Fate/You Died.   作:助兵衛

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第7話 戦いの始まり

 午前の授業は、永遠にも思えるほど長かった。

 

 誠は前の黒板を見つめていたが、そこに書かれている数式や漢字は、頭の中をすり抜けていくだけだった。

 隣の席では理央が静かにノートを取り続けている。ページをめくるたびに、紙の擦れる微かな音が耳に届く。

 その音だけが、現実と自分をつなぎ止めているような気がした。

 

 クラスの誰も、誠に声をかけようとはしなかった。

 だが、気配でわかる。全員が、見ている。

 正面を向いているふりをしながら、誰もがちらりと視線を投げてくる。

 

 誠は、できるだけ呼吸を整えた。

 まるで胸の奥に砂を詰められたように、息が重い。

 自分が死んだことを知るのは理央と、藍沢沙月だけ。

 他の誰も知らない。

 

 

 ──チャイムが鳴る。

 一時限目が終わり、休み時間になる。

 だが、周囲のざわめきは誠の席を避けるように流れた。

 誰も話しかけない。

 ただ、少し離れた席で小声が交わされる。

 

「授業を抜け出して、黒野さんと何を話してたんだ?」

「しかも、あの長身の女の人。あれ、誰? 先生でもなかったし……」

 

 誠はノートに視線を落とした。

 ペン先が震える。

 あの“長身の女”──バーサーカーのことだ。

 不用意にも何の対策もせず、学校のみんなの前に晒してしまった。

 バーサーカーの容貌は余りに目立ち過ぎた。

 

 二時限目、三時限目。

 どれだけ時間が経っても、誰も声をかけてはこない。

 まるで、教室の中で誠だけが別の世界にいるようだった。

 理央も一言も発しない。

 けれど、彼女が隣にいるだけで、誰も近づこうとしなかった。

 その沈黙が、かえって保護膜のようにも感じられる。

 

 そして──昼休み。

 

 チャイムが鳴るやいなや、椅子の軋む音と同時に空気がざわついた。

 ついに我慢できなくなったように、数人の男子が誠の机に集まってくる。

 

「なあ灰原、お前さ、黒野さんとどういう関係なんだ?」

「ていうかさ、今朝のあの女の人、誰? モデルみたいにでかくて綺麗だったけど」

 

 矢継ぎ早に飛んでくる言葉。

 誠は一瞬、答えを失う。

 彼らは好奇心と興奮で満ちていて、どこか無邪気ですらあった。

 けれど、誠にとっては──笑い話では済まない。

 

「……えーと、あの人は親戚? の人で、何というか」

 

 声が少し掠れる。

 なるべく自然に言おうとしたが、喉が乾いてうまく出なかった。

 

 だが、さらに誰かが口を開こうとした瞬間。

 

「あなたたち」

 

 教室の空気が一瞬で止まった。

 黒野理央が、机に手を置いたままゆっくりと顔を上げた。

 その黒い瞳が、氷のように静かにクラス全体を見渡す。

 

「灰原君は今、体調を崩しているの。……詮索はやめてくれる?」

 

 声は低く、しかし一言で支配する力があった。

 誰も反論できなかった。

 男子たちは口をつぐみ、女子たちはそっと視線を逸らす。

 空気が一気に冷え、まるで“異物”を取り除いた後のような静寂が訪れる。

 

 さっきまで誠を取り囲んでいたクラスメイトたちは、理央の一言で見事に散り散りになった。

 彼らの背中が去っていくのを見届けて、誠は小さく息を吐いた。

 ようやく静けさが戻る。

 だが、その静けさがむしろ居心地悪く思えるほど、腹の奥が空っぽだった。

 

 隣を見ると、理央が自分の鞄から布に包まれた弁当箱を取り出していた。

 黒い漆塗りのような箱。手入れの行き届いた箸。

 彼女の動作は丁寧で、まるで儀式のように静かだった。

 

「……食べないの?」

 

 蓋を開けた理央が、誠の机をちらりと見た。

 誠の机には、当然何もない。

 

「あ、いや……持ってきてなくて」

 

「忘れたの?」

 

「……家が、燃えたから。昨日あんなこともあったし」

 

 口にしてから、しまったと思った。

 あまりにも生々しい言葉だった。

 けれど理央は驚く様子もなく、ただ一瞬、目を伏せた。

 

「そう……じゃあ、少し待ってて」

 

 そう言うと彼女は鞄のポケットから携帯端末を取り出し、無言で何かを操作した。

 しばらくして──教室の扉が静かに開く。

 

 入ってきたのは黒服の男だった。

 年の頃は三十代半ばほど、無駄のない体つき。

 昨日の夜、理央の車を運転していたあの男だ。

 

 教室中が再びざわつく。

 黒服というだけで目立つのに、彼の動きは一分の隙もない。

 まっすぐ理央の机の前に歩み寄ると、静かに一礼した。

 

「お嬢様」

「ありがとう、渡して」

 

 理央が軽く顎を動かすと、男は即座に頷き、誠の前へと向き直る。

 そして、黒い風呂敷に包まれた弁当箱を恭しく差し出した。

 

「灰原様。お食事の用意を」

 

「えっ……?」

 誠は思わず立ち上がりかけた。

 受け取るにはあまりにも立派すぎる。

 包みの上からでも分かる。中身は豪華なものだ。

 周囲のクラスメイトたちが息を呑む音が聞こえる。

 

 理央は何事もないように箸を持ち、言った。

 

「その様子だと、朝食もまだでしょう。顔色が悪いわ」

 

「い、いや、でも……」

 

「遠慮は不要。あなたは今、体を休めるべき状態よ。食べなさい」

 

 その声音は、命令に近かった。

 誠は一瞬、反論しかけたが──腹が鳴った。

 はっきりと、教室中に響くくらいに。

 

 静寂。

 数人の笑いを堪える気配。

 

 誠はうつむきながら、弁当箱を受け取った。

 包みを解くと、彩り豊かな料理がぎっしりと詰まっている。

 白米の上には金糸卵と焼き鮭、脇には牛しぐれ、だし巻き卵、煮物、そして小さなデザート。

 学校の机にはあまりに不釣り合いな品の数々。

 

「……これ、全部……」

 

「ええ、普段の昼食よりは控えめにさせたわ」

 

 理央の言葉に、誠は思わず苦笑した。

 彼女にとって“控えめ”がこれなら、普段はどれほどなのか。

 

 周囲はまだ静まり返っている。

 誰もが黒服の男と豪華な弁当、それを当然のように受け取る誠を目で追っていた。

 

「では、私は外で待機しております」

 

 黒服の男は再び深く頭を下げ、無音のまま教室を後にした。

 

 扉が閉まり、再び昼の喧噪が戻る。

 だが、その中で誠は──

 この非日常が、ますます現実味を失っていくのを感じていた。

 

 午後の授業は、午前以上に長く感じられた。

 昼に理央から渡された豪華な弁当で空腹は満たされたものの、頭の中はずっと重く霞んでいた。

 数学、英語、古典。どの教師の声も、まるで遠くのラジオのように聞こえない。

 

 ただ、隣の席でノートを取る理央の筆音だけが妙に鮮明だった。

 その一定のリズムに合わせるように、誠は何とか意識を保っていた。

 

 だが、心の底ではずっと考えていた。

 ──勢いで学校に来たはいい。

 だが、これからどうすればいい? 

 

 家はもうない。

 あの焼け跡には、何一つ残っていなかった。

 財布も、着替えも、携帯すら灰の中だ。

 それでも朝、気がついたら体が勝手に学校へ向かっていた。

 何も考えず、ただ「日常」に縋るように。

 

 しかし今、こうして机に座っている自分の姿が、どうしようもなく滑稽に思えた。

 ──放課後になったら、どこへ行く? 

 公園で夜を明かす? それとも、また焼け跡に戻る? 

 だが、あの場所にはもう、帰る“家”はない。

 

 チャイムが鳴る。

 ホームルームが始まり、担任が形式的にその日の連絡を読み上げる。

 文化祭の準備だの、次週のテスト範囲だの──どれも今の誠には遠い世界の話だった。

 

 放課後の鐘が鳴り、教師が退室する。

 クラスの空気が一気に緩む。

 椅子の音、鞄を閉じる音、雑談の声。

 いつも通りの放課後のはずなのに、誠の耳には遠いざわめきとしてしか届かない。

 

 立ち上がる気にもなれず、机に腕を置いたままぼんやりと空を見た。

 窓の外では、灰がまだ舞っている。

 昼間よりも濃く、ゆっくりと。

 

「……帰らないの?」

 

 声がして顔を上げると、理央が立っていた。

 鞄を肩に掛けたまま、真っ直ぐに誠を見ている。

 

「帰るって……帰る場所、もうないし」

 

 誠は苦笑しようとしたが、声が掠れて続かなかった。

 その言葉に、理央はわずかに目を細めた。

 

「なら、うちに来なさい」

 

 その一言は、あまりに自然で、あまりに強かった。

 

「……は?」

 

 教室のざわめきが、一瞬で凍りついた。

 数人の生徒が振り返る音。

 口を開けたまま固まる男子。

 小声で囁き合う女子たち。

 

「黒野さん、それって……」

 

「え、家に? やっぱり付き合って……」

 

 小さな波紋が、教室の隅々まで広がっていく。

 

 だが、理央は微動だにしなかった。

 誠の返事を待つように、ただ静かに彼を見つめている。

 その瞳には曖昧さも冗談もなく、ただ確固たる意志だけがあった。

 

「ちょ、ちょっと待てよ、そんなの──」

 

 誠が慌てて言いかけた瞬間、理央が軽く一瞥した。

 

 その瞬間、教室の空気がまた変わった。

 まるで何かに押し潰されたように、全員の声が止まる。

 誰もが息を飲み、彼女の視線から逃れるように目を伏せた。

 まるで「黙れ」と言われたわけでもないのに、その一瞥だけで支配されていた。

 

「心配しないで。客間ならいくつも空いているし、生活に必要なものも揃っているわ」

 

 理央は淡々と続けた。

 声の調子はまるで業務連絡のように落ち着いている。

 

「でも……」

 

 誠は口を開いた。けれど、続く言葉が見つからなかった。

 教室の空気がひりついている。全員が息を潜め、黒野理央と灰原誠のやりとりを注視していた。

 

「……同級生の女の子の家に押しかけるなんて、普通に考えたらまずいだろ。誤解されるっていうか……」

 

 ようやく絞り出した言葉は、情けないほど弱かった。

 理央は一瞬だけまばたきをしたが、すぐに視線を誠へ戻す。

 

「誤解されても構わないわ。必要だから言っているの」

 

 その声は静かだが、逆らえない力があった。

「……でも、俺が行ったら、君の家の人にも迷惑が──」

 

「大丈夫。私の家に“家の人”はいないわ」

 

 その言葉に、誠は思わず顔を上げた。

 理央の表情は変わらない。

 だが、その黒い瞳の奥には、どこか深い闇のような静けさがあった。

 

「……黒野家の屋敷には、今は私と使用人たちしかいない。心配はいらない」

 

 “使用人たち”という単語があまりにも現実離れしていて、誠は言葉を失った。

 理央はそんな彼の戸惑いを意にも介さず、淡々と鞄を持ち上げる。

 

「決まりね。行くわよ、灰原君」

 

 有無を言わせぬ声音だった。

 理央が一歩、教室の扉へ向かう。

 その背中に、何か反論しようとした誠の声は、結局出なかった。

 

 ──確かに、帰る場所なんてない。

 理央の言う通りだ。

 昨日の夜の炎、黒く崩れた瓦礫の山、あの光景を思い出すたび、現実感が遠のく。

 頼れる相手も、行く宛てもない。

 だから、ここで彼女の言葉を拒む理由は、もうなかった。

 

「……わかった。お世話になります」

 

 誠が小さくそう言うと、理央は満足げに頷いた。

 

「いい判断ね」

 

 それだけ言って、彼女は扉を開けた。

 ざわり、と教室の空気が動く。

 

 廊下に出た瞬間、教室のざわめきが一気に背後に遠のいた。

 誠は肩をすくめるように歩きながら、ちらりと理央の横顔を盗み見る。

 

 理央はまるで全てが当然というように、静かな足取りで前を進む。

 周囲の視線をまったく意に介していない。

 すれ違う生徒たちの誰もが、二人を見ては小声で囁き合う。

 

「ねぇ見た? あの女の子誰かな、あんな子いた?」

「黒野さんだよ! 入学式以降一回も登校したことなかったのに、どうしたんだろう」

「横のボロボロの奴って彼氏? ……でも、なんか雰囲気ちがくない?」

 

 そんな噂が、背後から尾のようについてくる。

 誠は耳まで熱くなり、何度もため息をこぼした。

 

 だが、理央はまるで別世界の住人のように、それらの声を完全に無視していた。

 ただ真っ直ぐ前を見て歩く。

 背筋は伸び、制服の裾がほとんど揺れないほど均整の取れた歩幅。

 廊下の光が彼女の黒髪に反射して、灰色の校舎の中でやけに際立って見えた。

 

 誠はその後ろを、まるで守られるように歩いていた。

 気まずさと、妙な緊張と、ほんの少しの安心感。

 それらが胸の中で混ざり合って、呼吸が上手く整わなかった。

 

 ──だが、ふと気が付いた。

 

 おかしい。

 下校時間になったばかりだ。

 いつもなら廊下には人が溢れている。

 部活へ向かう生徒、談笑する女子たち、昇降口の靴箱の前で立ち話をするグループ。

 なのに──

 

 いない。

 

 先ほどまでいたはずの生徒たちの気配が、跡形もなく消えていた。

 廊下の先にも、窓際にも、誰もいない。

 まるで、二人が歩く道だけが切り取られたように、静まり返っていた。

 

「……おかしくないか?」

 

 誠が思わず呟く。

 

 理央は立ち止まらず、ただ短く応じた。

 

「気づいた?」

 

「いや、だって……さっきまで生徒いたよな? どうして誰も──」

 

「結界ではないわね。誘導、催眠……原理までは分からないけれど、目的ははっきりしているわね」

 

 理央が前方に目を凝らす。

 廊下の奥、蛍光灯の光が届くその境界線──

 そこに“揺らぎ”があった。

 

 誠も思わず視線を追う。

 その瞬間、胸の奥がぞわりと粟立った。

 

 ──いた。

 

 柱の影に、誰かが寄りかかるようにして立っていた。

 白い肌、淡い色の唇、光の加減によって美しい藍色に輝く髪。

 夕刻の逆光の中でも、その輪郭は鮮明だった。

 

 藍沢紗月。

 

 まるで舞台照明の中に立っているように、彼女の姿は異様に美しかった。

 制服の裾が微かに揺れる。

 その目は、昨夜と同じ、深く静かな色をしていた。

 

「……灰原くん、帰っちゃうのかい?」

 

 彼女はいつも通りの、柔らかな笑みを浮かべた。

 まるで何事もなかったかのように。

 

「部活には、もう来てくれないのかな」

 

 その声は、涼やかで、懐かしい響きを帯びていた。

 だが誠の背筋は、凍りついたように動かない。

 ──昨夜、あの手に貫かれた。

 何の説明もなく、何のためらいもなく。

 

 思い出しただけで、腹の奥が疼く。

 まだ熱が残っているような錯覚。

 

 紗月の笑みは変わらない。

 その表情のまま、一歩、足を進めた。

 コツン、と革靴の音が廊下に響く。

 

「返事もしてくれないね……当たり前か」

 

 その声音が、まるで昨日までの“日常”をなぞるように優しい。

 だが、その優しさが、今は恐ろしい。

 

 ──なんでそんな顔で話しかけてくるんだ。

 なんで、昨日のことがなかったみたいに。

 

 口を開こうとしても、声が出なかった。

 息が喉で引っかかる。

 鼓動が痛いほど速い。

 

 理央が一歩前に出た。

 彼女の足取りには迷いがない。

 その黒い瞳が、静かに紗月を射抜く。

 

「──藍沢紗月。規定を堂々と破るつもり? こんな人払いをしただけで、接触してくるなんて」

 

 わずかな風が吹いた。

 灰の粒が、ゆっくりと舞い落ちる。

 

 紗月はその灰を指で受け止めるように、軽く手を上げた。

 そして、穏やかな笑みを浮かべたまま、ほんの少し首を傾げる。

 

「君はお呼びじゃないよ、黒野理央」

 

 その言葉の裏にある“何か”を、理央は感じ取っていた。

 廊下の空気が静かに変わる。

 薄い膜のような、圧迫感。

 誠は息をするのも忘れる。

 

 ──この空気、知っている。

 昨夜、血と炎の中で感じた“死の前触れ”。

 

 目の前の少女が、笑みを保ったまま、一歩ずつ近づいてくる。

 まるで、何も知らない後輩に再会しただけのように。

 だが、誠の体はもう、彼女を“人間”として認識できなかった。

 

 理央の黒い瞳が、すっと細くなる。

 その瞬間、空気が──裂けた。

 

 廊下を包む静寂の中、理央の声が鋭く響く。

 

「──セイバー!」

 

 廊下の影が揺らぎ、空気が収縮する。

 そこに、重い革靴の音。

 “それ”は、昼に弁当を届けてきた黒服の男──だが、今はまるで別人のようだった。

 

 黒服のまま、手には銀に輝く西洋剣。

 左腕には金属光沢のあるラウンドシールド。

 表情は変わらない。だが、その瞳には、鋼の光が宿っていた。

 

「──了解しました、“マスター”」

 

 低く、落ち着いた声。

 次の瞬間、セイバーは音もなく地を蹴った。

 その動きは速すぎて、風すら追いつけない。

 

 ガァンッ──!! 

 

 轟音が廊下に響き渡る。

 剣と盾が空気を裂き、藍沢紗月のいた柱を叩き割った。

 破片が弾け、灰と光が入り混じる。

 

 しかし、紗月の姿はそこにはなかった。

 たった数センチ──右へずれている。

 まるで、初めから攻撃を予見していたように。

 

「……ははっ、小細工なしの正面戦闘タイプかな? 騎士……かの有名な円卓の騎士を引き当ててたりして」

 

 柔らかな声。

 

 彼女の制服の裾が、微風に揺れている。

 

「人払いの上ここに現れる時点で、宣戦布告であると判断したわ」

 

 理央は一歩前に出た。

 足元のタイルが、まるで彼女の魔力を感じ取るように低く震える。

 

「灰原君に危害を加えるなら、容赦しないわ」

 

 紗月はその言葉に、ゆっくりと目を細めた。

 唇が、愉しげに歪む。

 

「……やっぱり、そういう立場なのね。黒野家」

 

「余計な口を叩かないことね。ここは学内、人払いが有効なうちに終わらせる」

 

 理央の指先が微かに光を帯びる。

 令呪──彼女の手の甲に刻まれた、二つの紅の刻印が、淡く脈動していた。

 

 セイバーが一歩進む。

 廊下に響く足音は一つ。

 盾を正面に構え、剣を中段に取る構え。

 その姿勢は無駄がなく、完璧な戦闘の所作。

 

「殺せ、セイバー」

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