…1話目で赤バー?お気に入り1507件?…やばぁ…(他人事)
ここまでウケるとは思ってもみませんでした。流行りのゲームと人気キャラのパワーってすごいんですね。お気に入り登録・高評価してくださった方々、ありがとうございます。ご期待に添えるか分かりませんが、がんばってみます。
…今回は前話ほどの出来ではないかもしれません。よろしければ、どうぞ。
「…隣の子が、心配なんです」
新エリー都内、ルミナスクエア。とある駐車場の一角に、治安局の車両が止まっている。クーラーの効いた車内では、二人の治安官が食事をとっていた。
「なんぞ、そんな藪から棒に…隣の子というのは、前にも言っていたトカゲのシリオンか?」
「ええ、その通りです、先輩。クラウスくんという子で…」
はあ、とため息をつきながらハンバーガーを一口齧ったのは、治安官の朱鳶。彼女の言葉を不思議そうに聞きながら、指関節に油を差しているのは、彼女の部下である青衣だ。
「ひとくちに心配と言ってもの…。どこがどう心配なのだ?最近調子が悪そうだ、とかかの」
「いえ…そういうことではなく…その…」
朱鳶はなぜか頬を赤らめ、もじもじと身じろぎをし始める。それを訝しむような表情で見つめる青衣の視線に、彼女は意を決したように口を開く。
「彼が…その、最近…
「は?」
先輩の口から放たれた純粋無垢な困惑の「は?」に、朱鳶は一瞬ショックを受け…なんとか正しく伝わるよう、言葉を連ね始めた。
「最近気温も上がってきて、暑くなってきたじゃないですか。動かなくても汗ばむくらいには…」
「そうだの、我も義体に熱が溜まって、動きが悪くなって仕方がない」
「やはり、そうなんですね…。実は、彼もトカゲのシリオンだから、気温の変化にあまり対応できなくて困っているらしくて…その…」
「彼の部屋を訪ねる時に…とっても薄着で出迎えられたりするんです」
「…うーーーーむ…………」
青衣は困った。彼女からこのような相談をされるのは初めてのことであった。それに今彼女なんて言った?家を訪ねる?口ぶりから推察するに、それが日常と化している?
「タンクトップを着ていたりして…腕はもちろん、鎖骨とか…その、脇とかも…しかも、尻尾のせいで背後が少しめくれていて、その…付け根が見えるんですよ」
「気にしすぎではないか?」
顔を赤くして顎に手を当てぶつぶつと言葉を発する見たことのない様子の後輩に、青衣は正論をぶつける。自分でも驚く程の冷たい声色だ。だが、朱鳶はそれに気がつかない。
「それに彼、シリオンでも人と動物の形質が半々で出ていて…鱗部分に汗をかかない分、人間の肌の部分で汗が出るらしくて…その、汗の香りが…」
「ああ、ようやく分かりやすいのが来たの。それがすこし臭いけど言いづらくて困っておるのだな?」
ようやく納得できる言い分が出てきて、青衣は安心の笑みを浮かべる。どれ、ここは年長者としていっちょ、相手を傷つけず指摘できる効果的アドバイスいったるか、という心づもりで青衣は考えをめぐらせ始めたが…
「あ、いえ、そういうわけではなく…その、彼、いい香りがするんです」
「ん??????????」
「一緒にご飯を食べている時とかも、ふわっと香ってきて…横を通った時なんかもうすごくて…首の所に垂れる汗がとても…だから、彼にはもっとこう…危機感を持ってもらいたくて。私みたいに我慢できる女性ばっかりじゃないんだって知ってもらいたいんですけど…」
「…まずいな、暑さのせいで朱鳶がおかしくなってしもうた」
青衣は呆れたようにそう呟く。常日頃の会話から、隣人の子を気にかけていることは知っていたが…そうかそういうことか、今の若者は進んどるのー。わしついていけない。と、目を押さえて考える。
「その…な?我は後輩の色恋事情にとやかく言えるほど、そっちの方面は経験豊富ではないから、あまり大したことは言えんが…それ、絶対アウトな思考であろ。一歩間違ったら
「な、なっ…!!そ、そんなことするわけないじゃないですか!」
「いいや、絶対に危険じゃ。酒でも入ったらもう
頼むからやめてくれ。わしに後輩を捕まえさせんでくれ。と、半ば祈るように問いかける青衣の願望も虚しく…。
「あっえっ、いっ、いえ、ののの、ノンデマセンヨ…????」
「ああダメじゃこれ」
ダメじゃこれは。彼が成人になったら、いや成人になる前に行くかもしれない。行って、行くところまで行って彼でイッてしまうやつだ。後輩の可愛らしい気になる相手の相談を受けていたつもりが、いつの間にか後輩の危険性が顕になってしまっている。…青衣はすこし疲れていた。そのせいで、半ば投げやりになってしまった。
「もうヤッてしもうて良いんじゃあなかろうか?昔じゃあ
「ヤ、ヤッ…!?せ、先輩、そんな、燕とか、やめてください!別にそんなんじゃ…!」
「我慢しなくてもバレなきゃ犯罪じゃなかろうて。その子も歴とした男子高校生、お前がちょっと近寄って押し当てて、後は酒の力でも借りて一発か二発
「治安官としてその発言はどうなんですか!?そ、それに、仮にお付き合いすることになったとして、お母さんになんて言われるか…!」
「もう気づいとると思うぞ、“オトコ”の所に行ってるとな。あまり止めないのも、遅れてきた春を楽しんどる娘を応援したいのだろ」
「な、なななな…!!!」
赤面し、思わずハンバーガーを取り落としそうになる朱鳶の様子が可笑しかったのか、青衣はころころと笑った後…少し意地悪をしてやろう、と考えた。
「それに…相手は華の男子高校生、しかも眉目秀麗ときた。お前が手を出さんのは勝手だがな…、モタモタしていると取られるかもしれんぞ?」
「…………、とら、れる?」
ぽかん、とした表情を浮かべる朱鳶だったが、一気に顔が青くなっていく。かと思えばかっと赤くなり、また青くなる。この後輩一体どんな想像してるんだろ、おもしろいの〜。と呑気に笑みを浮かべる青衣だった。
ーーーーー
『え…今、なんて…?』
『ごめんなさい…本当に、いきなりで失礼だとはわかってるんですけど…もう、うちに頻繁に来るのはやめてもらいたくて…』
『ど、どうしてですか!?私が何かしたなら謝りますよ…!?』
『あ、いえ、別にそう言うわけではなく…その…』
『………じゃあ、どうして?』
『………………彼女が、できたので』
ーーーーー
『ねー、いいよね?…初めてでも大丈夫だよ、優しくしてあげるから…』
『そ、そうかな…なら…いいよ…』
『やった〜♡、じゃ、全部あなたにあげるね…♡』
壁越しに彼の寝室から聞こえる、彼とその相手の声…ぎしぎしとベッドのスプリングが鳴る…だんだんペースが上がって…一際大きくぎしい、と鳴って…彼が聞いたことのない声をあげるのが漏れ聞こえて…
それを毎晩聴かされて…寂しくて淋しくて堪らなくて…ただ自分ではない誰かによってもたらされる彼の甘い声で自分を慰めて…。
数年が経って、彼はいつの間にか引っ越していて…ポストにハガキが入っていて…それは、彼と私じゃない誰かの、結婚式の招待状で…私は出席に丸をつけて、結局は彼の式で引出物のバームクーヘンをもらってきて、お母さんに慰められながらそれを食べて…………。
ーーーーー
「だめよ…君がいなかったら…結婚とか無理…」
「おーい、おーい朱鳶よ!帰ってこい!おーい!!」
心を失くしたように譫言を呟く後輩が居た堪れなくなったのか、肩を叩いて大声で呼びかける青衣。流石に罪悪感が湧いたようだ。
「大丈夫じゃよ!おまえは魅力的な人であろ?彼の心に幾らか留まってはおるじゃろ。それなら、向こうから交際を申し出てくることだってあろうて…!」
「そ…そうか…そうですよね…。ごめんなさい先輩、取り乱してしまって」
「よいよい。そうやって思い悩めるのは若いうちのみ。羨ましいのう、若いとは…」
腕を組みつぶやく青衣。想いを馳せるは自身の若かりし頃…それはもう酸いも甘いも噛み分けたというもの。それはもう“どらまちっく”な経験を沢山したものだ。尚、恋愛方面ではとんと経験がない模様。
「予期せぬ出逢いこそ、我が心の望むもの。我もそういうことを考えてみたいものだが…今更遅かろうて」
それが少し心残りだ…と、青衣がひとりごちる。そして気がつく。先程から朱鳶の様子が変だな、と。…いや、さっきも変であったが、別ベクトルで変であった。彼女は窓の外をじっ、と見ている。なんだなんだ、と同じ方向を見ると…
人間の特徴とトカゲの特徴を半分ずつ持つシリオンが、緑髪に黒い服、白いスカートの女性と一緒に歩いている。二人とも常に幸せそうな薄い笑みを浮かべており、一方が偶にもう一方の方を向き、楽しそうに話している。側から見ても、だいぶ仲が良さそうだ。
だが、青衣は気づいてしまった。あの特徴、もしや…
「…先輩。確かこの後、車を置いて徒歩での巡回の予定でしたよね」
「お、おう、そうじゃな…」
ルミナスクエアの中心の方へ歩いてゆく二人を見つめながら、朱鳶は問う。ルームミラーに反射した、彼女の見たことのない
「では、先輩はあちらへ…私はこちらを巡回します」
残りのハンバーガーをいつの間にか腹の中に収めていた朱鳶は車のエンジンを切り、彼らが向かっていった方向と逆の方向を指差し…その後、彼らが向かった方向を指差した。
「わ、わかった…気をつけるんじゃぞ」
「ええ、わかっています。………わかって、います」
黒いオーラを放ちながらドアを開けて歩き出す朱鳶の背を見て、青衣はつぶやいた。
「我…なにかやっちゃいました?????」
ーーーーー
ルミナスクエア、映画館『GARVITY』。飲み物を
「ごめんごめん…お手洗い結構混んでて、時間かかっちゃった」
「いえいえ、構いませんよ僕は。飲み物も奢ってもらいましたし」
緑髪に黒服、白いスカートを履いた綺麗めコーデのこの女性は僕の
「さて…そろそろ始まるわね」
「ですね」
短く受け答えをした後、シアター内が暗くなった。そして壮大な音楽と共に、スクリーンにタイトルがでかでかと映し出される。今回の映画は、古い映画のリバイバル上映…。思春期全開のひねくれた少年が、ひょんなことから戦役に巻き込まれ、ロボットを操縦して戦う映画…。一般的は、共通の趣味でもない限りデートで見るにはお勧めしない作品だ。
だがしかし、大きな音と大迫力の映像がシアターを満たす。ここは…秘密の会話をするのにうってつけだ。
「それで、今回はどんなのがあるんです?」
「幾つか見繕ってきたわ。物品の回収、ルート開拓…上級エーテリアスの討伐ももちろん入れてきた」
「なるほど…ルート開拓、どこのホロウです?」
「
周りの迷惑にならない程度のヒソヒソとした声で会話する。案ずるようにこちらに目線を向けた彼女に、僕は右手の指先を擦り合わせながら言う。
「大丈夫ですよ。手配しちゃって構いません」
「そう言うと思ったわ。お姉さん心配だけど、あなたデキる子だものね」
後で詳細を送るわ、と楽しそうに言う彼女に釣られて笑顔になる。そして、まだ仕事の話は続く。
「それで、上級エーテリアスの駆除は勿論頼まれてくれるわね?」
「ええ。毎回ありがとうございます、無理言って持ってきてもらって…」
「いいのよいいのよ、私は構わないし…君、評判いいのよ。“クロウラー”はエーテリアス退治の専門家だー、とか言っている人もたまに見かけるし」
「それは流石に買い被りすぎでは…?」
「ホロウの果てまでエーテリアスを追いかけ、確実に仕留める…クロウラーになら安心して金を払えるっていう人、多いのよ?貴方が思っている以上にはね」
「そうなんですか…なんかうれしいですね、信頼されてるの」
満足してむふー、と息を吐いた僕の様子を見て、お姉さんはくすくすと笑っている。そして、僕が肘掛けにかけている手をぽんぽん、と撫でてスクリーンに向き直った。
「それじゃ、今回の仲介はこれで終わりだから…映画を楽しみましょ?キミ、たぶんこういうの好きよね」
「ええ。大好きですよ」
奢ってもらったコーラを啜りながら映画を楽しむ…こういったサービスがあるのも、彼女が初心者に人気の仲介業者になった所以なのかな…?
ーーーーー
「……………………」
映画館から出てきたクラウス君と身元不明の女性は、そのまま遊歩道添いのカフェでコーヒーをテイクアウトし、川沿いのベンチに座って歓談している。私は物陰からそれをじっ、と見ながら聞き耳を立てていた。
「面白かったですねー」「ええ、ああいうのは見たことなかったけれど…お姉さんハマっちゃいそう」「でしょ?あれ一番好きなシリーズなんですよ。最後の機体ごと体当たりするシーンとか凄くアツくて…」「でも、最後の主人公の姿が悲痛で…救われてほしい気持ちも湧いてくるわ」「戦争じゃ誰も幸せにならないってことを暗示してるんでしょうね…じゃあ、こんどはこの次のシリーズを見に来ましょうか?」「ええ、面白かったしそうしようかな」「やった…!」
…思ったよりも仲が良さそうだ。彼がお金を貰ってこういう行為をしている、という線は潰れた。では親戚か何かか?叔父以外にも従姉妹なんかの親戚がいるのなら、あの親しさも頷ける…が、それも少し怪しい。なぜそう思ったのか、それは…
(彼が見ていない時の彼女の表情…なんとなく怪しい!!!!)*1
そう、怪しい、怪しいのだ。なんだか彼を見る目が怪しい。揺れる尾を見ているあの視線がどことなくいやらしい…気がする!!!!*2
そんな風に邪推してしまう私を他所に、彼らは雑談を楽しんでいる。
「最近学校はどう?」「え?あー…少し気になることが」
普段の生活の悩みの相談まで!?そのポジションは近所のお姉さんである私のものでは…!?!?!?
「最近、隣の席の子がなんかよそよそしくなって…最近ケンカした、とかないんですけど、遊びに誘ってもはぐらかされたりして…」
「ふうん…その子って男の子?」
「いえ、女性ですね。同じシリオン仲間で、種類は違いますけど尻尾つきなので結構仲もよかったと自負してるんですけど…どうしてですかね?」
頬杖をついてはあ、とため息をついたクラウス君に、身元不明の女性は返す。
「女の子なら…色々あるものよ?たとえば…彼氏ができたから、他の男子と遊びに行きづらいとか」
「なるほど…確かに。隣の子は結構モテそう…その可能性は大いにあるかも」
「きっとそうなんじゃない?…もしかして淋しいのかしら。彼女のこと、好きだったとか?」
「いえ、彼女とはそういうのではありません。…まあ、友達としては気の合う奴だったので、そこが少し残念というか…」
「そっか…じゃあさ、君も作ってみたら?彼女」
彼はその言葉を聞いて、呆れたような表情を浮かべる。
「あのですねえ…彼女なんて、そんな軽い気持ちで作ろうと思って作れるようなもんじゃないでしょ?僕より年上なんですし、そのくらい分かるでしょうに…」
「そうかな?君なら引く手数多だって、お姉さん思うけどな」
「買い被りすぎですよ…。第一、どうやって探せってんですか、彼女になってくれそうな人」
「…お姉さんが、なったげてもいいんだよ?」
言った。現行犯だ。やっぱり狙っていた。ダメだ、タイミングを見て牽制しに行かなければ…。
「むっ、冗談はよしてくださいよ、本気でもないくせに…」
「本気じゃなかったら言っちゃだめなの?頑固ね、かーわいい…」
「彼女って…そういう風に作るものですか?もっとこう、愛とか」
「今時はそんなでもないそうよ?それに、やっぱり君ってかわいいから…付き合ってるうちに、本気になっちゃうかも…♡」
女性は彼の耳元で何かを囁いた。彼がかっ、と顔を赤くする。…おのれ、彼の赤面なんて私でも数えるくらいしか…!
「あっ、あの…僕、そろそろ帰らなきゃなんで…今日は楽しかったです。また、その…遊びに行きましょう」
「ええ。また連絡するわ。…いつでも空いてるわよ、スケジュールも、もちろん私の隣もね♡」
「(눈_눈)」
じとっとした目で彼女を睨んで、クラウス君は地下鉄駅の方へ歩いて行った。…今日はすごいものを見てしまった。できれば忘れたいが、当分忘れることなどできないであろう。物陰から出て、巡回に戻ろうと歩き出して…
「…ねえ、治安官さん」
先程まで彼と話していた声に、呼び止められた。
「はい、なんでしょう。何かお困りですか?」
平静を保って返す。まさか先程まで彼と話していた相手に話しかけられるとは思っていなかったが、とりあえずきちんと対応すればやり過ごせるはずだ。と、思っていたのだが…
「あなた…さっき、私と彼の会話、盗み聞きしてましたよね。いけないんだあ…治安官ともあろう人がストーカー?」
どきり、と心臓が跳ねる。バレていた?いや、まだ、まだ誤魔化せるはずだ…。
「何のことでしょうか?私は周辺を巡回中でして…」
「惚けるんだ。…まあいいわ。でも、やっぱり彼ってそういう魅力、あるのかしらね」
「…何のことでしょうか?」
「気になってるんでしょ?彼のコト…」
すべてを知ったかのような口をきく女性に少しだけ苛立ちを覚えるが、ここでそれを表に出せば相手の思う壺だ。まだ我慢…。
「さあ、彼とは初めて会っt「彼からたまに聞くわ。お隣さんが親切な治安官さんなんだ、って…いつもご飯一緒に食べてるんでしょ?」…用がないなら、もう行っても?」
鼓動のペースが早くなる。だめだ、平常を保たなければ。
「でも、だめね。貴方じゃダメよ。…貴方は、彼を幸せにはできない」
唇が震える。冷や汗が垂れてきた。
「それは…どういう意味ですか?」
「だって、貴方は
微笑を浮かべて囁く彼女の表情は、仄暗い優越感に浸っている…。
「彼がかわいくて、自分のモノにしたくなる気持ちは大いに分かるわ。でもね…あなたはきっと、
「治安官の自分と…“彼のお隣さん”の自分を…ね」
くすくす、くすくすくす、と、女性は笑っていた。
ーーーーー
「…ふう…な、なんとか牽制できたかしら…。彼と私の為にも、怪しまれちゃ大変よ…。ちょっと無理したけど、これで仕事がバレる心配はないわね」
ーーーーー
ぽた、ぽた、ぽた、と雫の落ちる音がする。
深夜2時。住宅街の道を、ひたひたと人影が歩いていく。
人影はふらり…と揺れ、そのままどうっと地面に倒れ込み…
そのまま
くるる、くるると喉が鳴る。それはワニの唸り声を身体の奥でそのまま鳴らしているかのように曇っていて、住宅街には似つかわしくない。
人影は気がつけば、とあるマンションに辿り着いていた。人影はそのまま…マンションの
そのままするすると、まるで吸い付いているように安定した姿勢で登り…とある部屋のベランダに入り込む。人影はまた地面を二足で踏みしめ、鍵のかかっていなかった窓を開け室内へ。
チャッ、チャッ、とフローリングに鉤爪が擦れた。真っ暗な室内を、しかし迷うことなく歩いていき、やがて台所へと辿り着いた。
焦燥感の滲む激しい呼吸音が口から漏れ聞こえている。人影は冷蔵庫の前に立ち、ゆっくりと扉を開ける。夏の蒸した空気をかき分けるように、冷蔵庫内の冷気と照明がさっと差し込む。
照らされた人影の縦長の瞳孔が上から下に泳ぎ…下の段に置かれていた、
がば、と擬音がつくほどの勢いで引っ掴み、鉤爪でビニールとスチロールを乱暴に引き裂く。べちょ、と音を立てて鶏肉がフローリングに落ちた。
冷蔵庫の扉を開けたまま、人影は勢いよくしゃがみ込む。鶏肉を鷲掴み、がちゅ、と牙を立てた。ぐちゅ、ぐちゅと二度三度噛み、半ばから引き千切り、口を閉じ、咀嚼して飲み込む。
ぴー、ぴーと冷蔵庫が扉の開放を告げるが、今の彼にはまだ聞こえていない。鶏肉をひとつ飲み込むと、また立ち上がり中を見回し始め…今度は、
がさ、とパックごと取り出し、ようやく冷蔵庫の扉を閉める。アラームが止まり、部屋の中には夜の帷のもたらす耳鳴りだけが響いている。彼はそれらに包まれながら、パックを開け…卵を一つ取り、そのまま口に放り込む。
くしゃ、くちゅ、と口内で殻が割れ中身が漏れ出た。続けて二つ口に入れ、同じように殻ごと咀嚼する。とろりとした卵黄の味をゆっくりと、楽しむように口内で転がし…天を仰ぎ、ごくり、ごくりと喉を鳴らした。
呼吸音がだんだんと、落ち着いたものに変わってゆく。暫く立ったままでいた彼は、ゆっくりと卵のパックを冷蔵庫に戻し、扉のラックに収納された麦茶をピッチャーごと呷った。四度喉を鳴らしたところで、ピッチャーを戻し扉を閉める。水道局のマグネットシートが、卵や肉類の項目に赤丸のついた特売チラシを固定していた。
掌で額の汗をぬぐいながら、彼は部屋の隅のテラリウムへ。蓋を開け、懐から飛び出したトカゲを中へと誘導する。そのトカゲはどこか艶めいて、結晶のような鱗も心なしかいつもより成長していた。
相棒を棲家に戻してやり、自分はベッドに倒れ込む。そのまま体を丸め、尾で自らを抱くように姿勢を変える。黒曜の鱗は、夜の帷の下であってもその煌めきを失っていない。
震える息をつき、頭をくしゃ、とかき抱き…誰もいない部屋の中で、クラウスはつぶやいた。
「…歯、磨かなきゃ」
微細動を繰り返す彼の眼は、吸い込まれるような黒に輝いていた。
まるで…ホロウを写したようであった。
【To Be Continued…】
クラウス:“ある”のがいけない………“ある”のがいけない………。
エレン:まさかの登場なし。さらっとクラウスに“彼氏できたんだ…”と誤解された。
朱鳶:そんな暇なかった叩き上げの女性が優しくて可愛い近所の年下男子とかいう劇物に触れたらそらそうもなるよ。
明けの明星:地味に作者のお気に入り。クラウスと自分が“例の仕事”関係で会っているとバレないため、無理して演技をしていた。ほんとはそういう感情はない…かも()
ーーーーー
どうでした?前話より文字数が少ないのは、まあ前話がすごかったってことで…。
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