退任する湯崎知事の原爆の日あいさつ 込められた父譲りのメッセージ
核戦争がもたらすのは「国守りて山河なし」、核抑止論は「フィクション」――。11月28日で退任する湯崎英彦広島県知事(60)は、広島原爆の日のあいさつでたびたび注目された。
どんなメッセージが込められていたのか。県が主導する有識者会議「ひろしまラウンドテーブル」の議長を務めた国際政治学者の藤原帰一・順天堂大特任教授(69)に聞いた。
《毎年8月6日に広島市が主催する平和記念式典は、市長の平和宣言や首相あいさつに加え、知事あいさつがテレビ中継される。湯崎氏のあいさつは、SNSでトレンドワードになるなど話題になってきた》
今年のあいさつは「核抑止がますます重要だと声高に叫ぶ人たちがいます。しかし、本当にそうなのでしょうか」という直球の問いかけから始まり、例年以上に印象的でした。核抑止論は誤りだとぶれずに訴えてきたのが、湯崎知事のあいさつの大きな特徴です。
「日本政府の政策とは異なる」メッセージ
核抑止とは、核兵器を保有し、相手からの攻撃があった場合は核で報復するという「脅し」によって、相手に攻撃を思いとどまらせる考え方です。唯一の戦争被爆国を自任する日本政府も、米国の「核の傘」を含む戦力で日本への攻撃を防ぐ「拡大抑止」を安全保障の柱としています。
そのような核抑止を「核戦争にエスカレートする可能性がある」と真正面から批判し、核抑止に頼らない安全保障を求めることは、日本政府の政策とは異なります。勇気が必要な発言であり、それを可能にしたのは、原爆の被害を受けた広島県の県民からの幅広い支持だと考えます。
《今年のあいさつでは、「核兵器廃絶は決して遠くに見上げる北極星ではありません」「実現しなければ死も意味し得る、現実的・具体的目標」とも述べた》
国際政治の中で核抑止が機能するかどうか、証明は不可能ですが、一時的な安定をもたらす可能性はありえます。2023年のG7(主要7カ国)広島サミットで合意された「広島ビジョン」も、核なき世界の実現をうたいながら核抑止は正当化しました。一般には、国際政治を学べば学ぶほど、核抑止論に傾く人が多くなります。
原爆放射能医学研究所に務めていた父
しかし、核抑止は、破綻(はたん)する可能性がゼロではありません。破綻とはすなわち核戦争です。そこをどう考えるかが、大きな違いになります。
経済産業省の官僚時代に米国に留学した湯崎知事は、国際政治に関する知見も十分備えながら、核兵器が使われた場合にどのような深刻な悲劇が生まれるかということがいつも頭の中にあり、それを核問題を考えるときの出発点にしていると感じます。
知事あいさつも「核が使われることは絶対に避けなければならない」という発想から論理を組み立てていると思います。知事の父で社会学者の湯崎稔氏が広島大学の原爆放射能医学研究所(原医研)に勤めていたことも影響しているでしょう。
発信力には課題も
《11月29日に就任する元広島県副知事の横田美香氏は、湯崎県政を継承し、核廃絶にも取り組むと表明している》
毎年の広島市長の平和宣言は、被爆者の体験を継承し、世界に伝えるという点で尊いものです。ただ、それだけでは、「核による攻撃を避けるために核武装しなければならない」という議論も出てくることがあり得る。被爆体験を伝えるだけでは、十分ではありません。
国際関係を踏まえた観点から核抑止論を批判することも必要で、知事のあいさつと市長の平和宣言は補完関係にあると考えています。湯崎知事と同じである必要はありませんが、横田さんにも期待したいです。
湯崎県政で残念だったのは、知事肝いりで核軍縮について話し合った有識者会議「ひろしまラウンドテーブル」の議論や、核廃絶への政策提言「ひろしまウォッチ」への関心が県内にとどまり、世界に届いたとは言えないことです。
県民の支えでできた提言を生かすには、世界の専門家や各国政府の実務者、政府の立場を決める市民に知ってもらう必要があります。私は今期で議長を退任しますが、横田さんにはぜひ、発信力の強化をお願いしたいです。
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