西森路代 文フリ す-76

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西森路代 文フリ す-76
@mijiyooon
ライター。『あらがうドラマ 「わたし」とつながる物語』『韓国ノワール その激情と成熟』出ました。GALAC、リアルサウンド、ナタリー、朝日新聞、日経新聞、赤旗、ハフポスト、anan、CREA、Hanakoなどで書いたり語ったりしています。mijiyooon@gmail.com

西森路代 文フリ す-76’s posts

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10月3日から蟹ブックスにて、anan特別編集 魅惑の「香港映画」の世界 ZINE「伏線と回収の日々」(西森路代)刊行記念で、「本と香港」展 というのをやります! 「本と香港」展 蟹ブックス  2025年10月3日(金)~10月13(月)木曜定休
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今日の「激レアさん」ヤンキーのパシリをするのに、「ずっと完璧にパシリをしていると、要求が高くなっていくので適宜ミスらないといけない」というのが勉強になった。
女の子は奇麗な部屋に住んで、お花を飾っていて、いい匂いがして、ムダ毛がなくて、よく笑って、細かいことに気が付いて、小食で、もしくはおいしそうによく食べるのに太ってなくて、みたいなことは「自然」では存在しえなくて、それぞれなんらかの努力、もしくは気づかないくらい内面化している。
杉並区の選挙は、ちゃんと投票に行ったら、ほんとにすごい僅差でちゃんとした人が選ばれて、その後は当たり前のようにどんどん変わっていったりしてるから、ほんとに投票で変わることは日本においても無理なことじゃないという自信が持てたし、この感覚を知られてほしい。
朝の情報番組で、女の子のシースルーファッションが解せないという男性たちが出てて(逆もやっている)、それに対して女の子たちが「うるせーわ、お前のためにやってねーし」と普通にみんな言っていたのを見て、いい感じで変化してるなと思った。昔ってこういうのすらいえなかったと思う。
だいたい、クロ現とか見てるときも思うんだけど、日本に何かの問題があって、政府が何もしてくれないので、民間の人の尽力でなんとかしようとしている内容ばっかりで、尽力されている方は本当に素晴らしいと思いつつ、まじで国なにやっとるんだって憤りを感じてばっかりいる。
「逃げ恥」改めてみて、恋愛は交渉とかさびしいこというなよー、愛があるのになんでそんなこというのー?みたいなことが大きくなりすぎた世の中に、やっぱり恋愛は、もとより人間関係は小さな交渉、合意の連続であり、合意を取り合うことにこそ思いやりと愛情が宿るのではと思える結末だった。
日本の集団ナルシシズムのツイートのリプに「彼らは、四季があるのは自分の国だけと思ってる」って書いてて、うわ、まじそんなとこまで知られてるのかと思ってすごいきつかった。
これ書いたことあるかもだけど、会社員で実家でお金の心配しなかったときに、何の気なしに待ち合わせでコーヒー高めのところ設定したら、非正規の友達に「誰かにとってはなんでもないかもだけど、私は雑誌一冊買うのにも躊躇してるってことを知っておいて」と言われて、それからは意識するようにしてる
関係ないけど、若い時頑張ってれば女性たちの月給が14万とかにならないっていうひとって、努力とか頑張りが必ず実を結ぶって思ってるんだろうな。世の中は必ずしもそうではないんだけど。
しかし、女が女らしさを手放すのはわりと簡単なんですよね、開放だから。しかし男が男らしさ手放すのはけっこう難しい。なぜかっていうと、わりと特権性とかも手放さないといけないので…。でも、その中にも開放はあるはずなんだけど、なかなか特権性を前に見えにくいんだよね。
この人のことは好きだけど、ここはあかんでーみたいなことはどんなことでもあると思うけど、好きだから、全てを肯定するべき、みたいな感覚がすべてにおいて多いなって思う。例えば、日本は好きだけど、ここはあかんでーってこともありうるのに、好きだからこそそれを指摘してはいけないみたいな。
なんか『ラストマイル』の感想で、流れを止めない労働者を讃える話だって感じのを見てしまったんだけれど、私は真逆で、流れを止められない社会で我々はどうしていくかの話なのかと思ってた。
情熱大陸の片桐はいりさんは、女性が「ちゃんとわきまえちゃう」「男の人が主流の世界で作られた役なんかつまんないとか、女は恋愛の場面しか出番しかないみたいな印象がいままではある」「役が面白くないんだよー」と言ってて
このポスト、最初なんのことか、わからなくて、後で見ようと思ってたんだけど、刺繍の裏側、ほんとにこんな糸だらけには絶対にならない。特に唇のところに糸が出るとしたら、端と端の二本だけにしかなりません。もし、途中で切れて継ぎ足したとしても、玉留した糸はこんなに長く残さない。
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@copysaka
馬杉帆々香さんのキューピーコーワヒーリング錠のインパクトがすごい 刺繍だよなこれ、たしかに表はきれいに見えても裏側は大変なことになってる 「繕いきれない、内側に。」というコピーも秀逸 x.com/2gta9/status/1…
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山内マリコさんの『一心同体だった』読んだ。本社勤務の総合職の女性が、地方の営業に転勤になり、そこでショップの店長の女性の有能さを見て尊敬の念を抱くも、その店長の給料を思うと、自分が本社の総合職ということで彼女の給料をスポイルしてるのだと気づくシーンがあった。
フェアトレードとか、サステナビリティとか、SDGsとかって言葉をファッション誌や昼間のテレビで見ることも多くなったけど、そんなんならこの国の技能実習生のこととかまず考えたらええんじゃないかな。
ポン・ジュノ「自分の心のなかには、象徴や隠喩を拒否したい、という気持ちがあるんです。評論家や映画を観ている人たちは、やはり解釈をしようとしますよね。その解釈の網を抜けていく魚になりたい、そういう衝動があるんですよ」批評に対する言葉も深いわ。
私も『先生の白い嘘』を試写しまして、応援コメントはできませんと戻させてもらってました。もっと積極的に意見を伝えるべきだったのかもしれないとリポストの内容を見て思いました。
私、縫い物がけっこう好きだからこそ思うけど、服作るって縫い物が好きでもかなり大変なんだけど、休業中の人、それも専門職じゃない人にふるなんて、ありえない話。普段、縫製業をしてるひとのことも、CAさんのこともなめすぎ。
藤田ニコルさんのツイートのリプもなかなかだった。むしろ、「疲れてるんじゃない?」みたいなのがつらい。はっきり意思を持ってした発言が、一時の気の迷い、感情的になってるだけだから、ゆっくりすれば気持ちもおさまるよ、みたいな助言がキツかった。
あいちトリエンナーレ・表現の不自由展には、表現が規制された出来事を書いた年表があったんだけど、二段に渡るその年表が、2011年の311以降からめちゃめちゃ多くなってて、8割以上くらいを占めててなんともいえない気持ちになってしまった。
ワイドショー、蓮舫は政治の夢を語らないというが、裏金問題やプロジェクション・マッピングをやめることが「夢」だよ!!!と思ったらさ、RIKACOさんがそのまんまのことを言ってくれたのに、男性コメンテーターが食い気味で反論してるよ。
正直、ほんの数年前は、日本はちゃんとしているから、外国でオリンピックで競技場の建設が間に合わないとかってことはありえない、みたいに思ってる人のほうが多かったと思うんだけど、あっという間に日本はもういろいろ間に合わない、みたいば空気になった。それってこの8年以内のことではないかと。
なんか、広告が炎上しがちなの、なんらかの理由がある気がする。少し前の感覚が残ってしまってるというか。ほんの少し前なら、表向きポジティブな言葉で新しそうなこと言ってたらOKだったけど、今はもうそれでは流されてくれなくて、みてるほうをもっと鈍いものだと思ってる鈍さとか。
数日前の「クロ現」見てたんだけど、かつては、学校、地域、職場、親戚など「場」にいくことでつながりが持てていたけど、現代は「場」でも無理してつきあわないでいいから、「友達」にならないとつながりがもてないと言ってた。
ちょっと今頃わかったんだけど、「アンナチュラル」は、犯人が自分の犯罪の理由に物語があるって言うから、石原さとみが、んなもんねーわ!って言ってて、「MIU404」は、犯人(菅田将暉)に世間が物語を求めるから、何を語りましょうか?って言ってたのか!
卵焼きにオクラの断面が見えるように焼いて、星がちりばめられてるみたいな可愛い写真をアップしてた人のリプ見たら「私の家の卵焼きは甘いからオクラと合うかな」って言ってる人がいて、そんなことわざわざ本人に言う必要ある?…ってなったが悪気はないのかもしれない。
私なんて、そのど真ん中にいたんだよね。派遣が希望のある働き方だ、みたいな感じに言いくるめられて、問題点を指摘すると、この働き方で助かってる人がいるんだから、そんなこと言うもんじゃないって。
あと、りゅうちぇるのことって、別に自分の在り方と、日本の現時点での家族観みたいなものが違うから、自分たちの思う家族観でこれからは行きますって言ってるだけで、なんかを放棄したりもしてないのではって思ってる。
私、何度もツイートしてるけれど、「友達はいらない」本を書く人って圧倒的強者で、しかも基本、家族(だいたいは妻)にいろんな「いらない」と言って切り捨てる部分のベースになってもらっていると書いてることが多かった。
昔、20代の読む女性誌の若い編集さんに、女性で400万かせげる人は少ないんですよ、っていっても、嘘ついてるみたいな感じでしか見られなかったのを思い出してしまった。その雑誌には、20代女性が軽く400万くらいもらってるようなアンケートが載ってて。
NIKEのCMのコメントをみてると、どんな風に生きてても、自分は何かしらで誰かを傷つけてるかもしれない、踏んでるかもしれない(もちろん自分もよ)ということを、考えたくない人というのがいるのだなと。
病院に行けないくらい時間がないことを、個人のせいにしたコピーばかりなんたけど、これらを見ると、なぜ女性に時間がないかという構造が見えてくるくらいだというね。この間のレノアだったっけ、日本の女性の睡眠時間が短いみたいなの思い出した。それ、なんでかわかる?って。
「怒る」女性はかっこわるいという刷り込みをするものに敏感でいたいなと思う。もちろんなんでもかんでも怒っていいわけではないけれど、なんとなく本当にやめさせたいのは社会に対して怒ることなんじゃないかなっていう感じがあるので。そういうのって政治的でないふりをして政治的だなと思う。
そうだこの間の『新宿野戦病院』見て、行く当てのない若者女性が、自分をかわいそうとか弱者とみられることに憤りを感じている描写があって、ああ先ごろの選挙とかもこういうところのすれ違いなんだなってなって。弱者とか困ってるとかを判断することで「かわいそう」と見てるつもりはなくても
なんかたぶん絶対そう思われてるだろうけど、デモやフェミが揶揄されるときの抵抗感って、自分が言われて傷つくとかではなくて、その影で未だ権利が得られていない他の人がたくさんいるって考えてのことだと思う。
最近凄く思うんだけど、邦画って、自分の中にある悪意をさらけ出すのがいいみたいのが多くない?というか当たり前になってる気がするけど、例えば韓国の映画でそういうのほとんど思いつかない。
土下座の話聞くと、ほんとにげんなりするんだけど、土下座をすることが屈辱的で、その屈辱を受け入れてまでして謝ってるんだぞという、謝る側の気持ちを押し付けられてる感じがするからなんだよね。そんなもん知るか!っていう。
昼のテレビを久しぶりに見たが、つくづくこれからのことが思いやられて反吐が出そうである。何が日本の政治が動くだよほんとに体が不調をきたす。
性的なシーンをとるとき、望まず苦痛をあたえたり、それに加担してしまう可能性があるから、監督は自分のためにも、外部の専門家に頼むということができて、それをしないってことは、自分を過信しすぎではと考えることもできることかもしれない。高嶋政伸さんは正にそれを鑑みてお願いしてたような。
今テレビを見てるけど、プロポーズの場面に皆が涙し、婚姻届けが受理されて女性のほうが「じゃあ、もう〇〇さん?」と姓が変わったことを喜び、男性タレントが妻から「主人が」って言われたときにドキーンとしたと言っていた。世の中はこっちが大半でできている…。
控え目で保守的でそれが転じて攻撃的な人、すごいわかる。自分が規範的でいるのを美徳としつつも、抑圧されてることにも薄々気づいているので、自由奔放な人を見ると、その抑圧がプスプス漏れてしまう感じで。それって抑圧してきたものを恨めないので、間違った方向に攻撃性を発揮してるんだよね。
今、『逃げ恥』を見直してるんですが、これはやっぱりラブコメとして斬新で、平匡さんの考え方とかを知るにつれ、視聴者も一緒に「いいな」と思えるようになってるんですよね。1話でいえば「お嬢さんを僕に下さい」というなんて「ものじゃないんだから」という平匡さんに、この人よいなと思える。
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』地上波放送見送りなのまじで??? この映画をみて、民衆が立ち上がろうとする空気が出来たらやばいとかそういうこと?
芸人さんやテレビに出ている人が、フェミニストってちょうどいいいじれる存在だと気づきはじめてたらものすごーい嫌だし、別にフェミニストってそんな特殊な存在でもないし、いじるのは時期としても、もう遅いんじゃないかなって思ったりもする。
ここ何年か、何か加害をする方の人がいて、被害者の方を思ってその加害を批判すると、批判したほうが悪いということにすり替わるということが多くなっていたのを思い出している。
Creepy Nutsのオールナイトニッポン0聞いた。ヒップホップはミソジニーも容認してくれというのではなく、ミソジニーとか波物語のようなことがあって、そういうものを内包したヒップホップを好きで表現を続けるのは自己矛盾があって葛藤があるって話だったと聞いて、誤解してごめんというのと同時に
テキーラ一気飲みの場にいた当人のインタビュー記事、とにかくそんなゲームを発案したこととか、それを亡くなった本人がやろうと言ったとか、そのときに「自己責任だよ」と念押ししてるところとか、とにかく怖い…。
この西野の「地方の主婦を見捨てないためにどうすればいいかを考えたときに、フライヤーのデザインレベルを落とすんですよ」って、実際にTSUTAYAとかで並ぶ韓国ドラマのジャケットが何もかも(アクションや社会派作品までもが)ラブコメ風のピンクのデザインに変えられるというやつで行われていて…
「ありえへん世界」で海外の整形番組で、結婚、出産してから太ったり肌荒れしたりで見た目が変わって、夫から暴力ふるわれてるけど娘のことを考えると整形して家庭円満になりたいと言う人でてきたけれど、変わるべきは妻の見た目ではなく、夫のほうでしかなくて。
なんかさ。いま見ると自分を苦しめる権力者に同化することで、少しでも自分の強さを信じたがる人の存在がこの映画の公開時よりも、はっきり見えてるから、ウォーボーイの見方も違ってくるな。
Number_iとJackson Wangのビデオ。曲も好き。何度でも見たい。
『逃げ恥』のみくりって、職場では能力があるのに、感情労働的なことがほかの派遣労働者よりもできないために、そこに居続けることができなくなり、恋愛でも結婚が見えてきたら好きを搾取されたり、まあまあ大変な状況にあらがってる主人公なので…。
『成功したオタク』はオタク以外が見ても面白いと思います。推しが性犯罪者になったら、まず怒っていいんだよと思える映画です。政治家が不正をしたときも怒っていいし。怒っていいじゃなくて怒らないと。
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