神秘探求したいミレニアムモブ生徒とゲマトリアがガッチャンコ   作:ハイパームテキミレニアム

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Set,Changing,Fire!

 

 

 

 

 

「ダメ、ダメ、ダメ、やだ、やめて……」

 

 

 虚ろに呟きながら、ユメは抱き寄せる力を深める。

 自らの腕の中にミメシス達を庇いながら、必死に自分の体を盾とする。

 

 

「○○ちゃんを、撃たないで……」

 

 

「○○ちゃんを、殺さないで……!」

 

 

 先生はユメに向けて優しく、心を解くように言葉をかけていくが、ミメシスを庇う事で頭の中を埋め尽くされているユメの精神が、言葉の内容を受け取れずに弾いてしまう。

 

 涙を流し、ボロボロと零していく言葉に籠る悲壮な思いに、周りの生徒は口を挟めない。

 既に戦意は無く、所在なさげな風に銃を下げ、困ったように成り行きを見守っている。

 

 

 

 

 ユメに抱き抱えられるミメシス達は、これはいけない、と思考する。

 

 ユメと共に連れ立ち、単に先生と生徒を本体の居る場所まで案内する程度のものであったはずなのに、どうしてこう拗れたものか。

 深く思考できずとも、声を出せずとも、ぼんやりとそう考え……戦闘の発端たる生徒を始め、周りの生徒らに少なくとも敵意がない事を認識すれば、徐ろに身動いだ。

 

 

「……っ、○○、ちゃん……?」

 

 

 ミメシスの1体が、ユメの体へと手を回す。そのまま腕に力を加えて、抱き返す。

 胸元へと抱き寄せるようにして、翠色の頭をとん、とん。緩やかに、穏やかに撫でた。

 本体がユメといつも交わしていた、ユメを落ち着かせるための抱擁を加えていく。

 

 

「ぅ、ん、ん……」

 

 

 その手付きによって、頭の中の雑音が、胸の中を掻き回す不快感が払拭されていくようで、途端に安堵の吐息を漏らして、ユメが体を委ねていく。

 

 

(○○、ちゃん……)

 

 

 ユメの頭痛が少しずつ和らいでいく。

 優しい手付きが、荒くれる心をゆったりと鎮めてくれる心地が、呼吸を落ち着けてくれる。

 その感覚がもっと欲しくて、抱き寄せられる胸元に擦りついて。

 

 

(……あれ?)

 

 

 そこでふと、気付く。

 

 

 抱き寄せてくれる体温を感じようとする。

 

 ……○○とは違う、人肌よりも冷たい感覚が伝ってくる。

 

 

 聞いていると安心出来る、落ち着いた鼓動を感じようとする。

 

 ……息を潜めても、何も聞こえない。

 

 

「あ、れ……?」

 

 

 温かな体温も、密やかな鼓動も……吐息も、感じられない。

 ○○の温もりが、感じ取れない。

 抱いてくれる腕は、抱き寄せられる体は、○○と同じなのに。

 

 

 

 瞬きを繰り返して……視線を、上に向ける。

 

 

 

 ○○と同じ顔立ちの青白い顔がユメを見つめて、○○と同じ形の腕がユメを抱き留めていた。

 

 ○○だけど、○○ではないそれが、ユメの視界に映っている。

 

 自分が庇っているそれ等が、○○のミメシスである事を、ユメは改めて認識できた。

 

 

「あ……っ」

 

 

 そこで張り詰めていた気が抜けて、体を上手く支えられなくなったユメをミメシス達はしっかりと抱き留めると、ミメシスの1体がそのまま肩を貸すように立ち上がった。

 

 残ったミメシスは戦闘前に消滅したミメシスの残骸を拾い上げ、抱え込む。

 

 

 それから状況を見守っていた周りに顔を向け……片手を使って手招いた。

 

 どうぞこちらまでお越しください。そう言い残すように頭を小さく下げてから、背を向けてゆっくりと歩き始めた。

 

 足を向ける先は、先生と生徒達が目指していた目標地点。

 ○○が居ると思われる、謎の巨大砲塔の根元。

 

 

 

 

 困惑を隠せないまま、ユウカは先生へと視線を向けた。

 

 

「……先生。今のは、一体……」

 

 

 "……行こう、皆。"

 

 

 ミメシスに促されるまま、先生と生徒達は足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃墟地域の一角。天を突く程に高く巨大な砲台に隣接するように並んだ、一棟の廃ビルのような外観をした建造物。

 その正面入口の、両開きの鉄扉を開いた先。

 

 目の前に出てきたのは、広々とした玄関ホールを思わせる空間。

 照明が無いために隅から隅まで全貌は見えないが、それでも100人程度ならば余裕で収納できるスペース。

 端々や他の通路や部屋に繋がる扉の傍に何らかの機器は設置してあるものの、実験機器らしいそれ等はない。

 

 

 ユメを背負うミメシスを先頭に部屋の内部へと足を踏み入れ、周囲を警戒するように生徒達が視線を散らし。

 

 

「…………○○?」

 

 

 ユウカがその視界の端に、薄暗の中に浮かぶ一つのヘイローを見つけた。

 

 

「!」

 

 

 パツン、と照明が点灯する。

 真っ白な光量に照らされる、やはり広々とした空間の真ん中、○○がそこに居た。

 

 

 "○○……!"

 

「ようこそお越しくださいました、皆さん」

 

 

 恭しい口調での挨拶を告げ、○○はゆっくりと皆の前に歩み出た。

 

 

 "……○○。"

 

 

 一見、その外見におかしい所は見られない。何時も着ている、袖が余る程の白衣姿ではなく、半袖のミレニアム制服姿という軽装ではあるが、何時も通りの○○であった。

 

 

「先生も、わざわざ訪ねて下さりありがとうございます」

 

 

 ○○の視線は、先生からその周りを囲う生徒に向く。

 

 

 早瀬ユウカ。美甘ネル。室笠アカネ。一之瀬アスナ。角楯カリン。飛鳥馬トキ。和泉元エイミ。砂狼シロコ。十六夜ノノミ。黒見セリカ。小鳥遊ホシノ。

 

 

 そして、頭上に浮かぶヘイローの煌めきに、恍惚としたため息を一つ零した。

 満開の花畑のように美しく、芳醇で、華やかな景色。何時見てもたまらなく素敵で、愛おしい。

 

 

 この他にも、後方支援として他の生徒も居るのは先の戦闘の様子から確認済み。奥空アヤネに、各務チヒロ、小鈎ハレなど、支援ドローン等を介して戦闘に参加していた為に、他にも後方に控えている生徒は居るだろうと○○は予見して、笑みを深めた。

 

 

 

「ユメさんもお疲れ様でした。お体に異常はありませんか?」

 

 

 ミメシスに担がれるユメに視線を移した○○は、心から労るように、心から心配するように声を掛けた。

 言葉に込められた真剣味に、不自然さの無さに、周囲に白々しさを感じさせる事すら無い。

 

 

「……うん……。頭はちょっと、痛いけど……でも、忘れてたこと、思い出せたよ」

 

 

 その返答に、○○は目を輝かせて反応した。

 

 

「おぉ、それはそれは……」

 

 

 正しく、自分の望んでいた成果がそのままぴったりと出てきたように、ほんのりとした驚愕を含んだ嬉しそうな声を出して。

 

 

「───ふふ、本当に良かったです。これで気がかりな事が一つ消えました」

 

 

 そうして、にこりと。

 手を合わせて満面の笑みを浮かべてそう答える。

 その顔には嫌味も何も含まれず、ただ純粋に言葉通りの思いと感情が篭められていた。

 

 それからくるりと視線を戻して、佇まいを正して。

 

 

「さて、ここまでわざわざ御足労頂いた皆様には……きっと何か私に聞きたいことがあるでしょう。逃げも隠れもしませんので、どうぞ遠慮なく───」

 

「……おい、○○」

 

「はいネルさん早かった!」

 

 

 何でもどうぞ、両手を広げてウェルカムポーズを取る○○に、ホシノがいきり勇んで踏み出すよりも、神妙な顔付きで口を開こうとする先生よりも早く、ネルの鋭い声が響く。

 さぁ一体どんな質問が飛んでくるだろう。予想される様々な問いに対しての脳内シミュレーションをしながら、うきうき気分で○○は先の言葉を促した。

 

 

「長話に付き合うつもりはねぇ。こっちはお前を保護しに来たんだしな」

 

「保護、ですか?」

 

 

 待っていた言葉の内容を瞬きと共に受け止め、合点を付かせる。

 

 ───保護、保護。なるほど、まぁ自分の状態は全員に把握されてると見て良いだろう。その為にまずは保護となったと……

 

 ふむ、と○○は渋い顔で唸った。

 そうなると○○の望み通りの展開ではない。

 ただ純粋に、これまでの研究の成果を披露して、発表したい。そうして皆に堪能して欲しいのだから。それを見せる前に保護というのはちょっと待って欲しい。

 

 

『……○○。貴女は、自分の体がどのような状態であるのか、分からない訳では無いでしょう?』

 

「……その声、まさかヒマリさん? 貴女まで来て下さるなんて感激です!」

 

『……私以外にも、後方に控えてる者は居ますよ。エンジニア部、ヴェリタスも一緒です』

 

 

 ○○が切り出そうと口を開きかけた所で、生徒達の側に浮かんでいたドローンから聞こえてきた通信機越しの声。それに○○は嬉しそうに反応した。

 その清らかで鈴の鳴るような綺麗な声を、○○はよく知っているからだ。

 

 

 ミレニアムが誇る才女。「全知」の学位を有する天才、明星ヒマリの声に違いなかった。

 ○○が知る限り……黒服と出逢う以前、神秘を追い求める事について真剣に取り合ってくれた内の1人。思いを共にする、とまではいかなくとも、神秘を探究したいというロマンを後押ししてくれたのだった。

 

 

 そんな彼女の声は、焦燥にじわりと侵されたような不安気な声色で。

 けれど○○の顔色はそれと対象的に明るく、喜色に染まっていく。

 ミレニアムのビッグネームが自分の研究成果を見てくれる機会が巡ってきたのだ。これに興奮しない技術者はミレニアムには居ないだろう。そう確信しながら、○○はうきうきとした様子を隠さない。

 

 

「まぁ、今更もったいぶるものでもないですしね。さっさとお見せいたしましょう」

 

 

 ○○の腰にベルト帯のように装着された白いデバイス。その装置の横合いに指をかけ、押し込んだ。

 ホログラム投影装置『かぶせる君』。その装置の稼働がOFFとなる。

 

 それを合図に、○○の体表に貼られたホログラムが剥げ、本来の姿が露わとなっていく。

 

 テクスチャの剥がれた、○○の剥き出しの姿を。

 

 

『う…………っ!』

 

「…………!!」

 

 

 ドローン越しに、息を飲む声、嘔吐くような吐息が聞こえてくる。

 対面する生徒達も、先生も、総じて顔を強張らせ、戦きを露わにした。

 

 

「私ではテクスチャ、及びその剥離と呼んでいる現象です。……どうでしょう、結構綺麗だと思いません?」

 

 

 ……生徒の中には、心の隅でほんのりと、こう考えている者も居た。

 作戦会議の場で見せられたアレは、○○の惨状は……悪質な合成映像ではないのか。特殊メイクの一つに違いないのではないか。人の心の無い、極めて悪辣な悪戯を施されたものではないのか。

 

 

 

 そんな希望的観測は、淡く崩れ去った。

 

 

 

 

 ───コレは、ダメだ。

 

 

 

 

 対面した全員が、そう確信してしまった。

 

 

 ○○の格好は、何時も羽織っていたオーバーサイズの白衣を脱ぎ、半袖のミレニアム制服のみ。普段隠している肌を晒すようなその姿では、○○の惨状がより見えてしまう。

 

 

 肌色は剥がれ、仄かな光を放つ青白い中身が露出する。

 肌の下にあるのは肉や骨ではない、未知の光。体表を覆って輪郭を成形しているのに、却って異常であると本能に直接訴えかけられているような感覚に陥る。

 

 ひび割れのような亀裂は全身に走り、いずれも風が吹けば不意に剥がれ落ちてしまいそうな程に儚く、危うい。服の下に隠れた体も、余さずそのような状態、それよりも酷い状態である事が伺える。

 

 

 右腕は肩口より先が完全に肌色を無くして、辛うじて形が残っているために、そこが右腕であると認識できている。

 

 顔の状態は、何より酷い。○○の面影を思い起こさせるのは、白く長い髪のみ。口元から上は大きくひび割れ、剥がれて、両目があったであろう箇所は青白い光以外に何も映していない。

 それなのに、生徒と先生の方へとしっかり目線を向けて、目を合わせて話している事が激しく違和感のようなおぞましい感覚を呼び起こしてくる。

 

 

「ぁはは、やはり見慣れないとそんな反応ですよね」

 

 

 そんな悲惨で、無残で、目を覆う程の惨状であるのに、平然と佇まいを正しながら、○○は笑いかける。

 

 

 ヘイローなど、無事な箇所は何処にもない。

 亀裂は深く、太く、幅広に走り、○○の動きに合わせてゆったりと振れるだけで、致命的な割れ目から外れてしまいそうな程に不安定な出で立ち。

 端々にはノイズのような模様が常に浮かび、消えていく。

 

 

 それを見ているだけで、忌避感、嫌悪、得体の知れない恐怖が、胸の奥に滲み出て、頭の中を支配していくような感情に襲われていく。

 

 

「……あなた、一体、何を……何を、されたの……」

 

 

 震えるユウカの声は縋るような声色。

 自ら望んでそんな姿になったんじゃない、そう言って欲しい。祈りが込められた問いかけはあっさりと両断される。

 

 

「そうですねぇ……まず私が行ったのは自らの神秘を増幅、拡張といったところですね。どうにもこうにも、最初にしてみたかったのはそれでしたので」

 

 

 これは自分から進んでした事とその結果である、と白状をしながら○○は手元のホログラムキーボードを操作し、自分と生徒達を両断するような大きさのディスプレイを投影し、画像を表示する。

 

 神秘増幅器『アンプちゃん』の全体図と構造、簡素な概要。それを装着した○○の図。

 画面が切り変われば、『アンプちゃん』を装着、起動することで体内の神秘と接続し、増幅が行われることで、身体能力の向上を示したデータが並べられていく。

 

 

「後は……こちらを体内に取り込んで、神秘の更なる増幅を試みました」

 

 

 続けて○○が手元に取り出したのは、微量ながらも神秘を秘めた神名文字のカケラ達。自身を含め、様々な生徒の神秘が閉じ込められたそれ等を、大切なコレクションのように丁重に見せびらかした。

 

 

「こちらは、キヴォトスの生徒達が持つ神秘を一定量収める事のできるカケラです。面白いことに、神秘同士には相性が存在していまして……」

 

 

 それから、また新しくカケラを1つ取り出す。

 先程見せたカケラのどれよりも鮮烈で、神々しい輝きを纏ったそれは、今にもはち切れそうな程の力強さを見る者に感じさせた。

 

 

「そんな相性の良い神秘同士を掛け合わせたのがこちらの合成神秘です。私はこれを体内へと取り込んだ事で、自身のテクスチャを剥がす事に成功したのです」

 

『……その物体から測定できるエネルギー量は、尋常ではありません。……○○、貴女は一体、どれだけそれを取り込んだのです』

 

 

 恍惚とした様子でテクスチャが剥がれた部分に指を添えて撫でる○○に、震える声色でヒマリは問い掛ける。

 

 それを待ってましたとばかりに嬉々として即答したのだった。

 

 

「そうですね。合成神秘だけでも38回。全身のテクスチャの剥離度合いは67%ですね!」

 

「……それ、ユメ先輩にもやったの?」

 

 

 絶句するヒマリに代わり、底冷えするような低い声と殺意が○○に突き刺さる。その出処であるホシノに視線を向ければ、今にも飛びかからんばかりに姿勢を前傾にしていた。

 

 

「いいえ。リスクやメリット、デメリットなどまだ完全に解明できてませんし、他者への神秘の投与を試すにしても、まずそこを明らかにしませんとね……」

 

「ッ、お前ェ!」

 

 

 まるでリスクが解明できたら、自分以外でも試すつもりだとばかりの主張。

 ホシノが今にも銃弾を吐き出さんと熱り、噛み付かんばかりの勢いで○○の元へと踏み込もうとする体を、後輩達が咄嗟にしがみつくようにしてせき止めた。

 

 

「っ、離して……!」

 

「先輩……!? 待ってください、何をするつもりですか!」

 

《ホシノ先輩、やめてください、どうか落ち着いて……!》

 

「っていうか、そもそもユメ先輩ユメ先輩って! どういう関係なの!?」

 

「うーん……そうですね。ホシノさん、ひいてはアビドスの皆さんには多大なる恩がありますし、順番は前後してしまいますが、先にユメさんについてお話しましょう」

 

 

 怒りを噴出するホシノと、それを慌てて押し留める生徒と先生。……離れた場所で、ホシノに視線を注ぐユメ。

 少し騒然としだした場に、このままだと話が進まないな、と思案した○○は話題を切り替えた。

 

 

「ユメさん、それでもよろしいです?」

 

「えっ、と……うん。大丈夫、だよ」

 

 

 本人からの許可を得れば、小さく咳払い。その場の注目をまた1点に集め、語り出す。

 

 

「まぁ、これも神秘に関する事ですし……私の研究成果の1つでもあります。それではご説明しますね。『梔子ユメ』という生徒について」

 

 

 ○○は手を小さく振り、それから手元に現れたホログラムキーボードを数度叩き、画像を切り替えた。

 件の生徒であるユメ。やけにぼろぼろの姿のユメが寝台らしき物に寝かされ、○○が何かしらの処置を行っている。そんな映像が流れ始めた。

 

 

 それを背景に、○○は懇々と説明を始めていく。

 

 

「私がユメさんを発見したのは、アビドス砂漠のある地点でした」

 

 

 ユメという生徒の出会い。

 

 

 

「彼女は、見付けた時点で死亡していました。ヘイローが無いのはもちろん、脈も呼吸も止まっていました」

 

 

 アビドス砂漠の砂中深くに埋まっていた彼女を、偶然にも見付けたこと。

 

 蘇生処置を行ったが、効果は無かったこと。

 

 

「……しかし、彼女の神秘は、まだその体に残っていました。ですので……」

 

 

 ほんの好奇心から、ユメを研究所まで運び込み、神秘を注ぎ込んだこと。

 

 

「死亡した生徒の体に、新たな神秘を充填した時。果たしてどうなるのか。そんな発想を確かめる為の実験を行いました」

 

 

 ○○の説明の最中も、映像は流れ続ける。

 早回しで進む映像。ピクりとも動かないユメを中央に、○○が慌ただしく動き、ユメの体に神秘を次々と投与していく。

 

 

 投与して、与えて、注いで、流し込んで、浸して、注入して、ひたすらに。ひたすらに。

 

 

「……研究所に運び込み、抽出神秘投与措置を行い続けて6時間。神秘の投与19度目」

 

 

 突如、ユメのヘイローが灯り、固く閉ざされた瞼が、緩やかに開いた。

 

 

「彼女は、復活を果たしました」

 

 

 

 

 それからも○○の口は止まらない。

 映像も切り替わり、仮眠室のベッドに腰掛けるユメに、質疑応答を行っている様子が映されている。

 

 

 彼女は梔子ユメという名前であること。

 

 梔子ユメは、名前以外の記憶を失ってしまっていたこと。

 

 梔子ユメの記憶を取り戻すため、交流を重ねていったこと。

 

 

 その他彼女と交流して得られた情報を粛々と語り、言葉を結んで、改めて○○は生徒と先生に視線を向けた。

 

 

「ユメさんに関しては、ざっとこんな所です。何かご質問はありますか?」

 

 

 反応は大小様々であった。

 

 死者蘇生という現象。それが行われた事、それが記録として残された事。

 信じられないといった感情と、そう言って簡単に否定するにはあまりにも真に迫り、説得力のある材料が揃っている事実に、口篭るように誰もが互いに目を見合せている中。

 

 

 反発する者が1人現れた。

 

 

 

「ふざけないでっ!」

 

 "っ、待って、ホシノ!"

 

 

 

 慌ててその場に居る後輩3人が肩や腕を引いても全く譲らず、凶暴な獣のように犬歯をむき出しにするようなホシノの敵意を受ける○○は、ただ不思議そうに、そんな感情を向けられる謂れは全く無いとばかりに首を傾げた。

 

 

 

「そんな、そんなデタラメな話ではぐらかそうたって……!」

 

「はぐらかすだなんて……一体何を? それにデタラメとは心外ですね、しっかり記録も映像も残してありますし……記憶喪失というのも本人の証言です。此処に至って嘘偽りを並べるなどと不誠実な事をするなんて──」

 

「うるさいっ!!」

 

 

 ホシノにとって、いよいよ我慢の限界だった。

 

 あいつらと同じ神秘に対して実験だとか何とか言って、自分の体の表面を剥がすなどといったおぞましい行為をするような奴の傍に、これ以上敬愛する先輩が居る事が耐えられない。

 

 もう何時魔の手が先輩に伸びるか分からない以上、一刻も早く先輩を連れ戻さなければ。

 

 歪んで膨張した使命感に駆られて、後輩達の手すら振り切ろうと足を踏み出して。

 

 

 ぐぃ、と一際強く腕を引かれた。

 腕を掴む先をホシノが視線で辿り……驚きで目を見開いた。

 

 ホシノを止めたのは、ユメだった。

 

 

「せん、ぱい?」

 

「……本当だよ、ホシノちゃん」

 

「へ?」

 

「○○ちゃんが言ったこと、本当なの」

 

 

 ホシノは間の抜けた声を出して、喉を震わせた。

 嘘じゃない、なんて、どうして? 

 

 

「まだ頭の中がふわふわしてるし……死んじゃってた時の事は覚えてないけど……全部、本当の事なの」

 

「な、なに、言って」

 

 

 

 ……ホシノは、○○に対して憤慨する気持ちと同時に、これが無理筋で理不尽な怒りであると理解していた。

 

 けれどそれを認めてしまったら、強く意識してしまったら。

 

 なんて、非道く、不誠実な真似をしているのだろう、と。

 

 意識してしまったのなら。

 

 

 ───先輩の死体をあの砂漠で見つけてない! 

 

 …………あの砂漠の中に埋まっていたなら、探しようが無い。見つけられる訳も無かった。

 

 

 ───デタラメを並べてるだけで、先輩も口裏を合わせてるだけで……! 

 

 …………ユメ先輩はそんな器用な真似はできないし、そもそもしない。

 

 

 ───先輩は、騙されてるだけで……! 

 

 

 …………本当に、そうなの? 

 

 

 

 ホシノが、自分の腕を掴むユメの顔を見る。

 

 ホシノが知っている、覚えている、脳に焼き付いて離れなかった、何よりも求めていた人物の顔。

 アビドス生徒会として共に居た頃にあった生傷は一つも無いけれど、その瞳に宿る光は何一つ変わっていない。

 

 

 何も変わりは無い、ユメそのものが、そこに居る。

 

 

 

「……………………ぇ、え?」

 

 

 

 そこでホシノはようやく。

 自分が思い違いをしていた事を、認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて。このように不可思議な現象を引き起こす事のできる神秘、これらを研究して、その仕組みを解明して、ものづくりに活かしたい。私はそんな思いで色々とやってみました」

 

 

 先までの怒気は消え失せ、まるで魂が抜け落ちたように茫然自失となってしまったホシノを気遣いげに見やりつつ、話題の流れを戻した。

 

 

 

『ねぇ、○○』

 

 

 

 ドローンからヒマリの声ではなく、チヒロの声で○○に問いかけられる。

 

 

『あんた、そんな体になってまで……一体、どうなるつもりなの』

 

 

 チヒロにしてはたどたどしく言葉を選ぶような問いかけにほんの少し不思議そうにしながらも、○○は笑顔を浮かべて答えた。

 

 

「そうですねぇ、まぁ何はともあれ、私のテクスチャを全て剥がしたらどうなるか、実験を進めようかと」

 

『…………は?』

 

 

 理解ができない、と心底からその念が篭ったチヒロの声は、生徒達の総意を示していた。

 言葉の意味を理解してなお、その行為を肯定する事などできない。一種の拒絶のようなそれ等を向けられた○○は、いよいよ困惑しつつ首を傾げた。それから、自分が何故それをするのか……努めて分かりやすく、理解ができるようにと、説明を始めた。

 

 

「神秘の増幅に伴うこの現象。テクスチャの剥離のその先。テクスチャを全て剥がし切ったら……一体どんな事が起きるのか。その未知を私は解明したいんです。それが一体何を齎すのかを、知りたいんです」

 

 

「だって、面白いと思いません?」

 

 

 極めて楽しそうに、胸の沸き立つ思いを抑えきれないとばかりに満開の笑みを浮かべる○○の姿が、とても恐ろしいものと対面したような、暗闇で足元がおぼつかなくなるような、心から底冷えする感覚を植え付けてくる。

 

 

 

 理解不能なそれに対して、心の中でぐるぐると掻き混ぜられた感情が渾然と絡まり……突き抜けた恐怖の感覚がひとかたまりとなって、一種の使命感じみたものへと収束していった。

 

 

 

 これを、ここで止めなくてはならない。

 

 

 ソレが望む現象を引き起こしてはならない。

 

 

 

 

『……聞いてくれ、○○』

 

「はい? 何でしょうか、ウタハ先輩」

 

 

 立ち変わるように、ドローンからウタハの声が響く。ドローンカメラを通した通信映像越しに、ウタハは真っ直ぐに○○の顔を見据えて、静かに語りかける。

 

 

『君の持つ情熱は……そのロマンは、何物にも代えがたい、尊いものだ。同じエンジニアとして、同じ部活に所属する者として……誇らしく思う』

 

 

『けれど……けれどね、○○』

 

 

 言葉を区切り、数秒。息を飲み、ゆっくりと吐き出しながら、口を開いた。

 

 

『君の先輩として、君の友として……君自らが死に向かうような行為は、肯定できない』

 

 

 沈痛な声色でありながらも、断固として言い放たれる言葉。

 

 情熱と、その情熱の衝動のままに心血を注ぐ一心な姿には尊敬の念すら抱く。しかし、自らを死に至らしめてしまうような行為を続けるのだとしたら……それは、何より止めなくてはならない。

 到底、その行為は容認することなどできない。

 これは一部を除き、○○と相対する者の総意であった。

 

 

『……○○。大人しく投降して頂戴』

 

「……リオ会長? そんな人まで居るとはなんて豪華な……ならばこそ余計にお披露目したいんですけど」

 

 

 ドローンから聞こえてきた、静かに告げる声。その正体を悟った○○はますますといった具合に頬を紅潮させ、その興奮を露わにした。

 

 失踪していた筈のビッグシスター。凡ゆる分野に精通し、自らの手で製作、開発し、皆を驚かせる物を造り上げる、ミレニアムの天才の一人。

 ○○が尊敬を寄せる人物の内の一人が、こうして自身の研究成果のお披露目の場を見てくれているという事実に胸が高鳴っていた。

 

 

『……駄目よ。貴女が自身に及ぼした実験……それに、貴女の超巨大砲台の運用。どちらも到底容認できかねるものよ』

 

「えっ、そっちもですか!? まだ十分な稼働データも取れてませんしフルパワーでの稼働も試してないですよ!?」

 

『……なら、なおさら容認できないわ』

 

「えぇ〜、そんなぁ……」

 

 

 テクスチャの剥がれた悲惨な見た目にそぐわぬような極めて軽い調子で、年相応にぶつくさと不貞腐れるような仕草を取りながらも、○○はそこまで悲観しきってはいなかった。

 

 そも、作り出した開発品を全面的に肯定される事の方が少なかった。エンジニア部で作った時でも、それ以外の時でも。周りから何かと意見が飛んでくることはしょっちゅうだった。

 搭載する武装が危険過ぎるだとか、本当に役に立つのかだとか、これホントに大丈夫なのかだとか、ちゃんと動くのだとか、この機能要る? だとか、ねぇこれホントに大丈夫なやつ? だとか、作った傍から言われるのは良くある事だ。

 

 

「まぁ……それならやっぱり、これしかありませんね」

 

 

 そんな周りを納得させ、製品の良さを知らしめるのに最も効率的で、最も効果的な手段がある。

 ならば今回もそれを使って、皆にこの実験の成果と有用さを思い知ってもらおうじゃないか。

 

 思案するように、両手を顔の前で合わせてから、そう呟く。

 

 

「皆さん、私と戦いましょうよ!」

 

 

 立ち直るや否や名案とばかりに笑顔を浮かべて言い放つ。

 そう。実際に使って、使われて。試して、実感して、体感してもらうのだ。

 作り出した物が要求仕様を満たしているのか、機能や品質に問題が無いか、無茶な動作をしてもちゃんと動くのか。性能が望み通りであるのか。

 それを確かめてもらう為にも、実際に稼働している所を見てもらった方が何よりも手っ取り早い! 

 

 

「っ、○○、ふざけてる場合じゃ……!」

 

「私は努めて真剣ですって。これより行う戦闘は、あくまで私の開発品のデモンストレーションみたいなものです」

 

 

 何時もは恐ろしくて縮み上がってしまいそうなユウカの怒号も、極度の不安を混ぜ込んだ鬼気迫る声にも何処吹く風。

 ○○はくすりと微笑んで、仰々しい仕草で両手を広げた。

 

 

「私は作った物を皆さんに披露できて、堪能もして頂ける。皆さんは激しい戦闘を行っても問題なく動ける私を確認できる」

 

「まさに一挙両得じゃないですか!」

 

 

 一方的に捲し立てられる言葉は、あまりにもデメリットや危険性を度外視し偏りに満ちたもの。

 素直に頷けるものではない、希望的観測に寄り過ぎたそれに、納得を示す者は一人としていない。

 

 

 それでも、○○は止まらない。

 

 

 種火をくべられた炎のように燃え盛る欲求が、湧き上がる源泉のように止めどなく溢れ出る欲求が、理性の留め具を弾き飛ばす。

 

 試したい、試したい、したい、やりたい、知りたい、見たい、やってみたい! 

 

 ロマンの赴くままに、果てなき未知へと辿り着こうとする欲望が止められない。

 

 

「じゃ、早速始めますね」

 

 

 ○○が腰元に装着した装置。○○が開発してきた神秘に関わる機器の機能をふんだんに詰め込み、装着型デバイスとして落とし込んだ謹製の物。

 多機能型神秘増幅ユニット『ミスティック・ドライバー』。

 その天面のボタンに手をかける。

 

 

《Ready》

 

 

 指先を通じて生体認証が行われ、装置の主要機能が励起。同時に待機状態へと移行する。

 

 僅かに体内を蠢く圧迫感と異物感に喉奥から空気が漏れ出す。

 装着者の神秘と装置に接続が施され、増幅の為の準備が完了される。

 重厚かつ静かな駆動音が響き出し、装置から仄かな蒼白い光の粒子が辺りに漂い出した。

 

 

『っ! 待て、○○!』

 

 

 背筋を冷たく伝う、良からぬ予感を察知したウタハが必死に呼び掛ける声も通じない。

 止めなければマズイ、と咄嗟に駆け出したネルを始めとした生徒達の素早い動きも、そもそもの起こりが既に遅く。

 

 

「───待って」

 

 

 

 ユメが手を伸ばす。

 

 

 

「○○ちゃん……!」

 

 

 脳髄を駆け巡る冷ややかな感触。血の気が底冷えしていく、吐き気すら覚えるような嫌な予感。

 それをさせてしまったらいけない、と強烈で純粋な拒否感に背を押されるままに○○に向かって手を伸ばす。

 けれど到底届かない。

 

 

 

 そのまま、○○の指先が再び装置の天面に向かって振り下ろされ、神秘増幅の為の起動ボタンが押し込まれる。

 

 

《extension》

 

 

 神秘の光が、溢れ出す。

 

 

 

 

 

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