神秘探求したいミレニアムモブ生徒とゲマトリアがガッチャンコ   作:ハイパームテキミレニアム

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難産。


先生の外見等はお好みのものを当てはめてください。



BORN!BORN!UNDEAD BODY!

 

 

 

 

 

 キヴォトスの何処かも分からない一室。

 

 先の見えない暗がりの中で、其処にだけぽつんと唐突に場所が宛てがわれているような、奇妙な空間らしき広々とした部屋の中。

 

 広まった部屋の中央に円卓の如く置かれた巨大な卓。それを囲うようにゲマトリアたる3人の大人がそこに座し、思い思いに過ごしていた。

 

 

「…………クク」

 

 

 その内の1人、黒いスーツを身に纏った大人が、手にした資料らしき紙束を捲り、愉しげな含み笑いを漏らした。

 

 ぎしり。

 軋む音と共に、2つの頭を有した人形のような人影が笑い声の主の方へと気を向けた。

 

 

「───黒服、先程から何を見ている? ……その様子ならば、あの娘に関するものであるのは察するが」

 

 

 黒服は、笑った事すら無意識に行った事であった。

 問いかけてきた相手……マエストロに声をかけられてその事を初めて自覚し、またも面白そうに肩を竦めた。

 

 

「クク。えぇ、先日の生体検査のデータと、新たに開発に取り掛かった物の概要です。……また1つ、興味深い物を作ろうとしているものでしてね」

 

 

 資料の束をひらりと揺らしてみせる黒服に、マエストロとゴルコンダはいやに興味を唆られる。

 

 キヴォトスに数居る凡百の生徒の一つでありながら、自身らと同じく神秘を探究せんとする生徒。

 神秘をひたすらに追い求め、研究し、自らの体さえも顧みず、なおも神秘に焦がれる生徒。

 

 黒服が気紛れに引き入れたその生徒は、自身の体を対価として差し出し、ゲマトリアの持つ神秘の技術を貪欲に取り込んでは研究開発に没頭していた。

 胸に抱く熱に従うまま、愚直に、真摯に、他の全てを振り払うように。

 

 その生徒……〇〇が開発した神秘にまつわる物品は、時にゲマトリアの想像を超えたポテンシャルを持っている。

 今回、開発途中だという物ですら黒服が興味を惹かれているのだから、相応の物なのだろう。マエストロは双頭を軋ませ、ゴルコンダは手にした絵画を抱え直しつつ、黒服へと向き直る。

 

 

「ふむ……あの生徒の向上心たるや、目を見張るものがありますね。驚嘆の一言に尽きます」

 

「そういうこった!」

 

「なるほど、また新たなデータか。お前が興味深いと言うのだからそれ相応の物なのだろう。見せるが良い」

 

「えぇ、そのつもりですよ。ではこちらをご覧に……おや」

 

 

 資料を閲覧しようと3人が集まり出した空間の傍らが小さく歪み、黒い裂け目のような穴が開く。

 

 ゲマトリアの技術による空間移動の予兆。

 

 この空間に、今居る3人以外でコレを用いるのは現時点で1人のみ。黒い裂け目を察知した黒服は、早々に資料をしまい込み、手には何も無いとばかりに佇まいを正した。

 

 

「これはこれは……」

 

 

 そして、這いずるようにして裂け目の中から現れた人影を認めると、その様子を殊更愉快気に見下ろした。

 

 

「ぐ、うぅっ……!!」

 

「マダム。これはまた手酷く痛め付けられたようですね」

 

 

 マダム、と黒服に呼ばれた大人は、全身を赤く染め上げていた。

 元より濃ゆい紅に仕立て上げられた肌色を、更に赤く塗り広げるように、体の至る箇所から血を流し、床にまで零していた。

 

 身に纏った純白のドレスはぼろ布のように引き裂かれ、艶やかな黒髪と共に血によって赤黒く染まり、無残な形となっている。

 頭部を覆う無数の翼はいくつかの塊が千切れ、より一層に悲惨な状態を作り出している。

 

 床に蹲り、苦悶に呻き、正しく這う這うの体の大人は、血に塗れた無数の瞳で黒服達を睨み上げ、怨嗟の声を絞り出した。

 

 

「……何故、あんなものをむざむざと隠しておいた?」

 

「ふむ。マダム、貴女にしては些か抽象的に過ぎますね。それでは一体何の事やら……」

 

「惚けるなァッ!! あのような継ぎ接ぎじみた神秘なぞ一介の生徒が持ち得る筈が無い!」

 

「クク。なるほど、なるほど。アレに手を出したのですね。いやはやなんとも……」

 

「何を、笑っている……!!」

 

 

 ぎり、乱杭歯を食い縛り、威圧的な態度を続けるマダム──ゲマトリアの構成員たるベアトリーチェ──を前にしながらも、それを見下ろす3人は極めて冷静で、普段通りの振る舞いであった。

 

 

「大方、強硬な手段を取ろうとしたのだろう。それで返り討ちとはな」

 

「それに、アレは未だ今一歩成熟が足りません。その状態のものを貴方にお披露目するには至らない、と判断したまでですよ」

 

「ふざけるな、貴様ら……ッ!」

 

 

 マエストロが呆れ軋み、黒服が続けて補足する。その態度と言葉の全てが気に食わなかったベアトリーチェは髪を振り乱し、食ってかからんばかりの勢いで恨み節を飛ばす。

 

 

 異なる神秘を詰め込まれ、その神秘を歪ませ、かつ膨大に膨れ上がらせたあの生徒。

 テクスチャが剥がれ、テクストも滲み、不安定ながらも上等なその神秘を用いれば、今度こそあの憎き大人に、先生に復讐を行う事ができる。完膚なきまでに、完璧に、無慈悲に。

 

 そのような事を狂乱もかくや、という具合に吐き散らし続けるベアトリーチェを前にして、誰とも知れず溜息を漏らした。

 

 

「……寄越せ、あの生徒を……! 私が、より有効的に、合理の元に使い潰して、必ずや……!」

 

「マダム。そのように喚いては怪我に響くでしょう。……ではゴルコンダ、お願いしますね」

 

「承りました。……ベアトリーチェ。少しばかり頭を冷やすと良いでしょう」

 

 

 黒服に合図を出されたゴルコンダが言葉を引き継ぐ。

 直後に、デカルコマニーが手にしたステッキで床を軽く叩いた。

 

 ずず、とベアトリーチェの背後の空間に再び虚空の孔が開く。

 先の見えない暗闇を拡げる孔は、床に蹲るベアトリーチェだけをその内側へと飲み込まんと吸引を始めた。

 

 

「な、何を、貴様ら……ッ!?」

 

「折を見て、出しはしますよ。少なくとも、あの生徒の成果が実を結ぶまでは大人しくしていて下さい」

 

「そういうこった!」

 

 

 ベアトリーチェが床に爪を立て抵抗するが、孔がその体を飲み込む勢いは変わらない。

 

 

「あ、あぁぁあァアッ!? 待て、私は、こんな所で、こんな、所で……ッ!!」

 

 

 ろくな抵抗も許されず、吐き出す言葉も意味をなさず。孔は無慈悲にベアトリーチェを飲み込んでいった。

 床に零れた血の跡すらも残さず、ベアトリーチェがそこに居た、という痕跡が丸ごと消し去られた。

 

 

 

「……さて。話題を戻すとしましょう。私が注目をしているのは……こちらです」

 

 

 1人が消え、元居た3人だけになった一室の中。

 

 先程の出来事に興味を無くしたように黒服は取り出した資料の一部を差し出し、その内の記述を指で示した。

 

 

「実に愉快で、観測のし甲斐があるというものでしょう?」

 

 

 そこに綴られていた内容に、マエストロとゴルコンダは興味深げに息を吐き、デカルコマニーはそういうこった! と笑い飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 ────仮名称:超高濃縮合成神秘『ハンドレッド』。

 

 ────本製品は生徒100人分の神秘を1つに集約させた超高密度の合成神秘。

 より効率的なテクスチャの剥離を行う事を目的とした物である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────製造は難航。通常の神名のカケラでは生徒10人以上の神秘の量と濃度を収められない。破損を起こし、内部の神秘が漏出、霧散してしまう。

 また、6人以上の神秘を合成した時点で、神名のカケラ内部に封入されたエネルギーが不安定な状態と化す。

 神名のカケラと異なる神秘を収める器を検討、製造する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────預言者の神秘を宿した装甲。それ等を素材として用いた容器を製造。

 神秘を封入するにあたり、劇的な耐久性能の向上を確認。

 

 現時点で、52人分の神秘を封入済。容器に破損無し、内部の神秘が漏出する様子無し。経過は順調。

 

 継続して神秘を合成、封入していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □■□■□■□■□■

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございまーす!」

 

 

 

 空を囲う巨大な光輪が晴れやかなキヴォトスを見下ろす明朝。

 

 連邦捜査部シャーレのオフィスにて、様々な実務雑務に追われる先生をサポートするシャーレ当番として呼ばれた生徒が、清々しい朝日と同等の声色と声量で挨拶を述べつつ扉を開き、中へと入ってくる。

 頭頂からぴょんと伸びる跳ねっ毛、ふわふわとした白い長髪を降ろし、ミレニアムの制服にきっちりと身を包み、その上からオーバーサイズの白衣を羽織った如何にも技術者然とした生徒。

 

 エンジニア部に所属するマイスターの1人、○○こそ、今日のシャーレ当番だった。

 

 

 "おはよう、○○。昨日は良く寝れた? "

 

 

 出迎えるのはシャーレの顧問たる先生。

 聞こえてきた○○の挨拶に一瞬顔を緊張させるものの、オフィスの扉が開く頃には人当たりの良い笑顔を浮かべて、にこやかに○○を歓迎した。

 

 

「はい、今日の当番があるのでしっかり寝てきましたよ。……先生こそ、眠れました?」

 

 

 先生からの声に答えつつ、目元に隈が残る先生に向けて質問を返す。先生はちょっぴり困ったような表情で"ちょっと、色々と考える事があってね。"と頭を搔いて言葉をはぐらかす。

 

 キヴォトスに起こるあらゆる事件や事態に対し介入する権限を持つ超法規的機関たるシャーレ。それを取り纏めるだけならばともかく、あらゆる生徒や部活動からの依頼やお願い事を聞き、助けになるため奔走する先生は多忙に尽きる。

 きっと昨日も色々と生徒の為に動いて寝る時間も取れなかったのかも。と○○は追求を止めた。

 ここ最近の先生の睡眠時間を削っているのは自分とは露知らずに。

 

 

 "とりあえず、そっちに座ってて。飲み物持ってくるからね。"

 

「はぁい。……っしょ、と」

 

 

 先生が片手で示したのは生徒用のデスク……ではなく、歓談用兼寛ぎ用に設置されている、間にテーブルを挟んだ一対のソファ。

 てっきりここで仕事を済ますのかと思えば、テーブルには何の書類も無い。

 不思議に思いつつ○○がソファに身を預けていると、程なくして先生が2つの湯気立つティーカップを持ちながらやってきた。

 

 

 "コーヒーで良かったかな? "

 

「わ、ありがとうございます先生」

 

 

 ○○が暖かなカップを両手で受け取り、ミルクを一回し。黒と白の混じった柔らかな茶色に満ちたカップに口を付ける。

 香ばしい、まろやかな苦味が喉を通って、目覚めの一杯として脳に染み渡るよう。

 

 続けてお茶請けがテーブルに置かれる。

 チョコチップが混ぜ込まれたクッキーが盆に盛られている。

 

 

「そういえば本日は何の仕事があるんです?」

 

 

 ○○はそう聞きながら、先生に促されるままにクッキーを齧り、コーヒーを含む。

 そうして口の中の物を飲み込むのを見ると、先生は少しほっとしたように表情を緩めた。

 ○○はそれをほんのり不思議そうに見やった。

 

 

 "今日は仕事じゃなくて、○○と話がしたくってね。"

 

「えー、つまりはサボりで? またユウカさんとかリンさんにどやされちゃいますよ?」

 

 "そこは大丈夫。何とかするよ。"

 

「どうなっても知りませんよ……忍びないですし、少しくらいは仕事しましょう。喜んで手伝いますから」

 

 

 ありがとうね、とはにかむ先生に○○は朗らかな微笑みで返した。

 やはり、先生と一緒に居る時間は心地好い。この穏やかな空気は、実験を行っている最中、エンジニア部で励んでいる最中とは違う、何か特別な……キヴォトスでは他に味わえないようなものがある。

 それは先生が相手だからなのだと、○○は確信していた。

 

 

「それでは何からお話しましょう?」

 

 "その事、なんだけどね……。"

 

 

 おや、と○○は首を傾げた。

 先生は何だか言いにくそうに、気まずげに……どう話題を切り出そうか困り、手をこまねいている。どうにも珍しく光景だ。

 ○○は煩わし気に一喝をせず、とりあえずはコーヒーを啜りつつゆっくりと待つ事にした。そういう先生を眺めるのも悪くは無いから。

 

 

 "……何か、隠してる事って、無い? "

 

 "傷を誤魔化したり、とか……。"

 

 

 一分ほど経った末に、問いかけられた声。

 先生の言う隠してる事、という心当たりに○○はすぐさま思い当たった。

 隠している、傷を誤魔化す…………十中八九、剥がれたテクスチャを覆い隠しているホログラムの事だろう。

 

 それにしても、先生はどのようにしてその事を知ったのだろう? 

 ○○は不思議に思ったが……所詮はホログラムで体表を覆っているだけの簡易的な施し。遅かれ早かれ、バレていただろう。露見するのが今になっただけなのだし。

 そう思考しつつ、徐ろに立ち上がった。

 

 

 

「バレてるなら、隠しても意味無いですよね」

 

 

 ○○が腰に取り付けた箱型の機器に手を伸ばし、側部のボタンを弄る。体を覆うようにして展開されていたホログラムが、露と消えて剥がれていく。

 

 

 "─────ッ……! "

 

 

 その姿を直に認識した途端、先生は息を飲み、瞳は驚愕に見開かれる。

 

 ○○のこの姿を見るのは、2度目。

 1度目は、監視映像越し。ヒマリによって表面に貼られたホログラムを剥がされた時の事。

 その時でさえ、重篤な衝撃が脳天からつま先に掛けて迸り、思わず慄いてしまった。

 

 そして今回の2度目。直接の対面で見るその姿に、先生は何より自分の感情に嫌悪し、憎悪する事になった。

 

 

 例え一瞬であろうとも、○○を生徒として認識する事ができなかった。

 

 大人として守るべき生徒ではない、何か別の異質で歪なもの。人ではない化物じみた何か。

 そう認識してしまった自分に激しく怒りを覚えた。

 

 

 ……改めて○○の顔を見据える。

 

 右眼から中心にひび割れ、裂けて、元は可愛らしく在った表情はその半分がひび割れに侵され、見る影もない。

 ひび割れの中に広がるのは、神秘的なまでに青白い光。その中で、星空のような無数の煌めきの瞬きが、場違いな程綺麗に映っている。

 奇しくもその風貌は、細かな差異はあれども、先生が最も忌々しく思っている大人の1人と瓜二つのよう。

 

 

 頭上に浮かぶヘイローは、○○の状態を、その悲惨さを、過分に表している。

 

 

 綺麗な円輪を描いていた白い光は幾重にもひび割れ、そのヒビの内部からは光が漏れ出ている。その光は淡く、そして時折消え入りそうな程に弱まり、ゆっくりと頼りなく光度を取り戻していく。さながら、心臓が弱々しい脈動を起こしているかのように。

 白い円輪に囲われていた翼は朽ち果てたように羽を捥ぎ取られ、虚しく中空に漂っている。

 中央に据えられていた黒の丸型にもヒビは及び、その内側から微かな光の粒子が漏れ出ている。

 更には、ヘイローの至る箇所にモザイクじみたノイズが一瞬走っては消えて、一層不安定さを際立たせている。

 

 

 どうしようもなく、壊れて、捻れて、崩れてしまっている。そう思う他に無い程、無残な姿だった。

 

 

 だというのに。

 

 

「見て下さい先生。綺麗でしょう?」

 

 

 ○○はいつも通りに微笑んで、そう感想を求めてくるばかり。

 

 

「……あ、別に痛いとか、そういうのは無いんですよ?」

 

 

 悲痛そうに顔を歪めながら自分を見つめてくる先生に対しても、努めて気遣うような言葉さえも付け加えてみせる。

 

 

 

 

『……この状態で、普通に振る舞う事など……とても、不可能でしょう』

 

 

 先生の脳裏に過ぎるのは、息を詰まらせ、苦しげに顔を顰め、初雪のような白い肌を更に青白く染めながらそう告げるヒマリの言葉。

 

 廃墟地帯に設置されていた監視ドローンの映像に映る○○の姿に違和感を覚え、数秒で容易く貼られていたホログラムを剥がし終え、『天才清楚愛麗美少女ハッカーには物足りない仕事ですね』などと言葉を並べ立てながら浮かべていた自慢気な表情を一瞬で凍り付かせ、二の句も続けられずにいた。

 隣で見ていたネルでさえも、目を見開き、盛大に顔を顰めていた。

 

 

 予告無しに一際グロテスクなスプラッタを見せ付けられたかのような怖気。

 死というイメージをまざまざと脳裏に焼き付けるかのような忌避感。

 

 ヘイローを持つ生徒にとって、ヘイローが破壊される事は死に繋がる。

 そのヘイローが半ば程崩れて、今にも壊れて割れてしまいそうな、あまりにも儚く悲惨な状態。

 

 正しく、死にかけ。何故生きていられるのか分からない何か。半死半生のゾンビ。

 死から遠い生徒達には現実味のない、けれど本能的に訴えてくる、極めて死に近い凄惨な姿。

 

 

 ○○は今、そのような状態であった。それでも普段通りに立って、笑って、先生を見つめている。

 むしろ、ほんのりと嬉しそうに口元を緩めている。先生と2人きりでいる事に、誰かと自らの秘密について共有できた事に心をちょっぴり踊らせている。

 ごく普通の生徒のように、そこに居た。

 

 

「……っと、制服姿だと顔以外は確認できませんよね」

 

 

 自分が顔以外を覆う格好をしている為に、自分の詳細が分かり難い。

 そう判断した○○は、まずはサイズが一回り大きな、指先さえ隠してしまう白衣を脱ぎ始めた。

 

 

 "○○……!? "

 

 

 先生が慌てて止めようとする最中でも、お構い無しに衣服を脱いでいく。

 肌の露出を抑えるようにきっちりと着込まれたミレニアムの制服を一枚一枚、丁寧に。

 

 

 "………………! "

 

 

 ネクタイを弛め、シャツを脱ぎ、スパッツを下ろして。

 腰で留めていたベルト帯を外し、括られていた物がまとめてテーブルの上に置かれた。

 

 ○○の頬がほんのりと紅潮している。それは羞恥でも興奮でもなく、温めていた研究の成果の一部を、大切な存在にやっと共有できる事への歓喜と高揚からだった。

 

 

 "…………○、○……。"

 

 

 先生はそう絞り出すだけで精一杯だった。

 

 肌着姿となった○○の体。服の上からでは伺いしれなかった状態が、よくよく知る事ができる。

 

 胸元から腹部にかけて、切り裂かれたかのようなひび割れの軌跡。

 体の中心に留まらず、ひび割れは手足の至る箇所にまで及んでいる。

 手のひら、二の腕、肩先、腿、膝、爪先。それ等の節々に細かな傷が生じているように、ひび割れている。

 

 体の至る箇所が、ひび割れに侵され、その内側を晒している。青白く瞬く神秘の光が溢れ、拍動を起こすように綺羅星が輝いている。

 

 

「ふふ。本当に痛くはないんですよ? 気分も優れない、なんて事はありませんし」

 

 

 ○○が腕を広げ、その場で緩やかにターン。

 長い白髪が揺れて翻り、隠れていた背中のひび割れが良く見える。

 小さな背中の中心を無造作に引き千切られたような巨大なひび割れが占めている。

 

 先生は、最早息をする事さえ難しいとさえ錯覚するような衝撃に襲われていた。

 明らかに、以前の監視映像で見た時よりもひび割れが増えている。

 そんな先生の青ざめた表情を見て、『本当に本当ですのに』と零しながら、○○は脱ぎ下ろした白衣のポケットの中から何かを取り出した。

 

 

「私の体に起きているこの現象。テクスチャの剥離。テクストの上書きとも呼びましょうか」

 

 

 手のひらに収まっていたそれを先生へと見せ付ける。

 ピンク色の淡い光によって構成された小さな石。内側には力強い輝きが灯り、暖かな力を感じさせる。先生にとっても見覚えのあるそれを見せられ、当惑しつつ○○を見上げた。

 

 

 "……神名の、カケラ……? ……けど、何か違う……? "

 

 "これは……一体誰の……? 混ざってて、よく、分からない……。"

 

 

 混乱しながらも感じ取った違和感を口にした先生に、○○は楽しそうに笑った。

 

 

「ご存知でしたか! えぇ、こちらは神名のカケラと呼ばれる物体ですが……これは複数の生徒の神秘を封入したもの。合成神秘、と私は呼んでいます。……これは便利屋68の方々の神秘を封入したものです」

 

 

 ○○は光の反射によって煌めくカケラの色合いを眺め、万華鏡の如き華麗な模様を描く中身を先生へと見せびらかすように手のひらで転がし、弄ぶ。

 

 

「簡潔に言いますと、この合成神秘を取り込む事によって自らのテクスチャを剥がしたのです。このように……」

 

 

 唐突に、ポップコーンを放り込むように軽やかな仕草でカケラを口へ含む。

 慣れ切ったように進む一連の流れに、先生は止める間も無かった。

 

 

 "○○!? "

 

 

 慌てて吐き出させようと肩を掴むも一足遅く、細い喉を鳴らして飲み込んでしまう。

 

 

 "ダメ、そんなのを飲み込んだら……! "

 

 

 ぱきん。

 枯れ枝を踏み締めたような、軽い破砕音。

 先生の眼前で頼りなく浮かぶ、○○のヘイローから鳴り響く。

 え、と驚愕の息を吐く先生の前で、まだひび割れの及んでいなかった○○の左手の甲が中心から割れ落ちて、ガラス片のように飛び散った皮膚が中空で掻き消えていく。

 

 ソファに崩れ落ちた先生を心配そうに見やりつつも、○○は内側が剥き出しになった自分の左手に気付けば、その結果にとてもとても満足気に頷いた。

 

 

「あぁ、ふふ。すみません、びっくりさせちゃいましたか? でも見てください先生、神秘が成す不可思議な現象を!」

 

 

 ぐぃ、と左手を先生へと突き出して、はしゃいでいる。

 手の甲は骨と肉ではなく、夜空に浮かぶ星々のような満天の輝きを露出させている。

 

 

「このように神秘を取り込む事によって私という生徒に貼り付けられたテクスチャを剥がす事ができます。……では、テクスチャを全部剥がしたら、一体何が起きるのでしょう?」

 

 

 

 

 

 "……ごめん、○○。"

 

「……? なんで先生が謝るんですか?」

 

 "私がもっと協力していれば……○○が、自分の体を傷付ける事も……。"

 

 

 先生の脳裏に、あの時の光景が蘇る。

 エンジニア部に訪れ、初めて○○と出会った時。

 ○○が神秘の研究をしたいと意気込んでいた時。

 神秘の資料を求めてシャーレに駆け込んで来た時。

 

 もっと神秘について調べて、○○の願いを叶えられていれば。

 ○○がゲマトリアの手に頼るような事態に陥らせなければ。

 

 いくつものもしもを想起させて、実に辛そうに表情を歪め、自らを激しく苛めるようにしながら謝罪を行う先生を前に、○○は心底不思議そうに小首を傾げる。

 

 

「先生に感謝こそはあれど、責める思いなんてとてもとても。だって先生は……」

 

 

 

「こうして私が神秘を研究するきっかけを作り出してくれたんですから」

 

 "……え? "

 

 

 今度は先生が不思議そうに声を上げた。

 その言葉の真意を問う前に、○○は微笑みながら言葉を続けた。

 

 

「そもそも黒服さんが取るに足らない一生徒である私に目を付けたのは、何故だと思いますか?」

 

 "…………神秘について、研究していたから……? "

 

「それもあるらしいのですが……大元の要因は他にあります」

 

 

 そこまで言うと○○は視線を先生の顔へと向け直した。

 先生の脳裏から嫌な予感が、血の気が引くような思いと共に込み上がる。

 致命的な何かが告げられる予感が、駆け巡る。

 

 

「先生が、私を一等目にかけていた事です。それ以外では単なる興味本位と言ってましたね。生徒の身でありながら、これまでとは異なる観点で神秘の探求をしようとしていたからだと」

 

 

 時が止まったかのような錯覚が先生に襲い掛かる。

 しかし無情にも言葉は続いていく。流し込まれる情報を、今はただただ飲み込み理解するしかできることは無い。

 

 

「キヴォトスにおいて先生が黒服さん達と出会って、色々と関わりあっていたからこそ、黒服さんは精力的に活動を進めて……私が先生とより深く関わっていたからこそ、先生自身も私を助けようと神秘について調べていたからこそ、その要因である私に目が付いた、との事です」

 

 

 つまり、と○○が付け加える。その後に続くだろう言葉を、先生は止められない。胸を激しく打つ鼓動が全身を酷く苛める。

 自分が居たからこそ、生徒が悪意に付け込まれ、歪められたのだと、否が応でも知らしめられる。

 

 

「先生が居たからこそ、先生と関わったからこそ、黒服さんと私は繋がりを得たのです。

 そして私は、念願叶って神秘の研究や開発、神秘に関するもの作りが行えるようになりました。

 

 

 なので、先生と黒服さんは私にとっての大恩人、という訳ですね!」

 

 

 そこにある○○の声には、嫌味など一つも無い。自らの体がこんな風に成り果ててしまった現状への恨み節も、微塵もなく。

 純粋な感謝と歓喜が込められたその声と言葉の内容がひたすらに頭の中で反響する。それらが頭痛のように痛んで、動悸を加速させる。

 

 

「改めてですけど……ありがとうございます、先生。……もうすぐ、研究も一段落付くと思います。その時はまたこうしてお見せしますね」

 

 

 これまで神秘について共に調べてくれて、共に苦労を分かち合ってくれた相手に対して、そしてこれからも神秘について研究ができるようにしてくれた相手に対して、純真な感謝を込めて、頭を下げる。

 先生は、その感謝に応じる事はできなかった。

 しかし、自らの剥がれたテクスチャを愛おしげに撫でる○○を前にして、辛うじて言葉を絞り出した。

 

 

 "……そのまま、テクスチャが剥がれていったら、○○はどうなるの……? "

 

「あぁ、それはですね、先生……」

 

 

 どうしようもない後悔に苛まれた震える声で先生は問いかける。

 何処か縋るように、途切れ途切れに言葉を繋ぐ先生を前に、○○はほんのり勿体ぶりつつ口を開く。

 

 

「分かりません!」

 

 "…………え? "

 

 

 あっけらかんと言い放つ○○に、呆気に取られて二の句も告ぐ事ができない。

 ○○は、無邪気な笑顔で続けた。

 

 

「ですから、知りたいんです。過程を、結果を、その先でどの様な反応が起こるのか……確かめて、実感してみたいんです」

 

 

 ○○の言葉には、自らの体に起きている事への不安も、焦燥も、絶望も無い。

 満ち溢れたキラキラ。胸の中を占めているのは、素晴らしく明るい未来への希望だった。

 

 

「私がこれまで追い求めて焦がれた神秘の真相、その一つが暴かれる……かもしれません。もしかしたらもっと謎が深まるかも。でもそれが良いんです」

 

 

 未知が既知となるか、更なる未知を呼ぶか。それとも、何も解らないままなのか。

 

 例え解らなくとも、それで良いと○○は思っている。

 少なくとも、解らない事が分かった、という結果が得られるのだから。

 それは何より、神秘について何も得ることができなかった以前とは比べ物にならない程の甘美を、自身に齎してくれるから。

 何よりも、何よりも。それが嬉しくて、楽しくて、たまらないから。

 

 

「過程を経て、結果を重ねて、僅かな変化も書き留めて……そうして導き出される仮説には、無限の可能性が眠っています。その可能性を確かめたいんです」

 

 

 "……どうして、そこまで……。"

 

 

 先生が思わず口に出してしまった言葉は、言い切る前に途切れた。

 その答えは、自分も、目の前にいる生徒も分かり切っていたから。

 

 

「私がここまでするのは、全てが追い求めるロマンの為です」

 

 

 暴露が始まってから、自らを激しく戒めるように震える先生の手を、○○は両手で優しく取って、囁くように伝える。

 

 

「調べて、調べて、調べて、調べて」

 

 

 まっすぐに先生の顔を見つめる。

 ひび割れ内側の光を零す右眼に、白い髪先に隠れた左眼。その表情は伺い知れない。

 

 

「試して、試して、間違っても」

 

 

 けれど、先生は知っている。○○が発する声色に、覚えがある。

 期待に弾んで、高揚に溢れて、希望を持って、努めて明るい声色。

 

 

「夢路を往くんです。その先に、その高みへと続く景色へと辿り着く為に」

 

 

 ○○が自らのロマンについて語る時に、いつも彼女から発せられている眩い感情。

 

 

「私にとって、それがやりたい事なんです。全てを賭けても良いほどに」

 

 

 絶えることのないロマンに対する情熱が、

 何をしてでも、他の何かを全て捧げてでも追い求めていく狂気と熱意が、何時ものように○○の中に在った。

 

 

 本質は、以前と変わる事のない、ロマンを求める生徒として、○○はそこに居た。

 

 

 

「ロマンとは、そういうものですから」

 

 

 

 

 





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