フィンとの約束から3日後、ダンジョンの入口前でアミッドと一緒にまだ見ぬ幼女を待っていた。
「…大丈夫ですか、シキ?」
「あぁ…問題ない。」
あの日、散々喚く主神を言い負かしたところでアミッドの雷が落とされた。ますます機嫌を悪くした彼女の誕生日が翌日だったことを思い出し、朝一に外へ抜け出してプレゼントを購入。夜2人になったところでさりげなくプレゼントを渡し、謝ったところでようやく機嫌が直り、安心して寝て起きたのが昨日。今日からの探索のために色々と駆け回っていた結果、
「寝みぃ、腰痛ぇ…。」
「やっぱり大丈夫じゃないですね…」
3日間もあった筈なのに瞬く間に過ぎていったが、戦闘狂のお目付役ともなれば色々準備せざるを得ない。昨日になって人生初めてのステータス更新もした。最悪引きずってでも連れて帰らねば、ロキファミリアに消されかねない。少しでも戦力は上げておいた方がいいだろう。
「…ヘファイストスさんにもロクに挨拶してなかったな。」
昨日の間に新しい素材を渡しに行ったのだが、あまりに疲れていたのですぐに帰ってしまった。お金の代わりにと短剣を手渡されたが。
「結局まだそのナイフを使ってるんですね。」
「壊れてもないのに使わないのはもったいないしなぁ。まぁでもこれは投擲用にして、今日からはこっちの短剣に切り替えるよ。護衛とお目付役の仕事はしっかりしないといけないからな。」
フィン直々に頼まれた依頼だ。なんとしても成し遂げなければならない。
依頼とは別の話になるが、そろそろ魔眼を使わない戦闘に慣れていきたい。あの眼を使うと、戦闘ではなく、ただの線をなぞるという行為になってしまう。それでは駄目だ。今はステータスで勝っている分、一方的に攻撃することは出来るが、実力が拮抗する相手や格上の存在にはそうもいかない。敵に近づいて武器を振るうのは自分自身であり、線をなぞることが出来なければ意味はないのだ。
昔それで過信して、村の近くに現れたゴブリン達を倒そうとしたことがあったが、一般人の子供の身体能力ではナイフを当てることもできず、返り討ちにされて危うく死にかけた。その一件でアミッドにそれはもう滅茶苦茶に怒られ、悔しくて鍛錬を始めたのはまた別の話。
「やぁ、待ったかい?」
後ろから声をかけられ振り返る。振り返らなくてもわかるが反射的にだ。こんな爽やかな挨拶をしてくる奴は1人しか知らない。
「あぁ、随分待ったよ。もう少しで帰るところだった。」
「おや?ここは、『今来たところだよ。』って返してくれるところじゃないのかい?」
「そんな彼女を待ってたイケメン男子みたいな言い方しねぇよ。もし俺がそう答えたらどうすんだ。」
「う〜ん。素の君を知っている分流石に気持ち悪いかな?」
「だったら変な応答期待すんな。…それで?そこにいるのがアイズでいいのか?」
フィンの後ろに立っている金髪金眼の少女を見る。女神顔負けの美少女だが、なんかこう並んでると、
「あんたら兄妹みてぇだな。」
背もそんなに変わらねぇし、2人とも金髪で美男美女だ。
「口に出てるよシキ。あぁ、この子がアイズ・ヴァレンシュタイン。これから是非仲良くしてくれ。」
「…誰?」
「おいおい、なかなかのご挨拶だな。俺はシキ。そこのショタじじいと違ってお前と同じ子供だから、気軽に接してくれ。」
「シキ。喧嘩を売ってるなら遠征の後で買うから覚悟してね?」
「嫌だね。治療薬は売るが、喧嘩だけは売らないって決めてるんだ。代わりに薬草は俺が買い取ってやるよ。」
「…そっちは?」
「私はアミッド・テアサナーレです。シキと同じディアンケヒトファミリアに所属しています。よろしくお願いしますね、アイズさん。」
「…うん。」
やっぱり同性で歳の近いアミッドの方が話しやすいのだろう。少し俯きながらもしっかり返事をする。
「早速仲良くなったようで何よりだ。そろそろ出発しないといけないから、後はよろしく頼むよ。それじゃあまたね。遠征から帰ってきたら宴に呼んであげるよ。」
「気が向いたらな。こっちは気にせず無事に帰ってこい。」
「はははっ!君こそ、アイズに何かあったら唯じゃおかないからね。」
最後に物騒なことを言い残して去っていく。…やっぱり引き受けなきゃ良かったな。
「っておい、いきなり何処に行く?」
フィンがいなくなると同時に、アイズが歩き出す。
「?…ダンジョンじゃないの?」
首を傾げ、さも当然かのような顔をして聞いてくる。
こっ、こいつひょっとして天然か?天然で戦闘狂で美少女で両親謎とか、設定盛り沢山過ぎるだろ。思わず溜息をつくが、仕方ないと思って欲しい。俺は眠いんだ。
「とりあえず、今まで何階層まで降りたことある?」
「…10階層。」
…なんだ今の間は。
「それは何回だ?」
「…2回。」
「そこで死にかけたとかは?」
気まずそうにそっぽを向いて黙る。
「よし。アミッドも5階層までしか行ってないし、今日は7階層付近の探索にしよう。」
「はい。魔石は私が持ちますから頑張ってください。」
「…むぅ。」
…若干一名不満そうだが、こっちはお前を安全にホームへ帰さないといけないんだ。今日のところは様子を見させてほしい。
「…フィンにはなんて言われたんだ?」
「頼み事をしたら何でも聞いてくれるって言ってた。」
「あの野郎。…まぁいいか。基本的に危なくならなければ手出しはしないが、無理をするようなら無理矢理連れて帰るぞ。それが依頼なんでな。」
「…わかった。」
…本当にわかってんのか?こいつ。
現在ダンジョン7階層。
迫ってくる大量の蟻たち(キラーアントって言ってた)に突っ込む幼女を見て、溜息をつく。あいつ、やっぱりわかってないな。
様子を見る限り、武器はなかなかの業物だし、ちゃんと手入れもされている。大方フィン達に買って貰ったんだろう。
攻撃も的確で、殻と殻の僅かな隙間に目掛けて剣を振るう。一撃で倒せる技量は素晴らしいが、防御や回避が疎かすぎる。敵を倒すためなら、多少の傷は構わないといったところか。
全身傷だらけになりながら戻ってくるアイズに、アミッドが魔法で治療する。どうやら魔力調節は出来てるみたいだ。
「お疲れ。この数を1人で倒すなんてすごいな。…怪我さえしてなければ。」
「…ポーションかければ治る。問題ない。」
そう言って腰に下げたポーチからポーションを見せる。うちで作ってる一番安いポーションだ。大方フィンに持たせられたのだろう。いざという時の為に2人も一段階上のポーションを持っている。
「そのポーションは俺らが汗水流して作ってんだ。軽い気持ちで使われても困る。物にもよるが、結構高いんだぞ?」
「?…いくらぐらい?」
「さあな?今度フィンに教えてもらえよ。今日のを見た感じだと、今までの全代金合わせたらその武器ぐらいするんじゃねぇか?」
剣がどのくらいの値段をするのか不明だったため適当に答えると、その答えにアイズの顔が青ざめる。
「そ、そんなに?」
「さぁどうだか。将来的には自分で買うようになるんだし、少しは怪我しないように気をつけろよ?致命傷を避けるという点ではいいかもしれんが、必要のない場面でまで特攻する必要はない。」
「…むぅ。…気を付ける。」
「それでよし。しばらく休め。それとほら、治療してくれたアミッドに言うことがあるんじゃないか?」
「…ありがとう。」
「いいえ、どういたしまして。」
殺伐としたダンジョンで穏やかな空気が漂うが、ダンジョンというのは空気を読んではくれないらしい。
「うわぁあああ⁉︎助けてくれ!」
「だぁぁぁ⁉︎畜生っ、ふざけんなっ!」
「クソッ、多過ぎる!」
奥の道から走ってくる冒険者達に目を向けると、その後ろに群がるキラーアントたちが姿を現す。
「キラーアントの大群!どこかのパーティーが打ち損じたようですね…!」
「ーッ!」
飛び出して行こうとするアイズの肩をシキが掴み、引き戻す。
「馬鹿、お前は休んでろって言っただろ。闇雲に戦っても得られるのはステータスだけだ。…ここは俺がやる。」
ーついでにこれがどの程度の物か調べておきたい。
ヘファイストスから昨日譲り受けた短剣を手に持つ。この剣の素材は俺が以前渡したウォーシャドーのレンズだ。透明感のある黒いこの武器はヘファイストス本人が打ったもので、ちょっとした特殊効果が付いているらしい。と言っても、それはヘファイストス本人の力であるため素材の影響ではない。
「使った感想を言わないとな…。ついでだ、アイズ!ちゃんと見とけよ?」
「ー?」
逃げてきた冒険者達が横を通り過ぎ、前方にキラーアントが集まってくる。
「攻撃を避けるってのはこうやるもんだ。」
避ける、逃げる、拘束から抜け出すの3つは、戦闘における重要なものだと思っている。前世であったゲームでもそうだが、どんなに攻撃力が低くても、敵の攻撃を全て躱し、地道に反撃していけば必ず倒すことが出来るからだ。俺も村での鍛錬ではこれから練習した。敵との実力差があり過ぎると攻撃が通らないためどうしようもないが、ステータスで勝ってる相手などとるに足らない。
魔眼は使わない。先程アイズがやってみせたように、殻の隙間目掛けて短剣を振るう。ステータスで勝ってる以上、線をなぞらなくても倒せない道理はない。
目の前で繰り広げられる戦闘を見て、アイズは目を見開く。自分と年齢がそう変わらない筈なのに、少年が怪我をしている様子が全くない。次々と襲いかかるモンスターを難なく躱し、隙を見て短剣で斬り殺す。
躱し方はアイズと大差ない。少しだけシキの方が動き出すのが早いのだ。だがまるで、
「…攻撃が来る場所がわかってる?」
あらかじめ来る方向がわかっているとしか思えない。でもどうやって…
「人間でもモンスターでもさ、目っていうのが基本はあるだろ?」
「?」
突然のシキの言葉に顔を上げる。モンスターとの戦闘をしながら話を続ける。
「例えばアイズがモンスターを攻撃する時、斬ろうと思った場所に狙いを定めるために、そこを注視するだろう?それはモンスターの方だって同じさ。攻撃したい場所と見当違いな所を見てたりはしない。」
「…目線で攻撃の軌道を予測している、ということですか?」
「まぁあくまで補完情報としてだけど。モンスターも人間も多分、思考回路や身体の動かし方は殆ど変わらない筈だからな。アイズ、お前は視点をもっと広く持つといいよ。一点に集中するだけじゃ見えてこないこともある。」
似たようなことを、フィン達にも言われたことがある。その時はよくわからなかったが、シキが戦っているところを外から見ていることで、少しわかるような気がした。
最後の敵を倒し、戦闘を終えたシキが戻ってくる。
「…どうしてそんなに強くなれるの?」
「…別に俺自身は全然強くなんかないさ。今はまだステータスに頼ってるだけだ。唯、強さっていうのは種類があるし、人によって違うものなんだと思うよ。」
「違う…?」
「純粋な戦闘力だけが強さじゃないってことだよ。アミッドみたいに、怪我をした人間を救う力だって、俺は強さの一つだと思う。…お前はどう強くなりたいんだ?」
「私は…」
「まぁ、別に今すぐ見つけないといけないことでもないし、ちょっと暇な時に考えてみたらいいんじゃないか?」
「…シキは見つけたの?」
「いいや?そこら辺に詳しいのはアミッドだ。俺は結局助言することしか出来ないよ。」
「そんなことありませんよ。シキは沢山のことを私に教えてくれています。…そんなところはあなたの強さだと思いますよ?」
「…そうか。さて、バックも一杯になったことだし、地上に帰るとするか。ホームまでは送っていくから案内よろしくな。」
「…うん。」
まだ残るとごねるかと思ったが、意外にも素直にうなづいた。
フィンやリヴェリアが見たら絶句する程、アイズの聞き分けが格段に良くなりつつあることに、2人は気付いていなかった。
「ーシキ!あなた、手から血が出てますよ!」
「ん?ーあ、本当だ。」
痛覚耐性のせいでわからなかった。
…やっぱり怪我をしないというのは難しい。