神秘探求したいミレニアムモブ生徒とゲマトリアがガッチャンコ   作:ハイパームテキミレニアム

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ライズ・レイズ・レクイエム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───おはようございます。気分はいかがですか?」

 

「ひゃっ!? え、えっと……どちら様……?」

 

 

 

 ミレニアム廃墟地帯の研究室に設けられた仮眠室にて、私達は互いに言葉を交わし合う。

 

 

 黒服さんが帰り、再び研究と開発に勤しんでいた頃合。砂漠より助け出した生徒が再び意識を取り戻した。

 

 今度は驚かせないようにテクスチャとヘイローをホログラムで覆ってから仮眠室へ入室。

 きょろきょろと辺りを見渡すその生徒へと努めてにこやかに声をかければ……今度は気絶せず、戸惑いながらも声を返してくれた。

 

 しっかりと言葉を交わせる状態である。個人的第一関門を突破してくれた彼女に対して、自己紹介を始めるのであった。

 

 

「あぁ、すみません。私はミレニアムサイエンススクール所属、エンジニア部の○○○○と申します。色々と聞きたい事はあるでしょうが……まずは、貴女のお名前を教えてくれませんか?」

 

 

 笑顔を使って、生徒手帳を示しつつ目線を合わせながら、警戒を少しずつ解く様に。

 ベッドサイドの椅子に座り、好奇心に任せて質問を吐き出したい気持ちをぐっと堪える。それ以上聞かずに待っていれば、強張っていた体の力を少しずつ緩めて、口を開けてくれた。

 

 

「わ、私は……ユメ。梔子ユメ、って言います」

 

 

 

 梔子ユメ。

 それが生き返った生徒の名前。

 

 頭上に戴くヘイローは、中心に太陽を据えた、円輪と菱形の二重型。

 とても美しい、輝かしいヘイロー。

 

 

 貴女は一体どんな神秘を、どんな秘密を持っているのでしょうか。

 

 

 楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───では、問診を始めましょうか、ユメさん」

 

「は、はいっ。よ、よろしくお願いします……!」

 

 

 その後しばらく。

 自己紹介の後に、着替えを済ませているユメさんのお腹の虫が鳴り響いたので、食事を提供した。

 

 用意したのは、卵を落としたお粥やら柔らかく煮た野菜のスープやらエナジーゼリーやら消化の良いメニューで一通り揃えたもの。

 

 お粥はほぼ重湯に近いものではあったし、他のメニューも味気無く思えるものになってしまったが、空腹のユメさんにとってはご馳走だったらしい。

 慌てずにゆっくり食べるようにと促したが、すかさずペロリと食べ終えてしまっていた。水分もたっぷりと摂ってもらい、おかわりにも喜んでお応えした。

 

 

 

 そうしてお腹も落ち着いた頃合で、問診を始める事とした。

 

 貴女が何者で、何を覚えていて、何をしていた人なのか。

 何故、砂漠で息を引き取ってしまったのか。

 貴女が持つ神秘は、一体どんなものなのか。

 

 それを逐一調べさせてもらうとしよう。

 

 

 

「そう硬くならず……問診と言ってもいくつか質問をする程度ですよ。体に不調は無いか、とか」

 

「ごめんね、つい……あっ、体調は大丈夫だよっ。おかげさまで元気いっぱいだもん!」

 

「食欲も問題無くあるようでしたね。さっき平らげていましたし」

 

「ぇへへ……お腹ぺこぺこだったから……」

 

 

 

 実際、食事に関しては問題無く行えるようである。

 その後の経過を見ても特に何も問題は起こらず。飢餓状態で急な栄養を取り込んで内臓がびっくりしている……なんて様子も無い。

 嚥下能力とかも問題無いみたいだし……次から固形物を増やして様子を見よう。

 

 

「体調は問題無し、と……ではユメさん。いくつか質問をしますので、なるべく素直にお答えください」

 

「う、うん。お願いします……!」

 

「では、まず───」

 

 

 まずは血液型、使っている武器、自分の種族、などなど。自分のパーソナルな部分を聞き出していく。

 

 ……問題は無く、すらすらと答えてくれる。タブレットに回答を書き込み、記録していく。

 

 

 引っかかったのは、ユメさんが所属していた学校について質問をした時だった。

 

 

「では、次の質問です。ユメさんが所属している学校はどちらですか? ……持ち物に学生証が確認できなかったので、こちらも把握ができていないんですよね」

 

「あ、私の通ってる学校はね…………、え、と……」

 

 

 答えようとして口を開いて……それから、言葉も出せずにまごまごと口を開けっ放しにして、そんな自分自身の様子に困惑している。

 

 

「教えられない、もしくは覚えていない、という事ですかね」

 

「ぁ、え、えっと……」

 

「大丈夫です。では、次に行きますね」

 

 

 そうじゃない、と言いかけた口がまた中途半端で閉じられて、視線を目まぐるしく辿らせる。

 彼女自身、言えない事に戸惑っている。覚えていないのだろう。

 だけど、この反応は想定内である。だから慌てずに次の質問に移行する。

 

 

「その前に、改めて貴女がここに居る経緯をお話しましょうか」

 

 

 タブレットを弄り、画面に地図を映し出す。

 私がユメさんを見つけ出したアビドス砂漠の座標、そこをピックアップして、フォーカス。

 画面を軽く叩き、指しながら言葉を続ける。

 

 

「先日、私はアビドス砂漠のこの座標にて、砂の中に埋まっていた貴女を掘り起こしました。……意識もなく、呼吸も脈拍も無かった貴女を」

 

「……えっ?」

 

「私はそこから貴女をこの研究室に運び込み、蘇生処置を試みました。……その甲斐あってか、貴女が目を覚ましたのが先程の事です」

 

 

 目を逸らさず、はっきりと事実を伝える。ここで誤魔化したとして、歪曲した言葉を伝えたとして、互いに益は無いだろうし。

 

 ユメさんの表情が先程よりも曇り出す。

 不安、困惑、戸惑い、疑問。

 それが綯い交ぜになっているのが見て取れる。

 

 

「……私、死んじゃってた、ってこと……?」

 

「えぇ。貴女は確かに、呼吸もなく、脈もなく、死んでいるに等しい状態でした。……しかし、今はこうして生きています。それも確か、ですよ」

 

 

 不安に揺れる瞳がこちらを見つめて、それから左右に振れて、言葉を飲み込み切れずに、浅い呼吸が漏れていく。

 

 

 そんな彼女の手を優しく握る。突飛な事に彼女の手がびくりと跳ねるが、振り払われる事はなく。

 

 両手で彼女の手を包み込む。……直に、彼女の手に私の体温が伝わって、彼女の体温が私に混ざり合う。

 

 互いが互いの体温を、他者の生きている証を伝え合う。

 

 

「貴女は今、確かに生きています。死んでいるなら、こんなに暖かくはないですし、ご飯も食べれないでしょう?」

 

 

 砂漠から掘り出した時のように冷たくない、熱を帯びた手を握り続けていれば、ユメさんは少しばかり落ち着きを取り戻してくれたらしい。

 

 

「……うん、ごめんね、それとありがとう、○○ちゃん。ちょっと怖くなっちゃって……」

 

「いいえ。自分が死んでいた……なんて事実は冷静に受け止められないでしょうし。……けれど、嘘だとは思わないんですか?」

 

 

 取り乱しはしたが、面と向かって嘘と言い放っては来なかった彼女にふと疑問をかけてみると、小首を傾げて、彼女は答えた。

 

 

「驚いたし、怖くなっちゃったけど……○○ちゃん、嘘は言ってない、でしょ?」

 

 

 人を疑う事を知らないような、純粋な色を浮かべた瞳がこちらを見つめている。

 なるほど、そういう性格の人らしい。その方が話が早くて助かる。

 

 

「そりゃあ、嘘を吐いて騙すなんてしても、後からバレて大目玉、っていうのは定番ですし身に染みてますし……それに、嘘を吐くメリットもありませんしね」

 

 

 そう。嘘を吐いても一時凌ぎの時間稼ぎ。適当にしらばっくれて誤魔化そうと、追い詰められて手痛いしっぺ返しを食らうのはエンジニア部として……いや、ミレニアム生徒として思い知っている。

 

 具体的に言うと我がミレニアムが誇るセミナーの冷酷無情鬼鬼畜算術師たるユウカさんが、数値の誤魔化しやら不正やらを暴いては予算減額とかいう悪魔の所業をかましてくるのだ。

 

 更にノアさんの完全記憶能力によって下手な手段を打とうものならそこに付け込まれて……あぁ恐ろしい恐ろしい……

 

 

「ど、どうしたの○○ちゃん!? すごい暗い顔になって……!?」

 

「あ、すみません、ちょっと過去の思い出が……」

 

 

 いけないいけない。過去の散々たる思い出に浸るのは後回しにしよう。今は今、未来のロマンの為に動かないと。

 

 

「えー、失礼しました。……話を戻しまして、砂漠に埋まっていた心当たりや、死んだ事への思い当たる事などは覚えていますか?」

 

「あぁ、えぇっと……。…………ごめんね、○○ちゃん。それも分かんなくて……」

 

 

 聞かれた言葉の意味を受け止めて、それから何かを思い出そうと斜めに視線を寄越して…………それからしばらくして、苦しそうに唸るように、悲しげな顔で分からないと答えるユメさん。

 自分の死の前後についての記憶も無い、と。

 

 これも予想の範疇だ。

 そも死という経験が、生徒という存在にどんな衝撃を与えるのかも未知数だ。自身のことを多少覚えている程度の記憶喪失らしき症状で済んでいるのは、むしろ軽傷と言っても良いだろう。

 

 けれどもう少し詳細は知りたい所。

 次は一歩踏み込んでみるとしよう。

 

 

「次の質問ですが……今からある単語を挙げていくので、心当たりがあれば仰って下さい。では、行きますね」

 

 

 記憶に刺激を放り込んで、何とか忘却してしまったものを思い出せないか。反応を調べてみよう。

 

 

「デカグラマトン」

 

 

 ユメさんはその単語の意味を考え込んで……思い当たる節が全く無いように首を横に振った。

 

 

「ビナー」

 

 

 同様に、何の思い当たりも無いと、不思議そうな顔で私を見つめながら顔を振るユメさん。

 なら、こちらはどうだろう。

 

 

「アビドス高等学校」

 

「…………っ、……!?」

 

 

 露骨に反応が変わった。

 その言葉を聞いた途端、頭痛を起こしたかのように顔を顰め、呻きの吐息を漏らした。しかし、控えめに首を横に振るばかり。

 なるほど、この方向か? 

 

 

「アビドス廃校対策委員会」

 

「……、う、うぅん、わかんない……」

 

 

 苦しげな顔は変わらないが、言葉を出す余裕はある様子。……さっきよりも反応が弱い、かな? 

 じゃあ次は……

 

 

「ご、ごめんね、○○ちゃん、な、なんにも、わからなくて……」

 

「暁のホルス。……小鳥遊ホシノ」

 

「っ、……! っ、うぅ……っ」

 

 

 後者の言葉を出した直後、目眩を起こしたように、ぐらりと体をフラつかせる。

 

 倒れる前に体を抱き支え、そっとベッドに戻してやる。

 片手で頭を抑えて、唇を食い縛って如何にも苦しそうに呻いているばかりで、覚えているか否かは聞き出せないが……この反応で十分だろう。

 

 

「すみません、ユメさん。起きたばかりなのに無茶をさせました。……本日はここまでにしましょう」

 

「うぅ、ぅぅ〜……、ごめん、ね……」

 

「いいえ。……こちらを飲んで下さい。少しは気分がマシになりますよ」

 

 

 1杯のコップに満たした抽出神秘を口元に添えて、ゆっくりと、零してしまわないように傾ける。

 これはユメさんから培養したユメさん自身の神秘と、青輝石とオーパーツから抽出した神秘を水に混ぜ込んだものだ。回復率は無類だろう。

 

 ユメさんはそれを口に含んだ途端、自らコップを取り、それから一気に飲み干した。

 

 

「ぷは、ぁ…………うん、だいぶ楽になったよ。ありがとう○○ちゃん……」

 

「ゆっくり休んで下さい。何かあれば呼んでくれれば駆け付けますので」

 

 

 表情は和らいだものの、依然グロッキーに変わりなく、ベッドに伏せるばかり。些か負荷を掛けすぎたかな……けど必要な事だし、大目に見て欲しい。

 

 

「……?」

 

 

 ベッドサイドに連絡用の端末と水を置き、ゆっくり1人で休ませる為に立ち去ろうとした所、片手が握られる感触。

 

 ユメさんが、私の片手を握り締めている。

 少し戸惑っていると、ユメさんも驚いたように自分の手を見て……それから申し訳なさそうに眉を下げた。

 

 

「ぁ、はは……ごめんね、1人になるの、不安になっちゃってるみたい……」

 

「……。では、眠れるまで傍に居ますよ。それなら大丈夫そうですかね」

 

 

 ベッドの傍の椅子に座り直せば、ユメさんは安心したようにまた顔を和らげた。

 

 

「大丈夫です、ユメさん。私はここに居ます。貴女もここで、しっかりと生きています。安心してください」

 

「……ぇへへ、ありがとう、○○ちゃん……本当に……」

 

 

 ユメさんの頭に控えめに触れ、緩く撫でる。ユメさんは穏やかな吐息を繰り返し、瞼を降ろしていく。

 手を深く握り、しばらくそうしていれば……次第にヘイローが薄れていく。

 

 

 その綺麗なヘイローが完全に消えてしまうまで、手を繋ぎ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □■□■□■□■□■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 列車砲の改造……もとい、宇宙戦艦用主砲について、進捗はそこそこ。

 

 というか、最初に列車砲の外装、外観、装甲のデザインやらをどうするかで揉めに揉めているのだ。私の中で。

 

 より正確に言うとミメシスの私達にデザイン案を募った所、我こそはと意見を出し合い、主張し合い、果てには殴り合いの大わらわとなっている。現在進行形で。

 

 

 やれ超大口径バレルだの多砲塔ガトリングだのアバンギャルドを大事にしろだの変形脱着合体機構を組み込めだの。

 

 これが良いあれが良いなんだお前コレの方が良いに決まってるだろぶん殴るぞ、みたいな気迫と共にもみくちゃに荒れている。

 元は同じ私だろうに何でこんなに意見が割れるんだよミメシス達……私だからか? それはちょっと不服なんだけど。

 

 エンジニア部での開発談義やディスカッションにおいても議論が白熱した事はあれど拳まで飛び交った事は無いというのに……代わりに試作品の試射弾頭が飛び交ってるけど。部室棟が破損するのって今月で何回目だったっけなぁ。今は繁忙期ではないからそこまででもなかったかな。

 

 

 

 ……月に10回くらい部室棟を爆散させた時もあったっけ。途中からもう全員面白くなっていって如何に爆発力のある物を作るかのチキンレースが勃発してた気がする。

 

 それで本気でブチ切れたユウカさんに死ぬほど絞め落とされながらマシンガンぶち込まれ続けたっけ……

 あ、やば。ちょっと恐怖がぶり返してきた。

 あの後部室棟を修復する予算降りなかったから数週間くらいは青空教室状態だったな……

 

 

 ……はて。何時頃の思い出だったっけ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……思いを馳せていると、ミメシス達の意見が割れに割れ、いよいよ拳ではなく銃弾が飛び交う寸前の熱気を帯び出している。

 流石に周りに機械類やらが並んでいる中でそんな喧嘩を起こされるのはちょっと……なのでミメシスの私達に本体としての鶴の一声を聞かせてやろうと意気込みつつ踏み込んでいく。

 まぁまぁそこら辺にしておきなさいよ。

 

 

「落ち着いて私達。ここで争ったって何時まで経っても次に進まないでしょ。ここは1つ、私の案を採用し──《黙って》《本体は引っ込んでろ》《隅っこで神秘飲んでろ》《もっと派手なの寄越せ》《ここはミメシスの領域だ》《本体とはやり方が違う》──ぐぇえっ」

 

 

 割り込んだ途端飛んでくる機械音声の罵倒、青白い拳。

 こいつら躊躇いなく本体殴りやがった! 私本体なのに! 普段の素直で従順な姿が微塵も感じられない、なんだこいつら! せめて私の意見最後まで聞いてってよ! 

 

 そしてそっからまたミメシス同士でデザインコンペという叩き合いが始まっている。

 これには温厚な私も流石にプッツリ来るというもの。

 

 

「よし、なるほど良く分かりました。ならこっちも容赦はしませんとも」

 

 

 そっちがその気なら私も本気で行かせてもらおう。譲れない思いを抱えているのはこっちだって一緒なのだ。

 

 

 キヴォトスにおいて自分の意見を押し通すのに最も優れた完璧な手札を使うとしよう。

 最終的にはこのカードを切れば大抵の事は何とか平たく収まる最強のネゴシエーション戦術。

 

 

 

 原始的で、肉体的で、プリミティブな交渉手段────

 

 

 

 

「殴り合いだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 拳をぐっと握り込み、わちゃわちゃ群れるミメシスの中に飛び掛かる! 

 

 

 おらぁそこに直れ私達! 

 デコボコな意見を平らに均してやるっ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくの乱闘の末、散らばった神名のカケラの山の中で1人立っていたのは本体である私。

 こうして本体たる私がデザインコンペを勝ち残ったのだった。歴史的大勝利である。

 

 

 ミメシスの私達をカケラから復活させた後、私達は大人しく作業に戻っていく。その後ろ姿はすんごい不服そうな雰囲気を出しているけど。大丈夫かなこいつら。というか普通に私に手上げてきたし。

 不眠不休活動には一欠片も不満の色を見せないのに今回だけ露骨に過ぎる。そんなに自分の案通したかったのか。通したかったよねごめんね、けど私も譲れないからさ……

 

 

 後ほどマエストロさんに聞いてみた所、通常のミメシスはここまで我が強いものではないとのこと。

 私のミメシスは、篭めた感情の影響か、私という存在の複製だからか……もの作り方面において強い拘りを見せる傾向にある。実に私らしい。ならああいった反応はむしろ健全であるだろう。

 良いデータが取れたと素直に喜んでおこう。

 

 

 さて、他の事についても目を向けよう。

 

 ユメさんに関しては、経過観察をつぶさに行っていくとしよう。

 外へ連れ出すにしろ、研究室に置いておくにしろ、細かな変化は見逃さないように気を配らなくてはならない。何がきっかけで記憶を思い出してくれるのか分からないしね。

 

 それにユメさんの武器についても考えなくては。

 どうやら紛失してしまったようだ。砂漠の掘り出し地点でもそれらしい物は見つけられなかったし……

 このキヴォトスにおいて無武装はあまりにもあんまりなので、何かしら用意しておかないと。幸い、どんな武器を使っていたのかは聞き出せたし、どうにかしておこう。

 

 

『ハンドレッド』に関しても進めておかないと。今は87人分の神秘を詰め込められている。新しく手に入れたビナーの素材を容器に使った事でまた大きく躍進するだろう。

 並行して他の預言者探しも進めて、少しでも素材を手に入れられるように努めなくては。

 

 それにビナーモチーフの合体武装も考えないといけない。一体どんなのが似合うかな、合体後のフォルムはどんな物にしようかな……

 

 

 あぁ、やる事がたくさんあって忙しない。

 楽しくて楽しくて仕方がない! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □■□■□■□■□■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミレニアム某所。

 

 ホワイトハッカーの集う部活『ヴェリタス』の部室内にて。

 

 類稀なる腕前、明晰なる頭脳。それ等を兼ね備え、ミレニアムの為にと今日も今日とて外部より降り掛かる電子の悪意を相手に奮戦奮闘を試みる優秀な彼女達は今。

 

 

 

「…………ヒマー。ヒマだよ〜。なんか面白い事無い〜?」

 

「珍しく平和というか何というか……何か刺激が欲しい所……」

 

「暑くて外にも出る気は起きない……やる事は特になく……」

 

 

 だらけ、怠けていた。

 小塗マキは封の空いたスナック菓子の袋をテーブルに放り、足を投げ出しながら携帯ゲーム機を弄り。

 小鉤ハレは飲み干したエナジードリンクの空き缶を積み上げ、芸術的なタワーの建造を試みている最中。

 音瀬コタマは各地から録音して自作した環境音ASMRをヘビロテ。

 

 各々が各々のスペースで手足を伸ばしながら怠惰に耽っていた。

 

 

 副部長の各務チヒロは不在。そして差し迫った仕事も無い為に生まれた突然の余暇の時間。

 

 浮いた時間で何をするでもなく、かといってインドア派である故に何処かへ出かける用事を作る事もなく、ひたすらにのんびりだらりと過ごすばかり。

 

 このままでは暇に押し潰されてしまいそうな具合の、変な圧迫感に苛まれている部室内。

 

 

 そんな緩み切った怠惰な空気の中。唐突に声を上げたのは、自作の環境音プレイリストを聴き終わり、ヘッドホンを外したコタマだった。

 

 

「……あ。それならシャーレの新鮮な隠し撮り記録があるので、一緒に観ませんか?」

 

「いいじゃんいいじゃん! ……んでも盗聴じゃなくて隠し撮りなの? 映像はあっても音声が無いとつまんないと思うけど……」

 

 

 

 コタマは心配ご無用と、誇らしげに胸を張り、手の平大程の装置を取り出した。

 これこそがコタマの新兵器、対シャーレ用の盗聴器と嘯いた。

 

 

「シャーレ内部に盗聴器が仕掛けられないなら、シャーレ外部から音声を盗れば良い……という訳で、エンジニア部と共同で作った専用盗聴機器を使ってシャーレの傍のビルから音声と映像を隠し撮りしてきました」

 

 

 そう。音瀬コタマはある時思い付いたのだった。

 優秀な技能により身に付けた盗聴技術によりありとあらゆる場所に盗聴器を仕掛け、キヴォトスの音を詳らかにせんとする自身でも手が出せない鉄壁の牙城こと、シャーレ内部。

 

 シャーレの顧問たる、生徒の味方こと先生……先生から生み出される音、先生が出す声、吐息。その全てを聴き取って、ASMRを作りたいというコタマの野望は、何かしらの対盗聴技術によってか叶わぬものとなっている。

 如何なる手段を取っているのか、シャーレに仕掛けた盗聴器は尽く見破られ、もしくは看破されずとも上手く仕掛けられていないのか盗聴は正しく行われず。

 

 

 そうして先生の盗聴という本命を果たせず日々悶々とする時、ふと電撃が脳に走る。

 

 

 シャーレに盗聴器が仕掛けられないのなら、外から盗れば良いじゃない。

 

 

 そんな発想から産まれたのが、エンジニア部と共に盗聴技術の粋を結集した、遠距離盗聴機器『盗れるんですX』。

 手の平大の小箱型の盗聴器に搭載された超望遠レンズによって、遠距離の映像もより鮮明に盗撮。

 そして肝心要の盗聴については、指定した座標を中心とした範囲の音声をピンポイントで盗る事のできる画期的な技術を搭載。

 その機能上、盗聴できる範囲は狭いが、先生が普段仕事をしているシャーレ部室内ならばカバーできる。

 

 既にシャーレ傍のビルに設置し、数度テストを行い、しっかりとシャーレ内部が盗撮及び盗聴できることも確認できている。

 

 こうして用意できた対シャーレ用盗撮盗聴器として完璧な代物の誕生経緯と性能を語りつつ、コタマは盗れたてのデータをモニターに接続、モニター全面に高解像度な映像が流れ出した。

 

 

「その手があったか〜……! 良いね、早速見よ見よ!」

 

「シャーレの秘密のヴェールがついに日の元に……わくわくするね」

 

 

 平然と盗聴が横行し、それを共有する行為が繰り広げられているが、それを咎める者は居ない。

 そもそもコタマが盗聴の常連であり、他の部員もそれを承知している。

 今此処に居る3人もミレニアムのトラブルメーカーであり、先生のプライバシーを重んじる道徳倫理という都合の悪いものは記憶の彼方に押しやっている。

 

 普段はそれ等の行為を止め、説教をする存在たる鬼の副部長は居らず。

 ツッコミ不在、ブレーキ全損の状況は誰にも止められない。盗撮映像の閲覧は、手元にスナック菓子も用意されながら気軽でスムーズに進められていく。

 

 

 

 

 

 

 ────映像が再生される。

 朝日が眩しくシャーレのビル窓を照らしている。

 

 

 シャーレオフィスの中が、鮮明に映し出される。

 シャーレの先生が、今日の当番生徒を出迎えるために、何やら準備している背中が見える。

 

 

 "───ふぅ。……よし。後は来るのを待つだけかな……。"

 

 

 映像から聴こえてくる音声はノイズも無く、耳心地の良いもの。

 生徒を介さない、先生の普段の振る舞いを映像と音声で浴びたコタマはもう既に満足そうな態度で余韻に浸っていた。

 

 

「おぉ、しっかり音声も撮れてるね〜。コレは期待大じゃない?」

 

「ふふ、先生の声がはっきりと……。音声素材の掴み取り、大盤振る舞いですね」

 

「正しく革命だね、この盗聴器。……当番の子とどんなやり取りしてるのかな、普段の先生って。この日の当番は誰だったっけ」

 

「そうですね、もう少し時間を進めれば……」

 

 

 

 ───映像に映るシャーレオフィスの中で、入口の扉が開かれる。この日、先生の手伝いをする生徒が入ってきたようで、聴こえてきた元気の良い挨拶に、コタマは瞳を瞬かせた。

 ミレニアム生徒の声を把握しているコタマにとって、人物の特定は容易だった。

 

 

『おはようございまーす!』

 

 

「この日は……○○のようですね」

 

 

 扉から姿を現したのは、エンジニア部に所属する……この盗聴器の作成に関わったマイスターの1人。

 ○○が、先生の前に歩み寄っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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