「団長、【ガネーシャファミリア】との定期連絡行って来ました!詳細、この羊皮紙にまとめてあります!」
「あぁ。ご苦労、ラウル。悪いがガレス、代わりに受け取っておいてくれないか。」
作業を片手間に、団長室に入ってきた若い団員に労いの言葉をかける。
「それでは、失礼します!」
入り口付近に座っていたガレスに書類を渡し、軽く頭を下げると部屋から出て行く。
扉から気配が離れて行くのを確認すると、隅で腕を組んでいたリヴェリアが口を開く。
「ここのところ、頻繁にシャクティ達と連絡を取り合っているようだが、何か気になることでもあるのか?」
「あぁ。最近の
「現状、目立った不安の種はないように思えるが。」
不審そうな顔をしたガレスの持ってきた書類に目を通し、何かを見定めるように目を細める。
「…シャクティ達の連絡によると、襲撃された工場から魔石製品の『撃鉄装置』が奪われていたらしい。」
「また訳のわからんものを……一体何に使うと言うんじゃ。」
「それはまだわからない。いずれにしても、都市内外でのきな臭い話は絶えない。都市外の調査は【ヘルメスファミリア】に任せるとして、僕達は…」
先を続けようと口を開くと、扉から入って神物を見て口を止める。
「話してるとこすまんけど、ダンジョンでまた『冒険者狩り』が出たらしいでー」
「またか?見境なく騒ぎを起こしおって…」
「どうするフィン、向かうか?」
室内にいる3人が視線を向けられると、書類から目を離さず、なんて事も無いように答えた。
「ああ、そっちは必要ない。もう来る頃だと思っていた。彼女達に任せてある。」
自身に向けられる驚きの視線を知覚しながらも、書類を眺める表情は険しいままだった。
(これまでの報告から考えると、恐らく彼女達だけで『冒険者狩り』を撃退、捕獲することは難しいだろう。今回は上手くいったが、次はそう簡単にはいかない筈だ。)
現状、ギルド傘下のこちら側が優勢とも思えるが、必ず先手は
都市内外での怪しい動きも含め、わかっていないことが多すぎる。おまけに、数日前から報告が相次いでいる件についてだ。
(『冒険者狩り』とは別の、『闇派閥狩り』か…)
闇派閥に敵対している以上味方とも言えるかもしれないが、その素性は不明。同一の切り口から正体は一人だと思われ、死体のどれもが、思わず目を背けたくなる程の斬殺死体であることから、通称『死喰い人』と呼ばれている。
フィン自身、あれを目にした時のことはあまり思い出したくない。
辺りに散らばるどの死体にも、四肢、胴体全てが繋がった物がない。斬られた箇所は様々だが、切り口はどれも滑らかで、必ずその箇所で分断されている。
流れ出た大量の血を見るまで、それが元々人間であったと気付くことが出来ない、正真正銘の地獄絵図。もはやどちらが悪かもわからない。
そんな芸当が可能であろう人物を、恐らくフィンは知っている。この場の全員が会ったことのある一人の少年。
「…君かい?シキ……」
手に持つペンを眺めて言ったその言葉は、誰にも聞かれることはなかった。
「イ…
「『冒険者狩り』⁉︎ 畜生、に…逃げろおおおぉっ‼︎」
「おやおや、逃げるのですか?
ダンジョンの18階層。黒い装束を身に纏った集団が、仲間を殺され、逃げ惑う冒険者達に背後から襲いかかる。
その集団の中で一人、多数の冒険者を斬り殺した男が、冒険者達を挑発するように声を上げる。
「そこは戦うべきでしょう!『英雄』とまでは言わなくとも!せめて『冒険者』の名に恥じぬように!」
「ーそうか。なら『悪党』の名に恥じぬよう、此処で死ね。」
「っ⁉︎」
背後に感じた悪寒に反射的に剣を振ると、キンッという音を立てて襲撃者を弾き飛ばす。
「…チッ、やはり幹部はそう簡単にはいかないか。」
「はて、貴方は……?」
自分を襲ったと思われる小さな少年を見下ろす。手にはその身に余るほどの長刀を持ち、こちらを鋭い目つきで見ている。
「やっと見つけたぞ、『顔無し』。」
「…ほう。私のことを知っている者がいらっしゃるとは、珍しいこともあるものですね。」
「お仲間を尋問したらあっさりゲロったぜ?寄せ集めのせいで教育がなってないんじゃねぇの?」
「いやはや、これは面目ない。何分数が多いものでして…」
「…あぁでも、動く爆弾にするだけだったら別に気にすることもないのかね?それとも、最悪あの二人を頼ればどうにかなるとでも思ってるのか?」
付け加えられた少年の発言に、男の細い目がさらに細められる。
「その様子……なるほど、貴方が我が主の言っていた人物ですか。しかしあれですね…あなた、色々と知りすぎな気がします。」
男は得心がいったのか、満足そうに頷くと剣を構える。それに合わせるようにして、少年も長刀を腰に構える。
「主には殺すなと命じられていますが…貴方は少々危険ですね。この先大きな障害になりかねません。」
「あの神には悪いが、お前はここで殺す。」
男は先程まで浮かべていた微笑を仕舞い、少年は軽く目と閉じ呼吸を整える。
少年が目を開けると同時に周囲を強烈な威圧感が包み込み、男が細められた目を片方見開く。
先に動いたのは少年の方だった。片足を軽く踏み込むと、10メートル近く離れていた距離を一気に詰める。長刀のリーチを存分に活かし、最小限の動きで男の首を直接狙いにいく。
少年の想像以上の速さに躱すことが難しいと判断したのか、男も急遽剣を手前に構える。上体を反らしながら、下から空中へ押し上げるようにして迫る刀を弾く。
刀が長いとその分、弾かれると体制を崩しやすい。案の定150センチ程度の小さい身体は、刀に引っ張られるようにして宙を浮き、体制を崩す。
男が追い討ちとばかりに剣を振ると、少年は刀から手を離し、腰から短剣を取り出して受け止める。
「…流石に、この程度じゃ倒れてくれませんかねぇ」
「…正面戦闘は性に合わないんだがな」
自身の後方に長刀が落ちたのを感じながら、目の前の男を見て悪態をついた。
「まーた当たったぜ、フィンの読み!どうなってんだアイツの頭!」
階層入口から、11人の武装した少女達が駆けてくる。
「少し遅かった…!リオン達は被害を受けてる冒険者達の救出を!」
「わかりました!」
アリーゼ、輝夜、ライラを残した八人が、襲われている冒険者達の元へと向かう。
「アタシらはどうする?アリーゼ。」
「私達は…」
「?あれは…!」
何かに気付き、輝夜が走る速度を上げる。
「え?お、おい輝夜⁉︎」
「!ライラ、後を追うわ!向こうで誰か戦ってる!」
「はぁ⁉︎おい待てよ!」
両者の攻防が続く。
長刀から短剣に切り替えたことで、先程よりも素速い動きで果敢に攻める。
男も速度では僅かに劣るものの、少しでも隙を見せれば的確にそこを突いてくる。
背後に回ろうと一瞬足が地から離れた所で少年を弾くと、体制を崩したタイミングを見逃さずに剣を振るう。
少年は短剣を逆手に持ち替え、側面を狙って振り下ろされた剣を受け止める。
互いの剣が拮抗し、ギリギリと音を立てる。
「主の話では、貴方は医療系ファミリアの筈なんですがねぇ……戦闘慣れし過ぎではないですか?」
「抜かせ。ヴァレッタ以外にここまでできる奴がいるとは聞いてねぇ…ぞっ」
死角を突いた少年によるナイフの投擲を、顔を反らして寸前で躱す。
均衡が崩れるも、体格の差で再び少年の方が弾かれる。
距離を取るため後ろに跳ぶと、少年が地に足を着いた途端、驚くべきスピードで間合いを詰めてくる。
即座に受け止めようと剣を引き戻し、両者の剣が触れた瞬間、何の抵抗もなく男の剣が中心付近から切り飛ばされる。
驚愕に目を見開きながらも、身を捩って短剣を躱し、迫る少年を蹴り飛ばす。
「野郎っ」
蹴られた反動で宙を移動しながら、数本のナイフを指の間に挟むと、投擲による反撃を行う。
男は近くの冒険者の死体から別の剣を引き抜くと、ナイフを弾き、未だ宙に浮かぶ少年に向かって走り出す。
少年は背後に先程落ちた長刀を見つけ、それ目掛けて短剣を投げつける。短剣が長刀の先端に当たり、反動で持ち上がった刀の柄を掴み取る。
さらに長刀に弾かれた短剣に手を向け、掴む素振りを見せると、そのまま男へ向けて腕を振り下ろす。
「なっ」
宙に舞う短剣が突然止まったと思うと、勢いよく男に向けて飛んでいく。予想だにしない方向からの攻撃に男は驚愕し、少年に振り下ろす筈だった剣を引き戻し、寸前の所で弾き飛ばす。
少年はその隙に長刀を地面に突き刺し、空中で身を捩って男の横面を蹴り飛ばすと、そのまま反動で距離を取って着地する。
「くっ……なるほど、お強い。話に違わぬ腕前です。…もしや、貴方が噂の『死喰い人』では?」
「知るかよそんな呼び名。何?この世界の奴らはいちいち二つ名つけないと気が済まないのか?」
「やはりそうでしたか。…でしたら尚更、ここで始末しておくべきでしょう。」
男は袖で頬を拭うと再び剣を構え、足を踏み出す。
「させるか、阿呆」
「っ⁉︎」
横からの突然の斬撃に、男が構えていた剣を引き戻して対応すると、反動で離れて距離を取る。
「シキ!大丈夫⁉︎」
声の方向に目を向けると、赤髪の女が隣に走り寄ってくる。正面で男と対峙しているのは黒髪の刀を持ったヒューマンだ。
「アリーゼに輝夜……フィンの指示か」
よく見ると、他の闇派閥の者達とアストレアファミリアの面々が応戦している。向こうから小人族のライラが走ってくるのも見えた。
「貴方たちは…」
「非道な行いを見過ごすわけがない、正義の味方よ!」
「正義……?あぁ、【アストレアファミリア】の。……『死喰い人』に援軍となると、これは少々分が悪い。」
男がそう言うと、周囲から数人の黒装束の者達が集まってくる。
「ヴィトー様、ここは撤退を。我々の目的は……」
「分かっています。名残惜しくはありますが…ここでお別れです。それでは皆さん、ごきげんよう。」
「逃がすか」
シキが複数のナイフを投げて足止めしようとするが、身を挺した部下の行動によって阻まれてしまう。
ヴィトーと呼ばれた男は、部下の死に目もくれず、仲間と共に階層から消え去った。
「チッ、逃したか……これ以上は無理だな。」
「待ちなさい!」
「待て、団長。誘っている。深追いは禁物だ。」
輝夜が追いかけようとするアリーゼを落ち着け、傍で短剣を回収しているシキに視線を向ける。
「おい、何故貴様がこんな所にいる。」
「…何だ、冒険者がダンジョンにいたら悪いのか?」
「私はお前が何をしているのか聞いている。ここ最近のお前の行動には、不審点が多すぎだ。」
「話す義理はないな。…俺はもう行く。」
投擲に使用した全てのナイフを回収し終え、反対側に歩きだそうとすると、目の前にアリーゼが立ち塞がる。
「…どけ。」
「どかないわ。そんな傷だらけの人を放っておけないもの。」
ヴィトーとの戦闘で身体の各所に切り傷があり、服も所々斬られた跡がある。
「俺は医療派閥だぞ?
「……そ。でも悪いけど、私達と一緒に来てもらうわ。ここには【
「……はぁ…仕方ないか。」
一歩も引かない態度に諦めたのか、ため息混じりに了承すると、仲間の元まで歩き始める3人について歩く。
「…にしてもお前、あんな奴相手によくそこまで闘えるな。アタシじゃ絶対無理だ。」
歩く途中で傷口に治療薬をかけていると、横にいたライラが感心しながらそんなことを言う。
「ああ、一太刀打ち合ったがかなりの腕だ。完全に不意を突いたつもりが、容易く受け止められた。」
「輝夜でもそう感じたのね…。でもあんな奴の情報なんて、聞いたことないわ。ねぇ、シキは何か知ってることとかある?」
「後で同じ話をするのは面倒だ。戻ってフィンと合流してからにしてくれ。」
傷口が癒えたのを確認すると、半分ほど残った治療薬を上着のポケットに仕舞う。
事が片付いたのか、覆面を付けたエルフを先頭に他の面々が近づいてくる。
「3人とも、大丈夫ですか?」
「大丈夫も何も、アタシらは牽制しただけで、まともにやったのはこいつだけだ。まんまと幹部を逃しちまったがな。」
「シキ…?何故こんなところに。」
「そのやり取りさっきやった。別になんでもいいだろ。」
「そっちは?」
「…逃げてきた冒険者はみんな無事。でも、最初に襲われた何人かは……」
ライラの質問に、獣人のネーゼが言いづらそうに答える。
「く……!あと少しでも早く、駆け付けていれさえすれば……!」
「つけ上がるな、間抜け。」
「阿呆かお前。」
二方向から飛んできた言葉に、目を伏せていたリューが弾かれたように顔を上げる。
「英雄でも気取っているのか?未熟な今の私達が、全てを救えるわけがないだろうに。」
「っ……!訂正しろ、輝夜!たとえ至らない身であっても、最初から救えないと決めつけて実践する正義など、間違っている!」
「正義とかそうじゃないとかどうでもいいよ。現状、お前達じゃ全てを救うなんてことはまず無理だろう。フィンだってそれを了承済みで、今回の件を任せたんだろうしな。」
「っ…シキ!貴方も医療派閥ならわかる筈だ!目の前で救えたかもしれない命を失った時の悔しさを……!」
「…別に、悔しいとかそんなものはない。そもそも名も知らない人間の生死について、どうこう思うことなんてないだろ。そんなに仲間内での正義ごっこが大切なら、他の冒険者達なんて放っておけばいいじゃないか。」
「っ……!」
「あーあーうるせぇうるせぇ。こんな所で言い合うんじゃねぇよお前等。…おい団長、なんとかしろ。」
「…まずは遺体を仲間の元まで運びましょう。こういう時は、さっさと帰って休むのが一番よ!」
遺体をパーティーメンバーへ引き渡すと、ホームへの帰路に着く。女11人に男1人で身が狭くなるかと思えばそんなこともなく、ごく普通に地上までたどり着いた。
「んー疲れたー。今日は結構大変だったわね。」
「ちぇっ、折角『冒険者狩り』の野郎をとっちめてフィンに自慢してやろうと思ったのによー。」
「お前らが来て不利だと思ったんだろうな。敵が3人も増えたら流石に逃げるだろ。ちょっとは考えろ。」
目もくれずに文句を言う態度が癇に障ったのか、少し前を歩いていた輝夜がシキを睨み付ける。
「わざわざ助けに来てやったのに何だ、その口の利き方は。目上の者に対する態度がなってないぞこのガキ。」
「歳は片手の指で済むくらいしか変わんねぇだろ。それに悪いが、今じゃ俺もファミリアの副団長なんでな。立場的には俺もお前も同じなんだよ。」
「ふんっ、目上というのは言葉通りだ馬鹿者。その歳でその程度じゃあ、将来的に私には追いつけまい。」
「身長で決めるとかどっちがガキだよ。【
シキを見下ろして勝ち誇った顔をする輝夜に、強烈なカウンターをお見舞いする。
いつの間にか二人とも足を止めると、互いに睨み合って論争が始まる。声を荒げるようなこともないのに、バチバチとした空気が両者を包み込む。
「…なんでかあの二人、会うとしょっちゅう喧嘩してるよね。」
「喧嘩って言うのかあれ。相性が良いのか悪いのかわかんねぇな…」
もはや輝夜&リュー以上に見飽きたこの光景に、【アストレアファミリア】の面々が呆れて眺める。ライラ達はともかく、アリーゼまでもが呆れていることに、その頻度を察して欲しいと思う。
「ここまで多いと、本当は仲が良いんじゃないかと疑いたくなるな。」
「はっ!ひょっとして実は影でデキてたり……!」
「するか阿呆。生憎歳下は範囲外だ。」
「まったくだ、誰がこんな猫被り女と。……もういい。俺は治療院に戻るぞ。」
「っておい、報告はどうすんだよ。」
「どうせ今日はもう遅いし無理だろ。紙にまとめといてやるから、明日取りに来い。報告はそっちで勝手にしてくれ。」
「相変わらず上から目線でものを言いますねえ、このガキ。」
「だからもうやめろって。…ったくなんでアタシがこんなに突っ込まなきゃなんないんだ……。」
「じゃあね、シキ。アミッドによろしく!」
最後まで騒がしい連中にため息をつくと、自身のファミリアへと戻る。
今日はかなりの人数を殺した。明日の朝ステータスを更新してもらおう。
こんなことを考えてしまう辺り、もう自分は壊れているのかもしれない。
そう思って窓から部屋に入り、装備を外そうとすると、目の前に銀髪の少女が仁王立ちをしていて思わず悲鳴を上げかける。
「………シキ……」
「ア、アミッド?なんでここに?」
暗い部屋の中でも、彼女の銀髪と紫紺の瞳は月夜に光って見えた。
すぅぅぅぅ、と息を吸い込む仕草に、これから浴びせられるであろう言葉を想像し、甘んじて受け止めようと身構える。
「………お帰りなさい。…シキ。」
そう言って、予想外の言葉に固まる少年の背中に手を回す。その手は僅かに震えていた。
「………ただいま。アミッド。」
大抗争まであと八日