ヒコック45おじさんのAI自動
翻訳動画。
コルトシングルアクションの
大人気弾薬だった.44-40(フォ
ーティフォー フォーティー/
日本語ではヨンヨン・ヨンマ
ル)と、その専用銃フロンティ
アシックスシューターについ
て解説している。
AI自動なのでかなり不正確な
日本語訳だが。

ヒコックおじさんは、現存の
1887年製の.44-40フロンティ
アシックスシューターを黒色
火薬.44-40弾で射撃している。
ものすごい硝煙。1発撃つと
前が見えない。
そして、かなり銃が汚れる。
作動不良を起こすのではとい
う程に。
実際の西部開拓時代の実戦で
は、映画のように弾薬リロー
ドして撃ち続けるというのは
結構困難だったのではなかろ
うか。

同じ黒色火薬(成分は異なるが)
である平玉火薬を使った時代
日本の金属モデルガンは、オ
ートマティックブローバック
方式では、あまりに硝煙がこ
びりつくのでまともに作動な
どしなかった。すぐにジャム
るのが常だった。
それと同様の現象は実銃でも
発生する訳で、これは無煙火
薬の発射薬が登場するまでは
自動拳銃が登場しなかったの
も頷ける。回転式リボルバー
は自動拳銃よりも多くの発射
ガスがシリンダー脇から噴出
するが、連射を続けたら銃が
動かなくなるのではなかろう
かというほどの硝煙が吹き溢
れる。無煙火薬の発明は偉大
だ。

1887年製コルトフロンティア
シックスシューター。
実は.45弾コルトSAAよりも利
便性において人気があった。



これである。
これの4.75インチ銃身モデル
が私が一番好きなコルトシン
グルアクションだ。
軍には.44-40(ヨンヨン・ヨン
マル)弾は採用されていないの
で、正確にはシングルアクシ
ョンアーミー=SAAとは呼べ
ない。しかも厳密にはピース
メーカーとも呼べない。大枠
ではピースメーカーと呼ぶが。
その大枠は日本の刀剣を刀と
呼ぶのに近い。刀剣の中には

太刀、打刀、脇差の分類があ
るのだが、大枠で「刀」と呼
ぶのと「ピースメーカー」の
大枠呼称は似ている。

.44-40シックスシューター







古色蒼然としている。


コルトは1871年、1872年、
1875年にパテントを取得
している。陸軍制式採用と
なったのは1873年で、翌年
1874年から1875年にかけて
軍への供給が開始された。
一般民間向けに発売が開始
されたのは1875年からだ。
それゆえ1875年以前を舞台
とした西部劇でSAAが出て
来る映画やドラマはすべて
時代考証無視という事にな
る。



実銃を心行くまで屋外で射撃
して楽しめる。
アメリカはその一点はとても
素晴らしい。
日本でも本当は敗戦まではそ
うだった。誰でも町の銃砲店
で拳銃も購入できた。
戦後の日本の全武装解除政策
により、「一般人が拳銃を持て
ない国」に変貌させられた。
現在、けん銃を合法的に所持
できるのは法執行機関とオリ
ンピック小口径ピストル競技
選手のみだ。ピストル競技選
手のけん銃も、警察に保管し
なければならない。実質的に
選手は警察官もしくは法執行
機関在職か元在職者でないと
選手にはなれない。一般人が
今の日本ではけん銃所持は違
法という法律が作られた。
暴力団とかはガバガバ持って
いるが、それはガバメント制
度には反する違法な所持だ。
かつて警察は暴力団を使って
安保闘争や労働争議を弾圧す
る事をしていたが、90年代以
降はトカゲの尻尾切りで暴力
団を反社と位置付けて取り締
まるように方針変更した。
かつては暴力団は警察国家権
力の手先、尖兵として警察が
利用していた事実が日本の歴
史には存在する。暴力団と右
翼団体、これは警察の尖兵と
して実際に活動していた。

なお、これはあまり一般的に
は知られていないようだが、
日本国内の殆どの銃砲店は統
一協会勝共連合のメンバーで
ある。
理由は一つ。日本国家が反共
主義勢力には銃武装させてい
る、という事。
日本においては、思想調査と
身辺調査が為され、共産主義
者や反体制活動経験者には実
銃所持許可が国から絶対に下
りない。これは絶対に。
それは一つの国内統治政策と
してはそうなるだろう。
日本共産党のようなニセモノ
の裏切り政党ではない真の共
産主義者の結社は、武装蜂起
暴力革命をプロレタリア日本
革命として実行する事を目的
にしているのだから。
当然、簡単に銃器を手にする
道は国家としては閉ざすだろ
う。当たり前。
日本の共産主義者が武力革命
をやるには、「国軍」を割って
の蜂起内戦しか道は無い。
海外勢力の支援を受けるのは
それは法的に「外患誘致」で
あるから✖というのではなく、
自国帝国主義打倒の闘争では
なくなるのでアウトなのだ。
日本革命は日本人自身の手で
国体変革として為さないと意
味がない。外患誘致は支援し
た外国のポチになるだけだか
らだ。ソ連の覇権主義が好例。

理屈の図式としては以上のよ
うになるが、日本国内での武
装蜂起日本革命はもう無理。
きざしさえも起こせない。
あったとしたら戦後直後だっ
たが、日本共産党が進駐軍を
「解放軍」とか規定する大誤
謬をやらかしたので、日本革
命の勝機だったゼネストさえ
も潰された。
もう日本革命は到底無理とい
う理由は、革命勢力と反革命
勢力(旧体制)の圧倒的な戦力
差による。暴力装置の戦力と
しての。
この先も、日本革命は起きな
い。
ただし一つのチャンスはある。

それは日本がファシズム化し
て人民が露骨に大々的に弾圧
され始めた時だ。
だが、日本人は体制好きなの
で目覚めないだろう。
幕末戊辰戦争でさえ、あれは
武士という一部の特定武装集
団のみが蜂起して戦争した内
戦だった。一般人は決起はし
ない。これは日本古来二千年
の歴史においてそれ。日本人
民が体制権力に対して武装蜂
起などした事は一度も無い。
せいぜい小競り合い程度だ。
日本に生まれ育った日本人と
はそういう人たちだ。西欧の
ように自ら血を流して国作り
などした事は一度も無い。
アメリカでさえ英国からの独
立戦争を実行しているのに。
日本はすべて上からの命令に
盲目的に従う従順な飼い犬だ。
目の前の安全と安定があれば
満足する。国や全人民の生命
や暮らしの事などはどうでも
いいと思っているのが日本人
二千年の性根だ。
そして、日本においては、真
実や真理を語ると、その者に
対して集団的排除ベクトルが
人民において働く。
理由は、日本人は村八分が大
好きなさもしい民族性に骨の
髄まで腐っているからだ。
現代においてはその質性が加
速度的に増長している。
この国の民度は著しく低い。
愚民にさせられる事を自ら望
むのは、その時点ですでに自
分が愚民のお仲間だからだ。
結果として、真実としては、
それが自分自身だけでなく、
自分の家族や友人たちの首を
も絞めるという事には気づか
ない。


テッポ持たせろよ。
日本国民全員に(笑
合法的に。
でも、日本人の武士が刀を
持っていてもあちこちで人
を切り倒す事は無かったが、
今の日本人にテッポ持たせ
たら矢鱈目ったらぶっ放す
奴らだらけになるだろうな。
刀が人々を傷つけなかった
のは、それは携帯する人間
が武士だったからであって
(一般町人たちも刀の所持は
合法、携帯が禁止)、今の民
度の日本人がテッポを全員
が持てたとしたら、とんで

ない事になるだろう。排外
排除主義でしか生きられな
い心の囚人たちばかりが世
の中大手を振ってるのが現
代だから。