「買春こそ問題」女性支える法 フランス「売る側は保護の対象」

 繁華街の路上などで、「客待ち」や「勧誘」をしたとして女性たちが摘発されるケースが後を絶たない。日本では売る側が罪に問われるが、フランスは2016年、買春を暴力と位置づける法律を作った。フランスの性売買の現場を歩きながら、日本の課題を考えた。(大貫聡子)

 ■抜け出すため住居・仕事支援、買う側に罰則

 今年6月、パリのカフェで記者が会ったカタリナさん(仮名・24歳)は、大学生だった19歳のとき、生活費を稼ぐため「自然派マッサージ」を掲げる店のアルバイトに応募した。

 そこは性売買の店だった。カタリナさんは、21歳まで売春の状況にあった。ぬけ出して3年が過ぎた今も、抗うつ剤や抗不安薬が手放せない。

 店では女性の経営者に叱られたり時には褒められたりしながら、「洗脳のような状態で」売春をさせられ、売り上げを競わされた。監視もされており、店で働く他の女性と話をすることはなかった。「まるでロボットのようだった。心が負担を感じているかどうかわからなかった」と振り返る。

 3年前、食べられない、寝られないという状態に。大学のソーシャルワーカーに相談したのをきっかけに医療や支援につながった。

 「親にも友だちにも売春のことを話したことがなかったし、被害とは思っていなかった」。カタリナさんが被害届を出したことなどを契機に、店には警察の捜査が入り、2023年、経営者と4人の客が逮捕されたという。

 フランスでは16年、買春を暴力と位置づけ、買う側を罰する「買春処罰法」が成立した。売る側は処罰の対象ではなく「被害者」として保護される。

 買春で有罪判決を受けると、1500ユーロ(約26万円)の罰金が科される。何度も繰り返していた場合は3750ユーロ(約64万円)に上がるほか、再犯防止の研修受講などを命じられる。罰金は、売春の状況にあった人を支援する団体の活動資金にあてられる。

 買春処罰法は、売春の状況から抜け出すための住居の提供や就労支援なども定めた。

 売春の状況にある人を専門に受け入れるシェルターの施設長を務めるアンヌソレーヌ・タイヤルダさん(40)は法律で、警察の対応が大きく変わったと話す。被害届の受理にとどまらず、警察が「あなたにはこんな権利がある」と情報提供をしてくれるようになった。「警察が民間団体と連携し、支援団体につなぐようになったことは大きな進歩だ」

 買う側の「可視化」も進む。実態調査では、被害者の9割が女性であるのに対し、買春をする客の99%は男性だった。

 これまで1千人近い買春者に再犯防止講習をしてきた支援団体「セル財団」のフレデリック・ボワザールさん(54)によると、受講者の言い分は「妻が妊娠中」「母が亡くなって落ち込んでいた」「パートナーにセックスを拒否され、仕返しのつもりだった」――など。受講者は全員男性で、年齢は10~80代と幅広く、大半は家族がいる。仕事も教員、警察官、企業の社長など様々で、女性を「性的欲求を満たすための存在」と捉えている点で共通していた。

 法律が出来てまもなく10年。ボワザールさんは「考えを1日や2日で変えることはできないが、正しい情報を伝え、社会的な責任を問うことで、一定の抑止効果にはつながっていると思います」と話す。

 ■性売買、日本では「黙認」 対応分かれる各国、独は合法化し管理

 他の国で性売買の規制はどうなっているのか。

 大阪電気通信大学の中里見博教授(ジェンダー法学)によると、先進諸国の大きな流れとして、フランスのように売る側を罰せずに保護や支援の対象とし、業者に加え買う側を処罰する法体系を選択した国と、ドイツやオランダのように売春する人を労働者ととらえて合法化し、業者とともに管理する法体系を選んだ国に分かれる。

 売る側の不処罰と業者の処罰に、買う側の処罰を加えた法体系は1999年にスウェーデンが導入し、「北欧モデル」と呼ばれる。

 フランスでは課題を指摘する声もあった。買春の場は路上などからSNSなど、人目につきにくい場所に移ったという。国の報告書などによると、売春の状況にある人の多くが過去に性暴力を含む暴力を経験している。東欧など海外から来た人や未成年もおり、脆弱(ぜいじゃく)な状況にあるという。

 日本の売春防止法は性交のみを対象とし、売買春の禁止を宣言する一方で罰則を設けない。

 性交に類似した行為などを提供する性風俗店は都道府県の公安委員会に届け出るという形で風俗営業適正化法により合法化され、中里見教授によると、この中には売春させる店があるのは周知の事実となっているという。

 性交も性交類似行為なども、買う側が男性に偏る一方で、売る側は女性が多い。「公認はしないのに黙認するという矛盾する二つの法律の間で、性産業がこれほど巨大化した国は他にない。性の売買を巡る男性中心のダブルスタンダードがまかり通っている」と指摘する。

 アジアでは韓国が04年、北欧モデルを参考に「性売買防止法」を作り、売る側は「被害者」という概念を採り入れ、保護と自立支援の対象にした。ただし「自発的に(性売買を)行った者」を罰するため、保護と処罰が併存している形だが、「性売買は買う側の問題」と考える人は増えているという。

 ■女性支援の現場「人権守る法を」

 日本の現場で女性支援を行う団体は、法改正の必要性を訴えてきた。NPO法人「ぱっぷす」(東京)は「性売買問題を解決するには需要を断つこと」といい、買う側に「勧誘罪」を適用するよう求めている。

 一般社団法人「Colabo」も、売る側を犯罪者とせず買う側に処罰を設けるよう求めている。代表の仁藤夢乃さんは「女性の人権を守る法律にするべきだ」。売る側と買う側の力関係を逆転させるのが重要とし、「買春を暴力ととらえ、売る側を保護し支援することが肝心だ」と訴える。

 国会でも5月の衆院内閣委員会で山井和則議員(立憲民主)が、買春側の規制強化を訴えた。

 今月11日の衆院予算委員会。緒方林太郎議員(無所属)が「売春の相手方を罰する可能性について検討を法相に指示して頂きたい」と迫ると、高市早苗首相は「必要な検討を行うことを指示します」と応じた。

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