鮫と石竜子は知っている   作:ミトコンドリアン

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どうも、初めましての方は初めまして、ミトコンドリアンです。
この小説は衝動的に書いた与田なので、気に食わないところもあると思います。

続くかどうかわかりませんが、続きを書いてみたい気持ちはあるので、よかったと思ったら感想でもよろしくお願いします…。

やはり、美少年はよいものだ。


プロローグ:二人の秘密/あたたかな隣人

 

 きーん…こーん…かーん…こーん…

 

 朝礼のチャイムがスピーカーから聞こえる。元から席についていた生徒は姿勢をぴしりと正し、席を離れて談笑していた生徒は急いで席へと戻っていく。僕の席の目の前を女子生徒が通り過ぎ、少しぶつけたのか机がガタリと揺れた。謝るその子に、手を軽く上げることで返す。

 

 皆がきちりと席についても、先生の姿は見えない。どうやら少し遅れているらしく、教室は沈黙に包まれている。そんな中、僕の膝はカタカタと揺れる。行儀の悪い、と叱られるかもしれないが、これは仕方のないこと…何故ならば、昨日()()()()()()()()を知ってしまったのだから。

 

 恐る恐る、自分の隣席…教室最後列、後ろの窓側の角席を見やる。そこには、()()()気の知れた友人がいつもの気怠げな表情を浮かべて頬杖をついている。

 

 紅い綺麗な両の目と、左目の下のふたつの黒子。赤とピンクの間のような、黒髪によく映えるインナーカラーを入れている。彼女は口の中で転がし終わった飴玉の棒を取り、懐に仕舞う直前…僕の視線に気がついた。

 

「…なんか用?」

「あっ、うん、なんでもないよ…」

「そっか。…ヒザ揺れてる」

 

 彼女は()()()()を揺らしながら、僕の貧乏ゆすりを咎めた。ハッ、として慌ててやめると、彼女は怪訝な表情を浮かべて続けた。

 

「どうかしたの?今日のあんた、なんか変」

「へ、変?そうかな、そうでもないよ、アハ…」

「…何かあった?」

「まあ…あったというか…でも、別に大丈夫。自分でなんとかするよ」

「そう。…ヤバくなったらいつでも言って」

「うん、そうするよ…」

 

 親切な言葉を最後に、彼女はまた正面を向いた。動揺せずしてなんとするか。結構前から日常的に会話を交わし、一緒に遊びにも行っている僕の唯一の女友達…

 

 

 

 

彼女の…エレンさんの、メイド服姿を見てしまったんだ。

 

 

 

ーーーーー

 

 時は昨日の夜にまで遡る。僕はいつもの()()を終え、とっぷりと更けた夜闇の下、帰路についていた。お気に入りの音楽を聴きながら、重たい鞄を背負って歩いていると…遠目に見知った顔を見た気がした。目を凝らして見てみると、それは僕の友達、エレンさんだった。

 

 彼女もバイト終わりだろうか、と、声をかけようか悩んでいると…彼女の格好に気がついた。

 

 

バチバチに改造された、棘のついたメイド服に。

 

 

「!?!?!?!?!?!?!」

 

 一瞬脳がバグった。あのエレンさんがメイド服…イメージとは似ても似つかないが、棘のようなアクセサリーのお陰で不思議と統一感を醸し出し、結果的にとても似合っている。

 

 思わず物陰に隠れると、彼女は立ち止まった。そして左右を確認し…目の前の店に入って行った。それと同時に店の電気が消え…店主さんだろうか、()()()()()()()()()がガラガラとシャッターを閉めた。彼も店の裏手に歩いてゆく。

 

 気配が無くなったのを確認して、店の前に立ち店名を確認した。喫茶店だろうか?看板だけでもお洒落な雰囲気を感じられるが…さっきの彼女はメイド服を着ていた。しかも、さっきのオオカミのシリオンさんも執事服姿だった…。これから導き出される答えは…………

 

「メイド・執事喫茶………!?」

 

 嘘だろ、と喉から絞り出される声。あの、なんだかドライな雰囲気の彼女がメイド喫茶…!?他の飲食店とかなら分かるけど、めめめ、メイド喫茶…!?!?!?

 

『おかえりなさいませご主人様♡』『美味しくなるおまじないを描かさせていただきます♡』『おいしくなーれ、もえもえきゅん♡』

 

「いやいやんなわきゃないって…」

 

 媚を売る無二の友人の姿を幻視し、慌てて打ち消した。なんだかゾワっとした*1し、こんなことあるわけ無いだろう。…でも、確かにメイド服だったよな…?じゃあ、こうかな…

 

『おかえりなさいませゴシュジンサマ〜(棒)』『おいしくなるお呪いかけま〜す(棒)』『おいしくなあれ〜(書かれる適当な文字)』

 

 うん、しっくりくる。*2これこそエレンさんだ…。

 

 別に友達のバ先を知ることぐらい大したことじゃない。だが、彼女の意外な一面を知ってしまった。僕はこれから、彼女と会うたびに平常心を保てるだろうか…。自分の手を揉みながら鞄を背負い、余計な思考を振り払おうとしつつ、家への帰り道をとぼとぼと歩いて行った…。

 

ーーーーー

「…………あの子は確か…それに、この()()は………」

ーーーーー

 

 ぱら、と彼は手元のページを捲る。古いインクの香りと紙の擦れる音がこちらに漂ってきて、不思議と心地よい気分になった。彼の凛とした横顔は、ともすれば女性と見紛うほど綺麗に整っている。いわゆる美少年、ってやつだろうか。

 

 暫くの間、口の中で飴を弄びながらそちらを見ていると…彼は縦長の瞳孔をこちらに向けた。

 

「ん?エレンさん、なんか用?」

「んや。なんでもないよ」

「そう…」

 

 彼は少年のようなソプラノボイスで不思議そうにそう呟き、手元に視線を戻した。彼の指先、先端に滑り止めのラバーがついた()()がまた一枚頁をめくった。黒曜のように艶めく美しい()に覆われた手は、傷がつかないようにカバーに包まれた本を優しく保持している。

 

 教師の出張によりできた自習の時間、静まり返った教室の中、私は寝たふりをして彼のことを見つめている。あたしの数少ない気の知れた友人の一人、()()()のシリオン…名前を、“クラウス”と言った。

 

 彼の隣の席の子が消しゴムを落とすと、彼は視線を本からずらすことなく、立派な()でぱし、と消しゴムをレシーブした。ありがとう、と小声でつぶやいた彼に、クラウスは手をかざして応える。そしてまた、ぱらりとページをめくった。

 

 縦長に裂けた瞳孔と、黒く美しいその瞳。まつ毛は下手な女子よりも長い気がする。顔の肌もさらりとすべすべしていそうで、トカゲのシリオンだからか、髪の毛や眉毛、まつ毛以外には産毛も生えていない。だが、顎の下に少しの鱗が生え、黒い模様を作っていた。

 

 かわいらしい。それがアタシが初対面の時から彼に抱く印象である。仲良くなってからも、男を相手にしているような気分にはならず、気を遣わずに接することができて…彼の方もそれを察しているのか、特に態度を変えることなく友達付き合いを続けてくれている。あたしとしてはラクで心地よく、付き合いやすい…だいぶ仲が良い、と評価していた。

 

 そんな彼のことを、何故こうもジロジロと観察しているのか…それは、先日起きたことに関係していた。

 

ーーーーー

 

 時は一週間前に遡る。あたしは()()()を終え、いつものように帰り道を歩いていた。その途中、なんだか喉がいがらっぽいような気がして近くの自販機で水を買った。お釣りを取って、ボトルの蓋を開けてぐいっと飲む。喉の不快感が少し薄れて、さて帰ろう、と自販機から振り向くと………少し離れた場所に、なんだか見覚えのある人影が歩いている。

 

 黒い鱗で覆われた立派な尾に、きちんと整った黒髪…あれはクラウスにちがいない。マスクをしているが、その程度で気がつかないほど付き合いが浅くはないと自負している。

 

 だが、あたしは違和感を覚えた。一応、彼の家の場所は把握しているから分かるのだが…彼は今、彼の家とは逆の方向へ進んでいる様子だ。バイトへ向かうのかとも思ったが、学生が夜からのバイトなんてするはずもない。…訝しんだあたしは、こっそりと後をつけてみることにした。

 

 幸い、全く気づかれることはなかった。バイトでいくらか培った技術がここで活きてくるとは思わなかった…。後を悟られぬよう、こっそりとついていくと、だんだんと街並みが変わってきた。段々と街灯が増えていき、光が強くなってくる。そして、気がついた頃には…

 

「ここ…歓楽街じゃん…」

 

 そこでは酒を含んだ人間と、シラフの人間が半々の割合で街並みの側と車道の側をするするとすれ違う。夜空をいくつかの色鮮やかな彩光が照らし、対して光の当たらない路地裏には薄暗いビールケースが乱雑に積まれている。

 

 まるで金魚のような煌びやかな衣装を着た香水臭い女性とすれ違うと、嫌でもここがどういう場所かわかる。ぎょっとするあたしを他所に、彼は街の奥へするすると潜り込んでゆく。目立たぬよう持ち歩いているマスクをつけ、まだまだ後をついてゆく。

 

「なんでこんなとこに…?」

 

 あたしの中を疑問が渦巻く。一般的な高校生   例のバイトをしている私は例外なので除く   がこんな所に用があるとは考え難い。すわ、年齢を偽って遊びに来たのか…否、彼はいつも真面目だ。そんな事をする人間ではない。何か止むに止まれぬ事情があったのだろうか。では、その事情とは…?

 

 後をつけてしばらく。彼は立ち止まって辺りを見回すと、そのまま路地裏へと入っていった。あたしはすぐ近くの壁に背をつけて、こっそり中を覗いた。そこにいたのは彼と、女が一人。

 

「時間ぴったりね。殊勝なことだわ…キミのそういう所、大好きよ」

「そうですか。………今日はどうします?」

 

 女は指で長い黒髪を弄りながら笑みを浮かべた。それに対して、彼はそう言い放った。こちらに背を向けているため顔は見えないが、声色は低く、暗い。

 

「あら、随分切り出すのが早いわね…まだ慣れてない?緊張してるのかしら」

「貴女が私を呼ぶのはもう12回目でしょう。貴女以外にも僕を使()()()()人は沢山いるようですから…」

 

 使う…使、う?

 

「あらそう…もうすっかり()()()()()()なのね、キミ。…今からでもワタシ専属になってくれていいのだけれど」

「女誑しみたいな言い方はやめてください。…別に()()()()()()()ですよ、僕は」

 

 性別は関係ない………????

 

「あら、フラれちゃった…残念。そうだったわね、君は()()()()()()()()()()()()()()()()子だったわね」

「ええ、僕に可能な範囲で、見合った分のお金を払ってくれるのであれば」

 

 お金さえ払えばなんでも!?!?!?!?!?

 

「まあ、貴女からの依頼が僕の()()()でしたから…いくらか割引はしましょうか?」

 

 ハジメテ…ハジメテ…!?!?!?!?!?!

 

「まあ、そういうサービスもできるようになったのね!お姉さん嬉しいわぁ…♡」

「…どうも。では、無駄話もここまでにして、本日はどのように?」

 

 ああ、分かってしまった。あたしでも、分かってしまった。ここがどういう場所なのか、彼らが何を話しているのか。

 

 女は彼の肩に手を置き、いやらしい笑みを浮かべて言った。

 

「ここじゃジメジメしてイヤだから…()()()()()()()()♡」

 

 

 

彼は…クラウスは、売春をしている…!!!

 

ーーーーー

 

 その夜、あたしは眠ることができなかった。ショックだった。友達がそんな事をしていた事実が。そんな事までしなければならなくなるまで彼が追い詰められていたのに、気づいてあげられなかったことが。

 

 彼の家には両親がいない。二人ともだいぶ前に他界したそうで、今は郊外にいる親戚からの雀の涙ほどの仕送りで生活していることも、あたしは知っていた。

 

 なぜ、どうして。ご飯くらいは奢るのに。バイトでお金はあるから、お金もいくらでも貸してあげるのに。そんなことをベッドの中で悶々と考えている。

 

 彼は今頃、どうしているのだろうか。あの女の車に乗って、家にでも連れ込まれてしまったのだろうか。そこで彼は、一体何をされているのだろうか。

 

 想像してしまわないよう、頭を振って目を強くつむる。が、瞼の奥で彼を幻視してしまう。彼が受けている仕打ちを、最初はどんな気持ちだったのかを、いやでも想像してしまった。なんであんなことを…

 

ーーーーー

『そっ…そんな額、払える訳ないでしょ!?』

『何言ってんだよキミ…こんなことしてくれたんだからさあ、タダで帰らせるわけないじゃないの。それに、別に今すぐに返せって言ってる訳じゃないんだから…』

『…どういうことですか』

『キミさあ、結構可愛いからさあ…それに、シリオンって需要あるんだよねえ』

『まっ…まさか…!!』

『もうお客さん呼んであるから。しっかり()()()するんだぞ?』

『う…嘘だ…そんなの…』

ーーーーー

『ではどうぞ、ごゆっくり〜』

 

『…行ったわね。さて、今回はキミがお相手してくれるのね?』

『あらあら…震えちゃって、可哀想…大丈夫よ、痛いこととかひどいことはしないから…♡』

『ベッドに縛られちゃったら逃げられないでしょ?だったらさあ、この際楽しんだ方が絶対いいわよ?』

『大丈夫、最初はあんまりかもしれないけど…すぐに気持ち良くなるから♡()()も使うし、お姉さんも頑張るからね…♡』

『じゃ…脱ごっか♡』

 

『ぃ…やだ…嫌だ…嫌だぁぁぁぁぁあっ!!!!!!!!』

 

ーーーーー

 

 耐えられなかった。頭がどうにかなりそうだった。あの時、無理矢理にでも割って入ればよかった。頭が痛い。眠れない。

 

 友達のそんな姿なんて想像したくないのに、なぜか鮮烈に光景を妄想してしまう。今まで彼に()()()()()感情を向けたことなどないのに、悔しくて苦しくてたまらなかった。お腹の奥に感じる奇妙な感覚を、すぐに消し去ってしまいたかった。

 

 …いつのまにか、窓から朝日が差し込んでいた。気がついて起き上がり、洗面所の鏡を見る。やはり、ひどい顔だ。目が真っ赤だ。

 

 洗面台に手を突く。首を落とし、排水溝をじっと見つめた。…そして、あることを思いついた。

 

 ゆっくりと部屋に戻り、鞄から財布を取り出した。長財布をゆっくりと開け、中身を確認して………

 

「………お金、貯めなきゃ」

 

 彼を、不特定多数の魔の手から護るには。彼をこれ以上穢させないためには…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしが買い占めちゃえばいいんだ。

 

ーーーーー

 

『よし、配置についたね“クロウラー”…ターゲットは見える?』

「はい、確認しました。盾持ちが三人、銃が二人…真ん中のガタイのいいやつが、例のケースを抱えてます」

『こちらもカメラで確認した。…間違いなく、あのケースに依頼主の新製品のサンプルが入っている』

 

 ホロウ内部、ビルの屋上。へりにしゃがみ、下を見下ろす。()()()のカメラアイがギョロリと蠢き、集団行動をとる暴徒たちをクローズアップした。僕の背後で、スカーフを巻いたしゃべるボンプがぴょいと跳ねて言葉を発する。

 

「よくチンピラ風情が盗めたもんですね…結構厳重だったんでしょ?セキュリティ」

『セキュリティチームに賄賂を贈られてた奴がいたみたいだ。そいつはもう処罰済みだって。統制を緩めたらすぐこれだって、社長さんぼやいてたな』

「社長さんも大変ですね。尊敬しますよ、ほんと」

『本当にね…。あの根性、ビデオ屋としても見習わなきゃだ』

 

 尻尾を揺らしながら、ターゲットが真下に来るのを待つ。かしゃかしゃと装甲が稼働する音が耳を撫でて心地よい。

 

「それにしても…社長さんのあの口調、どうにかならないんだろうか」

『…どういうこと?』

「いや、なんだか誤解を招きかねないというか…録音聴きます?」

 

 ぴ、と言う音と共に転送された音声ファイルを聴いた協力者は深いため息を吐く。

 

『これは…彼女、君と会う時いつもこうなのかい?』

「ええ、そうですけど」

『…気をつけるんだよ。男でも狙われる時は狙われるんだから』

「アハハ、揶揄うのが楽しいだけでしょ。…さて、そろそろですね」

『それじゃ、俺は下で待ってるよ』

「わかりました。お気をつけて、プロキシさん」

 

 ようやくターゲットが真下に来た。周りを警戒しながらゆっくりと行軍しているが…徒労に終わるであろう。さあ、仕事の時間だ。そのまま身体を前に倒し…自由落下。

 

 頭から地面に向かって急速に降りていく。ビルのガラスに自分の姿が反射しているのが見える。身体に張り付く黒いインナースーツに、濃い灰色の艶めく装甲が取り付けられている。籠手の指先には銀色に輝く獣のような爪がついており、先が蛍光グリーンに発光している。身体に遅れてついてくる尻尾も装甲で覆われ、先端には鋭い刃が取り付けられている。そして凶暴な石竜子を思わせる機械的かつ生物的なデザインのヘッドギアが素顔を隠し、僕を“石竜子の化け物(エーテリアス)”へと仕立て上げている。

 

 背骨から尻尾に沿って生えた刺々しい()()が、音を立てて展開。緑色に淡く発光し、スーツにエーテルが巡る。尾を動かして身体の上下を回転させ、脚を下に向けエーテルを集中させる。3…2…弾着…今ッ!!

 

「「「「お、おぁぁあああっ!?!?!?」」」」

 

 着地とともにエーテルを爆発させ、エネルギー波を撒き散らす。ターゲットの集団は散り散りに吹き飛ばされ、壁や地面に叩きつけられた。ケースを抱えていた一際ガタイのいいチンピラが真っ先に起き上がり、僕を指差して叫ぶ。

 

「チッ、噂のトカゲ野郎か!!!!!」

(今は一応“クロウラー”で通してるんだけど…ねっ!)

 

 軽口を叩き、チンピラに飛び膝蹴りを喰らわせる。角張ったプロテクターがしっかりと顎を捉え、そのまま脳を揺らし、意識を刈り取る。親分が真っ先にやられたことで、急いで起き上がった周りのチンピラが焦り出す。

 

「やべえぞ、カシラがやられた!」「なんだありゃあ…見たことねえ()()()()()()()()!」「かまわねえ、人数はこっちが有利なんだ!フクロにしちまえ!」

 

 武器を構えだすチンピラ達に、爪にエーテルを巡らせながら一歩踏み出した。怯えるチンピラ達に、僕は尻尾をゆらりと動かし…

 

『GRAAAAAAAAAAR!!!!』

 

 エーテルの波を撒き散らし、大気を震わせ…そのまま踏切り、獲物に飛びかかった。

 

ーーーーー

 

「こちら朱鳶、現場に到着しました。…通報通り、逃走中の犯人グループらしき集団を()()()()()()()で発見。連行のため応援願います」

 

 新エリー都某所、ホロウ側。エリー都を守る治安官の“朱鳶”は、通報を受けて現場に到着した。そこには、簀巻きにされ積み重なった暴徒達と、銀色に光るアタッシュケースが無傷で置いてある。

 

 この暴徒たちは、先日とある会社から新製品サンプルを盗み出した窃盗団。裏社会では名の知れた盗賊たちで、金さえくれれば何でも盗むことで有名だったとか。だが、芋虫のような姿でみっともなく転がされ、プロの風格は見る影もない。

 

()()か…最近、こういうケースが増えてきておるらしい」

 

 全身を義体化した、背の低い女性…治安官の“青衣”は興味深そうに前のめりになり、犯人たちをじろじろと眺める。そしてつかつかと近寄って、気絶している犯人の一人を引っ張り出し…

 

「ふんっ」「かはっ!?!?」

 

 躊躇なく顔面をはたいた。驚きの声を上げ、犯人は意識を取り戻す。

 

「ちょっと、何をしてるんですか先輩!」

「意識を取り戻させただけ、なんの問題もないであろ。…さて犯人よ、一つ質問がある」

「ッ…な、なんだよ」

 

 義体ビンタが相当痛かったのか、すこし怯えた様子で返す犯人に、青衣はこう問うた。

 

「お前らは手ひどくやられたようだの。…誰にやられた?」

「誰、に……………ッ!!」

 

 最初は首を傾げていた犯人は、何かを思い出したかのように表情を引き攣らせ、必死で答えを返してきた。

 

「化け物だっ!上から、空から()()()()()()()が降ってきたんだ!!」

「………また、か」

「ええ、先輩。これでちょうど20件目ですね」

「信じてくれよっ!エーテルを撒き散らして、みんなやられちまったんだ!」

 

 喚く犯人をよそに、身を寄せ合って朱鳶と青衣が話し合う。

 

「確実に変ですよね…このケース、決まって彼らは“トカゲの化け物にやられた”と供述している」

「そうだの。下手人がシリオンだとしても、みんな見慣れているシリオンをバケモノと言うのは今時差別主義者しかおらん…。しかも皆、エーテルを撒き散らして飛びかかってきたとまで言いよる」

「エーテリアスだとしても…繋がり合うはずのないホロウ間でも同様のケースが起こっていますし、第一ホロウ外に出られるはずがない。それも殺さず、簀巻きにして外に放り出すだけ…」

「じゃが、供述があまりにも人間離れしすぎておる。エーテリアスでもないと、空から降ってきて無事なわけがない。しかも、襲われたのは犯罪者のみ」

 

 青衣は不思議そうに首を傾げた。朱鳶はその様子を見てさらに思考を巡らせる。

 

『もし、本当にホロウ外に出られるエーテリアスがいるなら一大事ですね…。ですが、行動が余りにも知性的すぎる。普通のエーテリアスが不殺での無力化・拘束などできるはずもない…』

 

「…やはり、ホロウレイダーの仕業なのでしょうか…」

「自然に考えればそうであろ。…いつかこの目で見てみたいのう、その化け物とやらを。“徳は孤ならず、必ず隣あり”…、自警団行為はあまり感心せぬが、一度会って話がしたいの」

「ええ。…この目で、見定めてみたいと思います」

 

 朱鳶が決意をもって言うと、パトカーのサイレンが応援の到着を告げる。

 

路肩に駐車されるパトカーの方へ向かう二人の背後を、一人の青年とボンプが見つめていた…。

 

ーーーーー

 

「ただいまー…」

 

 新エリー都某所、とあるマンション。僕の住処である部屋に独り言が消えてゆく。出迎えてくれる家族は、もうここにはいない。

 

 この街では家は靴を脱がずに上がるのが普通だが…土埃がつくと床掃除が面倒なので、うちは玄関で靴を脱ぐようにしている。そしてきちんと手洗い・うがいをしてから、部屋の片隅に置いてあるアクリル製のテラリウムに近寄り、蓋を開ける。

 

「ほら、相棒。家に着いたよ…」

 

 僕のその言葉の後、袖口からぴょこ、と()()()()()()が顔を出す。銀色で、所々が緑色。そして特徴的なエーテル結晶のような鱗…。何を隠そう、この子は僕の相棒…あの()だ。

 

 この子とは昔、とあるホロウの中で出会った。そのホロウを出るために、初めて僕はこの子を()()。それからずっと、この関係は続いている。キョロキョロと辺りを見回した相棒はぴょい、とテラリウムの中に飛び込んだ。エーテリアスだとしても、ホロウ外で生きられるはずが無く…この子の正体は謎のままではあるが、今のこの関係は得難い物だ。この子のおかげで、ああいう仕事をできるようになったんだから。

 

「これからも頼りにしてるぞ、相棒」

 

 声をかけると、相棒はきゅいと鳴いた。ちょろちょろとテラリウムを忙しなく動き回っている。元気そうだな、と暖かな目で見守っていると…ぐう、と腹の虫がうごめいた。

 

「…ご飯にするか」

 

 買い物袋の中身からキャベツと特売の肉を引っ張り出し、あとは冷蔵庫へ。戸棚から調味料類も取り出し、調理に取り掛かった。

 

 鍋を振るたび中の具材が踊り、食欲の増す香りが台所を満たす。そろそろ仕上げか…というところで、家のインターホンが鳴った。いったん火を止めてヘラを置き、エプロンのままドアに向かう。ドアスコープを覗くと、そこには見知った()()の顔。

 

 チェーンを外し、ドアを開けると…レジ袋を手に下げた、若い成人女性が立っている。この人は僕のお隣さんで…引っ越してきた当初からの付き合いだ。

 

「こんばんは、クラウスくん。いい夜ですね」

「朱鳶さん!待ってましたよ。ささ、どうぞ中へ…」

「ええ。失礼します」

 

 彼女の名前は“朱鳶”さん。新エリー都の治安官さんで、『特務捜査班』というところの班長を若くして務めているらしい、とてもすごくて…とても親切な人である。

 

 彼女も玄関で靴を脱ぎ、部屋の中へ入っていく。ちゃぶ台にレジ袋を置き、取り出したのは…惣菜の詰まったタッパーと、二本の缶飲料。片方はメロンソーダで、片方はビールだった。彼女は慣れた様子で食卓の椅子に座った。

 

「もうそろそろできますから、少し待っててくださいな」

「ええ、楽しみです。君の作るご飯はおいしいから…」

「あはは、朱鳶さんのとそんなに変わりませんよ」

 

 そんなやりとりをして、またコンロに火をつけた。以上のやり取りで気がついた人もいるだろうが…僕と朱鳶さんは、もう幾度となく食事を共にした仲であった。

 

ーーーーー

 

 ここに越してきた当初、ひとりでご飯を作って食べていた。親を失ったばかりで、いきなりの一人暮らしで…心細くて、ご飯の味もわかった物ではなかった。

 

 しかし、ある日の夜…買い物袋を下げて家に戻ってくると、困った様子で隣室…角部屋のドアの前に立つ朱鳶さんに気がついた。

 

「あれ…何されてるんです?」

「おや、君は…最近隣に越してきた子ですね」

 

 互いに自己紹介をした後、彼女は事の経緯を説明してくれた。家の鍵を無くしてしまったらしく、家に入れなくなってしまったそうだ。泊めてくれるような知り合いは()()の家くらいしかないが、とても向かえる距離ではなく、ほとほと困っている、と。

 

「じゃあ…僕の家の中で、もう一度鞄の中を探してみては?明るいところで探した方がいいでしょう」

「えっ、…いいんですか?親御さんは…?」

「ああ、安心してください。…うち、ぼく一人ですから」

 

 がちゃ、とドアを開き手招きする。玄関の電気をつけ、僕は靴を脱いで家の中に上がる。

 

「靴は脱いで上がってくださいね」「は、はい…」

 

 彼女はいそいそと靴を脱ぎ、僕の後をついてきた。リビングに入り、僕はちゃぶ台を指差す。

 

「そこ座って、カバンちゃぶ台にのっけていいので…見つかりそうになかったら、その時また考えてくださいな」

「え、ええ、ありがとうございます…」

 

 僕の言葉ののち、彼女はカバンの中身を取り出しつつ中を探り始めた。それを他所に、僕は台所に向かい、自炊を始めた。

 

 暫くして…ご飯が出来上がった。僕が皿を持ってちゃぶ台に向かうと、彼女はまだカバンの中を探していた。

 

「その…ごはんできたので、少し避けてもらえると」

「あっ、すみません…もうそんなに時間が…」

 

 彼女はいそいそと鞄の中身を戻し始める。その様子がなんだか可笑しくて…くす、と笑ってしまった。片付いたちゃぶ台の上に簡素な食事を並べて…()()()()()()を並べた。

 

「あら…?」

「どうせなら、食べてってください。夜ご飯まだでしょう?」

「ええっ、そんな…悪いですよ、家に上がらせてもらって、あまつさえご馳走になるなんて…!」

 

 彼女はわたわたと身振りをし、遠慮するが…くう、と可愛らしい音が彼女から聞こえてきた。

 

「………」

「あはは…では、僕からのお願いってことで。ごはん、一緒に食べてくれますか?毎日一人はもううんざりで」

「…はい、ご相伴に預かります

 

 顔を赤らめ、蚊の鳴くような声で彼女は答えた。食器を彼女の前にも並べ、簡素な野菜炒めと白米だけの食事に手を合わせた。

 

「いただきます。」「い、いただきます…」

 

 野菜炒めを皿に取り、もそ、と口に突っ込んだ。歯応えはほどほどにシャキリとしているが…味がしない。塩・コショウはちゃんとしたのに。同じく味のしない、まるで糊を口に入れているような食感しかしない白米を口に運んでいると、向かいの彼女がしんみりとした表情を浮かべていることに気がついた。

 

「…どうされました?」

「いえ。なんだか、温かいご飯を食べたのが久しぶりで…美味しくて、少し実家を思い出してしまって…」

 

 彼女が治安官だというのは、この時に聞いた事だった。自分の食事がおいしい、と言われて…なんだか少し、涙が出てきた。

 

「え、ええっ!?ど、どうしたんですか!?な、何か気に触る事を…!?」

「え、へへ、違うんです。なんだかちょっと、僕も久しぶりなんです…」

 

 誤魔化すように口に入れた野菜炒めは、ほんの少ししょっぱい気がした。

 

ーーーーー

 

「…ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした」

 

 がた、と席を立ち、彼は食器を片付け始める。…彼の家に結構な頻度でお邪魔するようになってから、どれほどの月日が経っただろうか。この行為は、もはや日常と化していた。

 

 缶の中身をくぴりと飲んで、台所に立つ彼の背中と、揺れる尻尾を見つめた。彼のご飯は美味しい。惣菜と飲み物を持参して頻繁に通うくらいには、私は彼に胃袋を掴まれている。なんなら毎日でも彼のご飯を食べたいな…と考えて、その思考がなんだか危なく聴こえたので頭を振って飛ばす。

 

 分かっているのだ。未成年の歳下の異性の家に夜な夜なお酒を持って上がり込む行為は、治安官として…いや大人としてあまり褒められたことではない、と。だが、それをさせてしまうだけの魅力が彼にはあった。

 

「ふいー…今日も一日お疲れ様です、朱鳶さん」

「ええ。君もお疲れ様。」

 

 彼は部屋のソファにごろ、と転がる。仮にも他人の前でそのような格好をしていいのか、と言いたくはなるが…彼が心を開いてくれているのを感じて、なんだか嬉しくなる自分がいた。

 

 そのまま他愛のない会話を交わす。数学の微分が楽しいだとか、友達が面白かった、だとかの話に、職場での出来事で返していく。

 

 にこにこと笑って話してくれる彼を見ていると、なんだか疲れた心が温まるような気がして…彼が弟か何かだったらな、と思うのだ。

 

 そして、長い間会話を続けていると…ふと、彼が目を瞑り、すやすやと寝息を立てていることに気がついた。今日は疲れていたのだろうか…。何にせよ、まだ歯も磨いていないだろうし、なにしろ私が帰った後の戸締りもある。気持ちよさそうに寝ているが致し方ない。私は立ち上がって、彼のそばに寄る。

 

 揺り動かして起こそうと、彼の肩に手を伸ばす。…が、その手はいつの間にか、彼の頬に柔らかく触れていた。さらりとして、ほんのりと温かく、柔らかい。

 

 彼の顔を見つめる。睫毛は長く、鼻筋も通っていて、にきび一つない…まるで少女のような顔立ちだ。親指で頬をなぞると、彼はくすぐったそうに目の端をぴくり、と動かした。

 

 酒精が回ってきているのだろうか。素面の時には絶対にしない事を、私はしてしまっている。この少年が持つ魔力は、それほどまでに凄まじいのか…あるいは、私がどうかしてしまっているのか。

 

 熱っぽい瞳のまま、彼をじっ…と見つめる。親指でまた頬を撫で…そのままその指は、彼の唇に触れた。

 

 そこはまさに今作られたばかり、と言うかのように温かく小さくて、とても柔らかい。強く触れればそれだけで破けてしまいそうで、男性の唇としては珍しく、つやつやと乾燥すらしていない。

 

 ふに、ふに、と親指で唇を押す。彼はまだ起きない。

 

 …ぐつ、と、自分の中で何かどろりとしたものが煮えているような感覚がした。すう、と親指で唇を撫でる。彼はまだ起きない。

 

 ゆっくりと手を離し…その手の親指で、今度は私の唇を撫でた。そんなはずはないのに、なぜか彼の唇の温かな感触が感じられた。

 

「……………」

 

 部屋の中に、しっとりとした沈黙が続く。それはなぜだか熱く、潤みを帯びているような気がして…私の心を、身体を侵してゆく。ふるり、と肩を震わせ…彼の頬に、また手を添えた。

 

 どくん、どくん、と心臓が脈打つ音がうるさい。少しの酒精と、自分の体温…そして、腹の奥からふつふつと湧き出す欲望に呑まれ…………ゆっくりと、彼に近づいていった。

 

 彼の顔が視界を占める割合が、だんだんと大きくなっていく。心臓が跳ねる速度が増した。彼の長く整った睫毛の一本一本がよく見える距離まで近づいても、止まる気にはなれなかった。

 

 やがて、互いの吐息が顔にかかるほどの距離になる。あたたかく、ほんのりとメロンソーダの爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。彼の顔にかかって私に帰ってくる息は、驚く程に熱を帯びていた。

 

 このまま…このままあと数センチで、確実に()()()()。もはや私の心にストッパーやブレーキは存在せず、あるのはただその事実だけ。治安官として、特務捜査班長として、ひとりの大人として…そのような責任を肩から下ろしてしまえば、このまま行くところまで行ってしまえる。

 

 彼は一体、どんな味がするのだろうか。やはり先程のメロンソーダの味なのか、それとも“初恋はレモンの味”という物なのか、それとも…もっと熱く、蕩けるような()()()()なのか。

 

 そのまま…数ミリずつ…ゆっくりと。

 

 私は目を瞑り、彼のぬくもりを…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつん、と部屋に音が響いた。突然の音に、思考が穏やかになってゆき…バッ、と音がするほどの速さで彼から顔を離す。何事かと部屋を見回すと、部屋の隅、爬虫類などのペットを飼うためのテラリウムの中で、小さなトカゲがこちらを見ていた。

 

 トカゲは私をその縦に割れた瞳で睨みつけ、かつん、かつんとアクリルの壁に体当たりをしている。その様子を見て、自分が一体なにをしようとしていたのかを理解した。

 

 かっ、と顔が熱くなる。いくら彼が無防備だからといって、手を出したら一瞬で犯罪者になってしまうのに、私は何を…!!!!

 

「…ぅ、ん……………ハッ、寝てた…?」

 

 テラリウムの方を見つめて自己に反省を促していると、彼がぴく、と身じろぎをして起き上がる。それに一縷の残念さを感じてしまった事実は、見なかったことにしておこう。

 

「ぁ、ごめんなさい、寝てしまって…」

「いっ、いえいえいいんですよ!君も疲れてた、ってことでしょう?」

 

 わたわたと手を振って彼の謝罪を制する。目を擦り、ベッドから立ち上がる彼を見ながら、私は彼のペット…今もテラリウムの中で私を睨みつけているトカゲに感謝の念を抱いた。一歩遅ければ、取り返しのつかない事になっていた。

 

「じゃあ…ご馳走様でした。私はそろそろ家に戻ります」

「あぁ、はい。おやすみなさい、朱鳶さん」

「ええ、おやすみなさい、クラウスくん…」

 

 私は持ってきた惣菜のタッパーを閉め、空になった缶ビールを回収し、彼の見送りのもとに家へと戻っていくのだった…。

 

【To Be Continued…】

*1
失礼

*2
二重の極み




クラウス:本作主人公、黒い鱗を持つトカゲのシリオン。昼は学生、夜はホロウレイダーの二足の草鞋。警戒心が足りない。エレンのメイド姿を見てしまった。

エレン・ジョー:クラウスの隣席、サメメイド。クラウスのことを盛大に誤解してしまった。

朱鳶:クラウスの隣人。頻繁に食事を共にしており、半ば胃袋を掴まれている。仕事で少し疲れたお姉さんが歳下の可愛い男の子に癒される展開を眺めるのが作者の癖。

相棒:ふしぎトカゲ。クラウスを護る決意に満ちている。

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