理研の大量雇い止めは何だったのか 和解した研究者が明かす裁判の舞台裏と「10年ルール」の実態
「なぜ私が裁判を起こしたのかと言いますと、私に対する雇い止めとチームの解散に合理的な根拠がなかったこと、そして理研による大量の雇い止めを阻止する意味もありました。本来は裁判なんか起こしたくないんですよ。毎日研究に没頭していたかったのですが、裁判を起こさざるを得ませんでした」 【写真】ネット中傷で自殺未遂した元女性アナ そう思いを吐露したのは、国立研究開発法人「理化学研究所」の男性研究員Aさんだ。Aさんは2023年3月末での雇い止めを通告されたことを受け、2022年7月に提訴。途中で理研が方針転換して雇用は継続されたものの、降格されたため控訴審まで争っていた。そして2025年10月、和解に至った。Aさんが語ったのは、10月14日に開かれた理研労働組合による記者会見だった。 理研では2017年以降、非常勤職員や研究者の大量雇い止めが問題となっていた。労働組合が東京都労働委員会に不当労働行為の救済を申し立て、Aさんら5人が裁判で争うなど、紛争は長期化していたが、今回の和解ですべての裁判が終結した。 和解にあたり、労働組合側は次のような「理研」を主語とする文章を公表した。 「(理研は)労使コミュニケーションの齟齬により本件紛争が生じてしまったことについて、控訴人及び利害関係人らに対し、遺憾の意を表する」 しかし、Aさんは「研究者の雇い止め問題がすべて解決したわけではない」と強調する。国内最大級の研究機関で何が起きていたのか。Aさんが経緯を語った。(ジャーナリスト・田中圭太郎)
●51歳でチームリーダーとして入職
Aさんは北海道大学で博士号を取得し、助手や助教として19年勤めた後、大阪大学で特任教授として4年間勤務した。その後、2011年4月、51歳で理研・生命システム研究センター(大阪府吹田市)にチームリーダーとして採用された。 理研の職員約4400人のうち約7割は任期制の非正規職員で、Aさんも1年更新の任期制だった。当初は「雇用年数の上限」は設けられていなかった。 「研究センターでは、私を含めてチームリーダーの多くは任期制でした。それでも、研究業績をしっかり出していれば、数年で切られることはないと皆が思っていました。最初に与えられたのは研究室の部屋だけで、理研の予算や自分が獲得した外部資金を活用し、少しずつ装置をそろえ、研究員を雇っていきました。最初は3人でスタートして、最終的には8人ほどまでスタッフが増えました」 転機は、2016年3月の新就業規則の導入だった。 2013年、労働契約法が改正され、非正規労働者が5年以上勤務すると無期転換権が発生するようになった。さらに2014年には大学や研究機関の研究者について、無期転換申込権の発生までの期間を原則10年とする特例が設けられた。 本来は非正規労働者の雇用安定化を目的とした法改正だったが、理研は新規則で ・事務職員は「5年を超えて契約しない」 ・研究・技術職員は「10年を超えて契約しない」 と明記し、しかも2013年4月に遡って適用した。 その結果、法改正から「満5年」に達する直前の2018年3月末までに、非常勤の事務職員300人以上を雇い止めする計画が生じた。労組が都労委に救済を申し立てるなど反対運動を展開したところ、理研は2018年2月、2016年3月以前から働く事務職員には適用しないとし、この雇い止めは撤回された。 Aさんは当時「研究者にまで雇い止めが及ぶとは思っていなかった」という。 「2013年の労働契約法の改正なんてまったく知りませんでしたし、2017年の契約書に2023年3月までと上限が入ったものの、そんなに深刻には考えていませんでした。 というのも、2018年4月から所属が生命機能科学研究センターに変わり、新たに策定された2025年3月末までの中長期計画の柱に、私の研究が位置付けられていたからです。 事務職員の雇い止めも回避されたので、研究者が乱暴に雇い止めされることはないだろうと思っていました」