本文は現在産休育休を取られている方、これから取得される見込みのある方を非難する目的ではないけど、もし仮に目に留まった場合いやーな気持ちになるかもしれないので、目に留まらないことを祈る。
これからめっちゃ愚痴る。建設的な意見は何もない。愚痴だし自分語りだ。
書いてたらちょっとスッキリしたのでこれは俺のために書いている。
とある地方でとある科で医師をしている。人によってはたいしたことない仕事量ではない。こんな日記を昼間にトイレにこもって書いてるぐらいだ。まあ、お察しの通り俺はなんで医師になれたのか謎なぐらいの頭の出来である。
6月末、体調を崩した。
職場につくだけで動悸、動くだけでフラフラする、考えがまとまらずうまく言葉を発することができない。家に帰ったらまあ元に戻るが、翌朝のことを考えると動悸がして眠れなくなる。まあ、よくある適応障害的な症状のオンパレードだ。たまに死にたくなるけどフツーに死ぬのはやめといたほうがええで〜と客観的に思えるぐらいは冷静だったので、適応障害やなあこれ、と自分で納得していた。
今年、医局から派遣された病院で当直もしくはオンコールの回数が増えたことや、嫌味な上司がいること(仕事できない俺が悪いけど)、立て続けに重症患者の対応しなければならなかったことがきっかけだったと思う。とにかく体調を崩した。俺より優秀な医師が俺より働いてるのを目の当たりにしているせいか、こんなことで何やってんだと自分を責める思いも日に日に強くなった。
ふと、もっと体調を崩す前に、一旦仕事を休もう、というか職場を変えよう、今の科は向いてないから転科をしよう、と思いついた時、パーっと一瞬心が晴れた気持ちになった。俺も悪いが今の環境が俺に合ってないし、というか俺を派遣された病院も可哀想だ。俺以外のやつが来たら互いにウィンウィンではないか。というか俺が医局を辞めた方が医局も面倒な奴の世話をしなくて済むから辞めた方がいいだろ。
その日のうちに妻にそのことを打ち明けて賛成してもらえたので、まず直属の上司に相談することにした。それに先駆け院内の心療内科を受診して適応障害と診断ももらった。(病院で働いてると受診が楽で良い)まあそやろな、と思った。
上司は理解があって同月は当直やオンコールを無くしてもらって土日も休めるようにしてもらった(今までは週休1日あれば十分、2日あったらラッキー、0日も普通 だった)ので助かった。当直やオンコールで急患で呼ばれなければ残業はない程度の科だったが、仕事のできない俺にはそれでもキツかった。
とはいえ職場に来るのも苦しい状況ではあり、人事に俺の代わりになる人を派遣してもらいそのまま退職が一番だと医局の人事の偉い先生に相談することにした。俺より若手がきてもきっと俺より優秀だしよく働くと思う。貯金もあるし、失業保険って意外にももらえるやん。と、意気揚々と、休みたいっていうか退職したいです、と重苦しい顔で伝えた。
まあ上手くはいかないよな。
すぐにでも退職したかったが当然そうなると病院は回らなくなる。地方の医局なので医師の数も潤沢ではなくすぐに後任を派遣はできない。それは俺もわかっている。
「年内は負担を減らしたまま働いて年明けには休めるようにするから……」と申し訳なさそうに人事の先生には言われた。俺もさすがに無理言ってんなとわかっていたので、それでもありがたいなと思った。12月まで働けば退職!転職して4月から勤務するとしたら3ヶ月も休めるのだ!その間たくさん寝て、まずはカフェイン依存になってる体質の改善をしよう。たくさん寝て規則正しい生活をしよう。転職の準備にも時間を割ける。結婚したときは全然休めなかくて新婚旅行に行けなかったから妻と海外に行ってもいいな。急に心が晴れた気になった。
それからは負担を軽減してもらいながら働いた。負担だったそれぞれ月4回ずつの当直とオンコールも減らしてもらい、月4〜5回のオンコールのみで済むようにしてもらった。夜中に呼ばれたらいかなきゃ行けないのは変わりないがそれでも呼ばれさえしなければ家で寝られるのはありがたかった。土日出る日も抑えてもらったので月に2回は2連休ができた。明らかに周りの負担が増大している気がするのも心労で、自分の無力さが身に染みて最初のうちは体調不良も続いたが、次第に動悸は改善して憂鬱な気持ちだけで済むようになった。無力さにも慣れるんやな、と思った。個人的に不眠がそこまで続かなかったのが良かったと思う。もともと体調不良が出づらい身体でほんとによかった。
とはいえそれも1月には円満に退職できる!と信じていた点も大きい。先の見えない不安よりもゴールがある方が気持ちが楽だった。転職活動も細々と水面下で始めるとわりと順調に転職が決まり地元で4月から働くことになった。医者って転職めっちゃ楽。あとは退職する日だけやな〜と思って、キツイな〜と楽にしてもらってるしなんとかなるぞ〜と気持ちが浮き沈みし続けているなか、また人事と面談をすることになった。
嫌な予感はしていたのは、11月になっても引き継ぎがどうこうみたいな話が全く進んでなかったからである。
人事担当にとりあえず4月から地元に帰ることにしました、と伝えると、また神妙な顔で言われた内容を要約したのが下記の通り。
「他の病院で産休に入る人が出た。さすがにそこに代わりの医師を派遣する必要がある。医局を辞めるのであれば3月末まで働いてくれないか」
てか最近産休入るって言われて「おめでとうございます」って言うのはもうセクハラになるかもしんないから「あっ、そうすか。了解です」しか言えないっすよね笑
俺はどうすべきだったんだろうな。もっと体調崩してからガッツリ働いてガッツリうつになったりしたら良かったんかな。中途半端な体調不良で中途半端に働き続けたのが良くなかったんだ。転職活動できるぐらい元気だったのが良くなかったんだ。もっとガッツリ具合を悪くしないと。自殺未遂するぐらいの根性を見せないと。根性が足らんかった。何事も根性。中途半端に「自衛しよ」とか思うのが良くなかった。中途半端な奴は休む権利すらない。
産休はいいよな。めでたいよな。めでたいね、って言われながら休めんだもんな。これはセクハラだよな。ほんとにこいつどうしょうもないよな。ごめんな。
はっきりしてんだもんな。身体と精神と生活に負担がかかることが。休んで当然だよな。
いやー、違うんだ。馬鹿にしてるわけじゃない。お産も育児も大変だ。俺が想像もできないぐらい大変だ。想像するだけでウッとなるぐらい大変だと思う。子無しメンズの俺が言うべきことはなにもない。ええねんええねん、休め休め。お前はしっかり子どもを産んで育てて、大変な思いをしてそして幸せになってくれよ。俺は誰かの幸せの役に立ちたくて医者になったんだよ、もう忘れたから憶測だけどよ。どこの病院のどいつか知らねえけどよ。俺は恨んでないよ。だって俺は中途半端な体調不良男だ。しょーもない男だしよ。お前の大変さと比べると俺なんか耳クソとれねえぐらいの大変さだよ。死ねばいいんだよなこんな男はよ。そのほうが社会の益かもしんねえよな。ウソウソ、ウケる笑 俺はサンボマスターで育ったからそんなことないのは知ってる。
とまあ、産休ってカードとしてやっぱ強いんだな、と俺は納得して希望を下げるしかなかった。まあ最初から無理な話だったんだな。ウケる。ていうか1人産休が出たらもうてんやわんやの医局やべえな〜と人事がなんか知らんが語ってきた大変さを聞き流しながら、辞める決断は正解だったなと改めて思う。ていうか医局を辞めるならばって前置きしてるけどじゃあ辞めませんっつっても俺が休み取れる状況じゃねえだろコレはよ。ははは、まー大丈夫っすよ、へへへ。自分、まだやれますよ、多分よ。
でもなー、心が折れた感じはしたんだよな。心が折れる音なんて聞こえなかったけどよ、折れたんだよ、折れた気がすんだよ、俺はよ。
俺はどうすべきだったんだろうな。でもあのとき仕事に行きながら動悸がして、毎日毎日暗いこと考えて涙が出そうになって、何でもいいからここから抜け出したいと思った気持ちは確かだったんだよな。ただそれも中途半端だった。
きっと俺なんか全然たいしたことなくて甘えたこと言ってんだろうな、社会なめすぎてたぜ。
ていうかこれ明日から無断欠勤続けて退職になったらどうなんのかな。怖くてそんなこともできねえけどよ。
折れた心でどこまでいけんだろうな。なんとかまだ働けるし、迷惑をかけるわけにもいかない。優秀じゃない分迷惑をかけない方法は休まないことしかない。なんか生きてていいことあんまないな。俺は今日もモンスターエナジーを朝から飲み、通勤中にコーヒーを1リットル飲んで仕事に向かっている。全然頭はスッキリしない。まあ多分カフェインの取り過ぎで脱水になってんだろうけどよ。