〝アリウス〟潰すゾ!!!   作:あば茶

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バレンタイン……間に合ったか……!(手遅れ)


血のバレンタイン、開幕

 

 

 

 

〝誰かバレンタインにオススメのチョコ菓子おせーてくだち〟

 

 

 

それは折川酒泉がモモッターで呟いた一言だった

 

スイーツ好きというだけあって知っているチョコ菓子の種類は誰よりも多いものの、その中でどんな類いの物が女子受けするのかまでは酒泉は知らなかった

 

故にネット上の皆の力を借りようとした訳だが……ここで一つの問題が発生した

 

それは────折川酒泉がチョコ菓子を贈ろうとしている相手が誰なのかという問題である

 

その呟きを見た時、ある者は自分に贈られるチョコだと信じて疑わず自らの好みを酒泉に伝え、またある者は恋人の存在を匂わせる酒泉に絶望し、またある者は寝取られる妄想までして勝手に脳を破壊された

 

そんな事件が起きているとも知らず、昨日作っておいたチョコレートを持ってゲヘナ学園に向かう酒泉

 

彼を待つのは希望か絶望か、はたまた女の嫉妬が混ぜられたどろどろの血のバレンタインか────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ミカ:今日私に渡したい物あるでしょ?面倒だけど仕方ないから寮前で待っててあげるね☆

 

酒泉:はぁ?ねえよんなもん

 

 

「よし、返信完了」

 

開幕、一名脱落

 

これによりチョコレート争奪戦から一人の少女が存在を消した

 

お前に用など無いと言わんばかりに冷酷に切り捨てる酒泉、しかし彼はクソボケなので仕方ないだろう

 

まあ、聖園ミカに用は無いがトリニティそのものには用がある……と訂正した方がより具体的だろう、何故なら彼は正義実現委員会のとある少女とチョコレートを送り合う約束をしているのだから

 

きっとその少女は当日、酒泉と二人で出掛けた際にプレゼントされた服を着てやってくるだろう

 

 

「何がバレンタインじゃオラアアアアア!!!」

「アタシらには関係無いんだよおおおおおお!!!」

「滅びろバレンタイン!リア充全員爆発しろ!!!」

 

 

 

「……おーおー、荒れてんなー」

 

 

普段以上に荒れ狂うスケバン達を冷めた目で見つめながら通学路を歩く酒泉、同時に前世で友人の野郎共と似たようなやり取りをしているのを思い出して懐かしんでいた

 

その日は酒泉もチョコレートを貰った数はゼロだったのだが、放課後自身の後輩から〝先輩なんてこれで十分です〟とコンビニで買ったマカロンを顔面に投げつけられ、それを全力でキャッチしにいったという情けない過去を持つ

 

更に後輩の妹からはそこらのスーパーで買った食いかけのマフィンを食べ切れないからと押しつけられたので渋々……本っっっっっっっっっっっ当に渋々と満面の笑みで甘い甘いマフィンを代わりに堪能してあげた過去も持つ

 

……それとこれは余談だが、その妹ちゃんに好意を寄せている男の子がそのシーンを目撃した結果、脳に多大なダメージを受けたとか

 

 

「……っと、感傷に浸ってる場合じゃねえな。さっさと行かねえと」

 

 

 

 

 

 

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「ん?あれは……おーい、火宮さーん」

 

「あ……お、おはようございます」

 

「おう、おはよう……どした?なんか落とし物でもしたの?」

 

「え?」

 

 

校門前でウロウロしているチナツの姿を発見した酒泉は登校中に落とし物でもしたのかと思って声を掛けた

 

するとチナツは首を横に振ってそれを否定した……が、その素振りは妙に大袈裟だった

 

 

「ち、違います!その……少々考え事をしていまして……」

 

「考え事?……こんなとこで?」

 

「は、はい……」

 

「ふーん」

 

 

だとしても校門前に留まらず校内の落ち着ける場所ですればいいのではと酒泉は思ったが、人には人の事情があるだろうと特に深く探ろうとはせずそのまま校門を通り抜けていった

チナツもそんな酒泉の背中を見て大きく深呼吸し、手のひらに〝人〟の字を書いて飲み込んでから酒泉の左隣まで駆け出した

 

 

「……今日はバレンタインですね」

 

「だな……まあ、俺達風紀委員にはあんま関係無さそうだけど」

「……その、酒泉君は今日は誰かにチョコレートを貰ったりしましたか?」

 

「まだ誰にも貰ってないよ」

 

「〝まだ〟って……まるでこれから誰かに貰えるみたいな言い方じゃん」

 

「ん?……おお、銀鏡さん。はよざっす」

 

「おはよ」

 

 

いつの間にか現れたイオリがするりと酒泉の右隣を陣取ると、そのまま肩を並べて歩き始めた

 

チナツと違って一見普段通りに見えるその姿も酒泉の目から見ればどこかソワソワしている様に見えた

 

 

「何の話してたの?」

 

「バレンタインの話っすよ……世のモテ男は一日で大量の糖分を摂取できる不平等な日です」

 

「嫉妬するのそっちなんだ……」

 

「甘い食べ物が大好きな酒泉君らしい嫉妬ですね」

 

 

若干ズレた方向に嫉妬の炎を燃やすものの、実際には酒泉もそこまで羨んでいる訳ではない

 

前世でモテたいモテたい言っていたのもあくまで男子高校生らしい純粋な願いであって、それをあまり口に出さなくなったのも今世で二度目の高校生活を送った事で精神が多少落ち着いたからである

 

……というより既に二人の女性に告白されているにも関わらずそのような事を口走るのは彼女達の気持ちを蔑ろにしているも同然と酒泉は考えている

 

 

「酒泉君が求めているほど大量というわけではありませんが……その、これくらいの量なら……」

 

「……ん?これは……」

 

「ど、どうぞ!」

 

なるべく自然体を装うとして失敗したのか、チナツは鞄から取り出したピンクの紙袋を上擦った声で差し出す

 

軽く中を覗いてみれば、透明の袋の中に筒状のクッキーが幾つか詰められていた

 

 

「チョコ味のフォーチュンクッキーです、中には今後の運勢が記された紙が入っていますので食べる際には注意して────」

 

「イヤッホオオオオオオ!!!糖分だあああああああ!!!」

 

「……聞いてます?」

 

「聞いてる聞いてる!火宮さんマジでありがとう!このお返しは絶対にするから!ホワイトデーはもう何倍にもして返すから!」

 

「……ありがとうございます」

 

 

自分より糖分を優先されたと思ったのか、チナツが若干不機嫌そうに酒泉に尋ねる

 

すると酒泉は〝ホワイトデーにお返しをする〟と確かにその口で約束をした……が、それはチナツにとって素直に喜べるような言葉ではなかった

〝ホワイトデーにお返しをする〟という事は、少なくとも今日はチナツに何かを渡すつもりはない……つまり酒泉がモモッターで呟いた〝チョコ菓子を渡す相手〟は自分ではないという事になるのだから

 

 

「……酒泉君、実はそのクッキーの中に一つだけ紙じゃなくて本物のチョコレートが入っているのがありますので……是非、当ててみてくださいね?」

 

「しかも当たり付き!?」

 

 

しかしそんな嫉妬混じりの気持ちもより目を輝かせて喜ぶ酒泉の姿を見れば一瞬で収まってしまう

 

我ながら単純だと思いながらもチナツは一先ず目的は達成出来た事にほっと胸を撫で下ろす

 

 

「よかったじゃん、あんな喜んでもらえて」

 

「イオリ……イオリは酒泉君に────」

 

「それじゃあ私は先に行ってるよ、放課後風紀委員会でねー」

 

 

チョコを渡さなくていいのか、チナツがそう尋ねる前にイオリは小走りで駆け出してしまう

 

その際に大事そうに紙袋を抱える酒泉の背中を軽く叩くと、一度立ち止まってからくるりと振り向いた

 

 

「そうだ、私もついでにこれあげるよ」

 

「うおっ……と、これは……ショコラ・デ・ゲヘナじゃないすか」

 

 

イオリが投げ渡した物を咄嗟にキャッチする酒泉、その手には靴墨の様なケースが握られていた

 

しかし酒泉はそれが靴墨ではなくチョコレートだと知っている、彼自身自分で購入して食べた事もあるのだから

 

 

「貰っちゃっていいんですか?」

「いいよ、さっきも言ったけどついでだし」

 

「おおー……ありがとうございます、銀鏡さんにもしっかりお返ししますから」

 

「別にそこまで気にしなくていいよ、間食用に買ってたのを忘れて鞄に入れっぱなしにしてただけのやつだし」

 

 

チナツの時とは違って然り気無く……本当に何でもないかのようにチョコを渡してそのまま去っていくイオリ、その様子は甘酸っぱい男女のやり取りというよりかは親しい友達と会話してるだけにしか見えないだろう

 

……しかしチナツは見逃さなかった、後ろから見えるイオリの顔が少々赤くなっているのを、そして尻尾の形がハート型に変形しているのを

 

 

「ふふっ……強がらなくてもいいのに……」

 

「強がる?何が?」

 

「気にしないでください、酒泉君には一生理解できない事ですから」

 

「急に刺された……」

 

 

 

 

 

 

 

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「……おろ?」

 

「やっと来ましたか……もうとっくに他の部員は集まってますよ」

 

「すんません……」

 

 

仕事開始の十分前には執務室に到着したしいいだろうと内心で愚痴りながらも、妙に苛立っているアコに素直に謝罪する酒泉

 

その視線を自分の席に向けると、そこにはピンクのリボンが巻かれた青い小箱が置かれていた

 

 

「……あの、これ何ですか?なんか俺の席に置かれていたんですけど……」

 

「私は何も……」

 

「同じく……まあ、今日が何の日かって考えたら多分バレンタインチョコだよねそれ」

 

「バレンタインチョコ……」

 

 

酒泉は既にイオリとチナツからチョコを受け取っている、ならば消去法でアコが置いた物かと視線を向ける

 

しかしアコは酒泉が尋ねてくる前に〝違いますよ〟と先手を打つ

 

 

「どうして私が貴方なんかにチョコをプレゼントする必要があるんですか、そんな暇があるならヒナ委員長の分のチョコ作りに時間を費やしますよ」

 

「ですよねぇ……じゃあ一体誰が……他の風紀委員か?」

 

 

小箱の裏を確認しても名前は記されておらず、何か手懸かりになりそうなものも一切存在しない

 

もしや誰かが好意を寄せて、いやしかし同じ物を他の部員にも配っている可能性が、あれこれ考えながら首を傾げる酒泉に対して冷たい目を向けながらアコが呟いた

 

 

「まあ、良かったじゃないですか……貴方のクソボケっぷりが知れ渡っているゲヘナにも貴方を好いてくれるような物好きが居てくれて」

 

「はいぃ?俺は女の子の涙の一粒すら見逃さないスーパーつよつよアイズを持っているんですがぁ?そんな俺がクソボケだとでもぉ?」

 

「クソボケが自分をクソボケだと自覚できる筈無いでしょう?他者から見た貴方は誰がどう見てもクソボケですよ!ク・ソ・ボ・ケ!」

 

「四回も言ったな!?親父にも言われたことないのに!」

 

「また始まったよ……」

 

「もうすぐ委員長が来ますのに……」

 

 

頻繁という程ではないがちょくちょく見掛けるこの口喧嘩も風紀委員にとってはすっかり見慣れた光景であり、二人が本気で言い争っているわけではないと全員が理解している為誰も止めようとはしない

 

周囲の者達からは犬猿の仲ではなく、ただのじゃれあいとしか思われていないのだから(本人達は全力で否定するだろうが)

 

 

「……とにかく!貴方はそのチョコを置いてくれた相手に感謝しなさい!貴方みたいなクソボケでも見限らず好意を向けてくれているんですから!この出来事を忘れず一生その存在を大事に想っていなさい!」

 

「言われなくたってそうしますぅ~!あーあ、このチョコをくれた人はきっと天雨さんみたいに口煩くなくおしとやかな人なんだろうなー!」

 

「んなっ……!?私が口煩いとでも言いたいんですか!?」

 

「だって現在進行形で煩いですしー?」

 

「こ、の……!」

 

 

ピキリと青筋を立てながら拳を握るアコ、しかしここは冷静にと一息吐いてから生意気な面を浮かべる後輩に一つの提案をした

 

 

「……では、賭けてみますか?」

 

「は?賭け?……何を?」

 

「このチョコレートを貴方に贈った相手がどんな相手かをです。もし貴方の言う通りその相手が〝おしとやか〟な人でしたら私が貴方の言うことを何でも一つ聞いてあげましょう……ただし、チョコを贈った相手が私の様な〝口煩い〟人だった場合は代わりに一つ、私の命令を聞いてもらいます」

 

「いや、女性からの贈り物を賭け事に利用するのはちょっと……」

 

「フンッ!!!」

 

「甘いわぁ!!!」

 

 

アコの華麗な右ストレートを華麗に回避する酒泉、戦場慣れしている彼にとってアコの一撃など所詮無駄に横乳を揺らすだけの鈍い動作にしか見えていないだろう

 

ちなみに揺れる横乳を視界に入れてしまったとしても酒泉は最早何も思わない、何故なら見慣れてしまったから

 

 

「どうして貴方はそういうところだけ馬鹿みたいに誠実なんですか!普段は節操の無い風紀乱しの女誑しな癖に!」

 

「はぁ!?馬鹿みてーな服着てる天雨さんには言われたかありませんよ!」

 

「馬鹿みてーな服!?これのどこが馬鹿みてーな服なんですか!!」

 

「ちょっと酒泉、そろそろ委員長が来るから……」

 

「行政官も落ち着いてください!こんなところを見られたら何を言われるか────」

 

「もう手遅れよ」

 

両手を合わせて取っ組み合っているアコと酒泉、その間に割って入るかのように冷たい声色が通り抜ける

 

ギギギと錆びた機械の様にぎこちなく横を向いてみれば、アコと酒泉を射抜く様な眼光でヒナが二人を見上げていた

 

 

「もうすぐ仕事だというのに手を繋いではしゃぐなんて……随分と仲が良いのね、アコ?」

 

「い、委員長!?違うんです!これは……これは……!」

 

「何が違うの?言ってみて」

 

 

咄嗟に言い訳を口にしようとするが、そのあまりの圧に続きの言葉が出てこないアコ

 

彼女は日頃から委員長の傍らで仕事をこなしているのもあってヒナの内に潜む威圧感の正体にうっすらと勘づいていた

 

 

「酒泉、貴方もよ。見たところまだ仕事の準備も出来ていない様だけど?」

 

「こ、これはその……天雨さんが邪魔してきて……!」

 

「はあ!?私に責任を押し付けないでくれません!?」

 

「実際天雨さんのせいでしょ!?余計な茶々入れてくるから────」

 

「酒泉、アコ」

 

「「ごめんなさい」」

 

 

ただ名を呼ばれただけなのに二人の細胞は一瞬で屈服し、宿主の意思より先に即座に頭を垂れさせる

 

普段以上の威厳を醸し出す委員長の尋常ではないオーラに、特に叱られている訳でもないイオリやチナツまでもが恐れ戦く

 

一体何がそこまで彼女を不機嫌にしているのか、今日はバレンタイン……もしや酒泉の元にチョコが集まってくるのが不満なのか

 

あらゆる可能性を咄嗟に思い浮かべるヒナ以外の少女達、しかし彼女達は知らない────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どうしよう……どっちを渡せば……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────このヒリついた空気の正体が、ただのヒナの緊張感である事を

 

手作りチョコを作ってきたは良いものの、バレンタイン当日に〝意中の男性にはチョコレートよりマカロンを渡した方が良い〟というネット記事を発見してしまった事を

 

それによって咄嗟にコンビニで買ってきたただのマカロンを渡すか、気合いを入れて作ってきたチョコを渡すべきか悩んでいる事を……どっちも渡せばよくね?

 

 




ちなみに今年の酒泉君はチョコを作ってくれと頼んできた相手の分しか作っていません(基本的にホワイトデーに色んな人に配るタイプ)、その相手は二人います

一人は我らが正実ちゃん、もう一人は……そういえば酒泉君にめっちゃ強請ってくるタイプのクラスメイトがいたような……
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