神秘探求したいミレニアムモブ生徒とゲマトリアがガッチャンコ   作:ハイパームテキミレニアム

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キヴォトスの夏。

うごあつの夏。




Bait,Bait......Yummy.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユメさーん、もう1ラウンド行きましょうかー!」

 

「わ、分かったー!」

 

 

 

 ミレニアム廃墟地域の研究所の一室、トレーニングルームと名した広間にて。

 

 機械型エネミーを用いた実戦形式でもって、ユメさんの戦闘力等データを取っている真っ只中。

 

 

 今し方ユメさんが一通りのドローンを戦闘不能にしたので、端末を操作し、新たに数十体のターゲットエネミーを出撃させる。

 

 部屋を区切る隔壁が開き、そこから飛行型、歩行型、中型、大型……などなど、様々な種類のドローンやオートマタがユメさんの前方から進軍するように近付いていく。

 ミレニアム廃墟地域を歩いていればすぐに見つかるこれ等を鹵獲、適度に改造を施した軍勢だ。材料費と手間がそんなに掛からないのが良い所だ。

 

 そんなエネミー達をユメさんが一体一体撃ち抜いて動きを止めていく。

 エネミーからの一斉掃射を盾でしっかりと受け止めながら、銃撃の合間を縫うように反撃を加えていっている。

 

 

「えっと……これだっ」

 

《SET UP》

《Binah Blaster》

 

 

 ここでユメさんがアタッチメントを換装。焦り過ぎず息を整え、射撃の雨が弱まったタイミングで盾の脇からエネルギーを収束させつつある銃口を覗かせ、トリガーを押し込みながら横に薙ぎ払う。

 放たれるのは青白い神秘の収束帯。

 射線上にいたエネミーが放たれた神秘のレーザーに焼き切られ、周りを巻き込みながら爆発に撒き上げられていく。

 うんうん、良い威力。ユメさんもスムーズに使えているようで何よりだ。

 

 

 どうやらユメさんは、前線にどっしり構えて後衛の味方を守る、堅実でオーソドックスなタンクのようだ。

 身軽に動き回り、頻繁にポジションを変えて相手の攻撃を避けつつヘイトを自身に向ける回避タンクではない。

 ……まぁ、背丈もある方だし、あの発育だとアグレッシブに動くと無理が出るんだろうしなぁ。身体機能的には、特段違和感があるような動きもないんだけど……。

 後で保護具とか作ってみようか。急務なのは胸元辺りかなぁやっぱり。

 うーん、ヒビキさんならどう作るんだろう……。

 

 それにしても、盾を構える様は実に堂に入っている。その動きに戸惑いや躊躇いが見られず、常日頃から盾を扱った戦いを行ってきた者としての筋がある。およそ先日まで死んでいた人とは思えない程には、動きが滑らかである。

 ……ふむ、記憶が無くとも、体が動きを覚えている……というやつか。それとも神秘が覚えている? 

 

 

 と、思案してる間に最後のドローンが倒された。うん、撃破までのタイムも最初より良くなっている。

 じゃあもういっちょ行ってみよう。

 

 

「はい、ではもう1セット行きましょう! 次はアタッチメントを変更して下さい!」

 

「ひぃん!? まだやるのぉ!?」

 

 

 最初はここらで打ち止めにする予定だったけど、予想以上にユメさんが動けているようなので興が乗ってきた。戦闘行動による興奮によってより輝くヘイローも素晴らしいものだからもうね。

 

 端末を叩き、追加のエネミーを起動させる。今度は数は少なめだが、ゴリアテ級オートマタや盾持ちのドローンなどなど。

 

 それ等が隔壁の中から現れると同時、瓦礫や機能停止したエネミーの残骸などの遮蔽物に隠れたり、盾をこれみよがしにかざしたりと防御陣形を取り始める。

 

 さて、ユメさんはどれほど動いてくれるか。

 露骨に防御を固めているエネミー達と対面するユメさんは、盾の脇から様子を伺いながら手元の武装を弄り出す。

 

 

「えーとえーと……こっちだっけ」

 

《SET UP》

《Chesed Shooter》

 

 

 ユメさんがアタッチメントを再び換装。ビナーからケセドの物へ。

『ケテル・ハンドラー』を覆うように外骨格めいたパーツが合着し、ハンドキャノンじみたシルエットを形成する。

 

 

「えいやっ」

 

 

 一回り大型となったその銃を盾横から構えて、特に狙いを付けずに発射。

 重たい発射音を鳴らしながらもあらぬ方へと逸れていった神秘エネルギーの弾丸は、空中で急旋回。前面に盾を構えていたオートマタを背後から強襲。接触した弾丸が爆発を起こし、コアや動力部を巻き込んで爆裂していく。

 

 

「おぉぉ、すっごい……!」

 

 

 誘導ミサイルのように、目標対象に向かって自動的に追尾、着弾を行う神秘弾丸。

 更には対象の最も脆弱な部分へ優先的に着弾するように設定を施し、今回のような盾持ちにも有効なアタッチメントとして設計したが……私以外の人が使っても上手く作動してくれているようで何よりだ。

 

 しかしこのアタッチメントはそれだけではない。

 誘導弾を放ち、盾持ちやハイドしているオートマタ達をドカンバゴンと次々に撃ち抜いているユメさんの背中に声をかけて、他機能を使うように促す。

 

 

「ユメさん! 銃身底部のボタンを押し込んで下さい!」

 

「えっ、こ、これかな!?」

《Calling》

 

 

 アタッチメントを合着した事で伸びた銃身に設置されたボタンを押し込むと流れ出すシステムボイス。それと同時に、3Dプリンター機能が作動。

 光が乱反射するようにアタッチメントから神秘の帯が幾本も放たれ、それ等1本1本が忙しなく動き回り……数秒もしない内に、オートマタやドローンが形成される。

 

 

 これこそケセドアタッチメント第2の機能、機械兵製造である。

 

 まぁやっている事はケセドが行っていた大量の機械兵召喚と似たり寄ったりだけども。

 違いがあるとすればあっちは掌握した兵器工場をフル稼働させての召喚。こっちは装填された神秘を材料とした3Dプリンターを用いての製造である点かな。

 

 神秘によって製造された機械兵は一定時間か許容量を超えたダメージを受ける事で霧散してしまう。攻撃力を確保する為に自爆機能は入れたが、行動ルーチンは高度な物は積めていない。

 ……もう少し性能を盛り込みたかったけどアタッチメントとしてサイズを抑える都合上、涙の妥協。

 

 しかし誘導弾を撃ってくる硬いタンク役がザコ敵を召喚してヘイトを散らしてくるのは相手側からしても嫌がらせに等しいだろう。そう思う事としよう。

 

 

 ユメさんを守り囲うように生み出された機械兵達が銃口を対面するエネミーに差し向け、攻撃を開始。そこにエネミー達の反撃も加わって、前線は瞬く間に乱戦の様相を呈し始めた。

 

 

「うひゃぁぁぁっ!?」

 

 

 先よりも激しく銃弾が飛び交う戦場の真っ只中、悲鳴をあげながら盾に隠れるユメさん。何気にしっかりと盾を保持しつつ自分の体を安全地帯に向かわせる反射速度がある。

 ひぃん、と間の抜けた声を漏らしながら盾の内側から誘導弾を連射し、前線に爆発の嵐を作り上げていく。

 絨毯爆撃もかくやとばかりに爆散していくエネミー達。そんな爆発の雨嵐の只中にあっても、盾と神秘のシールドによってユメさんは無傷のままである。

 

 

 

 ……うん、うん。私以外が使っても問題なく稼働ができている。

 私以外が使った稼働データがどんどん取れる。

 私が作った物が使われている光景が見れる。

 戦闘の興奮による神秘とヘイローの輝きが間近で見れる。

 

 

 それ等を眺めながら摘む神名のカケラの美味いこと美味いこと! 

 景色を肴にするとはこの事だったか! 

 うっひょ〜美味し〜! するするカケラが進んじゃう! 神秘が溢れ出す! 

 

 

 

 記録されていくデータの数値の並びを眺め、幸福の瞬間を一通り噛み締めていれば、ついに最後のエネミーをユメさんの射撃が撃ち抜き、稼働を停止させる。

 

 ユメさんの周囲には機械の残骸、薬莢、瓦礫が山ほど。呼び出した機械兵も、稼動限界を迎えて神秘の粒子に解けて散っていく。動くものは何も居ない。

 うん、これはこれで壮観。

 よし、ここら辺で一先ず〆るとしよう。

 

 盾の内側からそぅっと辺りを見回して伺ってるユメさんの元へ駆け寄って、労いと共に終了の合図を出した。

 

 

「…………お疲れ様でした、ユメさん。本日は終了にしましょう」

 

「ひぃ……ひぃ……疲れたよぉ〜……」

 

「いやぁお陰様で予想以上に良いデータが取れましたよ、ありがとうございますね。では私は片付けをしておくので、先にシャワーを浴びてて下さい」

 

 

 さてさて、ここからも楽しい所だ。

 記録したデータの数々を分析、解析。フィードバックとして落とし込むための諸々の調整。それ等を総括して、改造案をまとめたり新規開発品を設計してみたり……楽しさが無限大だ。

 

 

 ミメシスの私も動員して残骸を運び込もうとしている最中、ユメさんが傍にしゃがみ込んで、足元の機械片に手をかけた。

 

 

「わ、私も手伝うよっ。色々とお世話になってるんだし、それくらいはしなきゃだもん」

 

 

 これ何処に運べば良いかなっ、なんて言葉を続けながら、ほにゃりと笑顔のユメさん。

 まぁ、手伝いたいのだったら止めはしない。どうも彼女は現状私に世話をされている状況に後ろめたさというか、罪悪感めいたものを感じているようだし……やりたいならやらせておくのが良いだろうし。

 

 

「ありがとうございますねユメさん。じゃあひとまず奥の方へと運んどいてください。後ほどまとめて処理をしておくので」

 

「……! うんっ! あっちの方だね、まっかせて!」

 

 

 指示を出すと、ユメさんは殊更嬉しそうに笑顔を浮かべて、ぱたぱたと駆けていく。地味に危なっかしい。

 

 と、その途中。何かを思い出したように立ち止まり、こちらを振り返って見てくるユメさん。その瞳からは、何かを期待するような色が見えた。

 ……それからユメさんが何を求めているのかは、察する事ができた。

 

 

「それで、えっと……○○ちゃん、今日も……」

 

「……あぁ、はい。一緒に入りましょうか、お風呂。いいですよ」

 

「えへへっ……ありがと、○○ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互いに体を洗い合えば、その後は夕食の時間。

 この時間も、2人で過ごす。テーブルに向かい合って座り、本日の夕食を並べて、共に手を合わせていただきます、と挨拶を述べて。

 

 

 

「かれぇふぉいひぃねぇ○○ひゃぁん」

 

「そんなに詰め込んだら喉詰まりますよ」

 

「……んむぐっ!?」

 

「あぁもう!?」

 

 

 本日の晩御飯はカレー。辛さは甘口。

 消化能力や嚥下力も問題無い事を十分確認できたので、病院食めいたメニューから脱した献立となった。とはいえ具材がほろほろになる位の柔さととろみは付けたけど。

 

 

 ユメさんはよっぽど気に入ってくれたのか、病院食もどきから普通のメニューになった感動からか、カレーをハムスターのごとく頬をパンパンに膨らませながら食べるものだから、喉に詰まらせたらしい。

 水を1杯渡せばそれを一息に飲み込んで……ひぃん、なんて珍妙な声で一心地付いた。

 

 

「おかわりもありますからそんな焦らず食べないでいいですのに……」

 

「でも美味しくってぇ……あ、おかわりもらっていい?」

 

「いいですよー。まだありますからどうぞごゆっくり。サラダも食べてくださいね」

 

 

 はぁい、と気の抜けた返事の後に続くシャクシャクとサラダを食む音を背に受けながらおかわりをよそいよそい。

 

 先日までの献立などを鑑みるに、ユメさんは出せば出すだけ食べてくれる。好き嫌いも本人の申告によれば無いらしいし、アレルギーも無いとのこと。

 

 

 無いと言えば、今こうして私はユメさんと食事を摂っている私自身には、食事の必要性が無くなってきている様だ。食欲も薄れている。

 

 カロリーや摂取すべき栄養素が、神秘を体内に取り込めば事足りてしまうのだ。なので神名のカケラや抽出神秘などを取り込んでいればこうして何か物を食べる必要も無いのだけど。

 

 ユメさんと食事を摂る理由は、ユメさんが酷く寂しがるからである。……無闇にメンタルを傷付けて、変な拗らせ方をされるより、こうして共に居て食べた方が精神が安定すると考えた為の行動だ。

 

 必要が無いとはいえ、食べる事はできるし、味も感じる事はできる。

 ユメさんが1人で食べたがるまでは、こうして付き合うとしよう。

 

 

 

 

 食事終わりには、必ず本人の神秘とオーパーツ由来の抽出神秘を溶かし込んだ溶液を与える。

 ユメさんの神秘が僅かに増幅。回復作用により、古傷のように残っていた腕や足周りの傷もすっかり消え失せている。

 しかし記憶が戻る様子は無い。この分では神秘をいくら増幅させ、内部に満たした所で記憶を取り戻すトリガーとはなり難いか。

 引き続き経過観察を続けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ユメさんは、極力1人になる事を避けようとする。

 

 自分が孤独になる事を恐れていると自覚してからは、なるべく私が一緒に居ようと、私が居る空間に、自分も居座ろうとしてくる。

 お風呂には2人で入りたがるし、食事も一緒に取りたがる。私が開発研究を行っている時でも、横にちょこんと座って眺めている事が多くなったし。

 果ては睡眠においても、最近は1人用ベッドなのに添い寝を求めてくる位には筋金入りの孤独嫌いと化している。

 ユメさんの寝室と化している仮眠室に設置されたソファで寝る、と言った時の寂しそうな顔と言ったら……。

 

 

 ともかく、彼女は1人になる時間をなるべく減らそうとしている。

 

 私が研究室にて開発を進めている最中でも、研究室に入り込み、私が作業している傍でなるべく邪魔にならないようにちょこんと佇んでいる。

 

 

 専門的な部分が多いので、積極的に何かを手伝わせる訳では無いのだけど。

 時折飛んでくるユメさんからの質問に答えたり、過去の開発資料を見せてみたり、片手間ながらに交流はしている。

 

 列車砲シェマタについての資料も見せたし、発見の経緯や謎めいた出自についても語ったのだが、ユメさんはほぇぇ、と感嘆の吐息を漏らすばかり。アビドスに関連していそうなこれは記憶を呼び起こすトリガーにはならなかったようだ。

 

 列車砲シェマタの開発が何時頃の着手となったのか、アビドスとゲヘナが何故共同開発と乗り出したのか、また、ユメさんが生きている頃にシェマタが存在していたのか……考察する材料をもっと増やしたい所だったけれど。

 

 

 

 

 

 また、私とユメさんの間で特筆すべきものとしては。

 私の神秘とユメさんの神秘は、相性が良いと判定されたようだ。

 

 私とユメさんの合成神秘の輝き、神秘の総量、内包するエネルギー……それ等全てのステータスが高水準を叩き出している。

 

 ユメさんとホシノさんの合成神秘のそれと勝るとも劣らない、上質な合成神秘と成った。

 

 

 思い浮かぶ理由は、やはり私がユメさんに施した行為と、私に刻まれたテクスト。

 

 合成神秘とは、深い結び付きがある生徒同士での神秘である程、その輝き、煌めきを色濃いものとして表出する。

 推察の域を出ないが……一度死して生き返ったユメさんと、それを蘇らせた私との間において、神秘的な観点で深く結び付いたのだと考えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、今の時点ではこんな所でしょうか。とりあえず現時点での考察などを纏めておきましたのでお渡ししますね」

 

 

 時刻は深夜。日付を回る頃合。

 

 私は研究室に訪れてきた黒服さんに、ユメさんについて纏めたデータなどを載せた資料を渡す。そこに記された文字列を追い掛けては、興味深げに頷き、微笑みを浮かべている。

 

 

 ユメさん本人は、とっくにお眠といった具合。

 2人用のソファベッドに体を沈めてすやすやと寝息を立てている。……腕は私の体に回されて、抱き着くようにしているが。眠りは深く、ヘイローが点灯する様子が無い。……そこは実に残念な点だよね、私達生徒ってば。

 

 

 ともあれ、繰り返される黒服さんの含み笑いにもビクともせずユメさんは夢の世界に入り込んでいる。

 今も私の名前を朧気に呼んで、もぞもぞと頭を擦り付けてきてくすぐったい。一体何の夢を見ているのやら……私はこの所熟睡続きで、夢を見ていないから地味に気になる。

 

 

 

 

「◯◯さん。少しばかり、忠告を致します」

 

 

 資料を一頻り見終えたのか、収めたタブレットを脇に起きながら、黒服さんは改まった様子で私を伺って、ひび割れた相貌で見つめてくる。

 アドバイスではなく忠告とは、余程大事な提言なのだろうか。

 座った姿勢のまま、自然と佇まいを正していると、黒服さんが悩ましげに口を開く。

 

 

「貴女には『特定の者を蘇生させた』テクストが刻まれ、『蘇生された者』……梔子ユメと互いに神秘の繋がりを得ました。貴女は神秘の過剰投与等での器の破壊により、存在が不安定である事。梔子ユメは、自身の記憶の大部分を喪い、精神的、神秘的な観点で不安定である事。……ここまではよろしいですね?」

 

 

 そこまで一息で言い切り、再三の確認を行うように問い掛けてくる黒服さんに肯定を返す。

 何時ものように愉しげな気配はほんのり薄れ、真剣味が気持ち増している。

 

 

「記憶とは、その者がその世界において刻んだ記録の連続帯。その世界と根差した記録。梔子ユメは自身の存在の確固たる定義の大部分を記憶と共に消失させており、唯一の繋がりは貴女のみ、という状態です」

 

「……あー、もしかして……」

 

 

 何となく黒服さんが言わんとしている事が察せてきた。普段よりも何処か言いにくそうに調子が悪いのと、こちらを慮るような視線も、自ずと理解できた。

 

 

「このまま私がテクストやテクスチャを剥がしていくと、ユメさんにどんな影響が出るか分からない、という事で?」

 

「えぇ、その通りです。尤も、これは懸念の段階。推定の域を出ない考えではありますが……少なくとも、何も問題が起こらないという事は無いでしょう。せめて世界への寄る辺となる物品……身分証などが手元にあれば、その不安要素も減ると思われるのですがね」

 

 

 私の言葉に、黒服さんは深く頷いた。

 ユメさんは今、名前以外の記録が何も無い。所属していた学校も思い出せなければ、何処に在学していたかの身分証も無い。

 自分のパーソナルな記憶をおおよそ取り戻せていないユメさんは、私という存在に縋っている状態。

 蘇生によってできたテクストの繋がりを、私自身に施す実験によって断ち切ってしまえば……不安定なユメさんに、一体どんな影響が及ぼされるのだろうか。

 

 

 最悪のケースとそれによるリスク、デメリットを加味したとしても、どういった反応が起こるのか確かめてみたい、興味深い事柄ではあるけれど。

 

 

「まぁ確かに、あんまり望ましい事ではないですね。まだデータを十分に取れてませんし、詳細なサンプルも足りません。……けど、止める気は毛頭ありませんよ。テクスチャはいずれ剥がしますとも」

 

 

 ご心配なさらずに。そう伝えると、黒服さんの雰囲気はゆるりと何時も通りのものに戻ったようで。

 ……どうもこの一連の忠告が、私の研究を咎めるような、抑え込むようなニュアンスを含んでしまった事を何処か心苦しさ的な何かがあったのかもしれないが、それはそれとして、だ。

 

 諸々を把握しても、私がこの研究を止める理由にはなり得ない。しかしながら。

 

 

「ユメさんを失う可能性はできるだけ排除したい所ですけど……やはり記憶を取り戻せれば……。ホシノさんと会わせてみるのが一番ですかね」

 

 

 ユメさん本人からの聴き取りからしても、ユメさんとホシノさんの間には何かしら大きな関係性が築かれていたに違いない。合成神秘の反応も、それこそ存在からして共に居るべき、と定義付けられているかのような強い反応だったし。

 

 ユメさんのような貴重な方は居ない。神秘の観点からも、実験を直接手伝ってくれる意味でも、色々と。

 それを失うかもしれない、というのは痛手であるし、打てる手は打っておくべし。

 

 

「小鳥遊ホシノへの連絡は、私からしておきましょう。呼び出す先は此処でよろしいですね?」

 

「え、大丈夫なんです?」

 

 

 ホシノさんと連絡を取るべく、端末を立ち上げアビドス高校への連絡窓口と繋げようとしていると、黒服さんが軽く手で制してきた。

 反射的に心配と不安が口について出るが、黒服さんはクク、と短く息を吐いた。

 

 

「梔子ユメをチラつかせれば、確実に食い付く事でしょう。あれも案外御しやすい所もあるのですよ」

 

 

 うっわぁ、すんごい悪どい顔。

 大丈夫かな、ブチ切れホシノさんが此処に突っ込んでこなければ良いけど。

 

 ……それはそれで見たいな? きっとヘイローも興奮し切って光り輝いてくれるだろうし。あ、そう考えると凄く見たくなってきたぞ。ついでにホシノさんとの戦闘データも取れるかもしれないし。

 

 

「最近は顔を合わせていませんでしたからね。キヴォトス最高峰の神秘、それを間近で観察できる機会があるのならば、喜んで便乗しましょうとも」

 

「あぁ、すっごい分かります! やっぱりあれは生で見てこその迫力ですよね!」

 

 

 そこの所、黒服さんなら上手いことやってくれるだろう。

 

 

 

 そんな期待を込めながら、夜も更ける中での談義はしばらく続いていった。

 

 

 私の横で眠るユメさんは、変わらず穏やかな寝息を立てながら、私に抱き着いたままで。

 

 

 

 

 

 

 

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