神秘探求したいミレニアムモブ生徒とゲマトリアがガッチャンコ 作:ハイパームテキミレニアム
「───皆さん、過不足なくお集まり頂いたようですね。急な呼び立てにも関わらず、参加して下さった事に感謝致します」
ミレニアムサイエンススクール、特異現象捜査部が拠点とする室内にて。
特異現象捜査部。その部長たる明星ヒマリは、改めて室内に集まった面々を端から見やった。
セミナー。C&C。ヴェリタス。エンジニア部。そしてシャーレの先生に、シャーレ所属部員として今作戦に連れ立った生徒5名。
ミレニアムの主力とシャーレが一堂に会したこの場には、張り詰めた緊張感に近しい雰囲気に満たされていた。
"……ヒマリ。無理はしない方が……。"
「……お気遣いありがとうございます、先生。しかしその言葉に甘えている時ではありません。……では、アイスブレイクは程々に致しましょう。では、本題に入りますね」
顔色の悪いヒマリを慮った先生に、小さく会釈をしながらそれを断りつつ、作業を進める。
ヒマリが手元に表示されたホログラムのキーボードを叩き、インターフェースを操作。
全員が見える位置に添え付けられた中空モニターに、荒廃したビル街が並ぶ映像を映し出す。
その映像の中央部分。一部が植物の緑に侵食されつつある、崩落したビル群の中。その場に似つかわしく無い程に白く美しい、白銀の装甲を身に纏った砲塔がそびえ立ち、堂々たる威容を晒していた。
「現時刻より8時間前、ミレニアム自治区郊外の立ち入り禁止区域……通称『廃墟地域』の一画に、巨大兵器が出現しました」
中空斜めに向けられた、全長約28mの砲塔。
球型の巨大ハッチから土台ごと大地に迫り出したその巨像は、そこにあるだけでも他の存在を圧倒するような神々しさすら備えていた。
映像が進む。
砲台が転回する。重苦しい駆動音と共に台座が動き、砲身が上へ、上へと持ち上がる。
天を突くように空へと伸ばされた砲塔。
その発射シークエンスが作動する。
内部のエネルギーラインを晒すように装甲が展開され、凄まじい程のエネルギーが砲塔内部を駆け巡り、夥しくスパーク放電さながらの余波を撒き散らしながら、砲身に光が満ち溢れて。
限界まで張り詰めたエネルギーが解放され、放たれた極光が空に昇る。
轟音と砂塵に塗れる映像の中で、地から遡る流星の如き一筋の輝きが、天高く舞い上がる。
煌々たる眩い閃光は空を超えて宙へと至り、キヴォトスを見下ろす光輪すら飛び越えて、暗く黒い宇宙の彼方を目指して、突き進み。
廃墟地域を覆い尽くしていた曇天を払い除け、透き通るような青空を作り出した。
ヒマリの手により、映像の再生が止まる。
「こちらの巨大兵器の砲撃。これこそ、現在キヴォトスで話題になっている『光の柱』の正体です」
にわかにざわつき出した室内で、凛と通る声でヒマリがそう告げる。
『光の柱』。
今現在のキヴォトスにおいて最もホットな話題としてSNSなどのトレンドを席巻しているそれには、多感な時期の生徒を始めとして様々な憶測や噂が飛び交っていた。
またミレニアムの仕業か、と人騒がせなそれに呆れる者。
ミレニアム上層部に直電を行い説明を求める者。
SFな気配を察知してはビーム兵器だ! 宇宙戦争だ! と騒ぎ立つ者。
スピリチュアルな予感を感じ、陰謀論じみた事を吹聴して回る者。
凄まじい威力のそれに恐怖し慄く者。
それに同調し、終末論を嘯く者。
その他諸々。
そしてこれらの言葉を総意として纏め、ミレニアムに取材と称してカチ込んでくるクロノススクール関係者。
ミレニアム自治区の方面にて突如として放たれた空を斬り裂く閃光は、観測された時間は10秒程度とごく短いものとはいえ、絶大なインパクトを残していた。
「今作戦の目標は、廃墟地域に出現したこの巨大兵器の調査、及びに動力源となっているであろう高エネルギー反応の停止です」
『破壊ではなく停止というのは、この高エネルギー反応を有する巨大兵器を下手に刺激した際、周囲にどんな影響を及ぼすか計り知れない為よ』
ヒマリの側で浮遊していた小型の円盤型ドローンから音声が流れ、作戦の補足を行う。(喋るんだアレ……)と室内の半数が思いつつも口には出さなかった。
「……仮に、ミレニアムタワー目掛けて先の映像にもあった砲撃が行われた場合……」
咳払いで場の空気を切り替えつつ、注目を再び集めてからヒマリがディスプレイの表示を変更する。モニターには、ミレニアム自治区全体を俯瞰したマップデータが映し出される。
「着弾地点を中心とした、ミレニアム自治区の約70.47%が焦土と化す……というのが、現時点で得られたデータからの結論です」
モニターに、その被害範囲を示した図が映される。ミレニアム自治区の大半が赤く表示された仮想被害範囲に含まれ、終末の如き様相を呈している。
もしも、あの砲塔の矛先が空ではなく、地表であったなら。ミレニアムだけではなく、他の自治区にあの光の柱が差し向けられたのならば。……あの巨大兵器が、暴走を引き起こしたのならば。
正しく被害は甚大となる。
それだけは避けねばならない。予測される被害を未然に防がなくてはならない。
全員の意識が更に引き締まる中、徐ろに腕が上げられる。
セミナー書記、生塩ノアが挙手をしたまま口を開いた。
「質問なのですが……この巨大兵器の出処、その手掛かりなどは掴めているのでしょうか?」
その質問に、ヒマリはふるりと首を横に振って回答とした。
「いいえ。この兵器が何処でどのように製造されていたのか……その痕跡が、まるで掴めていないのです。それに、廃墟地域では、打ち棄てられた兵器工場の生産AIが暴走し、無人兵器を生み出す事は多々あるのですが……ここまでの規模は前例がありません」
室内に戦慄が再び走る。
ヒマリ程の腕を持ってすら出処を察知させず、あの規模の兵器を作り上げた勢力があるのだ。
それが人であれ、AIであれ……脅威的な相手である事に変わりは無い。
2人の視線が交わる合間、そこにウタハが一歩踏み込み、注意を自身に向けさせた。
普段は物静かでありつつ利発さを感じさせるその表情は、陰を帯びている。
「ウタハさん?」
「すまない。手がかり……というより、あの兵器についての心当たりはあるんだ」
少し画面を借りるよ、と断りつつ自分のタブレットを弄り、画面に一枚の設計図を映し出す。
「以前、エンジニア部では宇宙戦艦の建造をしようと躍起になって計画していた時期があってね……」
「随分壮大な計画ですね……」
「まずは主砲を作ろうと試作したはいいものの、主砲だけで下半期の予算の大半を使ってしまってね。まぁ戦艦本体はあえなく中断となったんだが……今映しているのは、主砲を作る際のコンペで出された案の一つさ」
巨大兵器と設計図を二つ並べて映し出せば、その類似点が幾つも目に入る。
直線的な砲身。砲塔の構造。口径の形。様々な箇所が似通っていると示される。
それからウタハはぽつりと情報を付け加えた。
「……これを考案したのは、○○なんだ」
「……○○さんは、今、どちらに……?」
「……今は連絡ができなくてね。最後に声を聞いたのは、長期休暇の申請をしてきた電話の時だよ」
「ちょっといいかな?」
再び手が上がる。今度は先生の傍に控えていた、シャーレ部員の中から……アビドス廃校対策委員会の委員長、小鳥遊ホシノが声を上げる。
「私、○○ちゃんがこの件に関係してるって聞いてるんだけど……この様子だと、その兵器を作ったのが○○ちゃんってことになるのかな?」
普段ののんびりとした雰囲気は潜めて、剣呑な気配を漂わせながらの言葉に、先生はもちろん他のシャーレ部員4名……アビドス廃校対策委員会他メンバーも多少の困惑を隠せない。
「それは……」
『……えぇ。その可能性は極めて高いわ』
言葉を詰まらせるウタハに対し、ドローンからの音声がホシノの言葉を肯定する。
ヒマリはドローンを小さく見やった後、質問を受け継ぐように口を開いた。
「続きは私から、順を追って説明しましょう。……こちらをご覧下さい」
ヒマリが指し示したモニター部分。巨大兵器を収めたハッチに隣接した廃墟の内部に、赤いマーカーが一点映し出される。
「こちらは○○の持っている端末の反応です。4時間前、突如としてこの座標に反応が出現したのを確認致しました」
"突如……って事は、移動してきたんじゃなくて、急にそこの建物に出てきたってことになるのかな。"
「そうなります。……○○の足取りは、廃墟地域に侵入した途端に察知できなくなっていました。ジャミングを行われたように、全く感知が行えずにいました。ですが、ここに来て突然、居場所をはっきりと示すように反応が現れました」
「……罠じゃないの? ここに来い、ってまるで誘ってるみたいじゃん」
「その可能性も十分にあるでしょう。しかし我々はその可能性を加味しても、○○と接触しなければならない事情があるのです」
「事情、っていうのは?」
ホシノの言葉に、ヒマリは表情を苦々しげにした。
○○を取り巻く事情は、些か特異に過ぎた。
それを受け入れるに足る人物であるかを、ヒマリは測りかねていたが……
『……ヒマリ。今は時間が惜しいわ。情報を知りたがっているのなら、素直に開示した方が良い』
「……分かっていますよ」
隣に浮かぶドローンからの言葉に忌々しげに眉を寄せつつも、観念したように息を吐いた。
「……では、○○の事情を共有する為に、映像を再生します。非常に衝撃的な映像となっておりますので…………えぇ、覚悟はよろしいですね?」
念押しを続けたヒマリの表情が更に青ざめていく。その言葉を受けて、一部の生徒……主にC&C、エンジニア部とヴェリタスのメンバーが顔色を途端に翳らせる。先生すらも、その顔を酷く曇らせる。マキに至っては、口元を抑え、目も硬く瞑った。これから流れる情報を一切拒絶する構えですらある。
「な、何よこの雰囲気……?」
奇妙な雰囲気に耐え切れず、セリカが思わず口に出す。
○○と知り合って間も無いが、問題児的なヤンチャ気質やロマンに対して偏重したこだわりはあれど、人格的にも問題のない人物であるとセリカは認識している。
○○の映像を流すというだけで神妙な面持ちになる一部の面子に困惑するばかり。
セリカのその感情は、モニターに流された映像を認識した途端、驚愕に塗り潰された。
「……はぇ?」
気の抜けた息がホシノの口から零れ出る。
流れる映像が、余りにも現実味を帯びていなくて。けれどその映像が紛れもなく本物であるのだと、本能が理解していた。
○○の姿が映し出される。ミレニアムサイエンススクール内部を、友人と共に楽しげに会話をしながら歩いている。
───頬の皮が剥がれている。内部から露出しているのは、煌めきを帯びた青色の何か。
頭上のヘイローには、小さなヒビ割れが生じている。
映像が移り変わる。
○○がエンジニア部の面々と談笑しながら昼食を摂っている。
顔の一部が、更に剥がれ落ちている。
ヘイローに傷が入り、ヒビ割れは大きくなっている。
それでも○○は何の問題もないように、平気そうに振舞っている。
息付く暇もなく、映像が移り変わる。
○○が一人、ミレニアムの路地裏で不良同士のいざこざに巻き込まれている。
相手の銃弾を何の気もなく受け止め、そのまま撃ち返している。
舞い上がった白髪の下にあった首筋に、大きく裂けたような剥がれ落ちた痕が残っている。
ヘイローは一部が砕けて、中空を頼りなく漂っている。
映像が次々と切り替わる。
モニターに映し出される映像の時系列が現在の時刻に向かっていくにつれ、○○の状態はより惨憺に、無残になっていく。
顔の一部が更に剥がれている。
脚の一部が剥がれ落ちる。
ヘイローの傷が大きくなる。
ヘイローのヒビが致命的に広がっていく。
ヘイローに走るノイズが間隔を狭めていく。
そして、ミレニアム内で最後に○○が目撃された記録映像の中で。
「ひっ…………!」
誰かが引き攣ったように息を漏らす。動揺のあまり、足元を見失ったようにたたらを踏んでしまう者まで現れた。
こつ、こつ。人気の無い、ミレニアム郊外を一人歩く○○の姿が映し出されている。
表情は伺えない。既に顔の大半が剥がれて、得体の知れない青色めいた煌めきに覆われている。
衣服の下も、同じ様な状態であるだろう事が、ボロボロのヘイローが示している。
『……もうすぐ……あれが完成する……』
そよ風が吹けば、それだけで崩れて、壊れてしまいそうなヘイローを抱えながら、それでもしっかりとした足取りで。
ぶつぶつと何かを呟きながら、楽しげに笑いながら、ミレニアム廃墟地域に向けての道を歩いていく。
『あれを、ああして……あそこも進めないと……』
そのヘイローに、無事な箇所は最早見つからない。
円輪の全てがヒビ割れ、砕けて。ガラスが破砕されて、細かな破片が散らばったようなそれ。頼りなく、朧気な光を灯して、辛うじて存在しているだけのような、最低限の機能すら果たしていないようなそれを頭上に掲げながら。
『……ふふ、楽しみ……』
死の一歩手前、そう呼ぶにも烏滸がましい程に、壊れ掛けの最中にあっても、楽しそうに微笑みながら、その小さな背中が廃墟の中に消えていった。
「……。これが、○○の現状です。この作戦の特異性と緊急性については、改めて理解頂けたかと」
映像の再生を止め、画面を閉じたヒマリが力無く車椅子に体を沈ませる。気分を少しでも落ち着ける為に深呼吸をしても、酸素が上手く取り込めていない気がした。
やはり、あんな光景は見慣れるものでは決して無い。
知らない仲でもない後輩が、あのような状態になっている事。……知らない内に、あのようになってしまう事態に巻き込まれていたのだという事も、ヒマリの心にヒビを入れるようだった。
「なん、なんなの、今の」
「そ、そうよ! 私達、この前だって○○に会ったけど……あんな事になんてなってなかったわよ!?」
ユウカは今し方流れた惨状を理解できないと瞠目し、紛糾するようにセリカが声を上げ、対策委員会のメンバーも同調する。
「○○は、自身の体表にホログラムを投影していたようです。それを剥がしたものが、今の映像です。……貴女方と応対していた時でも、そのホログラムが貼られていたのでしょう」
沈黙が室内を埋め尽くす。
その中で、ヒマリは姿勢を正し、改めて作戦目標を告げる。
「……では、皆さん。今作戦の目標を、もう一度お伝えします」
「主目標は、ミレニアム廃墟地域に出現した巨大兵器の調査、及び動力源と思しき高エネルギー反応の停止」
「そして、エンジニア部マイスター、○○の身柄の保護となります」
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「○○さん。貴女をゲマトリアから除名処分と致します。……あくまで形式上、ですがね」
「マジですか?」
『テラー・デストロイ』発射実験からしばらく。
夜も開けて早々の時刻に尋ねてきた黒服さんからの青天の霹靂に、思わず資料を取り落とす所だった。
もぞり、と体の横で身を捩られ、柔らかな感触が触れる。
……私の横で寝入っているユメさんが眉間に皺を寄せながら寝返りを打った。
徹夜で『テラー・デストロイ』他諸々の実験やら処理に付き合わせてしまった為に寝落ち。今はぷすぷすと寝息を吐いて、私に抱き着いているのだ。
綺麗な翠色の髪を緩く撫で、起こしてしまわないように少し声を潜めて、黒服さんに言葉を返す。
睡眠不足は健全な健康を侵害し、ひいては健全な神秘の侵害に繋がるのだし。
「その、形式上というのは?」
「えぇ。肩書き上、立場上、貴女はゲマトリアという身分を外れますが……これまで通り此処を使用しても構いません」
耳元で囁くようなバリトンボイスで告げられた内容にほっと一息。どうやら巷で溢れる追放モノライトノベルの展開のように此処で得た物全てを奪われ、裸一貫で野に放たれる事は無さそうだ。
「じゃあ、これまで通りに情報のやり取りはしても良いんですね。はいどうぞ」
ゲマトリアの構成員という身分は失われたが、ゲマトリアとの繋がりが絶たれた訳では無いという事だ。
私は現時点でまとめた『テラー・デストロイ』に関するデータを黒服さんの端末へと何時ものように送り付けた。
「えぇ、そうですね。ですがこうしたデータのやり取りは建前を用意しておいた方が良いでしょう」
「たまたま私が机の上に置いてしまっていた資料が閲覧されてしまって……その資料を閲覧していた相手が偶然、別の資料を置いていってしまった……という体で情報交換します?」
今度はユメさんに関する資料を、そぅっとデスクの端に、黒服さんが立っている方へと寄せて置く。
黒服さんはその資料を手に取る傍ら、自分の手にしていた別の資料をそっと私の前に置いた。別の荷物を持つ為に一旦側に置いておきますよ、とばかりに。
私は目の前に置かれた資料……現在の私の身体データについて書き綴られたものを上から下まで眺めて、スクロール。
「そういう体裁にしておきましょう。……ふむ…………ククッ」
私の提案に異存は無いみたいで、資料の閲覧に耽っていく。
「貴女を除名処分とする建前は……構成員への過度な危害を加えた事、としましょう」
「あっ」
そこまで言われて、滅茶苦茶に心当たりのある記憶が想起されてきた。
トリニティ自治区にて発見した地下通路。そこで遭遇した異形頭の大人の女性。
……朧気ではあれど、当時錯乱状態だった私はその大人を銃撃したんだ。一方的に、無抵抗の相手を。
その大人が消える時に、黒服さんが使っているものと同様のポータルが現れていたし……十中八九、ゲマトリアの構成員で間違いないだろう。
なので私がゲマトリアの構成員に危害を加えたのは純然たる事実になる訳で。
しかしこう言われるまで忘れていたとは……我ながらうっかりというレベルではないというか。
思い出そうとしても、何だか記憶がハッキリしなくてぼんやりとしか映像が出てこない……
……あれ、何で当時私は錯乱してたんだっけ……いや、今は関係ない……
そうだ、先生が居たんだ。先生が……何で? トリニティの地下通路に? あの日に居た? いや、居なかったはず。じゃあ……この記憶は……
……先生が居る。いっぱい居る。たくさん。色んな先生。こっちを見ている。見ていて、見られて、私を見て、私を呼んで、触れて、話して、先生が、先生に……
「……○○さん」
「───んえっ!?」
……意識が飛んでた。……何で? 寝不足? 徹夜の反動? えぇと……頭が真っ白になったみたいに意識がぼやぼやとしてる。
……あぁ、そうだそうだ。
ゲマトリアの構成員を撃っちゃった事を思い出したんだった。
改めて体中が冷え切って冷たい汗が背中に伝うのを感じる。
「いやぁ……その、ゲマトリアの方を撃ったのは事実なので建前でも何でもないといいますか……」
「その事でしたら把握しておりますとも。ご安心を」
正直に告白してみるが、あっさりと流される。叱責の気配も無い。……良いんだ、それで……
「彼女……ベアトリーチェは、崇高を求めるという事柄からは外れつつありましたので……遅かれ早かれ、ああした処分は免れなかった事でしょう」
却って都合が良かったのだと、黒服さんは語る。
彼女が行うべきは復讐ではなく、更なる高みへの飛躍なのだと、肩を竦めてみせる。
「彼女が暴走……などといった事で引き起こされるであろう不測の事態を未然に防ぎ、排してくれたのですから。責めるなど、とてもとても」
何だか褒められているが、どうにもむず痒い。収まりが悪いというか……あの時の私はパニック状態だったし、無我夢中で撃ったに過ぎない……半ば意識の無い中で行った事が褒められてもなぁ……。
私が気まずいので、ちょっと話題を変えよう。
「……黒服さん、どうして形式上とはいえ、ゲマトリア構成員という肩書きを解消させたんです?」
「おや、そういえば語った事はありませんでしたね。私としたことが……」
ふとした疑問を問いかけると、黒服さんは申し訳ありません、と一言断ってから佇まいを正した。
「これに関しては、キヴォトスにおける契約という事象が重要となります」
指先をピンと立てて、注目させるようにこちらに向き直り、その意味を語り出す。
「キヴォトスにおいて、契約は特別な意味を持ちます。契約とは、その者を一定の立場に押し込め、縛り付ける。そうして組織に属する何者か、という一種のテクストを貼り付ける……といった表現に近しいでしょう」
「なるほど。つまり私がテクスチャとテクストを剥がす過程で邪魔になるものであるので、先んじて外しておくと」
その通り。黒服さんは笑って頷いた。
「生徒は生徒であるからこそ、先生は先生であるからこそ……存在が確立されている。そう解釈して下されば」
その者が何者であるかを定める契約。
キヴォトスにおいては、契約によって存在をより強固に押し固める、ようなもので。
生徒というテクスチャを剥がしたい私にとって、その概念は障害となる。という事らしい。
どうやら契約という行為は、字面以上の効力を発揮するようだ。
契約した事によって得た立場。それは単なる情報ではない。
生徒は各種書類を通し、学生証という強大な効力を与えられて、その学校に所属している身分を得る。
そうしてキヴォトスの生徒は、生徒として確立されていて…………
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うーん。
どうだろう。
何がしかの事情で退学となって、その学校の生徒という身分を失った存在。
先生によれば、その人達も含めて、生徒であるし、先生として接するべき相手……と、前に言っていたっけ。
実際、そうした身分の人……ヘルメット団やブラックマーケットに身をやつしている人からも生徒として神秘は取れた訳だし。
生徒で無くなる線引きとは、一体何処だろうか。
『生徒』というテクスチャを剥がしたら、私は大人になるのだろうか? ……そうでもないだろう。ただ纏っているテクスチャを剥がして、中身にあるモノを外に出すだけで、大人とは呼べないのでは?
大人になった瞬間? それこそ、何を基準として大人となるのだろうか。
生徒という立場から卒業した時?
卒業して……成人となって……
……時間が経過すれば、自然と子供は大人となって……
……時間?
そういえば、私がこの神秘の研究を始めてから、どれ程の時間を経ただろう?
先生がシャーレの先生として着任してから……いや、先生が来る前から、神秘の研究には手を付けていて……
……私は、一体、どれだけの時間を、過ごしている……?
年は跨いでいない。周りの誰も進学はしていない。進級もしていない。私もまだ誕生日を迎えていない。
…………いや、誕生日は先日迎えたじゃない。エンジニア部の皆がパーティもしてくれたし。
それに先生も祝ってくれて、プレゼントも贈ってくれたじゃん。
……ん? あれ、れ?
時間の流れ、どうなって■■■■■■■
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「○○さん」
「ふぁ、い?」
意識が浮上する。同時に欠伸が漏れ出てきた。
……いけない。話してる最中なのに寝落ちしてしまった。何を話していたんだっけ。
「すみません、お話の途中で……何の話題でしたっけ」
「もう一点、伝え忘れていた事がありまして。いやはや私とした事が……」
咳払いを一つ。それから黒服さんは立てた指を口元に添え、悪戯っぽく囁いた。
「この施設は、『ゲマトリアに属する○○という人物』が居る事で、周囲からある程度の隠匿が実行されます」
「……あぁ、なるほどぉ……これほど目立つ真似したのに誰かしら訪ねて来ないなとは思ってたんですけど……」
さらりと出された事実に一瞬手を止めてしまうけど、それなら以前から疑問にあった諸々の事に納得が行く。
何処かしらで付けられた発信機を装着したまま研究所に帰ってきても、それから誰かが乗り込んできた様子も無かったし。此処を突き止められたような動きも感じられなかった。
そして今回、ミレニアムの立ち入り禁止区域に指定されている廃墟地域にて立ち昇った極光。
空を突き破り、周囲の天候を変えるほどの威力を伴った光の柱がド派手に発射されたというのに、此処は相も変わらず静かなもので。光の柱の発生源は明確であるというのに、何者かが近付いてくる様子は皆無だった。
私がゲマトリアに所属している契約が履行されている限り、この研究所は如何なる探知にも掛からない……というような細工が施されていたらしい。
契約での縛りを何とも便利に使いこなすとは、流石の大人といった所か。
その契約が外され、この建物の秘匿性が失われたという事は……此処に私が居ることは筒抜けとなる訳で。
なるほどなるほど。
「お出迎えの準備もしないとですねー」
「えぇ。その方がよろしいかと。此処に貴女が居る事が判明すれば、直に先生などが訪ねてくる事でしょう。……貴女自身という成果を披露するには、それ相応のやり方というものがあるでしょう。しっかりと備えておいて下さい」
クツクツ喉を鳴らして、不敵な笑みは止まない。釣られて私の頬が緩むのを感じる。
先生が来る。先生が来てくれる。先生が私の研究成果を見に来てくれる。
きっと先生だけではない。危険地帯である廃墟地域に来るのだから、護衛の生徒も居るだろう。もしかしたら、私が出会った事の無い生徒が来てくれるかもしれない。
先生と生徒の方々。それを相手に、私の研究成果をお披露目したならば……
どんなデータが取れる? どんな反応が見れる? どんな神秘が見れる? どんなヘイローが見れる? どんな未知が現れる?
楽しみで、楽しみで……仕方ない。
けれど、今は少し眠たい。
落ち着いたら、ユメさんと一緒に寝よう。
ちょっと、疲れた。
生塩ノア:目を閉じても○○のテクスチャ剥がれヘイローバキバキ姿が浮かび上がってくるようになったので、この後はちゃめちゃにグロッキーになった。