「はぁ〜、朝から疲れた…。」
15歳で故郷の村を出てギルドに就職してからというもの、上司や先輩達にこき使われる毎日。半年前に受付嬢を任命された時には辞職を考えた程だ。今では18歳。所謂お年頃という奴である。
ー何か癒しが欲しい。
そう思うのは仕方のないことだ。若いうちは耐性が少ない分、原動力となる何かが必要なのである。
「「冒険者登録に来ました。」」
「ーはぇ?」
突如聞こえた可愛らしい声達に、思わず妙な声を上げてしまう。慌てて顔を上げるが、カウンターにそれらしき人影はない。
ー子供の幻聴まで聴こえるなんて。
いよいよ本当に疲れてるのか、などと考えていると、いつの間にか傍にいた老神に声をかけられる。
「おい、ちょっといいかの。」
「え?あっ、はい!ってディアンケヒト様⁉︎」
「こやつらの冒険者登録に来たんじゃが。」
「ーへ?」
カウンターの下を指差す老神に誘導されるように、身を乗り出して顔を向ける。
「「…あの、冒険者登録に…」」
そこに立っている2人の子供に目を丸くさせ、放心する。見まごうことなき美男子と美少女であると同時に、見た目の愛らしさに瞬時に心を射抜かれる。
「ーっは!はい!冒険者登録ですね?かしこまりました!」
その言葉にギルド内の冒険者達がざわめき出す。見た目10歳に満たないであろう少年少女が冒険者となるとなれば無理もない。更にそれを連れているのが医神ディアンケヒトともなれば、驚くのも仕方ないだろう。
動揺してそれすら頭に無いのか、駆け足で書類を持ってきたトーコが詳しい説明を始める。両者に同意を得たところで登録が完了する。
「それでは、シキさんとアミッドさんの担当アドバイザーを務めさせていただきます、受付職員のトーコと申します。何か質問等ございましたらお申し付けください。」
「「わかりました。」」
あぁ、癒される。こんな殺伐とした職場にも一つのオアシスが、
「おお、そうじゃった。こっちのシキはレベル2じゃからそっちで登録しといてくれ。」
ざわめいていたギルド内が静まり返る。
ーその後、過労で倒れたギルド職員の介抱と大騒ぎする冒険者達の処理に、一時ギルドが混乱に陥った。
「さて、うちは医療系ファミリアなので基本的に探索に出ることはないけど、稀に素材を取りにダンジョンに潜ることがある。他にもギルドからのミッションで行くこともあるから、最低限の戦闘は出来るよう、ダンジョンには週2程度で潜るように。」
冒険者登録を済ませてから2日経った。一応入院明けすぐには流石にまずいということで2日間は安静にするよう指示され、今日からダンジョン探索を始める予定である。今はファミリアの団長のクロイ・サーチスから説明を受けている。
団長は俺達と同じヒューマンの男で、好青年といった印象だ。治癒の実力はかなり高く、レベルも俺の一つ上の3だ。
「といっても、君達はまだ小さいし店の接客は難しいだろうからね。当分の間はお願いした素材と薬草の採取と、治療院の手伝いになるかな。そのうち、空いた時間にポーションの製造方法についても学んで貰うことになるよ。最初は結構辛いだろうけど、体調を崩さないように適度に休みながら行うこと。いいね?」
「了解。」「わかりました。」
「よし、じゃあ僕からは以上かな。あぁ後、ダンジョンでの稼ぎはファミリアに納めることになるけど、月に働いた分の給料は貰えるから、その金は好きにしてもらっていいよ。
初期装備代は渡しておくから、それは自由に使ってくれ。食事については特に決まってないけど、外で摂るときや食材の調達については報告しておくこと。…もうないかな?」
「「大丈夫(です)。」」
「うん。じゃあ行っておいで。シキはレベル2だから問題ないだろうけど、くれぐれも無茶はしないようにね。」
「あぁ(はい)。」
そう言ってホームを出る。まずは装備を買わなくちゃいけない。2人合わせて3万ヴァリス。武器がどれくらいの値段がするかわからないが、俺の場合、別段業物である必要はない。安いナイフをいくつか買うくらいで別にいいだろう。防具は今のところ買わなくてもいい。慣れないものを着けても動きにくいだけだ。
そう思い、武器が多く並ぶというバベルに足を踏み入れる。ここでは駆け出しの鍛治師も作品を出しているところがあるらしい。それらしき店を見つけて、アミッドと共に中へ入る。
「いらっしゃい…⁉︎」
明らかに場違いな少年少女の入店に、店主らしい人物と店内にいた冒険者達がざわめき出す。
「使いやすい量産型のナイフってあります?安物で全然構わないんですけど。」
「あぁはい、それだったら…。」
「アミッドはどうする?」
「私は魔法的に回復がメインなので、小さい杖と護身用のナイフくらいで…。」
「わかった、杖は後で専門の店に行こう。ナイフは俺のと予備も含めて10本ぐらいでいいかな。」
「そんなにですか?」
「投擲用にも使えるし、多いに越したことはないさ。武器がなくちゃ戦えないからな。」
「お待たせ。これでいいか?まとめて買うならサービスするよ。」
「丁度10本か、買った。いくら?」
「一本1200ヴァリスだが、まとめて10000ヴァリスでいいぞ。」
「ラッキー。ありがとう。また来るよ。」
流れるようにして購入を決めた少年は、まるで長年冒険者を続けている上級冒険者のようで、
「おいおい、こんなガキが冒険者だって?笑わせるぜ。いつからオラリオはガキの街になっちまったんだ?」
それを良く思わない者達がいるのは、ある意味仕方のないことではある。自分より遥かに若い人間が大きい顔をしているのを見たらそういう感情が生まれるのは必然とも言える。
「よし、次はアミッドの杖を探しに行こう。確かここへ来る途中にエルフが開いている店があった筈だから。」
「はい。シキも一緒に選んでくださいね?」
「あんまりそういうセンスないんだけど…」
「大丈夫ですよ。私もよくわかりませんから。」
「…そうですか…。」
嫌味を気にも留めない態度に更なる苛立ちを覚え、少年の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「おい!何とか言えよこのクソガキ!」
「シキ⁉︎」
「うるせぇな、室内で騒ぐなよ。ダンジョンでそんなことしてたらモンスターに群がられて死ぬぞ?」
怯えるどころか軽くあしらうような言い回しについにキレて、腰にささった片手剣を抜く。
「この野郎‼︎ ぶっ殺してやる!」
「ーへぇ?」
少年の目が蒼く染まる。
「誰が、」
剣に亀裂が入り、粉々に砕け散る。
「ー誰を殺すって?」
気づけば背後から首筋にナイフを当てられている。それも先程購入した安物のナイフで、
「俺を殺そうとしたんだ、殺される覚悟はあるよな?」
「ヒイッ!」
「ーやめてくださいシキ。殺す必要なんてないでしょう?」
「なに、唯の冗談だよ。お前を殺そうとした罪は重いが、代償はその剣で充分だろ。」
「いきなり切り掛かってきたのは向こうですから謝る必要はないですけど、今後無要な戦闘はやめてください。心臓に悪いです。」
胸を押さえながら心配そうに言うアミッドの頭を撫でてから、後ろの男に振り向く。
「剣壊しちまって悪いな。まぁさっきも言ったけど、切り掛かってきたのはそっちだ。正当防衛ってことで、」
それじゃあな。そう言って店を出て行く。少女も後を追いかけ、お辞儀をして店を出て行く。店内の冒険者達はしばらく呆然とするしかなかった。
「まったく、変なのに絡まれたお陰で時間食っちまった。ダンジョンに潜るのは明日以降だな。」
「そうですね。買う物だけ買って、一旦ホームに戻りましょうか。」
まぁ仕方ない。昼から出かけたのも今考えれば悪手だった。明日はもっと早く起きようと決める。
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
「ん(はい)?」
振り返ると片目に眼帯を付けた女性が立っている。
「…あんた誰?」
「あら、ごめんなさいね。私はヘファイストス。一応ここの鍛治ファミリアの主神よ。」
「ーへぇ。」
「こちらこそ。アミッド・テアサナーレといいます。」
「あら、小さいのに随分礼儀正しいわね。そっちはそうでもないみたいだけど、」
「シキです。別に取り繕っても仕方ないでしょう?神なんですし。」
「えぇ、問題ないわ。それにしてもその歳でかなりの腕ね。そんなナイフで大柄の男を倒しちゃうなんて。」
「そんなナイフって、貴方のところの鍛治師でしょうに。」
「そうね。でもまだ技術が無いのは確かよ?甘くしたってしょうがないしね。」
「なるほど。それで、俺達に何か用ですか?」
「別に用ってほどでもないわよ?小さな冒険者2人組が店内に入っていくのを見かけたから、主神として観察してたってわけ。」
「見ていらしたんですか?」
「えぇ。まさか鍛治師の店で剣を砕くなんて真似すると思わなかったけど、」
「見てたのに止めなかった貴方も同罪でしょう。怪我を負わせたわけでもないですし問題ないですよ。」
「あら、手厳しいわね。何処のファミリアの影響かしら。」
「鍛治師はあんまり利用しないところだと思いますがね。」
「あら、やっぱりディアンのところなのね?あの老神に比べては随分静かな子だけれど。…まぁあそこは殆どがそうか。」
楽しく談笑しているように見えなくもないが、片側はまだ小さな子供だ。遠目で見ている冒険者達も不思議なものを見るように観察する。
「じゃあそろそろ行きますね。別の場所にも用があるんで。」
「えぇ、引き止めてしまってごめんなさいね。」
「また装備を買いに来るんで、その時はちょっとまけてくださいよ。」
「ふふ、考えておくわ。」
2人で一度頭を下げてからその場を去る。
後にアミッドの杖を購入し、ホームに戻って食事にする。
明日遂にダンジョンに潜る。万が一死ぬこともないだろうが、彼女を危険に晒さないためにも、今日は早く寝ることにする。
目を閉じてしばらくすると戸を叩く音がする。
「…シキ?起きてますか?」
あえて寝たフリをする。俺が起きてると知ったら遠慮して入ってこないからだ。少しして、そっと扉を開けて中に入ってくる。
「…失礼、します…。」
ベットに潜り込み、胸に顔をうずめて腰に手を回してくる。
「…眠れないのか…?」
震える身体を包み込むように、肩を抱いて頭を撫でてやる。
「起きてるなら言ってください…。…そうです。あそこで寝ると、どうしても独りに感じてしまって…。」
口には出さないが、かなり辛かっただろう。まだ9歳そこらだ。あまりに失ったものが多すぎる。しかし、これは仕方のないことだっただろう。自分でも冷たいことだと思うが、一般人にとってモンスターとは上位の存在であり、自分達が肉や魚を食べるのと同じように狩られる存在なのだ。生き残った俺達が特別なのであって、彼等が死んだことを悲しむことはあれど、悔やむことはない。
そんな考えを話しながら、背中をさすって落ち着かせる。
「…独りが怖いなら俺の隣にいろ。俺は絶対に死なない。俺が死ななきゃ、お前も死なない…死なせない。これからは、お前がしたい、すべきだと思ったことをするんだ。」
腕の中から微かな寝息が聞こえてきたのを確認し、自分も眠りに就く。
ー朝起きた時、どんな反応するかな?
それを密かに楽しみにしながら。