小さい頃から本を読むことは好きだ。それを読んでいる間は、他の何も考える必要がなかったから。
思考を放棄すると言えば聞こえは悪いが、雑念に惑わされない時間は、自分にとってとても心地よいものだった。
だからこそ、本の内容を自身を当てはめるような行為は好きではない。物語や冒険譚はそこに登場する人物達の記録であり、実用書や専門書は知識を取り込むためのもの。本を読んで知識を得ることは好きでも、物語の彼等に自分を重ねて、「自分だったら…」などと考えることは嫌う。
簡単に言ってしまえば、シキという人間は主観的に本を読むことが出来ない。
そのため、教会で彼女から受け取った一冊の分厚い本を開くことに、若干ながら抵抗があった。これを読めば、自身に何らかの変化をもたらすことを理解していたから。
団員達を起こさないように窓から自室に入り、武装を解除した後で、壁にもたれるように床へ腰を落とす。ベットに向かわないのは、汚れた身体でそこに寝たくないないためだ。
目を閉じて呼吸を整えると、表紙をめくって内容を目にする。
『ミノタウロスから教わる現代魔法!その一』
…急激に読む気が失せたが、深くは考えずにページをめくる。題名から読者の気を惹く手法はありがちだが、使い方を間違えれば離れていくことを理解して欲しい。
題名が特殊なだけで、中身はどこにでもあるような共通語の文字が並んでいる。ありきたりな文字を読んでいるようで、ただ目線で追っているだけの時間が続く。
引き寄せられるようにして何枚目かのページをめくると、開いたページ内の文字達が組み合わさるようにして集まり、自身の顔のパーツを再現し始める。
『さぁ、始めよう』
閉じられた瞼を開き、ヘラヘラと笑いながらこちらを見つめてくる。普段自分がしないような表情に軽く殺意が湧くが、平常心を保ってその目を見つめ返す。
『
魔法。そう聞いて始めに、自身のファミリアの銀髪の少女が使う回復魔法を思い浮かべる。
また同時に、月明かりに照らされた教会で、何人もの冒険者を地に這いつくばらせた銀髪の女性を思い出す。
『
死から生へと引き上げるもの。
生から死へと叩き落とすもの。
『魔法に何を求める?』
…人を助けるための力は要らない。
あいつが目に見える命を救うのであれば、
俺は如何なる事象や理であっても殺せる者でありたい。
『それだけか?』
都市が煩い。
民衆の悲鳴が煩い。
至る所から聞こえる絶望の声が、
生きることを諦めた人間達の嘆きが、
どれもこれもが煩わしい。
目的のために人を殺す。
生き残るために他を殺す。
どこもかしこも殺しで溢れている。
…死を与えるのは、俺一人で充分だ。
『…ははっ、大きく出たなぁ』
うるさいな。だが、
『「それが俺だ」』
その言葉を最後に、意識が暗転する。
「……キ。…シキ、起きてください。」
「ーんぁ?」
最近になって、凛とした声に磨きがかかってきた少女の声に、閉じていた瞼を開く。
「そんなところで寝ていると風邪をひきます。それと、帰っていたなら一声かけてください。」
「…あぁ、ごめんアミッド。」
どうやらあのまま壁にもたれて寝ていたらしい。変な体勢で寝ていたからか、首の違和感が酷い。試しに曲げるとボキボキと音を立てる。窓から陽がかなり差し込んでいることから、それなりには寝ていたようだ。
「昨夜は何時ごろ帰って来たのですか?怪我などはありませんか?」
「あー、日付は回ってただろうから正確に言うと今朝だな。いや、あの時間帯だと朝とは言わないか…とにかく、怪我をするようなことはしてないから心配しなくてもいい。」
「…それならいいんですが…」
どこか附に落ちないのか、なんとも言えない表情で目を伏せる。
「お詫びと言っちゃなんだが、今日の仕事は俺が代わるよ。お前は休んでてくれ。」
「い、いえ私は別に…」
「ここ最近、あまり寝てないだろう。今日は特に用も無いし、気にするな。」
そう言って頭を撫でると、気が抜けてきたのか、アミッドの目蓋が下がり始める。
「…ん、それでは…休ませて、貰います……」
「あぁ、おやすみ」
いくら大人びていても身体は子供。大人と同じ要領で働けば、疲れも溜まる一方だろう。
アミッドをすぐ近くの自分のベッドに寝かせると、音を立てないようにして部屋を出て、後ろ手に扉を閉める。
「ん?なんだ帰っておったか。」
「げ、爺……いや、やっぱ丁度良かった。」
「『げ、』とはなんだ『げ、』とは!……で?何か用か。」
「あぁ、ステータスの更新を頼む。」
途端にディアンケヒトの目が細められる。
「はぁ…よかろう、部屋に来い。」
ため息混じりの返事を受けて、主神の後ろを着いて歩く。
「…で、何人殺した?」
部屋に入って上着を脱ぎ背中を向けると、開口一番そんなことを口にする。
「…昨日で4人、この5日で11人ってところだな。」
「まったく、お前がそんなことをする必要性はどこにも無いだろう。何がお前をそこまでさせる?」
確かに、こんなことをする理由は正直言ってあまりない。むしろアミッド、ファミリアの安全のためには、俺はこの治療院に留まるべきだろう。
「…いいだろ別になんでも。早くしてくれ」
「生意気な口を聞きおって…割り振りはどうする?」
「いつも通り敏捷と器用に……いや、今回は耐久と魔力に振ってくれ。」
「耐久?なんだ、ようやく儂の忠告を聞く気に……何、魔力じゃと?」
少年から発せられた単語に老神が反応し、再び背中へと目を向ける。
「魔法の発現…しかも今の口ぶりからしてお前、
「奴等からの拾い物だ。アミッドに使わせようかとも考えたが、今のあいつに渡しても負担にしかならないだろう。俺自身、新しい力が必要だったからな。」
「むむむむ……まぁ仕方あるまい。ほれ、終わったぞ」
シキ
LV.3
力 :H165→H173
耐久:I72→H134(+50)
器用:G247→G261
敏捷:G268→G289
魔力:I0→I60 (+60)
千里眼:B
気配遮断:F
恐怖耐性:EX
痛覚耐性:EX
≪魔法≫
【死与告別】
・対象に
・周囲の人間の能力値が大幅減少
・自身のスキル効果上昇
・詠唱式【此処に示すは生誕の証
此処に残すは死別の哀
汝の死を以て終局とする】
≪スキル≫
【直死の魔眼】
・"死"を視覚情報として捉えることが可能
(対象が死を意識している程に効果上昇)
・"死"の概念が無いもの、"死"を理解出来
ないものは見ることが出来ない
・格下であれば見ただけで殺すことも可能
・威圧、魅了の相殺
・発動時、器用と敏捷のステータス上昇
【霊核御手】
・常時発動可能
・視界内の物体の掴み取りが可能
・実体を持たないものでも可
・投擲に対して高補正
【命葬】
・人を殺す度に経験値獲得(分配任意)
・対人時全能力値大幅上昇
「またとんでもない魔法を覚えよって…それにしても、相変わらず恐ろしいスキルだな。やはり伝えないべきだったか…」
「そりゃあ、初めて
【命葬】のスキルは、入団時点から既に所持していたらしい。大人びていたとはいえ、まだ善悪の区別が難しい子供には教えられなかったのだろう。
受け取った羊皮紙に目を通し、能力値の数値を見て薄い笑みを浮かべる。
「…ははっ、レベル1相当の人間を1人殺して手に入る経験値がたった10だなんて、笑えてくるな。」
殺せば経験値が手に入るだなんて、まるでモンスターみたいだ。結局のところ、どちらも醜いことには変わらない。
「…シキ、目が蒼くなっておるぞ。」
「ん、あぁ…またか」
「最近特に酷使し過ぎだ。今の様子だと、もう"死"が見えることに違和感を感じとらんのだろう?このままではいずれ制御出来なくなるぞ。」
他人事のようでこちらを気にかけるような言葉に軽く笑みを溢す。
「まぁ慣れだよ慣れ。見えてても触らなければいい話だしな。それに、もう【
「そういう話ではないわ馬鹿者が。」
「更新どうも。それじゃあ店の方出てくるんで失礼…」
「シキ」
上着を羽織り部屋を出ようと扉に手をかけたところで、背中越しに呼び止められる。
「"死"に慣れるな。人を斬るのに抵抗をなくすな。」
「…わかってる。」
「…今後しばらく、お前は好きに動け。ただし、絶対に生きて帰ってこい。」
普段の豪快さの欠片もない、落ち着きのある声が耳へと届く。
無言で部屋を出ると、後ろ手に扉を閉める。そのまま店まで向かい、近くの団員に声をかける。
「店番は俺がやっておくから、あんた達はポーション作っておいてくれないか?」
「え?でもまだ在庫は充分に…」
「いいから、どうせすぐに必要になる。」
「わ、わかった」
他の団員達も裏に向かい、カウンターに自分一人になる。
先程渡された羊皮紙にもう一度目を通し、椅子にもたれかかるようにして座る。
「これじゃ足りない。もっと強くならないと…」
だが圧倒的に時間が足りない。短時間でより効率的にステータスを上げるには…
少年の口元が獰猛な肉食獣のように歪む。
幸い敵には困らない。精々役に立って貰うとしよう。
「…待ってろよザルド、アルフィア。必ずお前達を葬ってやる。」
大抗争まで、あと九日