桑原自身による要約。
知覚=指示(web.archive.org/web/20240819071056/https://archive.vn/2v96l#selection-595.1-595.103)
経験的探究に向けて:ドナルド・ショーンへ
[1] 桑原司、2000年『社会過程の社会学』関西学院大学出版会BookPark(https://web.archive.org/web/20240819070744/https://archive.md/A6eJX#selection-577.1059-589.356)。
Cf. https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/14460533/ecowww.leh.kagoshima-u.ac.jp/staff/kuwabara/How-to-cite.htm
[2] ちなみに、桑原(2000)の展開版にKuwabara and Yamaguchi (2007)[j]がある。 このKuwabara and Yamaguchi (2007)をさらに批判的に考察したものとして、奥田(2007)[k]を参照した。
[3] 桑原(2000)[https://web.archive.org/web/20240819071056/https://archive.vn/2v96l#selection-787.0-787.32]
[a]桑原司(2003)「『シンボリック相互作用論ノート』のweb公開について」」「編集後記」『鹿児島大学総合情報処理センター「広報」』16: 10 -16.
[b]Tsukasa Kuwabara, 2003=2017=2019, “Symbolic Interactionism Notes” Web Release, Journal of Economics and Sociology, Kagoshima University, 93: 33-39.
https://web.archive.org/web/20241222034653/https://megalodon.jp/2024-1222-1138-08/hdl.handle.net/10232/00030833
[c]中野正大・宝月誠、2003年『シカゴ学派の社会学』世界思想社。
[d]Blumer, H. G., 1969, Symbolic Interactionism, Prentice-Hall(後藤将之訳、1991年『シンボリック相互作用論』勁草書房).
[e]船津衛、1976年『シンボリック相互作用論』恒星社厚生閣。
[f]桑原司(2003)「『シンボリック相互作用論ノート』のweb公開について」」「編集後記」『鹿児島大学総合情報処理センター「広報」』16: 10 -16.
[g]Tsukasa Kuwabara, 2003=2017=2019, “Symbolic Interactionism Notes” Web Release, Journal of Economics and Sociology, Kagoshima University, 93: 33-39.
https://web.archive.org/web/20241222034653/https://megalodon.jp/2024-1222-1138-08/hdl.handle.net/10232/00030833
[h]王 禹欢、2025年「中国人労働者の適応に関する社会学的研究」鹿児島大学大学院人文社会科学研究科修士学位論文。
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/14302589/ecowww.leh.kagoshima-u.ac.jp/staff/kuwabara/enseirin/ouukan/ukan.pdf
[i]桑原司・木原綾香(2010)「ハーバート・ブルーマーのシンボリック相互作用論の展開可能性」『地域政策科学研究』7: 237-249.
[j]Kuwabara, T. and Ken'ichi Yamaguchi, 2007, An introduction to the Sociological Perspective of Symbolic Interactionism: Herbert Blumer's Perspective Revisited, Journal of Journal of Economics and Sociology, Kagoshima University, 64: 1-9.
[k]奥田真悟、2007年「相互作用論から大衆社会論への再接近:T・シブタニの準拠集団論」鹿児島大学大学院人文社会科学研究科修士学位論文。