幼女護衛兼お目付役1日目。シキとアミッドにとって、彼女をホームに送り届けることが本日最後の仕事である。その内容には当然、外敵から彼女を守ることも含まれる。
アイズ達は冒険者であると同時に美男美女でもあるが、傍から見れば普通の子供が3人並んで楽しく歩いているようにしか見えない。よって、フィン達上級冒険者がいないことをいいことに、馬鹿な男神たちがちょっかいをかけてくることは容易く想像できる。
アイズにとって、男神達などに声をかけられるのは別段珍しくはないが、今日はアイズだけではなかった。
「ねぇ〜アイズちゃ〜ん。俺達と何処かに遊びに行かない?そこの友達も誘ってさ。」
「お?そっちが噂のシキくんだね?実際に見てみると、なかなか中性的な顔付きをしてるじゃないか。」
「これは…アリだな。」
「マジかよwww」
「お前そんな性癖持ち合わせてたのかww」
男神4人組が3人を囲むようにして何やら騒いでいる。
「…うるせぇな。アイズ、アミッド、行くぞ。」
「うん(はい)。」
特に反応することも無く、そのまま歩みを進める。
不審者に絡まれた時の対処法その一。とりあえず無視するだ。
「おいおい待ってくれよ。ちょっと話したいだけだからさぁ。」
これをすると大抵、追いかけて再び絡んでくる。これを続けると、そのうち向こうが痺れを切らし手を出す。
「ダンジョン探索後くらい、楽しもうぜ?」
そう言ってアイズの肩に手をかけてこようとする男神の手を掴み、他の3人に向かって放り投げる。さながらゴミ捨て場にゴミ袋を捨てるような感覚だ。昔それで通りがかりのおばさんに何故か怒られたが。
「ふっ!」
「おわぁあ⁉︎」
ドンッという音とともに4人揃って倒れる。
「これも依頼なんでな。行くぞ2人共。」
立ち去ろうとするが、即座に起き上がった男神に呼び止められる。…慣れてるのか?
「ちょっと待てぃ!話くらい聞かせてくれたっていいだろう⁉︎」
「君達みたいな若い冒険者がどんなことしてるのか気になるんだよ。」
「そうだっ!ワイヴァーンを倒した時の話、聞かせてくれよ!」
「⁉︎」
男神の何気ない一言にアミッドの身体が強張る。家族と村の皆を殺した竜の姿を思い出し、顔を悲痛の表情に歪める。
アイズの方も、レベル3相当のモンスターを倒したという男神の発言に目を見開く。
「…何故それを知っている?」
少年の発したものとは思えない程低い声に、男神達は恐怖を抱いた。いや、正確には声ではない。こちらに向けられた蒼眼を目にした途端、身体が硬直する。
「い、いやぁ、俺達は君がレベル2になったきっかけを聞いただけだよ。詳しくは知らないから是非教えてもらおうと思って…」
「黙れ。」
「っ!シキ…。」
アミッドの肩を抱き寄せ、男神達を睨みつける。本当は今すぐにでも、視界に映る男神達の死の線を腰の短剣で斬り飛ばしてやりたかった。腕の中に感じる少女の鼓動を意識してなんとか抑える。
「で、でも凄いことじゃないか!冒険者でもない一般人の身でレベル3相当のモンスターを倒すなんて!」
「そうだ!君なら英雄になるのも夢じゃな…」
背後に刺さったナイフの音に声が途切れる。男神が頭部に違和感を感じ、手を頭に当てると、さっきまであった筈のサラサラしたものが無くなり、頭皮の感触のみが伝わってくる。
「お、俺の髪がぁあああ⁉︎」
驚愕に声を上げる中、少年が少女を抱き寄せたまま横を通り過ぎてナイフを拾う。
「それで頭でも冷やせ。…次は容赦しない。」
声を荒げることなく淡々とした口調で言い残し、その場を去る。目の前で起こった出来事に呆けていたアイズだったが、我に還ると男神達には目もくれず、2人を追いかける。
男神達はようやくディアンケヒトの忠告を理解した。自分達は彼の逆鱗に触れたのだ。近くにいた人々も神達も、少年達が立ち去るまで動くことが出来なかった。
「…シキは、どうして冒険者になったの?」
長らく無言が続いたが、神達から離れてしばらく経ち、アイズが言葉を発した。
先程のこともあり、聞くことは躊躇われた。たが、その眼はあくまで真剣なものであり、自身が強くなるために何が必要なのかを知りたいという気に満ちていた。
「…何か食うか?奢るぞ。」
「…うん。」
「アミッドはどうする?」
「…私もお願いします。」
傍にあった屋台で串焼きのような物を3本買い、近くの石段へ並んで腰を下ろす。
「…美味しい。」
「…えぇ、本当に。」
感想を零し、食べ切ったところで沈黙が訪れる。日が暮れ始めた頃、シキが口を開いた。
「…2週間程前の話だ。とある村が一体のモンスターによって襲撃された。離れた場所にいた子供2人以外の全ての住人が殺戮の対象となり、瞬く間に殺された。」
「‼︎」
少年の発言にアイズが目を見開く。彼等もまた、彼女と同じく奪われた身なのだ。
遠くを見るような目で話を続ける。
「唯一生き残り、身寄りを失った2人の子供は、運ばれた都市の医療派閥にて一命を取り留めた後、団員として今暮らしている…。とまぁ、俺達についてはこんなところだ。…これでいいか?」
「…そのモンスターを、倒したの?」
「…あぁ。」
「…シキは凄いね。」
彼は、村の仲間の仇を取ったのだ。自分は見ていることしか出来なかったのに。
「…凄くなんかない。アレは純粋な俺の力じゃないしな。それに…」
あの時、村の仲間が殺戮のかぎりを受けたというのに、微塵も悲しみが湧いてこなかった。
確かに、村の仲間が殺されたことへの怒りと、救えなかったことへの悔しさはあった。しかし、仲間の死に悲しみの涙を流すことも、喪失感に襲われることも無かった。
あの時も、隣にいた少女の悲痛な顔を見て咄嗟に動いたに過ぎない。彼女の大事な者を奪ったものに対する怒りが沸いただけだった。
「…それに?」
「…いや、何でもない。…アミッドも気にするな。アレは俺が自分の意思でやったことだ。お前が気に病む必要はない。」
「…はい。ごめんなさいシキ。」
「別に気にしてないさ。…さて、そこのアンタも満足しただろう。これ以上用がないなら帰ってくれないか?」
「⁉︎」
「…あら、気付いてたのね?もう少し話を聞いていたかったのだけれど。」
突如として背後の路地から現れた銀髪の美しい女に、2人の少女が驚き振り向く。
「存在感丸出しで立ってたくせによく言うぜ。見ず知らずの相手に話すような内容は、生憎持ち合わせてなくてな。こんな物騒な世の中だ。都市最大派閥の女神様が、こんな時間に出歩いてていいものかね?」
「ひょっとして心配してくれてるのかしら?でも問題ないわよ。この辺りの子ども達は今、私に夢中だから。」
恋する乙女のような瞳を見て、少年が溜息をつく。
「魅了ね…。俺の嫌いな能力の一つだなぁ。」
眼を蒼く変化させ、目の前の女神の目を見る。途端に辺りに漂っていた甘い空気が消え去り、女の身体がよろめく。
「っ⁉︎…成る程、ディアンケヒトが言ってたのはこういうことね…自分の全てをさらけ出してるみたい。一体何をしたのかしら?」
「さぁ?教えてやる義理はないな。…此処の2人に用があるなら俺が聞くけど?」
後ろを庇うようにして立つシキに、女神が首を振る。
「いいえ、用があるのは貴方よ。唯の剣には興味ないもの。…今夜、私に夢を見せてくれないかしら?」
少年の頬に手を伸ばそうとするが、手の甲で振り払われる。
「夢が見たければ帰って寝れば?あんたの眷属に子守唄でも歌ってもらえよ。」
「あら、振られちゃったわね。…一つ聞いていいかしら?どうして魅了が嫌いなの?」
「別に?相手を惑わしてまでマウント取ろうとする女が嫌いなだけだ。」
「…そう、残念。…そろそろ帰るわ。貴方に魅了も解かれちゃったし、いい物も見れたから。」
そう言い残し、路地裏へと姿を消す。
その頃には辺りは暗くなり、魔石灯の下を通る人が増え始めていた。
「アイズた〜ん!お帰りぃいいい!」
案内されるままに、アイズを巨大な建物の前まで連れていったところで、向こうから突っ込んでくる朱髪の変態が目に入った。
少女達の肩を掴んで横にずらし、走ってくる人(神?)物の足を引っかける。
「へぶぁあ⁉︎」
見事に石畳に顔を突っ込んだところで、一応アイズに確認をとる。
「…知り合いか?」
「…うん。」
「ちょっとぉおアイズたん⁉︎何で今一瞬考えたん⁉︎ウチ主神やで?」
早々に復活したのか、起き上がってギャーギャー喚き出す変態に向かってナイフを突きつける。
「ロキファミリアの主神は女神の筈だ。お前のような変態男神とは聞いていない。…誰だお前は?返答によっては容赦しない。」
先程のように二度と髪が生えてこないようにするか?いや、神々は酒が好きだったな。肝臓の解毒機能を殺してアルコールを分解出来ないようにしてやってもいいかもしれない。
「お、男⁉︎…そんな、からかわれることはあっても、間違われるなんてなかったのに…ショックや…。」
うなだれる朱髪の男(?)を前に、隣でアミッドが耳打ちする。
「…シキ、今前にいるのが女神ロキではないかと。」
「…アイズ?」
真偽を確かめるためにそちらを向くと、気まずそうに顔を逸らす。シキの対応が迅速なあまり、言い出すのが遅れたのだろう。
「そうか…。今まで会った女神はどれも落ち着きのある神物だったからわからなかった。」
「馬鹿にしとるんか⁉︎」
「あとその喋り方、知ってる有名人思い出すからやめてくれない?なんか聞いててイラッとする。…あとウザい。」
「初対面で怒涛の罵倒⁉︎リヴェリアでもそんなにきつくないのに!」
かの有名なロキファミリアのホームの前で騒いでいる2人に、周囲から好奇の視線を向けられる。
「ロキ、うるさい。」
「シキ、ほどほどにしてください。」
2人の少女に注意され、ようやくロキが落ち着き始める。
「シキ…ってことはジブンが【
「それはこっちのセリ…今なんて言った?」
なんかとんでもない厨二な単語が聞こえたんだが。
…嫌な予感がする。
「…ぼーだー、でもりっしょん?」
首を傾げ、舌足らずな声でアイズが復唱する。アミッドは何かを悟ったように、シキの方を見る。
「まだ見てないんか?今日神会で決まったジブンの二つ名や!どうや?かっちょいいやろ?」
「…あのジジィ、後でしばく。」
やめてくれアミッド、そんな哀れみの目でこっちを見ないでくれ。
…今は考えるのはやめよう。
「じゃあアイズ、ホームでくらいしっかり休めよ?そこの変態は相手すると疲れるから無視していい。」
とりあえず明日以降の予定についてアイズに話しておくことにする。向こうの主神もいるし丁度いい。
ちなみにディアンケヒトの財布は孤児院行き決定だ。
「明日以降のダンジョン探索も同行する予定だ。俺はレベル2だし
「…明日はどこまで潜るの?」
「そこはお前次第だな。俺が大丈夫だと判断したら、10階層以降まで連れていってもいい。」
その言葉に少女が目を見開く。心なしかその瞳は燃えているようにもみえる。
「頑張る…!」
「…いいのですか?勝手にそんなことを。」
「問題ない。今日見ただけでも、充分そこまで行く実力はある。」
心配そうに覗き込むアミッドにそう応え、アイズの方に向き直る。
「焦るなよ?アイズ。夢は大きくてもいいが、目標は小さく持て。」
「?」
「一つ達成したら次へ、それも達成したらまた次へ。そうやって、適宜何を出来るようにするかを決めるんだ。いずれ全ての目標を達成した時、夢に大きく近づく。」
目の前の少年の言葉に何かを思案するようなアイズを見て、ロキは内心驚いていた。
あのフィンやリヴェリアが何を言っても響かなかった少女が、少しずつ変わり始めている。
ーフィンの人を見る目は確かだったみたいやな。
「じゃあまた明日の朝だな。ここまで迎えはいるか?」
「平気。」
首を左右に振ると、少し言いづらそうにしながらこちらを見て、
「…ありがとう。」
とだけ言うと、ホームの中へと入っていく。
「待ってやアイズた〜ん!」
追いかけるようにしてロキが中に入っていくが、すぐさま「へぶっ」という声と一緒に外へと吹き飛ばされてきた。
「…帰るか。」
「はい。」
後ろに振り返り、元来た道を戻るようにして歩く。辺りは既に暗く、ダンジョン探索を終えた冒険者達の人影が多くみえる。
「…シキ。」
「ん?」
しばらく進んだところで、アミッドの声に足を止める。
「…私は、シキの役に立てていますか?」
俯いた少女の口から、そんな言葉が漏れる。
今日のダンジョン探索、一度も戦闘することなく、ずっとシキに守られっぱなしだった。
『足を引っ張っているのではないか。』そう思うのも仕方のないことだった。
「…別に、俺の役に立とうとする必要はないんだぞ。一番やりたいことをしているお前を見るのが、俺は何より嬉しいよ。」
少女の頭に手を置き、やはり少年はそんなことを口にする。いつだって彼は自分には優しく接してくれる。
そして思い出したかのように「あぁそうだ。」と言うと、
「治療ありがとうな。助かったよ。」
怪我をした手をヒラヒラと振り、再び歩き始める。
「ーはい。どういたしまして。」
暗くなった街の中でも自覚出来る程に頬を赤く染め、少年の横に並んで歩く。
同い年の幼馴染みでありながらもどこか兄妹のような関係性に、二人とも居心地の良さを感じていた。
「ぬぉおおおおお⁉︎儂の金があぁああ⁉︎」
その夜、治療院内で老神の叫び声が響き渡った。
ダイダロス通りの一角にある孤児院に多額の寄付金が届いたことは、また別の話。