窓から差し込む陽の光に目が覚める。腕の中で寝息をたてているお姫様を起こさないように抜け出し、身支度を整える。
投擲用を含めた計6本のナイフを収納しようとして、取り出しに不便なことに気付く。
「少し調整するか。」
その辺の店で買った普通の革コートだが、戦闘用に作られた訳でもないので仕方ないだろう。内側に少し細工をして、すぐさま取り出せるように作り変える。コートに5本を収納し、後の一本は少し迷って袖に隠し持つ。いつでも出せるようにしておくべきだろう。
「ーんぅ、」
背後から聞こえる澄んだ声に振り返り、近寄って頭を撫でる。
「ほら朝だ、起きろ。」
「ーぇ、シキ?…ッ⁉︎」
寝ぼけていたところを見られたからか、瞬時に顔を赤く染めると飛び上がるようにして起き上がる。
「あ、私昨日…す、すぐに支度してきます!」
「急がなくてもいいからしっかり準備しな。玄関で待ってる。」
ちょっと面白かったが、そこまで恥じることだろうか?少し前まで家が隣同士、よく同じ布団で寝たものだが。
軽く食事を摂り(団長が作ってくれた)玄関で待っていると、数分でアミッドがやってくる。
「ーごめんなさい、起きるのが遅くなってしまって…」
「気にしなくてもいいよ。何しろ初めてのダンジョン探索だ。無理せず気楽に行こう。」
まだ朝早い時間帯。ダンジョンの入口には人がうろついているものの、その人数はまばらだ。多くがこちらに物珍しそうな顔を向けているが、一部は嘲笑を浮かべている。その中に昨日切り掛かってきた男を見つけ、笑みを向けてやると、引きつった顔をして仲間と共にダンジョンへと入っていく。
「トーコから聞いた話だと、今の俺のステータスなら上層は問題なく探索できるそうだ。
アミッドはまだレベル1だし戦闘にも慣れていないから、まずは5層くらいまでで様子を見よう。」
「は、はい、頑張ります。怪我をしたら言ってくださいね。魔法で治療しますから。」
「わかった、その時はお願いするよ。でも魔力がまだ少ないから注意すること。基本的にはその杖での打撃になるだろうけど、危なくなったら今渡したナイフを使って。適当なところに刺すだけでも違うから。」
アミッドにナイフを1本渡し、いざダンジョンへ潜り込む。中は思った程暗くなく、壁の色が分かるくらいには明かりがある。
入団してから2日ほどは、知識を付けることに費やした。オラリオの状況、ファミリアの立場を含め、此処で生きるのに最低限必要なことは覚えてきた。生き繋いだ命だ。死ぬつもりも死なせるつもりもない。
基本的にうちのファミリアは薬草や素材の採取がメインだが、上層のこんなところには薬草など殆ど無いし、ゴブリンやコボルドから落ちるような素材なんてたかが知れてる。今のところは安全階層の18階層まで自力で行けるようにするのが目標かな?あそこは薬草も沢山生えてるし素材回収には良く行くらしい。
そんなことを考えていると、視線の先からゴブリンが2体歩いてくるのを目にする。こちらに気付くと、いかにもといった醜い表情をして走り寄ってくる。前世でもこんな顔をした奴は見たことがない。身長は俺達とそんなに違わないが、動きは人間によく似ている。身体の構造もそうだ。故に、心臓部分をひと突きすれば終わる。
腰からナイフを抜き、前へと突き出す。
一体を難なく倒し、もう一体を足で地に転ばして押さえつける。
「アミッド、それで殴って倒してみろ。」
「は、はい。」
微かにモンスターとの戦闘に怯えがあったのだろう。慣れない手つきで杖を持ち、ゴブリンの頭を殴りつける。絶命し灰になって魔石を落とすのを見ながら語りかける。
「ほら、いくらモンスターといってもそれで殴れば倒せるし、倒せば灰になって消える。人間と同じ生物だ、怖がることは無い。」
「ー!…はい。」
自身の怯えが見透かされていたことに気付き羞恥するも、モンスターとの向き合い方を悟り、杖を握る手を強める。
「さて、先に進むか。」
それにしてもさっきはあまりに手応えがなかった。そのうち自分がどこまで行けるか確認しに行く必要があるな。悪いがその時はアミッドにホームで待ってもらうとしよう。
モンスターに出会っては倒し、魔石を回収する。この工程を何度か繰り返したところで、下への階段が見え始める。
「この調子で5階層まで降りよう。無理はしなくていいから、疲れたら言ってくれ。」
3階層まではアミッドも難なく通り抜けたが、4階層に入ったところで疲労が見え始めた。
道の角に差し掛かったところでモンスターの集団に出食わし、挟み撃ちにされる。
ーまずい。
危機感を抱き、杖を構えるアミッドの肩に手が置かれる。
「無理するなアミッド、ここは俺がやる。」
「ですが、」
ーそれに、まだ今日は眼を使ってない。
「爺さんに結果の報告をしないといけないからな。」
蒼眼の獣がモンスター達に襲いかかる。
「やっぱりこの眼を使うのは良くないな。倒した感覚がまるで無い。」
アミッドは呆気にとられ、放心する。
ーものの数秒。
気づけば彼の周囲には灰にならずバラバラになったモンスターの死骸があるのみだった。
ー早すぎて何も見えなかった。
レベルの差とはこれほどあるのか。1つくらいならすぐに追いついてみせると思っていた心が、今では彼を遠い存在に感じてしまっている。嫌でも自分が足手纏いなことが理解できてしまう。
「成る程、魔石を取ると死体も消えるのか。で、身体の部位を取ってからなら、魔石を抜いてもその部位は消えない訳か。これは回収に手間がかかるな。」
恐らくスキルであった、物体の掴み取りが可能とはこのことだろう。試さないことには不明だが、この理論で言うと、生きてるモンスターから直接部位を取ることも可能だろう。
呑気に素材の回収を始めるシキを見て、
「シキ、明日からのダンジョン探索、私は…」
「置いていけってか?」
「ー⁉︎」
「まぁ別にそれでも構わないぜ?確かに俺はレベル2だからもっと下まで潜れるし、探索スピードだって上げることは可能だ。」
「…はい…ですから…」
「難しく考えるなって。…今日の戦闘を見てわかった。お前は決して戦いに向いてる方じゃない。例えレベルがお前と逆で低くても、俺が勝てる自信がある。」
ただ、と続ける。
「お前がこの街で、やりたいことはなんだ?その為に必要なことはなんだ?」
「ー!それは…」
主神の前で願った望みを思い出す。
「ー救いたいんだろ?」
「っ!…はい。」
「なら、お前はその回復魔法を極めればいい。例え戦えなくても、窮地に陥った人を助ける力が、お前にはあるだろう?俺が持ってない、お前だけの力が。」
「!」
「ーほら、簡単なことじゃないか。」
顔を上げた彼女の顔には、確固な強い意志があった。
「まぁ、どっかで深くに潜る経験は必要だけどな。」
ー誰かとパーティーでも組むかな。
ファミリア内で組める人はいないだろう。2人の年齢とレベル的に考えると…
「レベル1の上位かレベル2の子供か。これは、探すのに骨が折れるな…」
まぁぼちぼち考えるとしよう。5階層まで来たし、そろそろ戻るか。
と思ったところで、背後からぞろぞろと来るモンスターの群れにナイフを構える。
「これから帰るって言ってんだろ。空気読めよ。」
ーしゃくだから素材にしてやろう。
眼が蒼く染まる。
ーそうだ、投擲の練習もするか。
コートからナイフを全て取り出し、眼に映る線と点を目掛けて投げる。まるで引っ張られるように飛んだと思うと、あっさりそのモンスターを分断する。
「おいおい、補正ってこんなにかかるのか。」
霊核御手の影響だろう。厳密に狙う必要がないなら使い勝手が良い。
難なくモンスターの群れを倒して、素材を回収する。
「こいつら見たことねぇ奴らだな。」
まるで実体がない影みたいな奴だ。生物には到底見えない。
「こいつの顔、硝子みたいだ。持って帰ってみるか。」
素材を拾ってから魔石を抜き取り、灰になったのを確認してアミッドの元へ向かう。
「終わった。地上に戻ろう。」
「はい。ー!シキ!貴方、血が出ています。」
「ん?あっ、本当だ。」
よく見ると、掌から血が流れている。
「さっきの奴か。思ったよりリーチが長かったみたいだな。まぁこのぐらいなら別に…」
「治療します。動かないで、」
「おいおい、そんな大袈裟な。」
覚えて間もない魔法の詠唱を開始する。まだ感覚に慣れないのか流れるようにとはいかないが、よく通る澄んだ声が耳に届く。詠唱を終えると、アミッドを中心に円が発生する。円から光が溢れ傷に集まり始める。
「【ディア・フラーテル】!」
一瞬傷口が光ったと思うと、次には傷痕も残さず治療されていた。
「ありがとう。しかしすごい回復力だ…な?」
傷口を確認していると、肩に重みが加わる。寝息をたてているアミッドを見て溜息をつく。
「流石にまだ魔力が足りないか、」
恐らく
「せめて、ダンジョンを出てからにしてもらうべきだったかな?」
1人の少年が少女を背負って歩き出す。
その姿は赤子を背負う父親のようにも見えた。
「ーあ、ナイフ拾うの忘れた。」
2階層まで昇ったところで気付く。
初日にしてナイフを半分も無くしたことは、後の酒の席での笑い話。