18階層から戻ってきて数日。フィンから深層のドロップアイテムを買い取るなかで、シキは宴の誘いを受けていた。
「う〜ん…楽しみにしてるとは言ったものの、こういう集まりは苦手なんだよな。それに俺、酒はあんまり好きじゃないし。」
「君の歳で既に酒好きだったら問題な気もするけどね…。アイズもいるし、来てくれると嬉しいよ。まだ礼を言えてない者もいるしね。それと、流石にこれは安すぎじゃあないかい?」
少年の返答に苦笑しながら、手元で提示された素材の買取金額を指でトントン叩いて指摘する。
「これ以上高くするとうちの主神がうるさいんだよ。俺自作のボールペンとポーション割引券つけるから勘弁してくれ。」
「割引券はありがたいしわかるけど、このボールペンと言うのはなんだい?先の方にインクのようなものが見えるけど。」
手渡された小さなの棒状の物体を、フィンが興味ありげに色んな角度から眺める。
「中にインクを入れることで、何度も先をインクにつける必要なく書き続けることができる。先が球状で転がるようになってるから書きやすいし、事務作業が多い団長様にはぴったりだろ?」
前々から羽ペンが使いづらくてイライラしていたため、なんとか再現しようと作成したものだ。今ではファミリア全員がこれを使用している。
当然ノック式ではないし使いづらい部分もあるにはあるが、自作にしては良く出来た方だと思う。インクの出すぎや漏れないようにするのには苦労したが。
フィンが試しに近くの紙に文字を書くと、滑らかに動く様子に目を見開く。
「これは凄いね!是非使わせて貰うよ。素材代金で足りない分は僕個人で出すとするかな。」
「そうしてくれると助かる。で、この後どこに行けばいいんだ?」
「あぁ。ここから少し先の、豊穣の女主人という店さ。多分オラリオで一番安全なお店だと思うよ。えっと…ほら、ここだ。」
カウンターに置いてあるオラリオの地図を取り出し、指で示す。
「まぁまぁ近いな。仕事が終わってからだから少し遅れるが、顔を出すくらいならいいだろ。」
「もちろん彼女…アミッドも連れてきてくれて構わないよ。いや、むしろ連れてきてくれると有り難いかな。彼女には特に世話になったからね。」
「へいへい。…酒場ってのは人が多いんだ。礼を言うのはいいが、あんまり18階層でのことは話さないようにしてくれよ?」
人が多く盛り上がる分、酒に酔って要らぬことを言いかねない。念の為釘を刺しておく。
「本当に彼女を大切にしてるんだね。…僕もそろそろ本気でお嫁さんを探さないとマズイかもなぁ…。」
「お前がその気になりさえすれば、相手なんかすぐに見つかるだろ。…ほら代金だ。俺達の酒代分も入れといたから、先に行って始めといてくれ。」
2人合わせて2000ヴァリスくらいで足りるだろうか。素材の代金も含め、少し大きめの袋に硬貨を入れて、フィンへと渡す。
…この作業面倒だから紙幣になんねぇかな。
「ありがとう。じゃあ後でね。」
袋を受け取ると、爽やかな笑みを浮かべながら去っていく。道端でその笑みに堕とされた女がいないことを願う限りだ。
日が暮れ、仕事が終わると、アミッドを連れて指定の場所へと向かう。
「なんか楽しそうだな、アミッド。」
「…そうですね。沢山の方々と食事をするというのは初めてなので、少し楽しみです。」
以前プレゼントした、白を基調とする長衣を身につけ歩く姿は、珍しく歳相応の少女のように思えた。
シキも酒場ということで普段の装備も脱ぎ、護身用の短剣のみといったラフな格好で来ている。
「…ここだよな…?」
「その筈ですが…」
指定場所の雰囲気の良い店に着いたにも関わらず、何故入らずに扉の前で立っているかというと…
ザシュッ!
「ぐぁあああああああああああああああ⁉︎」
「ケ、ケビーン⁉︎」
「ケビンがやられたぁー⁉︎」
うん。明らかに飲食店で起こっていいような騒ぎじゃない。なんか剣振ってる音聞こえるし。というか酒場に剣なんか持ち込むんじゃねぇよ。
嫌な予感がしながらも、扉を引いて顔を覗かせる。
「遅れてすんませ…」
「店のもんを壊すんじゃないよこのアホンダラァアアアアアアアアアアアアア‼︎」
「うぎゅぅう⁉︎」
…音を立てないよう、そっと扉を閉める。
「シ、シキ?」
俺は何も見ていない。見知った金髪の幼女が、大きな女将の拳で沈められるところなど。
…人は無闇に怒らせない方がいい。今改めてそう実感した。
「見苦しいところを見せて悪いね坊主。ここの主人のミアだ。よろしくね!」
「ど、どうも。」
自分の何倍も体積がありそうな女将を前にして、顔が引きつる。ついさっき目の前で起きた出来事のせいか、あんまり顔を直視したくない。
「いやぁすまない。先に始めてるとは言ったものの、まさかこんなことになるなんてね。」
「まったくだ。初めて酒を飲む時は、家で保護者と様子を見ながらが常識だろ。だから遠征で怪我人なんか出すんだ。注意力が足りないぞ。…それとそこの酔っ払い親父どうにかしてくれ。」
「なんやとぉこのガキィ!」
先程の事件について謝罪するフィンに対し、文句をつける。隣ではアミッドが、殴られ気絶しているアイズを膝に乗せている。
あの後なんやかんやで店に入り、フィン、ガレス、ロキ、リヴェリア、アイズ、アミッド、シキの順で円卓に座っている。ロキに関しては既に出来上がっているが。
「これは手厳しいね…礼を言うつもりが迷惑をかけたともなれば、仕方がないかな。」
「…まぁいい。こっちはこれから食事なんだ。遠慮なく加えさせてもらう。アミッド、何か食べたいものでもあるか?」
「そうですね…ここに来てからは食べてなかったので、魚料理などはどうでしょう?」
…確かに最近では肉ばっかりだったからな。村にいた頃は、よく川で捕まえて食べたものだが。
「俺もそうしようかな。女将さん、魚料理はある?」
「魚とは珍しいね坊主。今ならまだ捌いてないのがあるよ!どう調理するんだい?」
見た目通りの大きい声。まるで大衆食堂のおばちゃんだ。好感が持てる。
最近開いたばかりでまだメニューがしっかり確立しておらず、客の要望にも店にあるものでならある程度応えられるらしい。
「焼いてもいいが、こう味の濃いものが多いとな…。刺身にしようかな。」
「!私もそれでお願いします。」
酒場で魚と言ったらやはり刺身だろう。酒は飲まんが。
「刺身ぃ?なんだいそれは?」
都市では聞くことがないのか、ロキファミリアの面々も不思議そうな顔をする。
「あれ、都市じゃひょっとして知られてないのか?村では知ってる人も多かったんだけど。」
「刺身は主に極東の料理だそうですから…。シキの捌く魚はとても美味しかったので、是非もう一度食べたいです。」
刺身という言葉が出てから、なんだかアミッドの瞳が若干輝いて見える。何年か前に村で初めてご馳走してからというもの、魚の刺身が好物になったらしい。
「なんだ、ひょっとして坊主いけるクチかい?厨房貸してやるからやってみな!私も興味あるしね。」
そう言うと、魚丸ごと1匹と包丁を手渡される。
「客が調理すんのかよ…まぁいいけど。」
厨房に入り魚を台の上に乗せると、手際よく鱗と頭を切り落としていく。
「戦闘に治療に料理まで出来るとはね…僕もやれるようになった方がいいかな?」
「そういえばフィンさん、シキがこれをあなたにと。」
少年の手によって魚が見事に解体されていくのを見ていると、その連れの少女から何か手渡される。
「これは…手帳かい?」
「依頼期間中の記録だそうです。到達階層や倒したモンスターなどの情報が記入されています。」
何枚かめくると、1日の活動内容が時間ごとに細やかに記されているのがわかる。
「…本当に凄いな彼は。今日聞こうと思っていたことが殆ど書いてある。」
これはもう依頼料を追加した方がいいかもしれない。流石にあれだけでは申し訳なくなってきた。
「アイズには別に、戦闘の癖とかアドバイスについて書いたのを渡してあるぞ。数日はそれを読んで振り返るように言っておいた。」
「成る程ね…通りで最近はダンジョンに潜らず、部屋にいたわけだ。ダンジョンに行かないなんて、熱でもあるかと思ったよ。それで、調理の方は終わったのかい?」
戻ってきたシキの手に持った皿に興味があるのか、他の団員達も覗き込むようにして見てくる。
「あぁ。…といっても、ただ切り分けただけなんだけどな。ほらアミッド、ご要望の品だ。どうぞ召し上がれ。」
机に置かれた皿には、魚の透明な身が薄く切り分けて並べてあり、芸術品のような美しさを醸し出している。
「ー!いただきます。」
口に入れた途端に感じる旨みに、アミッドの顔が綻ぶ。先程までの凛とした表情からは感じられない少女の緩んだ顔を見て、ロキファミリアの面々がゴクリと喉をならす。
「沢山あるから、あんたらもどうぞ。」
そう言ってそれぞれの机に皿を出すと、全員がその美味しさに騒ぎ始める。
「ハッハッハ!こいつは酒に合うわい!」
「なんや、めっちゃうまいやん自分!」
「久しぶりだったから不格好だが、口に合ったようでなによりだ。」
席に着こうとすると、ミア後ろから腕を回される。
「なかなかやるじゃないか坊主。…今従業員不足でね。うちで働かないかい?」
「やり方だけ教えるんで勘弁してくれません?」
「ははははは………ブフッ!」
酔いも回り始め賑やかな雰囲気になったところで、手帳を読んでいたフィンが、口に含んでいた酒を突然吹き出す。
「おおっ⁉︎どないしたフィン?」
「……シキ…3日目の欄に、アイズが
「⁉︎」
フィンの発言に、主神とレベル5の2人が目を見開き驚愕する。
「な、魔法だと⁉︎…ロキ、まさかあの子に教えたのか⁉︎」
「いやいやいや、ありえへん!ここんところ話しかけてもずっと無視し続けられとったし……あれ、なんか涙が…」
立ち上がり詰め寄るリヴェリアに、ロキが外れんばかりに首を横に振る。
「あぁ、アイズの魔法ね?本人が知らないのに発動したからおかしいとは思ってたけど、やっぱ隠してたんだな。」
「本人が知らなかった…ってことは、意図的に使ったわけではないんだね?」
「そりゃあな?会話の流れからアイズの親の話になって…偶然にも母親の魔法の詠唱を口にしたら、って感じだよ。手にした力にはしゃいでモンスターを虐殺しまくった結果、魔力が切れて倒れたわけ。」
「あの時は大変でしたね…。」
「あぁ…。帰る途中でキラーアントの大群に襲われるわ、アイズ背負って思うように動けずにあいつらの体液浴びまくるわ、挙句の果てにロキファミリアのホーム前でそこの女神が、『う、うちのアイズたんがヌルヌルプレイされとる〜‼︎』とか叫びやがって、街中で冷たい目で見られるわ、最悪だったぜ。……なんか今更ながら殺意が湧いてきた…」
後半、生気を失った目で語るシキに団員達は同情し、主神は激しく身震いする。
後日アミッドが言うには、若干目の色が蒼くなりかけていたらしい。
「そうか、最終日の
「ん…ぅん?」
「起きたかいアイズ?….みんな酔っ払っているようだし、そろそろお開きにしようか。これ以上ミアに迷惑をかけるのもあれだしね。」
その声をきっかけに、ロキファミリアの面々がわいわい騒ぎながら立ち上がり、店を出始める。
「それじゃあね、シキ、アミッド。これからも末長くよろしく。」
カウンターに代金を置くと、爽やかな笑みを浮かべながら店を後にする。
「……俺、まだ何も食ってねぇんだけど…。」
机を見ると、皿に沢山あったはずの刺身は綺麗に無くなっている。
唯一余っていた硬そうなパンを口に詰め込み、席を立つ。
「帰るか…」
「そうですね…」
「おい坊主、魚の代金がまだだよ!」
「…あの野郎、次会ったら泣かす。」
念の為にと持ってきていた金を払い、店を出る。ホームに着いて寝る頃には、既に腹の虫が鳴き始めていた。
「…ねぇ、これは高すぎやしないかい?」
「この間のこと思い出して言えば?」
ディアンケヒトファミリアでは、しばらくロキファミリアに対してぼったくりが行われた。